表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
142/441

ガゼットの戦い

 多くの兵力を動員したガゼット配下の船団は、複数ある雲賊のアジトへと襲撃に向かった。

 雲賊掃討作戦の対象となるアジトは、大規模なものだけに絞っていた。それでも計六ヶ所にも及ぶ。

 半島の山中に隠れた砦跡、雲海に浮かぶ孤島、人里離れた雲岸沿いの遺跡……。いずれも雲海のそばに構えていたが、場所は様々だった。


 雲賊は多くの物資も抱えず、アジトの放棄にも躊躇(ちゅうちょ)がない。略奪による現地調達を得意とするため、船さえあればどこでも生きられるのだ。

 生半可な攻勢では逃げられてしまう。まさに害虫のようなしぶとさであり、規律を第一とする軍隊には真似できない生命力だ。

 そんな雲賊を相手にしてもなお、ガゼットの作戦は首尾よく進んだ。


 ガゼットが自ら率いた船団は、最大のアジトがあるトグトラ半島へと向かった。

 トグトラとはベオの南西へ五十里ほどいった所にある半島の一つである。位置は帝国とサラネド共和国の境界付近。

 二国が領有権を主張してはいるが、そもそもが人の暮らすには不向きな山間部である。必死になって争っているわけではなかった。

 アジトの詳細な位置は先日、アルヴァリーシャと名乗った娘が賊から聞き出した通りである。


 それにしても、あの黒髪の娘――ただ者ではないが、いったい何者なのだろうか?

 旗艦の甲板へと立ったガゼットは、ふとその姿を思い出した。

 ただ容貌が美しいだけではない。どこか気品と威厳にあふれたその姿は、人を引きつけるところがあった。


 先日、雲賊に襲われた際にも魔法を振るって、返り討ちにしたという。その後の尋問の際には、雷魔法すら使いこなしていた。相当な使い手なのは間違いない。

 加えて、あの軍事や政治への知識――皇学院で学んだというだけで、それほどの知識が身につくのだろうか……。


 気にはなるが、グラットもあの娘を信頼していた。

 息子は多少わがままなところはあるが、昔から付き合う友人を選ぶ目は確かだった。だから、彼女にしても悪事を成すような人物ではないだろう。ならば疑うべきではない。


 そうして雲海上からアジトに近づいたガゼットは、手始めに雲賊の船着場を捜索した。

 船着場の大まかな位置も、雲賊から聞き出してある。ただし、正確な位置までは、尋問した賊も把握していなかったようだ。

 とはいえ、手がかりはある。

 雲賊に大がかりな工事を行う力はない以上、港も天然の地形を利用したものとなる。自然、場所も限られるため、見つけ出すのはわけもなかった。


 発見された船着場は全部で二つ。

 帝国軍は賊が逃走できないよう、見つけ出した船を焼き払った。船は雲賊にとって、家であり財産であり生命線である。だからこそ容赦はしない。警備の賊兵もいたが、これも容赦はしなかった。


