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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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再会は修道院で

「こちらです。坊っちゃん」


 昼下がり――ナイゼルの案内に従って、ソロン達は修道院の廊下を歩いていた。

 終戦を知った三人は、グラット達が守る戦線へと急いだ。その途中、坂を駆け下りてくるナイゼル達と出会ったのである。


 感動の再会を果たした一行は、互いの無事を喜んだ。

 例によって、ソロンはナイゼルから酷く抱きしめられたりもしたが、詳細は割愛する。

 ガノンドと四人の兵士も無事だった。

 ただ一人、姿が見えなかったのは……。


 そうしてナイゼルに連れられて、ソロン達は修道院を訪れていた。

 ガノンド達は大きな怪我こそなかったものの、疲労は大きく宿で休んでいる。


 戦いが終わって、ベオの町の修道院には数多くの負傷兵が運び込まれていた。

 ベッドの数が足らず、床に寝かされている兵士も少なくはなかった。それを神竜教会の神官達が、(せわ)しなく手当てしている。

 故郷イドリスの病院を思い起こすような匂い。実際、帝国における病院の役目を果たしているのが修道院だ。匂いもやはり消毒薬によるものだろう。


 長い歴史の中で、神竜教会は様々な慈善事業を起こした。その中で最大のものが医療である。

 慈善事業とはいっても、実際は寄付という名目の治療費によって収益は(まかな)われているらしいが……。

 ともかく、長年の積み重ねによって魔法と薬を組み合わせた治療法を、教会は確立させた。そうして、医療組織としての体制が整っているのも、帝国が神竜教会を優遇する理由となったようだ。


 ソロンはかつて帝都での戦いで、修道院に運び込まれたことを思い出した。

 しかしながら――今回、ベッドに横たわっているのはソロンではない。


「おおお、お前らも無事だったか……!」


 ソロンの姿を見るなり、グラットは歓喜の笑みを浮かべた。ベッドに横たわったまま、こちらへと手を伸ばしてくる。

 戦いを終えたグラットは、修道院で療養していたのだ。さすがにあれだけの戦いをくぐって無傷とはいかなかったらしい。

 体には包帯をいくつも巻かれていて、見た目にも痛々しい。だが表情はそれを感じさせない活力に満ちていた。


「グラットは……あんまり無事じゃないみたいだね」


 そう言いながら近づいたところで、伸ばされた手に思い切り抱きしめられた。


「ちょっ、痛い! 痛い!」


 グラットはそんな体になっても力強かった。


「わりいわりい、つい嬉しくなっちまってな!」

「だからといって、男を抱きしめるのはどうかと思うよ……」

「お前と違って、俺には抱きしめてくる女の子はいないからなあ~。お袋とショーナぐらいのもんだわな。それともミスティンどうよ?」


 なんて(のたま)いながら、ミスティンへと両手を伸ばす。グラットはあまり()りていなかった。

 ミスティンはそれに応えるように、グラットへ近づいて――と思いきや、その頭をコツンと叩いた。


「ケダモノ。女の敵」


 容赦なく吐き捨てて、ソロンの背中へと下がった。ソロンの腕をつかんで、グラットに対して壁を作る構えである。

 グラットはわざとらしく、悲しそうな顔を作った。


「ふうむ……。思ったよりは元気そうですね」


 アルヴァがそんなグラットを見て、呆れたように溜息をつく。それでいて、どこか安心したようにも見えた。


「まあな、見た目ほど悪かあねえよ。ベッドも限られてるんで、すぐにここは出るつもりだ。……まっ、親父譲りで丈夫なのが取り柄なんでな。そこだけは感謝しないとな。つうか親父、大丈夫かねえ……」


