思わぬ再会
ナイゼルやガノンド達と別れて、いつもの四人になった。
「なるべく詳細な情勢を知りたいので」
と、アルヴァは自らの目的を語った。
どこへ向かっているのかは分からないが、足取りに迷いはない。彼女の中では、目的地が定まっているらしかった。
ソロンもその前方を守るように歩いていた。
何と言っても、アルヴァは帝都屈指の有名人である。帽子をかぶってはいても、正体がバレる可能性はいくらでもある。なるべく彼女の顔を隠すような位置取りが望ましかった。
少し進めば、飾り気のない平らな建物が目に入った。
どうやら、役所の一つらしい。帝都のような大都市では、町中にいくつも役所を設置するらしかった。
アルヴァは役所の門前へと歩み寄った。そこには台が置かれており、さらには紙が積まれている。
アルヴァはその紙を手に取った。
「それは?」
「政府広報です」
帝国では政府の政策や、議会で討論された内容がこうやって広報されるらしい。文字の刷られた紙が無料で配布されるとは、なんとも贅沢なことである。
ちなみにイドリスでの広報は、町の各所にある掲示板に貼り出すだけだ。重要な政策なら回覧板を回したりもする。
二つの国の間には、印刷技術に至っても相当の格差がありそうだ。
「なかなかお忙しいようですね」
政府広報を一読したアルヴァは、そんなことを口にした。今の発言は新皇帝に対するものらしい。
どれどれ――と覗き込んでみると、彼女は紙を広げて見せてくれた。
ソロンは帝国語の文章には、まだ不慣れである。故郷の言葉と強く似通ってはいるが、あくまで外国語なのだ。
それでもすぐに内容が理解できたのは、ソロンにとっても身近な話だったからだ。
内容は他でもない。サラネド軍が港湾都市ベオへと攻め込んだことについてだった。
サラネド軍はガゼット将軍が不在のベオに、卑劣な奇襲を敢行。
戦いは劣勢を強いられたが、それでも勇敢な防衛軍はサラネドの攻勢を退けた。町の危機に急ぎ帰還したガゼット・ゾンディーノ将軍は、敗残のサラネド軍に報復として痛烈な打撃を与えた。
皇帝エヴァートはサラネド王に対して、遺憾の意を表明。サラネドの外務大臣を帝国へと呼びつけ、会談の場で抗議する意向だ。
会談の場に選ばれたのは、戦いの舞台ともなったベオ。恐らくはガゼット将軍もその場に参加するはず。
皇帝自身もベオに向けて既に出発したのだという。
要約すればそのような内容になった。
「ふう……。まあこんなもんだな」
と、グラットは息を吐いた。
「よかったね、お父さんが悪く書かれてなくて」
意外と敏いミスティンが、その意を汲んだ。
グラットの父――ガゼット将軍には、不在の町を敵国に突かれた失点がある。それで責務を問われないか、心配していたのだろう。
「ん、まあな。しっかし、皇帝陛下とは入れ違いになったみたいだな。どうする、ベオに引き返すか? あっちに行ったってことは親父にも会うんだろうし。そんなら親父に仲介を頼むって方法もあるが……」
「いいえ。当初の予定通り、イシュティールを目指しましょう」
アルヴァの方針に揺るぎはなさそうだった。ならばこちらは従うだけである。
*
しばし、帝都で情報収集していた四人だったが――
「何をしているのかしら?」
突如、背後から声をかけられた。落ち着いた女性の声である。
「わわ?」
次に上がったのは戸惑うミスティンの声。
ソロンが振り向けば、ミスティンは女性に背中から抱きしめられていた。愛情表現――というよりは、逃さぬように押さえるといった雰囲気である。
長く伸ばした金髪に、穏やかな知性をたたえる空色の瞳。聖職者がまとう白い衣。口元には上品な微笑が浮かんでいる。
「お姉ちゃん、なんでこんなところに!?」
ミスティンは振り向き、同じ空色の瞳で相手の女性を見つめた。
向き合った相手は、ミスティンの姉にして神竜教会の司祭――セレスティンである。
「なんでって……。帝都の巡回が私の仕事だもの。たまたまあなたを見かけたから、声をかけただけ」