 アジトは山中の砦跡にあるという。

 百六十年前の三国時代の末期――窮地(きゅうち)に追い込まれていた東方帝国の皇族が、拠点としていた砦なのだと聞く。

 そしてそこからも、船が燃える様子は確認できるはず。立ち昇る炎は、雲賊への宣戦布告だ。


 血気にはやった雲賊の中には、アジトを()って向かってくる者もいた。

 しかし、高い練度と装備を誇る帝国軍に、正面から挑んで敵うはずもない。(またた)く間に雲賊は返り討ちとなった。

 不利を悟った雲賊は、砦の中へと籠城(ろうじょう)した。

 自ら攻めるよりも、山中に張り巡らした罠で抵抗する構えを見せたのだ。


 けれど、軍を率いる将軍ガゼットは慌てなかった。

 陸軍も動員することで、陸の逃走路も閉鎖していたためだ。雲海に目を通せば、既に賊船は燃えつきている。賊が逃げ延びる先はどこにもなかった。

 賊軍の数は多く、兵力は千に近いという。

 しかし、それを見越したガゼットは近辺の貴族へと協力を仰いでいた。これもアルヴァリーシャの助言に従ったわけである。


 ガゼットは一地方を守る将軍に過ぎず、貴族ですらない。

 それでも近辺の貴族は、思いのほかあっさりと援軍を出してくれた。沿岸部を領有する貴族達の被害は深刻で、雲賊には相当な恨みが積もっているそうだ。

 そうして援軍を得た帝国軍は、ベオを発した時よりも勢力を増していた。今やどこを通っても、破れる隙間はないはずだ。


 賊というのは自給自足する習慣と能力に乏しい者達である。言うまでもなく、そんなことができれば略奪を働く必要もないのだ。

 帝国軍が積極的に打って出ずとも、いずれ困窮(こんきゅう)して立ちいかなくなることは分かっていた。

 そうして、ガゼットは包囲をじわじわと狭めていったのである。


 *


 一日を()たずして、賊軍は動きを見せた。

 賊の首領は元サラネド軍の士官であったケルペトという男。

 砦に籠城(ろうじょう)していたところで、先がないことはケルペトも理解していたらしい。


 そうして焦りを見せた首領は、その日の夜が明けないうちに夜襲をしかけてきたのだ。

 月明かりのない新月。人里のないトグトラ半島は明かりに乏しい。

 ただ半島の先端には、雲海を照らす灯台があった。しかしその光も、山林に覆われた半島を照らすにはあまりにも(はかな)い。


 夜襲には絶好の夜であった。

 賊の大軍は武器を手にして砦を出た。松明(たいまつ)も使わず、土地勘を頼りに静かに歩む。闇へと溶けこむように帝国の包囲網を目指した。

 賊の兵力は、おおよそ千に迫るほどの規模。想定する全軍に近い数である。雲賊はこの一度の襲撃に全命運を賭けてきたのだ。

 対して、このアジトに向けた帝国軍の兵力は、おおよそ二千。倍の兵力差はあるが絶対ではない。敵に地の利がある状況で奇襲を受ければ、危機に陥ることもあり得た。


 しかしながら、それもガゼットの手の平の上。

 賊軍の動向は、偵察隊によって常に監視されていた。賊軍の動きを察知するやいなや、偵察隊に組み込まれた魔道士が合図を送ったのだ。

 星明かりに紛れるような(かす)かな魔法の光――それが帝国軍への合図となった。


 ガゼットの号令に従った魔道士達によって、炎と光が放たれた。未明の闇は斬り裂かれ、賊軍の姿は白日の(もと)にさらされた。

 奇襲をかけたつもりが、熾烈な先制攻撃を受けたのは賊軍のほうだったのだ。

 砦を捨てた賊軍に(あらが)う策はもはやない。

 首領ケルペトはあっけなく生け捕りにされ、千人にも迫る雲賊は一網打尽となった。


 *


 ベオへと引き返す旗艦の上で、ガゼットは報告を受けていた。

 他のアジトを襲撃した部隊も、次々と吉報を送ってきていた。全てはつつがなく、ガゼットの予定通りに――いや予定以上に進行していたのである。

 この調子なら早く家に帰れそうだ。


 そういえば、グラットはもう家を出てしまっただろうか……。

 安心するやいなや、二年振りに帰郷した息子の顔が胸中をよぎった。せめて、もう少しだけでも言葉を交わしておけばよかっただろうか……。

 しかし、激励のつもりで迂闊(うかつ)な言葉をかけても説教になってしまう。それでは反発されるだけだろう。

 ……そもそも、激励も説教も必要ないのではなかろうか。あれはあれで自立しているのかもしれない。


 父親の跡を継いでくれそうにはないが、悪い男ではない――と思う。決して親の贔屓目(ひいきめ)ではないはずだ。

 昔から友人思いで面倒見のいいところがあった。交友関係を詳細に把握しているわけではなかったが、人望も悪くないようだ。

 だからこそ、自分の跡を継いで欲しかったのだが……。


 いやよそう。考えても仕方ないことだ。

 息子なりに自分の道を見出したなら、親がつべこべ口出すべきではない。

 ――事態が急変したのは、そんなことを考えていた時だった。


「将軍、敵襲です! わが船団の後方から、所属不明の船団が攻撃をしかけてきました!」


 部下から告げられた突然の報告。

 物思いに沈んでいたガゼットは、たちまち意識を切り替えた。どうやら、戦いはまだ終わらないようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