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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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帰ってきた帝都

「おいおい、男ならそこはケンカをしかけるところだろ~」

「グラットと一緒にしないの。ソロンは良い子なんだから」


 軽口を叩くグラットと、機嫌のよさそうなミスティン。

 ソロンはしてやったりの顔をしていたが、そこで様子のおかしいアルヴァに気づいた。


「えっと、大丈夫……」


 彼女は食卓に突っ伏していた。帽子に隠れて、その表情はほとんど(うかが)えない。

 こちらも頭を低くして、目を合わせようと試みるが――


「こら……大人しくしてと言ったでしょう」


 コツンとアルヴァに頭を叩かれた。手つきが妙に優しいのは、こういったことに慣れていないからだろう。


「でも、話してみたら分かってくれたでしょ」

「風説を晴らしてくれるのはよいとしても、後のほうは余計だったでしょう」


 決して目を合わせずにアルヴァが言った。


「そうかなあ?」

「……顔から火が出るほど恥ずかしいのですが。ああもうっ……!」


 アルヴァは顔を赤くして、またも食卓に突っ伏さんばかりだった。

 そんなアルヴァの背中を、ミスティンは「よしよし」となでている。


「そこまで、恥ずかしがることでもないと思うけど……」


 極めついて高貴に生まれた彼女のことである。褒め殺しには慣れていると思っていたが、思いのほか効果があったらしい。


「お姫様をそこまで照れさせるとは。お前もやるようになったな」


 グラットが親指を立てて、ニヤリと笑った。


 そんなことがあったものの、雲海の旅は何事もなく進んでいた。

 ナイゼル達も二回目となる雲海を、すっかり満喫していた。

 嵐に見舞われることもなく、雲賊に襲われることもなく、ましてや皇帝イカに襲われることもなく。

 ――本当の意味で旅は平和だった。


「こうなんだよ、本当の竜玉船の旅ってもんは。今までがツイてなさすぎたんだぜ」


 グラットは、平穏な竜玉船の旅にはしゃいでいた。


「相変わらずグラットは竜玉船が好きだよね」


 ソロンが言えば、グラットは頷く。


「まあな、軍船として竜玉船にはしょっちゅう乗ってたからな。結局、軍の仕事は好きになれんかったが、船は好きだった。自分で好きなようにあれで旅ができたら最高だなって、何度も思ったもんよ」

「ああそっか。それで自分の竜玉船が欲しいって話になったんだね」

「おうよ」グラットは力強く返事をした。「まあ、夢は後でもついてくる。今はお姫様のために頑張るとしようぜ。お前も俺もな」

「うん」


 ソロンも強く頷いた。

 それこそソロンが上界を再び訪れた目的なのだ。

 ここへ来るまでに思いもしない寄り道で時間をかけてしまった。イシュティールで待つというマリエンヌは、今も心配しているだろうか。


 *


 各地に設置された灯台を目印にして、竜玉船は昼夜を問わずに航海を続けた。

 ベオを出発した翌日の朝方。

 竜玉船の甲板(かんぱん)から、帝都ネブラシアの威容が見えてきた。


「おおぉ、なつかしの帝都じゃ!」


 感慨もひときわに、ガノンドが声を漏らす。かつての彼は帝都に暮らす公爵だったのだ。

 遠くからでも見える数々の高層の建物。

 ひときわ目立つのはやはりネブラシアの皇城だ。イドリス城とはもちろん比較にもならない。


 ソロンの隣には、かつて皇城の主だった娘がいる。どんな顔をしているのかと見てみれば、どこか懐かしげに目を細めていた。

 色んな感慨があるだろうに、アルヴァは否定的な感情を(おもて)に出さなかった。


「あれは……城ではないのですね?」


 ナイゼルが驚愕(きょうがく)をあらわにして問いかけた。

 彼が指差したのは皇城ではない。

 それを中心として立ち並ぶ、数々の建物だった。イドリス城に匹敵するような建造物が、いくらでも存在するという事実。それが彼にとっては驚異だったのだ。

 まさしく、初めて帝都に来たソロンと同じで田舎者丸出しである。


「帝国では通常、あの大きさの建物を城とは呼びません。役割に応じて、館あるいは砦と呼称します。住居なら館、軍事拠点なら砦――といったところですね。帝都内部に砦はありませんので、多くは館となります。その他にも皇学院や大図書館、大聖堂、大闘技場といった施設も大きいですね」


