空色の姉妹
「どうして、ザウラスト教団が帝国に……!?」
ソロンは思わず声に出してしまった。
アルヴァも紅の瞳を大きく見開いていた。無言ではあっても、負けず劣らず衝撃を受けているのは明らかだった。
「ご存じなのですか! しかしどうして……?」
その様子を見て、セレスティンも興味を持ったようだった。
「話していいのかなぁ?」
ミスティンが悩む素振りを見せた。ソロンとアルヴァの二人へと視線をやって、確認しているのだ。
相手は姉とはいえ、神竜教会の要職でもある。話した情報を姉妹の秘密に留めておくのは、立場上も難しいかもしれない。
「アルヴァ、いいよね?」
ソロンが口火を切って、あえて話をする意志を示した。
「……あなたがそう判断したならば」
アルヴァが頷いたので、ソロンはセレスティンへと向き直った。
「ザウラスト教団というのは――」
そして、下界で知ったザウラスト教団に関して話し出した。
自然、下界についても語らなければならなかったが、それも仕方なかった。元より、上界と下界をつなげる覚悟を持って来たのだ。何もかもを隠し通してはいられない。
内容が内容だけに話は長くなった。
ザウラスト教団が下界で勢力を伸ばしていること。呪海を信奉していること。
イドリス王国の情勢など余計な情報は省略する。けれど、ソロンの出自やアルヴァの追放にも触れざるを得なかった。
アルヴァが上界人の視点で話を補足してくれた。それでも、ソロンは下界人として、自分の口で説明するようにした。
グラットもいつもの口調で、話を分かりやすく噛み砕いてくれた。 ミスティンはいつも通り好き勝手に話していたが、姉のセレスティンはさすがの理解力だった。
そうして、どうにか話を語り終えた。
「はぁ……信じるしかないようですね」
セレスティンは当初、ソロン達が話す内容を信じられないようだった。それでも、話を続けるうちに態度を変えざるを得なくなった。
「そうそう。観念しなよ、お姉ちゃんも」
「そうね。何より、私が調べたザウラスト教団の内容とも符合します。ミスティンだけなら、もっと疑っていたけど。さすがにアルヴァ様まで、疑うわけにはいかないから」
「失礼だなあ。私がいつお姉ちゃんにウソついたの?」
「塩を砂糖と偽るような、くだらないウソなら星の数ほど」
「……そんなこともあったかなぁ。はっはっは」
ミスティンは白々しく笑い声を上げた。
「まあ、悪質なウソをつかれた記憶はないから、その点では信じているけど」
「アルヴァについては、絶対に密告禁止だから。気をつけてね」
「何度も言われなくても分かっているわよ。……というより、教会の上層部に話しても信頼してもらえるか、私も確証がないから」
「もっとも、いつまでも隠しておくつもりもありません。エヴァート兄様と連絡を取った結果次第では、今の話も公開できるでしょう。ですからそれまで、しばしの間だけでも、秘密としていただければ結構です」
「かしこまりました」
セレスティンは敬々しく礼をした。
話の終わり際。
「そのうちでいいから、お父さんとお母さんに顔を見せなさいよ」
セレスティンは以前と同じようにして、妹へ釘を刺した。
「は~い」
ミスティンの返事は適当なもので、その望みが叶うかどうかは怪しかった。
ともかくはそれで、セレスティンと別れることになった。
*
ちょうどよい時間になったので、昼食を取ることにした。
場所は帝都の何でもない料理屋である。場所が港に近いためか、雲海から取れた魚類が目玉料理になっているようだ。
もはやお馴染みとなった雲海魚の刺し身。青く透き通ったそれを口に運んで、滑らかな歯応えを味わう。
ふと視線を上に向ければ、グラットが眉間にシワを寄せて考え込んでいた。
「どうしたの、難しそうな顔をして?」
「いや……相変わらず姉ちゃん美人だったなあ」
