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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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謎の教団

 さすがに役所の前では目立つため、場所を移した。

 帝都にある人気(ひとけ)のない公園を、セレスティンが教えてくれたのだ。ひらけた場所ではあるが、そのぶん盗み聞きが難しいという利点もある。


 アルヴァとセレスティンは面識があったらしい。

 確か、北方での亜人との戦いにおいて、兵士の治療を任せたことがあると聞いた覚えがある。


「アルヴァネッサ陛下」

「陛下ではありませんよ」


 セレスティンの呼びかけを、アルヴァはあっさりといなした。


「では、なんとお呼びすれば?」

「アルヴァで結構です。あなたの妹はそうしていますから」

「そうなのですか……?」


 セレスティンは驚いたような顔をした。


「うん、お友達」


 と、ミスティンはアルヴァの腕をつかんで見せる。アルヴァもそんなミスティンに微笑で応えた。


「大丈夫なのですか? そんなになれなれしくしてしまって……?」


 恐れ多いというように、セレスティンは目を丸くしていた。


「大丈夫ですよ。ミスティンは大切な友人です」

「……それではアルヴァ様」


 おずおずとセレスティンは切り出した。

 さすがに『様』は取れなかったようだ。妹ならともかく、セレスティンの性格では妥当なところだろう。


「あなたは追放されていらしたのですよね?」


 セレスティンはアルヴァに目を留めて、最初の質問を投げた。もっとも、彼女にしてもアルヴァの追放先までは知らないはずである。


「ええ、色々あって舞い戻って来ました。ただ、私のことは内密にお願いします」


 アルヴァはほとんど答えになっていない答えを返した。


「それは構いませんが……」

「アルヴァのこと、ちくったらダメだよ。いくらお姉ちゃんでも許さないから」


 ミスティンはアルヴァの手を引いて、守る姿勢を見せた。


「そんなことやらないわよ」


 セレスティンは軽く一蹴して、アルヴァに視線を戻す。


「――それより……これからどうなさるおつもりなのですか?」

「今の陛下にお会いして、お話をしたいと考えています」

「それは……復権を目指すということでしょうか?」


 値踏みをするように、セレスティンはアルヴァを見やった。


「いいえ、そのような望みはありません。ただ私は帝国の人間なので、こちらで暮らせることを願います。それが認められなくとも、せめて家族へは無事を知らせたいのです」

「……そうですか」


 セレスティンは短くつぶやいた。目の前の元女帝を計りかねているかのように。


「てか、お姉ちゃんなら今の陛下にも、渡りをつけられないかな?」

「私は一介の司祭よ。やるとすれば、司教を経由することになるわね。恐らくは大司教や教皇にも話が行くはずです。それでもよろしければ手配いたしますが」


 セレスティンは妹に向かって答え、そのままアルヴァへと視線を戻した。

 ミスティンは質問を続ける。


「その人達は信頼できる?」

「誠実な方々なのは確かだけど。……どういたしましょうか?」


 アルヴァはしばし悩んでいたが。


「いえ、やはり祖父に頼もうと思います。あなたの上司が誠実な方々だとしても、私自身が信用していただける立場にありません。誠実で模範的な市民であればこそ、通報されるとも考えられます」

「それが妥当かと私も思います。神竜教会は巨大な組織です。それだけにどこから情報が漏れて、どのような結果をもたらすか……。残念ながら、私にも計りかねます」

「司祭であるあなたにも、把握しきれないというわけですか……。教会というのも元老院や軍に劣らず、なかなか難儀な組織ですね」


 アルヴァはそう言ってから、話題を変えた。


「――時に、見たところ帝都は平穏なようですが……。私が追放されてから、何か問題は起こっていませんか?」


 神竜教会の要職にあるセレスティンならば、帝都の情勢にも詳しいはず。危険を承知にしても、セレスティンとは話す価値がある――アルヴァもそう判断したため、自ら正体を明かしたのかもしれない。


「確かに……表面上は平穏ではありますね」


 セレスティンは含みを持たせる表現で応えた。

 アルヴァは即座に察したようで。


「ふむ、何かあるわけですね? お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「はい。……最近、帝都で怪しい宗教が跋扈(ばっこ)しているようなのです。少しずつ勢力を増しているようで、神竜教会としても放っておけない状況です」

「新興宗教ということですか? 私の時代には耳に入りませんでしたが……」


 『私の時代』とはまた凄い表現だな――と心中でつぶやきながら、内容にはソロンも気を引かれた。


「はい。教会の情報網に入ったのは、ごく最近です。以前から密かに勢力を増やしていたと考えられますが、話題になり出したのはあの事件よりも後になります。なので、アルヴァ様のお耳には入らなかったかと……」


