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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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海都への道のり

 古来、ネブラシア帝国の交通網は帝都を中心に発達してきた。

 まさしく『全ての道は帝都に通ず』という格言の通りである。帝都を中心とした陸路と雲路の発展は、目覚ましいものがあった。


 そして、今回の旅の目的地――海都イシュティールは帝都の近隣に含まれる町である。それゆえ、帝都との間には頻繁に馬車が往来していた。

 かつて馬車は、貴族や商人が運搬と交通に使う手段だった。それが今では一般市民であっても、運賃を払えば乗客となれるようになっていた。

 それだけに留まらず、帝国の馬車交通は下界では信じられないほどに発達していたのだ。


 馬とは通常、こまめな手入れが必要な動物である。

 エサや水の補充、休憩による疲労の軽減が不可欠なのだ。いくら足の速い馬でも、重い馬車を一日中引っ張れば消耗は避けられない。


 そのため帝国では、各地の宿場や町にある停留所――つまりは駅で馬を交代できる仕組みが構築されていた。それによって、今や馬車の移動速度は、徒歩の数倍にも達するという。

 アルヴァによれば、イシュティールまでの所要日数は徒歩なら五日。それが馬車なら二日足らずに短縮できるそうだ。


 自然の流れで、ソロン達も馬車に乗ることを決めた。

 馬車の運賃は気になったが、徒歩は徒歩で日数がかかる。日数がかかれば宿泊費や食費がかさむ。結局は馬車で旅をした場合と費用は大差ないと結論づけたのだ。

 馬車は十人が乗れる大型のものを調達できた。

 屋根も付いているため、雨の心配も無用だ。二頭の馬が、大きな車を力強く引いてくれそうなのが心強かった。


 そうして、ソロン達は馬車で帝都の外に出た。

 目指すは北西の海都イシュティール。当面はその途上にあるフラメッタの町へと向かうことになる。


 *


 車輪の音がカタカタと響いている。

 帝都に近い街道はよく整備されており、イドリスの馬車よりもゆれはずっと小さい。不快などころか、適度なゆれが心地良い眠気を誘ってきそうだ。

 車内は少し窮屈(きゅうくつ)ではあるものの、我慢できない程ではない。途中の宿場で適度に休憩も取れるため、問題はないだろう。


 旅は快適に進みそうだ。

 もっとも、壁の外である以上は魔物に襲われる危険も当然に伴う。

 だから周囲を誰かが見張る必要は常にあった。そして万が一、何かが襲って来た場合は逃げるか、戦うかしなければならないのだ。

 馬車に乗りながらも、イドリスの兵士達は油断なく周囲を警戒してくれている。


 ミスティンは、馬車の座席から身を乗り出すように景色を眺めていた。後ろでくくった金髪を、馬の尾のようにゆらゆらさせている。

 乗り物に搭乗すれば簡単にご機嫌になるのが、ミスティンという娘だった。

 とはいえ、彼女はあれで見張りとしても頼りになった。目が良いらしく、真っ先に異変を見つけてくれることも何度かあったのだ。


 ソロンもミスティンと並んで外の景色を眺めていた。

 目につくのは、陸の上に架かる長大な橋である。

 それは帝都の市民に水を供給する水道橋だった。

 水道橋は長い道のりを経て、内部を流れる水を帝都へと届けているのだ。ソロン達の乗る馬車は、それを逆流する方向へと進んでいた。


「これだけの人数を一台の馬車に乗せられるとは……。それでいて、ゆれも小さく乗り心地も抜群です。帝国の技術は誠に素晴らしいですね」


 品評家気取りのナイゼルは、何かにつけて帝国の技術に感動していた。


「それ驚くようなことなんだ?」


 ミスティンはむしろ、そんなナイゼルに驚く始末だった。体は外のほうを向いているが、軽く視線をナイゼルのほうにやっている。


「そうだね、イドリスだと難しいかな。馬車の技術は置いておいても、道がそこまで整備されてないんだ。大きな車を安定して引くには苦しいかも」


 ソロンもナイゼルに同調する。帝国人にとっては常識でも、イドリス人にとってはそうではないのだ。


「そこまでの費用もなければ、人手もありませんからね。防壁の外に、これだけ綺麗な道が続くのは恐るべきことなんですよ。イドリスでは魔物も多く、地形も山がちなのでなかなか難しい。誠に残念なことですが……」


