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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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思わぬ再会

 ナイゼルやガノンド達と別れて、いつもの四人になった。


「なるべく詳細な情勢を知りたいので」


 と、アルヴァは自らの目的を語った。

 どこへ向かっているのかは分からないが、足取りに迷いはない。彼女の中では、目的地が定まっているらしかった。

 ソロンもその前方を守るように歩いていた。

 何と言っても、アルヴァは帝都屈指の有名人である。帽子をかぶってはいても、正体がバレる可能性はいくらでもある。なるべく彼女の顔を隠すような位置取りが望ましかった。


 少し進めば、飾り気のない平らな建物が目に入った。

 どうやら、役所の一つらしい。帝都のような大都市では、町中にいくつも役所を設置するらしかった。

 アルヴァは役所の門前へと歩み寄った。そこには台が置かれており、さらには紙が積まれている。


 アルヴァはその紙を手に取った。


「それは?」

「政府広報です」


 帝国では政府の政策や、議会で討論された内容がこうやって広報されるらしい。文字の刷られた紙が無料で配布されるとは、なんとも贅沢なことである。

 ちなみにイドリスでの広報は、町の各所にある掲示板に貼り出すだけだ。重要な政策なら回覧板を回したりもする。

 二つの国の間には、印刷技術に至っても相当の格差がありそうだ。


「なかなかお忙しいようですね」


 政府広報を一読したアルヴァは、そんなことを口にした。今の発言は新皇帝に対するものらしい。

 どれどれ――と覗き込んでみると、彼女は紙を広げて見せてくれた。


 ソロンは帝国語の文章には、まだ不慣れである。故郷の言葉と強く似通ってはいるが、あくまで外国語なのだ。

 それでもすぐに内容が理解できたのは、ソロンにとっても身近な話だったからだ。

 内容は他でもない。サラネド軍が港湾都市ベオへと攻め込んだことについてだった。


 サラネド軍はガゼット将軍が不在のベオに、卑劣な奇襲を敢行。

 戦いは劣勢を強いられたが、それでも勇敢な防衛軍はサラネドの攻勢を退けた。町の危機に急ぎ帰還したガゼット・ゾンディーノ将軍は、敗残のサラネド軍に報復として痛烈な打撃を与えた。

 皇帝エヴァートはサラネド王に対して、遺憾の意を表明。サラネドの外務大臣を帝国へと呼びつけ、会談の場で抗議する意向だ。

 会談の場に選ばれたのは、戦いの舞台ともなったベオ。恐らくはガゼット将軍もその場に参加するはず。

 皇帝自身もベオに向けて既に出発したのだという。


 要約すればそのような内容になった。


「ふう……。まあこんなもんだな」


 と、グラットは息を吐いた。


「よかったね、お父さんが悪く書かれてなくて」


 意外と(さと)いミスティンが、その意を()んだ。

 グラットの父――ガゼット将軍には、不在の町を敵国に突かれた失点がある。それで責務を問われないか、心配していたのだろう。


「ん、まあな。しっかし、皇帝陛下とは入れ違いになったみたいだな。どうする、ベオに引き返すか? あっちに行ったってことは親父にも会うんだろうし。そんなら親父に仲介を頼むって方法もあるが……」