 町を襲ったサラネド軍は退けた。しかし、ベオの雲海軍を率いるガゼット将軍は、いまだに消息不明だった。


「ガゼットさんなら大軍を率いていたわけだし、そう簡単にやられるとは思えないけどね」


 ソロンはそう答えてから、ふと気になった。


「――そういえば、マーシアさんとショーナには会ったんだよね?」


 グラットの家族について、安否はいまだ聞いていなかった。しかし、彼の口振りからすると、母と妹には会ったようにも聞き取れたのだ。


「おう、さっき見舞いに来たぜ。まっ、あっちはあっちで忙しそうだったがな。誰かが親父を待たなきゃならんし、とっとと帰らせた」


 グラットの家族は町の名士として、地区のまとめ役をしているらしい。

 サラネドに襲撃を受けた際も、彼の母マーシアが避難誘導などを受け持っていた。戦いが終わった後でも、なにがしかの役割があるのだろう。


「そっか……。みんな無事でよかったよ。そっちにしても、結構な大軍がやって来たと思うけど、よくしのげたね」

「そいつがうまくやってくれたからな。敵に回したくねえ男だよ……」


 グラットが指差したのは、背後に控えていたナイゼルだった。


「それほどでもありませんよ」


 ナイゼルは「ククッ」と怪しく笑った。


「……いったい何やったの?」

「な~に、少しばかり、土魔法で穴を掘っただけですよ」


 イドリス王国において、ナイゼルは風魔法の使い手として有名だ。とはいえ、彼ほどの魔法使いともなれば、それ以外の魔法も当然のように使いこなせる。

 ちなみに、そのナイゼルにしても雷魔法や回復魔法のように使えない系統は存在した。

 アルヴァは少しばかりの感心を表情に映して。


「落とし穴ですか。原始的ではありますが、うまくやれば有効な策ではありますね。特に魔法で手際よく工作すれば、安々とは対応できないでしょうから」


 アルヴァとナイゼルは知恵者という点では同じである。それでもこういった分野については、ナイゼルに一日(いちじつ)(ちょう)があるようだった。

 経験の差もあるだろうが、それ以上に気質の差が大きい。まっすぐな性格のアルヴァにとって、こういった意地悪い策は不慣れだったのだ。


「ええ、時間もなかったので、簡単なものではありますけれど……。それでも、土をかぶせただけの板を大軍で踏み抜いてくれましたよ。残り少ない投石で、誘導した甲斐もありましたね」


 戦場には、屈強な男達が鎧や武器を持って駆け回る。軽装のサラネド軍とはいえ、それなりの重量があるはずだ。大した工夫はなくとも、落とし穴は容易に作動しただろう。


「ありゃ敵のことながら、見ててゾッとする光景だったな。おまけに崩れた敵へ向かって、毒ガスまで吹きつけたんだぜ」


 グラットはナイゼルへと視線を向けた。つられて一同の視線がナイゼルへと集まる。

 ナイゼルは灰茶の髪を照れるようにかきながら。


「毒ガスなどとは人聞きが悪い。あれは市民の皆さんの協力で集めた唐辛子ですよ。それに点火して、煙を風で送っただけです」


 集まる視線を物ともせず、彼は得意気に語った。手段は選ばないが、味方にいる限りは頼りになる男である。


「まっ、ともかく助かりはしたがな。手段はどうあれ、軍の仲間が救われたのも事実だ」


 なんだかんだ言いながら、グラットはナイゼルに感謝しているようだ。やはり、戦場を共にした者同士の絆には、言葉にできぬものがある。


「いえいえ、それほどではありません。とはいえ、敵を壊滅させるには至りませんでしたからね。そこから先は、グラットさんや皆さんが頑張ったお陰です」

「ああ、本気で命懸けだったぜ。……そうこうしているうちに、雲海のほうが雷みたいに光ってな。それから敵さんの様子がおかしくなって、引き上げていった。あれはやっぱお姫様の仕業だよな?」


