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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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大河の町の人探し

 フラメッタの町に入った一行は、しばしの休息を取っていた。そのちょっとした隙間に、姿を消していたナイゼルが戻ってきた。

 ナイゼルはガノンドの元へと歩み寄って報告を始めた。


「道行く人に尋ねてみましたが、やはりヘテロ男爵領は西側にあるようですね。詳細な場所も教えて頂けました」


 ヘテロ男爵――つまりはガノンドの愛人であった亜人の娘が売り払われた先である。


「すまんのう、ナイゼルや。お前がこんなに面倒見のよい息子だとは思わなかったぞい」

「なんのなんの。父さんのためともあれば、たとえ火の中水の中ですよ」


 ナイゼルは積極的に、ガノンドの元愛人について調べていた。いつもの通り口調は軽薄だが、ナイゼルが持つ父への敬愛は本物だった。


「橋を渡った西側ですか。ならば都合がいいですね。さっそく向かうとしましょう」


 目的地のイシュティールへ向かうにはどの道、橋を西へと渡らなければならない。アルヴァも即断し、話題の男爵宅へ向かうことになった。


 セミューレ大河に架かる大きな橋が、町の中央にあった。

 これもコンクリートで造られているらしく見るからに頑丈そうだ。河の中にはアーチを形作る橋脚(きょうきゃく)が、いくつも根を下ろしている。


 橋は高く、長さは相当なものだ。

 歩いて渡れば五分はかかるというのだが、やはり恐るべき帝国の技術力である。ソロンやナイゼルからすれば、こんな所に橋を渡そうという発想が既に狂気だった。

 ちなみにセミューレ北橋という、そのまんまな名前がつけられている。


 町から離れて、ずっと南に行けば南橋もあるらしい。さすがにこのような広い河では、二つ橋を架けるだけで限界だったようだが。

 フラメッタの町はこの橋によって、セミューレ大河の両岸に分かれている。河をまたぐ交通の要衝として、東西で栄えてきたのだ。

 橋の両端は歩行者の道、中央は馬車の道となっていた。


 ソロン達も長い橋を馬車に乗って渡っていく。

 橋の上は広く、向こうから来る馬車が悠々とすれ違っていく。重たい馬車が何台も上を走っても、橋はビクともしないらしい。


 大河は南へ遥々と流れてゆく。

 四十里に渡って南に流れる大河は、やがては滝となり、下界へ降りて大海の一部となるのだ。

 馬車から眼下に広がる大河を眺めれば、遠くを進む船の姿が目に入った。


「わあ、水上船だあ!」


 珍しいものでも見たようにミスティンが声を上げた。

 船は南北の双方向に行き交っている。

 北方向は流れに逆らう形になるのだが、流れがゆるやかなため逆流も可能なようだ。

 帆船もあれば、人力で漕ぐ船もある。どちらにせよ、下界と大差のない技術だ。さすがの帝国も、水上においては竜玉船のような推進力を得るには至ってないらしい。


「水上船……ねえ」


 それにしても、聞き慣れない呼称にソロンは妙な気分になった。


「帝国人にとっては、船と言えばまず竜玉船ですからね。地域によっては、水上船を見ずに一生を終える人も珍しくありません。さすがにここや、イシュティールの近辺なら、船と言えば水上船でも通じるでしょうが」


