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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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続く防衛戦

 間もなく、大音声(だいおんじょう)と共に、駆け上がってくる軍勢の姿が見えた。サラネド軍の第二陣――優にこちらの三倍はいるようだった。


「ナイゼルやれるかの?」

「ええ、回ってきた出番ですから。……風使いナイゼルの本領を、ご照覧あれ」


 そんな中でも余裕を崩さないのは、ガノンドとナイゼルの親子二人だ。

 最前へと踊り出たナイゼルは、杖を前に突き出して魔石を輝かせた。杖先から巻き起こる風が、激しい気流となって坂を下っていく。

 目にもとらえられない空気の動き。それは巨大なうねりとなって、サラネド軍へと衝突した。


 前衛のサラネド兵が、空気の壁に押されて動きを止めた。だが勢いに乗っていた後ろの兵士は、動きを止められない。

 見えない壁と後ろの兵士――前後から挟まれた前衛の敵兵は、恐るべき圧力にさらされた。中には哀れにも、意識を失う者も現れた。

 坂上から吹きつける強風を受け、サラネド軍は身動きを取れなくなったのだ。


「今だ、放て!!」


 警備隊長が号令を下し、帝国軍の攻撃が開始された。

 容赦はない。さきほどの小休止で補給した物資を、警備隊は惜しげもなく投下したのである。

 投槍、矢、投石……あるいはレンガや花瓶まで。追い風に乗って、凶器の雨がサラネド軍へと降り注いだ。

 動きが取れなくなったところへの猛攻撃。サラネド軍は阿鼻叫喚(あびきょうかん)の惨状をさらした。


「炎獄の公爵と呼ばれたこのガノンド――その由来を見せてやろうかの」


 そこに追い討ちをかけるように、ガノンドが杖を構える。

 戦場にきらめく赤い輝きと共に、大きな炎が放たれた。上界の頃より彼が得意としたという紅炎の魔法だ。

 杖先から湧き出る炎が踊るように戦場を駆け巡り、異国の兵士を焼き払っていく。大蛇が獲物を喰らっていくように、一人また一人と炎に飲み込まれていく。


 そして炎はナイゼルが起こした強風と合わさって、炎嵐(えんらん)へと転じた。サラネドの兵士達をまとめて焼き尽くす勢いだ。

 熱波がソロンの元にも届いてくる。近づくことも考えられない凄まじい熱だ。


 情勢が帝国軍の優勢へと傾いたその時――西にある岩場の陰から一団が現れた。こちらの側面にあたる位置である。


「な……! 奇襲か!?」


 帝国軍が浮足立った。

 一団の装備を見れば、敵の別働隊だと分かったのだ。人数は十人ほど。いずれも弓を構えている。

 岩場は隠れるには向いているが、足場としては劣悪で進軍には向かない。それでも敵は少数で、強引にそこを抜けてきたのだ。

 隙を見せた帝国軍に、別働隊が弓を放とうとするが――


 稲妻が走り、その付近の大岩を砕いた。二人のサラネド兵が巻き込まれ、衝撃で吹き飛ぶ。

 アルヴァが杖をまっすぐに向けて、魔法を放ったのだ。その所作に迷いはない。


「来ると思っていましたよ」


 そうつぶやきながらも、雷撃を放つ手をゆるめない。

 ソロンも火球を連射し、ミスティンも弓弦(ゆづる)を素早く引いて矢を放つ。


 当初の戦いにおいて、サラネド軍は真正面から攻めてきた。兵力で圧倒するサラネド軍にとって、それが最も早く、かつ確実にベオの町を制圧できる手段だったからだ。

 ところがそれも撃退され、敵にとっても帝国軍は侮れないと印象づけられた。そうして今度のサラネド軍は、奇策を絡めてきたというわけだ。


 ……が、その程度の策はこちらにとっても想定内。こうして返り討ちにしてみせた。


 もっとも、ソロン達がいなければ、サラネド側も十分な成果を出せたかもしれない。

 たとえ、作戦を読まれたとしても、岩場に潜みながらの側面攻撃は対処が難しい。矢を当てるのも困難で、岩場を逃げ回る相手を撃退するだけの余力も警備隊にはない。

 今回、速攻で返り討ちにできたのは、優れた弓と魔法の使い手がいたからに他ならなかった。


 別働隊を撃破してもなお、戦いは続く。