……かと思いきや、グラットは全く難しくないことを考えていた。それから、彼はミスティンのほうを向いて。
「ふっ」
と、不敵に笑った。
「…………」
これにはミスティンも食事をする手を止めた。
無表情にグラットの頭を叩く。ポカポカと二発、三発……。無表情でも怒っているのは間違いない。
「こら、やめないか! ……いや、すんませんでした。分かった。悪かったから」
グラットが腕を頭上で交差して防御する。
ようやくミスティンは叩く手を止めた。
「まったく、無礼な男ですね」
アルヴァは低い声でグラットをにらんだ。
「じょ、冗談だぜ……。そんなにらむなよ……。お姫様って、目が赤いから怖えんだよ……」
グラットはまた失礼な発言を加えて墓穴を掘っていく。
……が、今度はミスティンも「む~……」と難しそうな顔をして、頬をふくらませていた。やはり、姉と比べられるのは好きではないのだろう。
以前にもこんなことがあったなあ――と、ソロンは過去を回想した。
「別に気にすることはないよ」
それから、ミスティンの肩を軽く叩いて言葉をかける。
「ん」
ミスティンがこちらに振り向く。機嫌を害しているせいか、表情がどことなくぎこちない。
「グラットはお姉さんが好みってだけさ。僕とアルヴァはミスティンの味方だから」
勝手に派閥を作ってみた。
「……そう? お姉ちゃんと私、どっちがかわいい?」
そしたら、なんか面倒な質問が返ってきた。
「そりゃミスティンさ。それに君は案外しっかりしてるし、僕としても凄く助かってる」
適当に褒め殺して励ましておく。
セレスティンには悪いが、ここは犠牲になってもらおう。付き合いは浅いので、さして心は傷まずに済んだ。
一応、それなりに心からの評価であってウソではない。彼女からも何度か励まされたので、これも礼儀というものだろう。
「えへへ……。ありがと」
金色の毛先をいじりながら、恥じらうようにミスティンは言った。
……なんだか、以前とは反応が違う気がする。そろそろ、多少は危機感を覚えたほうがよいのではなかろうか。このままでは、軽薄な男に成り下がりそうだ。
「……ソロン。そうやって、安易に女性を褒めるものではありませんよ」
アルヴァの目が冷たく据わっていた。どこか感情を押し殺したような声と表情である。
「これはいつか修羅場るかもな……」
事態の発端を生んだグラットが、重々しくつぶやいていた。
*
「まだ時間は結構あるな。んで、どうするよ?」
グラットの質問を受けて、ソロンはアルヴァに視線をやった。
「アルヴァは他に行きたいところは? 仲の良い友達とかは?」
この旅は第一に、彼女のための旅なのだ。なるべく意思を尊重しておきたい。
「仲の良い友人は、あなた達ぐらいしかいないので大丈夫です」
アルヴァが表情を変えずにそんな発言をした。
「それ全然大丈夫じゃないよ」
相変わらず容赦のないミスティンに、アルヴァはどことなく悲しそうな顔をする。
「……いけませんか? 職業柄というか身分柄というか、人との距離感をつかみかねていたのは認めますが……」
「あ~、いや……。いけないってことはないと思うけど。とりあえず、僕としては君の友達になれて光栄かな――と」
ソロンは言葉を濁しながら答えた。
「お姫様はもう満足したってことだろ。んで、お前らは行きたい場所ないのかよ?」
見かねたグラットが口を挟んでくれた。
「僕のほうは、先生の様子が気になるかな」
「ふむ、私も少し気になりますね。それでは、ガノンドさんの様子を見に行きましょうか」
「でも、どこに行ったのかな?」
ガノンドは実家のほうを見にいくと、やや曖昧に言っていた。まっすぐに実家へ向かったとは限らない。
「ひとまずオムダリア家の近くまで行ってみましょう。そこまでなら、私にも分かりますので」
オムダリア家は帝都の中央区に位置する貴族街にあるという。歩けば一時間程度かかるため、駅馬車を利用することにした。