 無駄に丁寧なアルヴァの解説を聞いて、ナイゼルは溜息をついた。やはり国としての格差を実感せざるを得ないのだ。


「サンドロス陛下を連れてきたら、なんとおっしゃるでしょうね……」

「一度、連れてきたほうが勉強になっていいかもね。まあ、さすがにそんな余裕はないと思うけど」


 *


 ソロン達一行は港へと降り立った。

 帝都の南方に位置するネブラシア港は、天然の小島を利用した巨大な港である。軍船、貿易船、漁船(ぎょせん)など様々な船舶が入港している。

 港には様々な施設があった。一日に何万という利用者があるこの小島は、それだけでちょっとした小都市ともいえそうだ。


「どうする? さっそく馬車に乗ろうか?」


 ソロンはアルヴァに向かって尋ねた。

 港には馬車を備えつけた駅がある。イシュティールまでの道を急ぐならば、ここから搭乗するのが最善だった。

 彼女は首を振って、長い黒髪を横に揺らした。


「できれば、帝都の様子を見たいと思いますので」

「私も同意します。ここまで来て帝都の町並みを見られないのは生殺しですよ」

「そうじゃ。わしも二十年ぶりの帝都を見て回りたいのでな」


 アルヴァ、ナイゼルにガノンド――三人はそれぞれの事情で帝都の町へ行きたがった。ソロンとしても特に断る理由はない。


 大型の馬車が二台すれ違えるような幅の広い大橋――そこを北へと渡りながら、一行は帝都の町中へと足を踏み入れた。

 港から接続する帝都南部は、市場や宿でにぎわっていた。

 アルヴァは町中を、しきりに見回していた。かつては自らが君臨していた都である。様子が気になって仕方ないのだろう。


「特に混乱はないようですね。ベオにいた時点で予想はついていましたが……」


 努めて淡々とアルヴァは言った。


「そりゃ君が追放された後――僕達が下界に向かう頃には、もう落ち着いてたからね」


 アルヴァが追放されて、はや二ヶ月。既に先帝は過去の人物に成り下がっているようだった。


「寂しい?」


 ミスティンがぽつりとアルヴァに尋ねた。


「いえ、こんなものでしょう。最初から分かっていたことでしたから」


 そう口にしたアルヴァは、言葉とは裏腹に(はかな)げだった。

 その間、ナイゼルと四人の兵士達は、ただただ呆然と町並みを眺めていた。間近で見る建造物の数々が、彼らを圧倒していたのだ。


「う~む。この帝国とわがイドリスで同盟を目指すわけですか……」


 さしものナイゼルも、帝都の威容には怖気づかずにいられなかったようだ。


「これこれ、何を怖気づいておるか。まだ交渉は始まってもおらんのだぞ。全てはやってみてからじゃ」


 ガノンドがナイゼルに活を入れれば、アルヴァもそれに引き続く。


「そうですね。そのためにも、お兄様とお会いして話をせねばなりません。さすがに、今すぐとは難しいでしょうが……」


 しかし、彼女の言葉は次第に弱々しくなった。


「なんか伝手(つて)とかはないのか? ……ってか、あるだろ。お姫様なら」


 グラットが言えば、アルヴァは(かぶり)を振って。


「お恥ずかしいことですが……。伝手と言って思いつくのは、マリエンヌやお祖父様ぐらいのものです」


 その二人は、これから向かう海都イシュティールにいるはずだ。もちろん、帝都では役に立たない伝手である。


「じゃあ、帝都にいる人だと?」


 ソロンも質問した。酷かもしれないが、一応は聞いておきたい。


「はあ……。他に信頼できそうな方といえば、お兄様や大将軍ぐらいのものでしょうか。どちらも普段は城に詰めているはずです」


 その『お兄様』に会えないからこそ、伝手が必要なのだ。大将軍という人物も役職からして、簡単に会えるとは思えない。


「無理そうだね」


 ミスティンは遠慮もなく結論を下した。


「ごめんなさい。私は無力ですね……。地位がなくなれば、従兄と会うだけのことに苦労させられるなんて……」


 目に見えてアルヴァは消沈していた。


「だ、大丈夫だよ。そこまで急ぐ必要もないだろうし。イシュティールには頼れる人がいるんだよね。そこから改めて、皇帝陛下に連絡をとってもらおう」


 すかさずソロンが(なぐさ)めに入った。そもそもそれが当初の予定であり、彼女が落ち込む必要はないのだ。


「……そうですね。今日は帝都の様子を眺めて満足しておきましょう」


 アルヴァは気を取り直すように言って、それから提案した。


「――落ち合う場所を定めて、自由行動にしようと思いますが。それでよろしいですか?」

「分かりました」


 同意したナイゼルは、ガノンドを気遣うように視線をやった。


「――父さんもどこか行きたい場所は? 久々の故郷なのでしょう?」

「ううむ……。見たい場所はないこともないが……。しかしなあ……」


 ガノンドは逡巡(しゅんじゅん)するように、視線を町並みへ送っていた。どこかで知り合いと会わないかどうか、おどおどしているような雰囲気である。


「まっ、色々あって敷居が高いってのは分かるけどよ。どうせ爺さんのことなんて、誰も分かりゃしねえんだ。悔いがないように、好きなとこ行っとけよ」


 グラットは彼らしい表現でガノンドを(はげ)ました。


「口の悪い奴じゃのう。……まあ、お主の言うことにも一理はあるがな。こっそりと実家のほうを見てみようかのう……」


 ともあれ、ガノンドも少しは決心がついたようだった。

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