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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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ガノンドの逡巡

 貴族街の入口で駅馬車を降りた。

 少し歩いたところで、目的のオムダリア家が見えてきた。


 帝国でも由緒正しい名門――オムダリア公爵家。

 公爵位は帝国貴族の序列だと、大公に次ぐ第二位となる。

 古くは帝国の属国における君主だった者、皇族から降下した者、功績を上げた譜代の家臣など、いずれも由緒正しい家系の者達である。


 もちろん、オムダリア家も輝かしい歴史の持ち主だ。

 二五〇年前の三国時代の最初期に、中央帝国を支えたベリング・オムダリア――軍師であり魔道士でもあるという偉大な人物が祖となっている。

 オムダリア家は、帝都近郊にあるいくつかの町を領有しており、その領域人口は八万に迫るという。


 これはイドリス王国の全人口にも匹敵する。まさにその地位は一国の主といっても過言ではないだろう。

 ――というような感想をソロンが述べたら、


「それイドリスが人少ないだけだよ」


 と、ミスティンに哀れむような目を向けられた。


 館の外観は少し古びているが、それは(かえ)って伝統と風格を感じさせられるものだった。

 恐らくはガノンドが追放された頃から、門構えは変わっていないのだろう。それでいて貴族街の中でも、決して見劣りしない建物である。


 近くにたどり着くなり、尋ね人はすぐに見つかった。

 オムダリア家の門前から少し離れた物陰で、様子を(うかが)う怪しい二人組を見かけたのだ。イドリスの兵達がいないのは、一応は目立つのを避けたためだろう。

 場所は景観に優れた貴族街。整然とした街道、形の整った街路樹、館を囲む広い庭と外壁。そんな中で二人の姿は大変目立ったのだ。


「……先生、なにやってるんですか?」

「ぎゃっ!? わ、わしは怪しい者ではない!」


 背後から声をかければ、ガノンドは不審人物そのものの反応を示した。


「な、なんじゃ、お前か。驚かすでない」


 ソロンに気づくなり、ガノンドは安堵の息を吐いた。


「ああ、そちらの用事は済んだのですね」


 もう一人のナイゼルは、対照的に落ち着いていた。


「で、爺さん、なにやってんだ?」


 流されそうになったソロンの問いを、グラットが繰り返す。


「見ての通りです。実家に近づくこともできず、かといって引き返す決断もできず……。うじうじと、かれこれ一時間は過ぎております」


 ナイゼルがトゲのある説明をしてくれた。


「ぐっ……。貴様、親に向かってなんてことを言うのだ。仕方ないではないか。久々の実家で緊張しているのだ。なんせ、色々とあったからな。お前らと違ってわしには歴史があるのだ。そう――シワの数だけ刻まれた悲劇的な歴史がな」

「悲劇的な歴史――って結構な部分は自業自得だよね? ウサギさんかわいそう」


 ガノンドの抗弁をミスティンが容赦なく突き放した。


「んぐはっ……!」


 奇妙なうめき声を上げたガノンドは、それで押し黙った。


「それで結局はどうなさるのですか? そうしていても、何の進展もないと思いますが……。思い切って、家に押しかけるのも一つの選択肢ですよ」


 アルヴァの指摘にガノンドは。


「い、いや、高望みをするつもりはないのですじゃ。ただわしは家の様子を知りたいだけでして……。残った者達がわしのせいで、酷い目に遭ってなければいいがの……」


 ガノンドは心配そうにつぶやいた。

 なんせ当時の家長が追放刑を受けたのだ。一族として微妙な立場に置かれている可能性もあった。


「オムダリア家なら今も安泰ですよ。あなたが追放された後も、地位はゆらぎませんでした。後継のビロンド公爵が、しっかりと舵取りしたそうです。あなたの弟でしたね?」


 アルヴァは現状のオムダリア家を知っていたらしい。さすが前皇帝というべきか、はたまたそれだけ有名な名門なのか。


「おお、ビロンドが……! そうです、あやつがわしの弟ですじゃ。まだ元気にやっておりますかの?」

「元気も何も、今は帝国十将軍の一人です。名門に恥じない地位だとは言えそうですね。ただ、任地は本島東部に当たるので、ここにいる可能性は低いかと」

「ほう、あやつが将軍とは出世したものよのう。わしの後の棚ぼたとはいえ、思ったよりは精進しているようじゃな」


 ガノンドはどことなく未練がましい口調だったが、それでも弟の栄達を控えめに褒めた。


「それじゃ先生、どうしますか? 弟さんは不在かもしれませんが、ダメ元でも聞いてみたらどうです?」


 ソロンが改めて質問すれば、ガノンドは首を横に振る。


「いいや。よくも悪くも、弟は元気だと分かったしの。嫁もどうせ、実家に帰って、またどこかに嫁いだんじゃろ。だから、それはもういい。……わしが気になっているのは、亜人の娘のほうじゃよ」

「ああ、爺さんが手をつけたっていう噂のウサ耳か……」


 グラットが身もフタもなく口にした。

 もっとも、ウサ耳の亜人の娘といっても可憐な姿を想像してはいけない。なんせ彼女が娘であったのは、二十年以上も前のことだ。今ではもうよい歳だろう。


「そうそのウサ耳の娘――オリドナじゃ」

「まあ、亜人に手をつけたのはアレだが……。ちゃんと、愛人のその後まで心配するのは立派だと思うぞ。見つけたら()りでも戻す気か?」

「いいや、さすがにもうそんな歳でもあるまい。ただあの子のことが心配なだけじゃよ。わしのことなど忘れて、誰かに養ってもらえていればよいが……」

「ふむ、思ったよりも殊勝な心がけのようですね」


 アルヴァは毎度の上から目線ながら、ガノンドを多少は評価してくれたようだ。


「じゃあ、私達で聞いてきてあげようか? あの家にいるのかな?」


 ミスティンは帝国人にしては、随分と亜人には好意的なようだ。根底には動物好きが影響していそうだが。


「ううむ、甘えてよいのかのう……。旅の目的は姫様の帰還と、帝国との国交じゃろう?」

「私はそこまで急ぎではないと言った通りですよ。それにここまで来たのですから、多少の手間は構わないでしょう」

「姫様がそうおっしゃるなら……。かたじけないですじゃ。ですが、わしは家に姿を見せんほうがいいでしょう」

「確かに……。私もあなたも、帝国にいないはずの人間ですからね。他の皆に委ねるとしましょう」


 将軍かつ公爵であるビロンドは、もちろんアルヴァとも面識がある。そのため、二人はそのまま物陰で待つことになった。

 もっとも過度に注意を払う必要はないのかもしれない。

 二十年も経過すれば、実の弟でも離れたガノンドを見分けるのは難しいだろう。ましてや、ガノンドはいるはずのない人物なのだ。


 いきなりオムダリア家を尋ねる案も考えたが、まずは慎重策で進めた。近くの住民に質問をして、様子を探ってみたのだ。

 といっても、近くの住民も貴族ばかりである。尋ねた相手は作業中の庭師や門衛だった。

 やはり、ビロンド公爵は任地に出払っているらしい。館にいるのは公爵夫人のイローヌだという。


「ううむ……。イローヌの奴、やはりビロンドとつながっておったか……」


 その報告を聞いて、渋い表情を作ったのはガノンドだ。


「おや、現公爵夫人ともお知り合いだったのですか?」


 (いぶか)るようにナイゼルは尋ねた。立場上、ガノンドが弟の妻を知っていること自体はおかしくない。しかし、ガノンドの反応はそれとも異なる関係を(うかが)わせた。


「知り合いも何も、わしの妻だった女じゃ」

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