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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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空色の姉妹

「どうして、ザウラスト教団が帝国に……!?」


 ソロンは思わず声に出してしまった。

 アルヴァも紅の瞳を大きく見開いていた。無言ではあっても、負けず劣らず衝撃を受けているのは明らかだった。


「ご存じなのですか! しかしどうして……?」


 その様子を見て、セレスティンも興味を持ったようだった。


「話していいのかなぁ?」


 ミスティンが悩む素振りを見せた。ソロンとアルヴァの二人へと視線をやって、確認しているのだ。

 相手は姉とはいえ、神竜教会の要職でもある。話した情報を姉妹の秘密に留めておくのは、立場上も難しいかもしれない。


「アルヴァ、いいよね?」


 ソロンが口火を切って、あえて話をする意志を示した。


「……あなたがそう判断したならば」


 アルヴァが頷いたので、ソロンはセレスティンへと向き直った。


「ザウラスト教団というのは――」


 そして、下界で知ったザウラスト教団に関して話し出した。


 自然、下界についても語らなければならなかったが、それも仕方なかった。元より、上界と下界をつなげる覚悟を持って来たのだ。何もかもを隠し通してはいられない。

 内容が内容だけに話は長くなった。

 ザウラスト教団が下界で勢力を伸ばしていること。呪海を信奉していること。


 イドリス王国の情勢など余計な情報は省略する。けれど、ソロンの出自やアルヴァの追放にも触れざるを得なかった。

 アルヴァが上界人の視点で話を補足してくれた。それでも、ソロンは下界人として、自分の口で説明するようにした。

 グラットもいつもの口調で、話を分かりやすく噛み砕いてくれた。 ミスティンはいつも通り好き勝手に話していたが、姉のセレスティンはさすがの理解力だった。


 そうして、どうにか話を語り終えた。


「はぁ……信じるしかないようですね」


 セレスティンは当初、ソロン達が話す内容を信じられないようだった。それでも、話を続けるうちに態度を変えざるを得なくなった。


「そうそう。観念しなよ、お姉ちゃんも」

「そうね。何より、私が調べたザウラスト教団の内容とも符合します。ミスティンだけなら、もっと疑っていたけど。さすがにアルヴァ様まで、疑うわけにはいかないから」

「失礼だなあ。私がいつお姉ちゃんにウソついたの?」

「塩を砂糖と(いつわ)るような、くだらないウソなら星の数ほど」

「……そんなこともあったかなぁ。はっはっは」


 ミスティンは白々しく笑い声を上げた。


「まあ、悪質なウソをつかれた記憶はないから、その点では信じているけど」

「アルヴァについては、絶対に密告禁止だから。気をつけてね」

「何度も言われなくても分かっているわよ。……というより、教会の上層部に話しても信頼してもらえるか、私も確証がないから」

「もっとも、いつまでも隠しておくつもりもありません。エヴァート兄様と連絡を取った結果次第では、今の話も公開できるでしょう。ですからそれまで、しばしの間だけでも、秘密としていただければ結構です」