 あの事件――とは、帝都が襲撃され神獣が現れたあの事件のことだろう。


「怪しい宗教ってどこが怪しいの? 神竜教会もけっこう怪しいよね」


 ミスティンは司祭たる姉にケンカを売るようなことを平然と言った。けれど、対するセレスティンは取り合わずに。


「曰く――現世は終末へと向かっている。亜人が北方を侵略するのも、帝都が襲撃されたのも、全てはその前兆である。唯一、救われる方法は現世を捨て、新世界に至ること。新世界においては永遠の命、永遠の若さが約束されよう。そして、そのためにも――」

「わが教団に加入なさい、と」


 アルヴァは最後まで聞かずに答えて。


「――なるほど、典型的な終末思想。いかにもな新興宗教ですね。しかし、今更そのような宗教が流行(はや)っているのですか?」

「民が不安に思う気持ちは、いつの時代も変わりませんから。昨今の不穏な情勢に鑑みて、うまく不安感を(あお)っているのでしょうね」

「不穏な情勢もなにも……。長い歴史で見れば、帝国はいつも問題を抱えていますけれど。大国の常で、東西南北で見れば紛争はどこかにあるものです。それでも百六十年前の内戦時代と比較すれば、今は平和なものですよ」


 アルヴァは呆れたと言わんばかりだった。


「アルヴァ様のおっしゃる通りかと思いますが……。ただ今回の場合、帝都が直接あのような襲撃を受けたわけです。それも、かつて見たことのないような巨大な魔物に……。やはり、実際に目撃した出来事は、遠くの紛争よりも市民の印象に残るものですから」

「それは……その、私の不徳の致すところですし、責任も感じていますが……」


 間接的に自分の責任を指摘されて、アルヴァは意気消沈した。昔の彼女と比較して、随分と弱気かつ謙虚になった気がする。


「い、いえ、責めているわけでは……」


 セレスティンは困惑したように手を振った。

 少し気まずい空気が流れたので、ソロンも会話に加わることにした。


「だけど、どうしてよりにもよってその宗教なのかな? 救いを求めるなら、神竜教会でもいいんじゃないですか?」

「ごもっともです」


 セレスティンも頷いて。


「――一つには新興宗教特有の過激さ、明瞭さでしょうね。ただ、もう一つ気になっているのですが……。信者の中で、実際に新世界を見たと証言する者がいるようなのです」

「そんなもん、真に受けてもしょうがないんじゃねえか? 宣伝用のウソか、それかクスリだな」

「グラットにしては妥当な指摘ですね」


 幾分、調子を取り戻してアルヴァが語り出した。


「――麻薬のような薬物には、神秘体験を起こす効用があります。そしてそれは、古くから宗教とも関わってきました。古来、いくつかの宗教において、薬物は神と交信する手段だったそうです。無論わが国においては、そのような薬物は取り締まってきましたが……」

「お姫様、俺を当然の如くバカにすんのやめてくんねえかな……」


 グラットが抗議をするも、それを無視してアルヴァは続ける。


「ちなみに、四百年前に神竜教が国教として定められたのには、そういった事情も関係しています。神竜教会は薬物を使うような、いかがわしい教義を持っていなかった。つまり、多くの文化が混在する帝国をまとめるのに、比較的マシな宗教だったわけです」


 当の司祭を前にして、アルヴァは比較的マシな宗教と言い切った。

 こうやって知識のひけらかしをしている彼女は、とても機嫌がよさそうに見える。その知識が役に立つかどうかはともかくとして……。

 饒舌(じょうぜつ)な元女帝に、セレスティンは苦笑しながら。


「私もそのような線で考えていました。ところが……どうも違う印象を受けたのです」

「違うとは?」


 首を(かし)げたアルヴァに、セレスティンが続ける。


「真に迫るといいますか……。薬物による幻覚にしては、不自然なくらい目撃者の証言に統一が取れているのです。曰く――雲海が上に見えた。見たこともない生物を見た。帝国とは異なる文化を持つ国と町があった」

「なっ……!?」


 思わずソロンは仲間達と顔を見合わせた。やはり皆も驚いた顔をしていた。四人全員にとって、心当たりのある内容だったのだ。

 様々な可能性がソロンの頭を駆け巡った。新世界、怪しげな教団、それらが意味するものは……。


「その教団の名は?」


 しかし、ソロンの疑問が形となる前に、アルヴァが質問を口にした。


「ザウラスト教団と称しているようです」


 こちらの衝撃をよそに、神竜教会の司祭は淡々と答えた。

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