「いいえ。当初の予定通り、イシュティールを目指しましょう」


 アルヴァの方針に揺るぎはなさそうだった。ならばこちらは従うだけである。


 *


 しばし、帝都で情報収集していた四人だったが――


「何をしているのかしら?」


 突如、背後から声をかけられた。落ち着いた女性の声である。


「わわ?」


 次に上がったのは戸惑うミスティンの声。

 ソロンが振り向けば、ミスティンは女性に背中から抱きしめられていた。愛情表現――というよりは、逃さぬように押さえるといった雰囲気である。

 長く伸ばした金髪に、穏やかな知性をたたえる空色の瞳。聖職者がまとう白い衣。口元には上品な微笑が浮かんでいる。


「お姉ちゃん、なんでこんなところに!?」


 ミスティンは振り向き、同じ空色の瞳で相手の女性を見つめた。

 向き合った相手は、ミスティンの姉にして神竜教会の司祭――セレスティンである。


「なんでって……。帝都の巡回が私の仕事だもの。たまたまあなたを見かけたから、声をかけただけ」


 セレスティンは至極もっともな回答を返した。ここは役所の前であって、待ち合わせにも使えそうな場所である。さぞ目につきやすかったはずだ。


「あはは……。そういえばそうだったね」


 と、ミスティンらしからぬ狼狽ぶりだった。

 それからセレスティンはミスティンを解放し、こちらへと目をやった。


「お久しぶりです。セレスティンさん」


 ソロンは先手を取って挨拶をした。


「ミスティンの姉ちゃん、久々だなあ」


 と、グラットもそれにならう。

 前に会ったのは、帝都が神獣に襲われた時である。おおよそ二ヶ月半ぶりの再会のはずだが、色々なことがあったせいか、随分と久しぶりに感じた。


「お久しぶりです」

 と、セレスティンも応じて。

「――随分とあなた達が気に入ったのですね。この子ったら、付き合う友達をしょっちゅう変えるものだから……」

「そうなんですか?」


 意外だな――とソロンは思った。ミスティンは人懐っこい娘だという印象があったのだ。


「そうなんです。気に入った相手以外とは、深く付き合おうとしない子なのですよ。軽薄なようで、意外と身持ちが固いと言いましょうか」

「そうなの?」


 と、今度はミスティン自身に尋ねてみた。目の前であれこれ言い続けるのは、気分がよいものではないだろう。


「う~ん、そうかも。やっぱり、好きな子と一緒のほうが楽しいから」


 ミスティンは考える素振りをした後で、ニコリと微笑(ほほえ)んだ。視線はまっすぐにソロンへと向けられている。

 照れくさくなったソロンは反射的に振り返って、アルヴァに助けを求めようとした。

 アルヴァは帽子を目深(まぶか)にかぶり、少し離れた場所でこちらの様子を眺めている。


 ……が、そこでガシっとミスティンに腕をつかまれた。思わず、目の前の彼女へと視線を戻す。

 何のつもりかと思ったが、ミスティンは姉へと向き直って、


「えっと、お姉ちゃんはお仕事忙しいんだよね。私達も大事な仕事で忙しいから、もう行くよ」


 強引に話を終わらせようとした。いつも悠然と構える彼女にしては、珍しい光景である。


 そこでソロンもようやく気づいた。

 ミスティンの姉とはいえ、セレスティンは神竜教会の要職にある人物だ。アルヴァの追放を決めた元老院とも、どこかでつながっている可能性は高い。

 つまり、アルヴァの存在を知られては、都合が悪いのである。最初からそれを悟っていたミスティンは、話を畳もうとしていたのだ。


「別にそこまで忙しいわけじゃないけど……。まあいいわよ、あなたの邪魔をする気もないし」


 セレスティンは疑わしそうな目をしたが、妹の嫌がる気配を察したらしく、あっさりと引き下がった。

 振り返って立ち去る素振りを見せたが、すぐにまたミスティンを向いて。


「――あ、けど一つだけ聞かせなさい。今までどこをほっつき歩いていたのかしら? 長いこと姿を見せなかったから心配したわよ」

「それはまあ……ね、私は冒険者だから」


 ミスティンはいかにも適当な答えを返した。

 そうしながらも、さり気なく足を動かして位置を移動しようとした。どうやら、アルヴァを背中へ隠そうとしたらしい。

 ……が、その動きは裏目に出た。


「ふぉわっ!?」


 ミスティンは段差につまづいて体勢を崩した。視線をセレスティンに向けていたため、足元がお留守になったらしい。


「ミスティン!?」


 二人の声――ソロンとアルヴァの声が唱和する。

 すっ転びそうになったミスティンを、難なくソロンが抱きとめた。しかし、その時にはアルヴァも駆け寄ってきていた。


「まったく、気をつけなさい。……あら、そちらの方もお友達かしら?」


 セレスティンは興味を引かれたらしく、アルヴァのほうへと近づいた。

 アルヴァは帽子で顔を影に隠していたが、顔全体が隠れるわけではない。


「仕方ありませんか……」


 アルヴァは溜息をついて、自らセレスティンに向けて一歩踏み出した。帽子のつばを軽く持ち上げて。


「お久しぶりですね。セレスティン司祭」

「ああ…………!? へい――」


 セレスティンの叫びを、ミスティンが寸前で押さえた。

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