 感動したり、溜息をついたりとナイゼルは忙しい。


「そうかな? 竜車もあるし、イドリスも捨てたもんじゃないよ」


 ミスティンはナイゼルを(なぐさ)めた。


「ははは、そうかもしれませんね」


 と、ナイゼルは薄く笑った。


 *


 昼下がり、長大な水道橋がついに途切れた。

 その終点にあったのは、大きな川だった。


 どうやら、ここが直接の水源らしい。川の中には数多くの水車が並べられており、その力で水道橋へと水を()み上げているようだった。

 川というより河と表現すべきだろうか。

 流れはゆるやかながら、非常に幅の広い河だ。たとえ水の上を歩けたとして、百歩や二百歩では半分も渡れないだろう。


「セミューレ大河ですね。あなたも下流の側だけなら見た覚えがあるはずです」


 隣に座るアルヴァが観光案内のように説明してくれた。


「下流……?」少し考えて思い出した。「ああ、あれがマゼンテの滝につながってるんだよね。こっちだと確か――」

「エーゲスタの滝です」


 大河は上界ではエーゲスタの滝と呼ばれる滝になる。そしてそれは、下界へと降り注ぎマゼンテの滝へと変わるのだ。


「そうそう、君が嬉しそうに説明してくれたあれだよね。もちろん覚えてる」


 ベスタ島への旅路の中で、竜玉船の上から滝のそばを通りかかったのだ。その時の彼女も、観光案内の如く説明してくれたのだった。


「そんなに嬉しそうにしていましたか?」

「うん。いきなり話しかけられて、内心ではビクビクしてたからね。なんだか機嫌がよさそうで、ホッとしたのを覚えてるよ」

「人を腫れものみたいに……。失礼極まりないですわね」


 アルヴァは口をとがらせて、不機嫌そうな声を作った。もっとも、本気で機嫌を害しているわけではないことも、今のソロンには分かった。


「だって、君は雲の上の存在って感じだったからね。仕方ないじゃない」

「おう、こやつめ。うまいこと言いおったな」


 ガノンドになんだか褒めてもらえた。

 アルヴァは思い出すようにして。


「あれは確か……英雄の月の下旬でしたか。色んなことがありましたが、まだ三ヶ月余りしか経っていないのですね」

「随分、濃密な三ヶ月だったなあ……。お姫様なんか、まさに激動の人生って感じだったからな」


 グラットが遠い目をしながらつぶやいた。


「そうですね。あれから随分と、私の人生は様変わりしてしまいました。……そこにあなた達を巻き込んでしまって、申し訳なく思っています」


 アルヴァは悄然と謝った。

 意図せずきっかけを作ったグラットはバツが悪そうに。


「別に謝られるような覚えはねえぞ。武門に生まれた時から、面倒事と付き合うのは宿命だと思ってるからな」

「私も。巻き込んでもらってむしろよかったかな。もし出会えなかったと考えたら、やっぱり寂しいよ」


 グラットとミスティンは口々にアルヴァを励ました。


「やっぱり……皇帝には未練がある?」


 少しばかり酷で、踏み込んだ質問かも知れないが、あえてソロンは尋ねてみた。


「……未練がないと言えばウソになりますね。もっとやりようがあったのではないか――と思い返す度に湧く気持ちがありますから。それでも、今の境遇も悪くは思いませんよ。色んな視点で世界を見れたのは、代えがたい経験です。それに今の私には、助けてくれる人もいますので」


 そう言って、アルヴァはソロンにほほえみかけた。車内は狭いため、その表情をとても間近で見ることになった。


「そっか……そう思えるならよかったよ。僕も今のアルヴァのほうがいいかな。昔はちょっとばかり近寄り難かったし」

「……そうでしょうか。ですが、ソロンは少しばかり生意気になりましたわね。この私を品評するだなんて」


 アルヴァは口をとがらした。照れているのか、怒っているのかはよく分からない。


 話をしているうちに馬車は川沿いを北へ向かっていた。やがては町が見えてきた。これがフラメッタの町だった。

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