 ナイゼルとガノンドは精神力を温存するため、後ろに下がった。ベオの警備隊も勇気を取り戻して敵に向かっていた。

 それでも、まだまだ敵兵のほうが多い。


 アルヴァが雷撃を放ち、サラネド兵を狙い撃った。兵士がまとうのは鋼の鎧だ。だがそれも電気にとっては通り道でしかない。雷撃を防ぐには何の役にも立たなかった。

 兵士は一撃で吹き飛び、帯電した鎧が周囲の兵士に触れて巻き込んだ。


「なんか、初めて会った時より、一段と腕を上げてない?」


 刀を前に向けて火球を放ちながら、ソロンは声をかけた。

 初めて会った時、アルヴァは竜玉船の上で雲竜と戦っていた。その時は割合早くに精神力を切らして、息を上げていた記憶がある。


「そうですね。職を罷免(ひめん)されてのちは、時間が多くありましたから。実戦に訓練に――魔道士として力を振るう機会に恵まれたせいでしょう」


 いまだアルヴァは魔道士として、成長途上らしい。底の知れないことである。


 警備隊の中に混じったグラットも、槍を振るって勇戦していた。

 超重の槍が盾もろともに敵を貫く。――かと思いきや、今度は槍を水平に振るって二人の兵士を殴り倒す。大勢の敵兵を相手にしても、一歩も引かない胆力である。


 ソロンもそれを助けるために前へと進み出た。紅蓮の刀が魔力の光を宿し、さらなる赤みを増していく。

 刃先から伸びる炎が、新たな刀身を形作っていく。燃え上がる刀身は数倍の長さにもなった。

 そして振るわれる赤き一閃が、四人の敵兵を焼き払った。長い刀身は、長槍を持った敵すら容易に近づかせない。


 矢で狙い撃ってくる敵もいたが、ソロンは動じなかった。

 ひらりとかわし、あるいは刀で弾き落とす。仕返しの火球を三発放って確実に仕留めた。


 その時――

 杖を構える敵の姿が目に入った。

 ソロンの視界に石が浮かび上がる。気づいた時には石が急激に加速し、ソロンに向かってまっすぐに飛んできた。


「わっ!?」


 思わず刀で弾いたが、手にしびれるような衝撃が走った。

 すぐに飛んできた次の石を転がって避けた。

 体勢が崩れる。このままでは反撃もままならない。


 どうやら敵にも魔道士がいたらしい。これだけの戦力を割いてきたのだから、魔道士がいないほうが不自然だ。

 さきほどは土魔法で、街道を構成する石を浮かせたのだろう。帝国が誇る土工泣かせの魔法だ。帝国の街道は大勢の作業員によって、綺麗に整備されているのである。


 次なる石が飛んできた。

 ソロンはとっさに刀へと魔力を込めた。そして、石が衝突する直前に、刀を経由して魔力を放出する。

 石の勢いは一気に削がれた。同時に刀で軽く叩き落とす。


 魔力による攻撃は、こちらからも魔力を放てば相殺できる。それ相応の技量が必要だが、厳しい修行を積んできたソロンにはそれが可能だった。

 敵の後列には他の魔道士もいたようだったが、こちらにも優れた戦力がある。


 ミスティンの放った矢が、次々と後ろに控えた魔道士を仕留めていった。魔弓から放たれた矢をしのぐのは、並の魔道士には難しい。この調子なら、ソロンが苦労する必要もなさそうだ。


 イドリスから来た四人の兵士達も立派な働きをした。それもそのはず、彼らはサンドロスが選び抜いた精鋭なのだ。

 炎の槍を振るって薙ぎ払い。冷気の剣で敵兵の体を凍てつかせる。持つ武器もただの業物(わざもの)ではない。各自が手にするのは、イドリスが誇る魔法武器だった。


 サラネド兵は目に見えて攻めあぐねていた。

 ソロン達の精神力も決して無尽蔵ではない。何十人もの敵兵が間を置かず襲ってくれば、しのぐのは困難だったろう。築いた(しかばね)を踏み越えての接近を許したはずだ。

 しかし、そこはサラネド兵も人間である。

 自分がその屍の一つになりたくはないのだ。一瞬で人間を屍に変える魔法へと、立ち向かう勇気を持つ者はそういなかった。


「てか、こうしてみると、お前らって反則的に強いよなあ……。今更だがよお」


 そうつぶやくグラットも大したものだった。超重の槍を随分と使いこなせているらしく、危なげなくサラネド兵の相手をしていた。

 数で勝るサラネドの第二陣もついには崩壊を来した。ある者は屍となり、ある者は雲岸へと退いていった。

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