「かしこまりました」


 セレスティンは敬々(うやうや)しく礼をした。


 話の終わり際。


「そのうちでいいから、お父さんとお母さんに顔を見せなさいよ」


 セレスティンは以前と同じようにして、妹へ釘を刺した。


「は~い」


 ミスティンの返事は適当なもので、その望みが叶うかどうかは怪しかった。

 ともかくはそれで、セレスティンと別れることになった。


 *


 ちょうどよい時間になったので、昼食を取ることにした。

 場所は帝都の何でもない料理屋である。場所が港に近いためか、雲海から取れた魚類が目玉料理になっているようだ。

 もはやお馴染みとなった雲海魚の刺し身。青く透き通ったそれを口に運んで、(なめ)らかな歯応えを味わう。

 ふと視線を上に向ければ、グラットが眉間にシワを寄せて考え込んでいた。


「どうしたの、難しそうな顔をして?」

「いや……相変わらず姉ちゃん美人だったなあ」


 ……かと思いきや、グラットは全く難しくないことを考えていた。それから、彼はミスティンのほうを向いて。


「ふっ」


 と、不敵に笑った。


「…………」


 これにはミスティンも食事をする手を止めた。

 無表情にグラットの頭を叩く。ポカポカと二発、三発……。無表情でも怒っているのは間違いない。


「こら、やめないか! ……いや、すんませんでした。分かった。悪かったから」


 グラットが腕を頭上で交差して防御する。

 ようやくミスティンは叩く手を止めた。


「まったく、無礼な男ですね」


 アルヴァは低い声でグラットをにらんだ。


「じょ、冗談だぜ……。そんなにらむなよ……。お姫様って、目が赤いから怖えんだよ……」


 グラットはまた失礼な発言を加えて墓穴を掘っていく。

 ……が、今度はミスティンも「む~……」と難しそうな顔をして、頬をふくらませていた。やはり、姉と比べられるのは好きではないのだろう。

 以前にもこんなことがあったなあ――と、ソロンは過去を回想した。


「別に気にすることはないよ」


 それから、ミスティンの肩を軽く叩いて言葉をかける。


「ん」


 ミスティンがこちらに振り向く。機嫌を害しているせいか、表情がどことなくぎこちない。


「グラットはお姉さんが好みってだけさ。僕とアルヴァはミスティンの味方だから」


 勝手に派閥を作ってみた。


「……そう? お姉ちゃんと私、どっちがかわいい?」


 そしたら、なんか面倒な質問が返ってきた。


「そりゃミスティンさ。それに君は案外しっかりしてるし、僕としても凄く助かってる」


 適当に褒め殺して(はげ)ましておく。

 セレスティンには悪いが、ここは犠牲になってもらおう。付き合いは浅いので、さして心は傷まずに済んだ。

 一応、それなりに心からの評価であってウソではない。彼女からも何度か励まされたので、これも礼儀というものだろう。


「えへへ……。ありがと」


 金色の毛先をいじりながら、恥じらうようにミスティンは言った。

 ……なんだか、以前とは反応が違う気がする。そろそろ、多少は危機感を覚えたほうがよいのではなかろうか。このままでは、軽薄な男に成り下がりそうだ。


「……ソロン。そうやって、安易に女性を褒めるものではありませんよ」


 アルヴァの目が冷たく()わっていた。どこか感情を押し殺したような声と表情である。


「これはいつか修羅場るかもな……」


 事態の発端(ほったん)を生んだグラットが、重々しくつぶやいていた。


 *


「まだ時間は結構あるな。んで、どうするよ?」


 グラットの質問を受けて、ソロンはアルヴァに視線をやった。


「アルヴァは他に行きたいところは? 仲の良い友達とかは?」


 この旅は第一に、彼女のための旅なのだ。なるべく意思を尊重しておきたい。


「仲の良い友人は、あなた達ぐらいしかいないので大丈夫です」


 アルヴァが表情を変えずにそんな発言をした。


「それ全然大丈夫じゃないよ」


 相変わらず容赦のないミスティンに、アルヴァはどことなく悲しそうな顔をする。


「……いけませんか? 職業柄というか身分柄というか、人との距離感をつかみかねていたのは認めますが……」

「あ~、いや……。いけないってことはないと思うけど。とりあえず、僕としては君の友達になれて光栄かな――と」


 ソロンは言葉を(にご)しながら答えた。


「お姫様はもう満足したってことだろ。んで、お前らは行きたい場所ないのかよ?」


 見かねたグラットが口を挟んでくれた。


「僕のほうは、先生の様子が気になるかな」

「ふむ、私も少し気になりますね。それでは、ガノンドさんの様子を見に行きましょうか」

「でも、どこに行ったのかな?」


 ガノンドは実家のほうを見にいくと、やや曖昧(あいまい)に言っていた。まっすぐに実家へ向かったとは限らない。


「ひとまずオムダリア家の近くまで行ってみましょう。そこまでなら、私にも分かりますので」


 オムダリア家は帝都の中央区に位置する貴族街にあるという。歩けば一時間程度かかるため、駅馬車を利用することにした。

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