 と、グラットはソロン達三人に尋ねる。


「うん、アルヴァがサラネドの旗艦を撃沈したんだ。でも、そっか……。僕らの作戦はうまくいったんだね」


 ソロン達はわずか三人で、敵の旗艦を撃沈する偉業を成し遂げた。しかし、その実感はいまだに薄かった。

 グラットの話を聞いて、ようやくその実感を得られたのだ。


「撃沈ってのは、言葉通り沈めたってことだよな……。できるとは思っていたが、本当に敵さんが気の毒になるぜ。あの魔法、とんでもねえ破壊力だよなぁ……」


 恐れ(おのの)くように、グラットはアルヴァを見た。

 ナイゼルも頷いて。


「私も以前、拝見しましたが、心強いことこの上ありませんね。……確か、雷鳥とおっしゃっていましたか」


 彼にしても、イドリスでは神獣との戦いの場にいた。アルヴァの魔法を間近で見ているのだ。


「だがよう……。逆に言えば、敵の中にもあんな魔法を使う奴がいるかもしれんってことだよな」


 グラットの指摘ももっともだった。強力な魔法は戦況をも左右するが、それは自分達が有利なばかりではない。

 事実、ザウラスト教団の神獣召喚は、イドリス王国そのものを存亡の危機に陥れたのだ。敵国の中にも、雷鳥のような恐るべき魔法の使い手が存在する可能性もあった。


「あの魔法なら、私以外に使い手はいないはずですよ。少なくとも帝国はそうです。恐らく、他国だって変わらないでしょう」

「ん、そうなのか?」


 アルヴァの答えが意外だったのか、グラットは怪訝(けげん)な声を発した。魔法とは人同士が伝える技術である。一人の魔道士しか使えない魔法など、そうあるものではない。


「君の先生から特別に教わった魔法なんだよね」


 と、ソロンは以前に聞いた話を思い出す。


「ええ、シューザー先生の直伝です」

「ん? だったら、その先生も同じ魔法を使えるんじゃねえのか?」

「いいえ、先生は病に冒されてお隠れになりましたから。今となっては私だけしか使えないはずです」

「そうですか。それだけの魔道士が亡くなられたとは、惜しい気もしますね」


 ナイゼルがお悔やみを述べるように言った。力のある魔道士は、彼からしても尊敬の対象だったのだろう。


 *


 将軍ガゼット率いる船団の帰還――そんな朗報がソロンの耳へ飛び込んできたのは、その数時間後のことだった。

 船団の中から先触れとして帰還した一隻が、伝えたのだという。

 動けないグラットに代わって、ソロン達は港へ走った。


 港に立った一行は、夕陽に照らされて焼ける雲海に臨んだ。

 辺りには大勢の町人の姿が見られた。恐らくは今回の任務に()った軍人を、家族に持つ者達だろう。

 やがて、帰港する船団が目に入ってきた。何十という軍船には、黄金の竜旗が(ひるがえ)っている。


 旗艦から降り立ったガゼットは、疲れた様子ではあったが無事だった。

 そうして彼は、こちらに気づくやいなや近づいてきた。


「お前達、無事だったか……。客人に大事がなくてよかった」


 そう話しながらもガゼットはどこか不安げな目をしている。

 理由は考えるまでもない。ソロン達のそばに、彼の息子が見当たらないためだ。

 しかしガゼットは、その理由――家族のことを聞くかと思いきや、すぐには尋ねてこなかった。

 ソロンにもその心情は分かった。大勢の犠牲が出た中で、自分の家族の安否だけを尋ねることにためらいがあるのだ。


「三人とも無事ですよ」


 そこはソロンも察したもので、率先して切り出した。

 アルヴァがそれに続けて。


「ただ、グラットは勇敢に町を守ったものですから……。今は多少の怪我もあって入院の身です。しばらくはお忙しいでしょうが、(いとま)ができれば、お見舞いへいらっしゃってはいかがでしょう?」


 そこでようやく、ガゼットは安堵の息を漏らした。


「あいつは入院か……。いや、その程度で済んだなら何よりだ。……がしかし、基地があの有様では、すぐには帰れそうもない。悪いが家族に伝えてくれないだろうか? 俺は元気だともな」

「ええ、分かってます」


 断る理由もなく、ソロンは頷いた。

 今のガゼットを見ているうちに、ソロンは父のことを思い出したのだ。かつてイドリスの王だった父も、また重責を担っていた。

 そして今は、その役目も兄サンドロスへと渡った。

 そんな重責を担う者達の苦労を、少しでも肩代わりしてあげたいとソロンは願う。


「かたじけない。お礼と言ってはなんだが、引き続きウチに泊まっていってくれ。俺もグラットもいない分、女二人では心細いだろうしな」


 ソロンはガゼットの厚意に甘えることにした。人の家に長居するのは、迷惑な可能性もある。

 しかし、こんな出来事があった直後だ。女二人では心細いという懸念もウソではないだろう。ならば断る理由もなかった。

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