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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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グラットとガゼット

 終戦の二日後にはグラットも早々と退院し、ゾンディーノ家へと戻っていた。

 なんだかんだ言いながらミスティンも、魔法でグラットの治療に協力していた。その甲斐もあって、グラットも元気に歩ける程度には回復したのだ。


 もっとも、今もところどころは痛むらしく、しばらくは自宅療養を課せられている。退院できたのは、修道院のベッド自体が限られているという事情が大きかった。

 そして、その日になって、ようやく家長のガゼットが戻ってきた。


 ゾンディーノ家の敷居をまたいだガゼットは、妻マーシアと娘ショーナと抱き合った。そうして無事の再会を喜んだのだった。

 まだ包帯が取れていないグラットは、そんな三人を少し離れて見ていた。この息子は妻や娘ほどには、素直な感情を出せないらしい。

 だがすぐに、ガゼットと目が合った。父は妻と娘を後ろにして、息子の元に近づいた。


「よう」


 と、グラットが先に声をかければ、


「おう」


 と、ガゼットが息子の肩を叩いた。

 激戦をくぐり抜けて再会した親子は言葉少なだった。

 男同士、多くは語らずとも通じているのか、それともどこか気恥ずかしさがあるのだろうか。


「警備隊の者達から話を聞いたぞ。一人で何十人も敵を倒したんだとな」


 ガゼットの表情はどこか誇らしげだった。

 言葉は控えめだったし、相変わらず表情に疲れも(うかが)えた。それでも、息子の活躍に満足しているのは伝わった。


「親父こそ、大変だったんじゃねえか? あっちも襲われたんだろ?」


 グラットもぶっきらぼうながら、父を(ねぎら)った。


「ああ、掃討作戦自体はうまくいったんだがな……。その帰りをサラネドの連中に狙われた。奴らと賊のつながりは把握していたし、多少の妨害は覚悟していた。だがまさか、これほど大規模にしかけてくるとは思わなかった」



 ガゼットが出征してから帰還するまでの経緯は、ソロンの耳にも入ってきていた。

 将軍ガゼットの采配によって、雲賊掃討作戦はつつがなく進行した。多くの賊は討伐され、あるいは捕縛された。


 ところが、その帰路に事件は起きた。

 ガゼット率いる船団が、所属不明の船団によって襲撃を受けたのである。

 雲賊の生き残りが、捕虜を奪取するためにしかけてくる可能性は予想していた。実際、その備えもあった。しかし、敵の船団は予想以上の戦力で攻撃してきたのである。


 それもそのはず、敵は雲賊などではなかったのだ。

 旗を隠して奇襲してきた敵船団だったが、正体はすぐに明らかとなった。

 船体と武装、乗組員の人種と練度、何よりも数十隻という規模……。それらから推し量れば、船団はサラネドの正規軍以外にあり得なかった。


 それでも、帝国軍のほうが戦力は多かった。――にも関わらず、予想外の苦戦を強いられてしまった。

 相手はさすがの正規軍であり手強かった。仕事を終えたと思い込んでいた帝国兵に、ゆるみがあったのも否定できない。

 そして、苦戦したもう一つの理由は、戦闘員が少なくなっていたことだ。


 捕らえた賊は各地の港で降ろし、複数の町の牢に収容する予定だった。しかし、それまでは賊を輸送するため、兵士の中から人員を割かねばならなかった。

 かといって、賊を管理する人員を減らすわけにもいかない。監視をゆるめた結果、船団の内側から反乱を起こされでもすれば、一巻の終わりなのだ。


 そんな状況でも、ガゼットは落ち着いて指揮を取った。

 巧みな手腕で浮足立った船団を早急に立て直したのだ。攻勢をしのいだ帝国軍は反撃に転じ、サラネド軍を蹴散らしたのだった。

 そして、ガゼットは意図を疑った。こちらへの攻撃は足止めであり、本当の狙いは別にあるのではないか――と。

 狙いは基地だと直感したガゼットは、ベオの港町へと帰還を急いだのだった。



「やはり、サラネドは雲賊を(おとり)にしたわけですね? 両者は、裏で手を握っているのかと思っていましたが……」


 アルヴァの疑問にガゼットが答えて。


「ああ、つながっていたのは間違いない。連中の首領を尋問したら、色々と白状してくれた。手はずでは俺達がアジトを襲撃している背後を、サラネド軍が突く予定だったそうだがな」

「見殺しにしたってわけか。えげつないこと考えるねえ……」

「サラネドにしても、雲賊との関係を清算したかったのかもしれません。それで帝国軍に始末させると同時に、空き巣をかけることを考えたと。まったく……賊にも劣る卑劣な連中ですね」