セレスティンは至極もっともな回答を返した。ここは役所の前であって、待ち合わせにも使えそうな場所である。さぞ目につきやすかったはずだ。
「あはは……。そういえばそうだったね」
と、ミスティンらしからぬ狼狽ぶりだった。
それからセレスティンはミスティンを解放し、こちらへと目をやった。
「お久しぶりです。セレスティンさん」
ソロンは先手を取って挨拶をした。
「ミスティンの姉ちゃん、久々だなあ」
と、グラットもそれにならう。
前に会ったのは、帝都が神獣に襲われた時である。おおよそ二ヶ月半ぶりの再会のはずだが、色々なことがあったせいか、随分と久しぶりに感じた。
「お久しぶりです」
と、セレスティンも応じて。
「――随分とあなた達が気に入ったのですね。この子ったら、付き合う友達をしょっちゅう変えるものだから……」
「そうなんですか?」
意外だな――とソロンは思った。ミスティンは人懐っこい娘だという印象があったのだ。
「そうなんです。気に入った相手以外とは、深く付き合おうとしない子なのですよ。軽薄なようで、意外と身持ちが固いと言いましょうか」
「そうなの?」
と、今度はミスティン自身に尋ねてみた。目の前であれこれ言い続けるのは、気分がよいものではないだろう。
「う~ん、そうかも。やっぱり、好きな子と一緒のほうが楽しいから」
ミスティンは考える素振りをした後で、ニコリと微笑んだ。視線はまっすぐにソロンへと向けられている。
照れくさくなったソロンは反射的に振り返って、アルヴァに助けを求めようとした。
アルヴァは帽子を目深にかぶり、少し離れた場所でこちらの様子を眺めている。
……が、そこでガシっとミスティンに腕をつかまれた。思わず、目の前の彼女へと視線を戻す。
何のつもりかと思ったが、ミスティンは姉へと向き直って、
「えっと、お姉ちゃんはお仕事忙しいんだよね。私達も大事な仕事で忙しいから、もう行くよ」
強引に話を終わらせようとした。いつも悠然と構える彼女にしては、珍しい光景である。
そこでソロンもようやく気づいた。
ミスティンの姉とはいえ、セレスティンは神竜教会の要職にある人物だ。アルヴァの追放を決めた元老院とも、どこかでつながっている可能性は高い。
つまり、アルヴァの存在を知られては、都合が悪いのである。最初からそれを悟っていたミスティンは、話を畳もうとしていたのだ。
「別にそこまで忙しいわけじゃないけど……。まあいいわよ、あなたの邪魔をする気もないし」
セレスティンは疑わしそうな目をしたが、妹の嫌がる気配を察したらしく、あっさりと引き下がった。
振り返って立ち去る素振りを見せたが、すぐにまたミスティンを向いて。
「――あ、けど一つだけ聞かせなさい。今までどこをほっつき歩いていたのかしら? 長いこと姿を見せなかったから心配したわよ」
「それはまあ……ね、私は冒険者だから」
ミスティンはいかにも適当な答えを返した。
そうしながらも、さり気なく足を動かして位置を移動しようとした。どうやら、アルヴァを背中へ隠そうとしたらしい。
……が、その動きは裏目に出た。
「ふぉわっ!?」
ミスティンは段差につまづいて体勢を崩した。視線をセレスティンに向けていたため、足元がお留守になったらしい。
「ミスティン!?」
二人の声――ソロンとアルヴァの声が唱和する。
すっ転びそうになったミスティンを、難なくソロンが抱きとめた。しかし、その時にはアルヴァも駆け寄ってきていた。
「まったく、気をつけなさい。……あら、そちらの方もお友達かしら?」
セレスティンは興味を引かれたらしく、アルヴァのほうへと近づいた。
アルヴァは帽子で顔を影に隠していたが、顔全体が隠れるわけではない。
「仕方ありませんか……」
アルヴァは溜息をついて、自らセレスティンに向けて一歩踏み出した。帽子のつばを軽く持ち上げて。
「お久しぶりですね。セレスティン司祭」
「ああ…………!? へい――」
セレスティンの叫びを、ミスティンが寸前で押さえた。