 一言つぶやいただけのソロンに、アルヴァは丁寧に説明してくれた。


 橋を西に渡り切ってしばらく進む。

 ヘテロ男爵の領地に近い駅で、馬車を降りた。

 それから周囲の住人に聞き込みして、さらなる情報を探ってみる。


 ヘテロ男爵はフラメッタの西側に、そこそこの土地を保有している小金持ちのようだ。その評判は悪くない。

 亜人の奴隷を何人も購入していたが、こき使うようなことはなかったらしい。休みも給料も、人間の召使いと大差のない水準で与えていたそうだ。

 むしろ、亜人を嫌う気持ちがなかったからこそ、多くを奴隷として買ったのかもしれない。


 整然と木立(こだち)が並ぶ道を奥まで進むと、古めかしい屋敷が目に入った。帝都の豪邸の数々と比較すれば見劣るが、ソロンの感覚からすれば十分に立派な屋敷である。


「いきなり押しかけて大丈夫かな?」


 少し心配になってソロンが不安を漏らす。


「相手は貴族といっても最下級の男爵ですから。そこまで平民と距離があるわけではありませんよ。冒険者の立場で、正直に要件を述べればよいでしょう」


 帝国の最上層にいたアルヴァからすれば、男爵は平民と大差ないという認識のようだ。

 ……が、その感覚を当てにしてよいかは少々疑わしい。

 それでも、正直に要件を述べるという方針には、ソロンも異論はなかった。結局はそれが最も失礼のない作法なのだ。


 *


「私がヘテロ男爵ですが……」


 と、姿を見せたのは若々しい青年だった。まだ三十路にも達していないのではないだろうか。どう考えても、イローヌ公爵夫人の話に出た人物ではない。


「えっ、あなたがヘテロ男爵なんですか?」


 思わずソロンが狼狽の声を上げてしまった。

 それを見たアルヴァが前に進み出る。帝都から離れたせいか、今は彼女も姿を隠していない。


「申し訳ありません。我々がお聞きしたかったのは、二十年前のことなのですが……。その頃は先代の時代になられるのでしょうか?」

「ああ、親父のことですか。五年前に亡くなりましたよ」


 上流階級の礼儀に(のっと)って会話をするアルヴァに、相手も安心したような表情を浮かべた。


「そうですか……。先代の頃、亜人の娘が奴隷として働いていませんでしたか?」

「そういう立場の者なら、何人かいましたよ。今も昔も、よく尽くしてくれますので。二十年前なら私も覚えていますが、誰をお探しなのでしょう?」

「オリドナという人兎(じんと)の娘を覚えてらっしゃいますか?」


 アルヴァの質問に、男爵は即座に頷いた。


「覚えているも何も、オリドナさんなら親父の後妻(ごさい)ですよ。二十年前に、母が亡くなった後の話ですが……」

「後妻じゃと……?」


 後ろに控えていえたガノンドが、複雑そうな表情を浮かべた。


「爺さんと同じで、亜人娘に手を出したのがこっちにもいたようだな」


 グラットが小声でつぶやいた。とはいえ、後妻としてきちんと迎えたのなら、非難されるいわれはないだろう。


「それでその……オリドナは元気にしておるかの? わしは昔、あの子に世話になったもんでな。こちらに戻ってきたついでに、様子を見に来たんじゃよ」


 複雑な心境を表には出さず、ガノンドが前に進み出た。

 目前にいる男爵はオリドナから見て、義理の息子でもある。その胸中を(おもんばか)ったのか、正確な関係は明かさなかった。


「亡くなりましたよ。五年前、親父が死んですぐ後です。親父の看病を懸命にしてくれたんですが、それで無理がたたったみたいでねえ……」

「お、おお……。オリドナや……! なんとなんと、わしの力が及ばぬばかりに……」


 ガノンドはまた涙を流し出した。上界に渡ってからのガノンドはとにかく涙もろい。


「そ……そう気を落とさずに。どういったご関係かは存じませんが、オリドナさんもそれまでは元気にやっていましたから。悪い人生ではなかったと思います」


 男爵は困惑しながらも、人のよさそうな表情を浮かべて、ガノンドの肩に手をやった。それから、付け加えるようにしてつぶやく。


「ここに妹がいれば、会わせてあげられたんですけどねえ……」

「妹――オリドナさんの娘がいらっしゃるのですか!?」


 悲嘆にくれるガノンドをよそに、ナイゼルが反応した。


「ええ、オリドナさんによく似ているので、(なぐさ)めにでもなればと。……けれど、オリドナさんが亡くなってすぐ家を出てしまいまして。たま~にふらっと顔を見せにくるんですが、今はどこにいるのやら……」


 若きヘテロ男爵はこの場にいない妹を思って、苦笑を見せた。

 気になる話ではあったが、男爵にも所在が分からないようではどうしようもない。これ以上の話は引き出せそうになかった。

 礼を述べて、男爵家の屋敷を去ることにした。


 *


 日が陰り西日が町を照らし始める。とぼとぼと歩くガノンドの背中に、哀愁が(ただよ)っていた。

 ヘテロ男爵の屋敷を少し離れたところで。


「父さん、どうしますか? そのオリドナさんの娘さんを探してみましょうか?」


 沈むガノンドと目を合わせ、ナイゼルが出し抜けに問うた。父を思うナイゼルは、ガノンドの様子が落ち着くのを見計らっていたようだった。


「いや……会ったところで何ができるものでもない。精々、わしがなつかしさに(ひた)るだけで、向こうには迷惑じゃろう。オリドナが死んでしもうたという事実を、受け入れるしかあるまい」


 それから、彼はアルヴァへと向き直って、


「――姫様、余計な手間をかけてすまなんだ。予定通りイシュティールに向かうとしましょう」


 悲嘆に沈む気持ちを吹っ切るように言った。


「……分かりました。明朝、イシュティールへ出発しましょう。宿を探しますので、今日はゆっくり休んでください」


 アルヴァもそれだけ答えて、ガノンドを気遣った。これ以上は余計な手出しだと考えているようだった。

 そうして、この日は宿を取って夜を越すことにした。

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