 グラットもアルヴァも、サラネドへの嫌悪感を隠さなかった。


「だが一矢は報いたぞ。ベオから逃げ帰るところを散々に叩いてやったんでな。サラネドの雲海軍もこれで()りただろう」


 ベオを目指すガゼットの船団は、その途中も情報収集を欠かさなかった。必ずしも敵の狙いがベオとは限らない――と、ガゼットが様々な可能性を想定していたためだ。

 とはいえ、彼の直感はじきに正しいことが裏付けされた。そして、ベオを襲撃したサラネドの船団が、撤退を始めたことも知ったのだ。


 本国へ撤退する敵船団に、ガゼットは強襲をしかけた。

 既に旗艦を失っていたサラネド軍は、組織立った戦いができず散々に打ちのめされた。矢と炎を浴びせられ、あるいは衝角の突撃を受けて、多くの船が航行機能を喪失させられたのだった。


「まあ、その辺はさすがの親父だわな。これでちっとは安心できそうだ。故郷がいつ襲われるかもしれない状況じゃあ、おちおち冒険もできねえからな」


 グラットはこの男にしては珍しく、父親を賞賛した。ガゼットはそれを軽く流したが、それでも少しばかり嬉しそうにした。


「さて……」


 と、ガゼットはアルヴァへと改めて向き直った。居住まいを正し、どこか今までよりも堅苦しい空気が流れる。


「――ご活躍はお聞きしました。魔法一つでサラネドの旗艦を沈めたそうですな。今回の事態を招いたのは、敵の襲撃を予測できなかった私に責任がある。あなたのご尽力で、どれだけ助かったか分かりません」


 ガゼットは(こうべ)を垂れ、アルヴァへの感謝を述べた。

 そう――まるで、臣下が皇帝に敬意を示すような改まった口調で……。


「およしください。私はあなたのご子息の友人であり、流れ者の魔道士に過ぎません。将軍閣下が頭を下げるような者ではありませんよ」

「ふむ……そうですか。かつて、紅玉の陛下は雷の魔法を操り、北方に迫る亜人を撃退したとお聞きします。その魔法は亜人どもを陣地もろとも、一網打尽にするほどだったとか」


 雷鳥の魔法は帝国で一人しか使えない。それは彼女自身が述べていたことである。

 それゆえに、そんな貴重な魔法を操る彼女は何者か――という疑念が浮かび上がる。当然、将軍もその正体を察したのかもしれない。


「それはそれは、アルヴァネッサ様は素晴らしい魔道士だったのでしょうね」


 アルヴァリーシャを名乗る彼女は、なおも(うそぶ)き続けた。

 ガゼットはしばらく無言でアルヴァを見つめていた。……が、やがては根負けしたように目線をそらした。


「ああ。アルヴァリーシャ殿も、それに負けない素晴らしい魔道士だと俺は思う。旅の魔道士だろうと何だろうと、この感謝を忘れはしない」


 口調を戻したガゼットはそう述べた。

 それ以上の追求はしない。けれど敬意を払うのは当然だ。ガゼットは暗にそう語ったのだった。

 もっとも、ガゼットも全ての事情を察したわけではない。アルヴァの追放先が下界であった事実も、恐らくは知らないはずだ。


「恐縮です。もっとも、私だけが活躍したわけではありません。あなたのご子息にしても、勇猛な戦い振りでしたよ」


 アルヴァは謙虚にそう返した。


「あなたのような方に、愚息をお褒めていただくとは光栄の至り。どうか、これからもこき使ってやって欲しい」

「ええ、グラットには今までも、とても世話になっています。それでは、ご子息をしばしの間、お借りしますわね」

「おうよ、こき使われてやるぜ。お姫様よ」


 変わらぬ態度でグラットは笑った。


「こら、なんだその態度は!」


 瞬時にガゼットは息子を叱った。

 今までの人生で何百回は繰り返した――そんな家族史を思わせる反射的な行動だった。……実際に何百回と繰り返したのかもしれないが。


「や~い、いい歳して怒られてやんの」


 今までは黙っていたミスティンが、茶々を入れた。真面目な話の中で退屈していたらしい。


「グラットもやっぱり、お父さんの前では子供なんだね」


 ソロンもつられて笑ってしまう。


「お前らなあ……見世物じゃねえんだよ」


 笑いものにされたグラットは渋い顔になった。


 *


 グラットの故郷――港湾都市ベオの争乱はこうして終わった。

 基地を守っていた雲海軍、町を守っていた警備隊――共に被害は少なくなかった。

 それでも、町への被害は意外な程に少なかった。それはサラネド軍の侵入を、警備隊とグラット達が命懸けでせき止めたからである。


 そして、ソロン達は再び旅へと戻る。

 アルヴァの祖父とマリエンヌが待つ海都――イシュティールへと旅立つのであった。

第四章『雲海を駆ける』完結!

この章は本作品では比較的に珍しい寄り道回になりました。

さて、忘れてはいけませんが、旅の目的はあくまでアルヴァの帝国への復帰です。

そちらの解決は第五章『蒼海をゆく』へと引き継がれます。

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