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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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掃討作戦開始

 やがてはガゼット将軍も、職場たる帝国軍の基地へと向かっていった。

 そうして四人になったところで、


「なあお姫様よ。ここであまり長くゆっくりするってわけにもいかないよな。帝都――というかイシュティールに向かうんだろ」


 グラットがそんなことを口にした。意向をやんわりと(うかが)う口調である。

 元々、ベオにやって来た理由は、軍の聴取を半強制的に受けさせられたからに過ぎない。その後、グラットの実家帰りという出来事もあったが、それも一応は果たされた。


 この町に留まる明確な理由は、もはや存在しなかった。

 とはいえ、出発の日時については昨夜も話題にしたこと。改めて切り出すというからには、何かの意図があるということだ。

 グラットを見返したアルヴァは、力強く頷いてみせた。


「言わずとも分かっていますよ。この町にしばらく留まりたいという話ですね」

「いや、俺はそこまで言っちゃあいないが……」


 グラットはそんなつもりはないと否定したが、アルヴァは鷹揚(おうよう)に首を横に振った。


「あなたもソロンを見習って、素直になってはいかがですか? お父様を心配なさっているのでしょう。今回の作戦を見届けるまでは、この港町に留まりたい。そう考えているのですね?」

「だから、ちげーよ。親父は元からそういう仕事だし、心配したってしゃーねえ。それよりお姫様だって、大事な目的があんだろ?」

「ふうむ……」


 アルヴァはうつむいて思案していたが。


「――どこまでも素直ではない男ですね。ならば言い方を変えましょう。今回の作戦は、私が雲賊を尋問したことが契機になっています。なので、私としても事態の趨勢(すうせい)を見極めねばなりません。ゆえにもうしばらくは、この町に留まりたいと願っています」

「お姫様、やっぱ相当お節介だよなあ……」


 グラットは呆れがちに苦笑した。こう言われては、彼としても反論しづらいのだ。

 ソロンも駄目押しでアルヴァに賛同する。


「まあでも、事態の先行きが気になるのは僕もそうだよ。アルヴァの言う通り、もう少し滞在してもいいんじゃないかな」


 グラットにも父を心配する気持ちはあったのか、強くは反発しなかった。こうして一行は、ベオの町にしばらく留まることになった。


 *


 港がある地区まで降りたソロン達は、ナイゼル達と合流を果たした。さきほど決めたことを話しておくことにした。


「我々としては構いませんよ。今回は視察の意味も兼ねていますからね。帝国の街並みを見るだけでも、それなりに意義があるというものです。今日も色々と見回ってみますよ」


 ナイゼルは旅程が長引くことを気にする様子もなかった。もっとも気遣いができる男なので、内心で困っていても顔には出さないだろう。


「ふぁふぁふぁ……。わしなんぞ、二十年振りの上界じゃからな。焦ることもなかろうよ。しばし低徊(ていかい)を決め込んで、久しい上界の町を堪能しようかのう……。幸いこの町は景色もよいしな」


 ガノンドも同意のようだ。

 タスカートの港町では、市場での売買と船の手配だけで時間を潰してしまった。ゆっくりと見まわる時間はなかったのだろう。


「爺さん……。怪しい徘徊(はいかい)老人と見られて、警備隊から不審尋問を受けないようにな。杖持ちはただでさえ目立つんだ。最悪、捕まってもいいが、間違っても下界から来たなんて言うなよ」


 グラットが憎まれ口を叩き、ガノンドは憤慨する。


「コラ! わしは元帝国公爵じゃぞ! そやつのように馬鹿正直に答えたりせんわい!」


 ちなみに不審尋問というのは、警備兵が怪しい人物を問いただす行為のことである。

 犯罪の兆候を事前に発見し、防止することを目的としているそうだ。当然、武器や魔法の杖を持っている者が真っ先に疑われる。

 ちなみに、そやつと指差されたのはソロンのことだ。飛び火するのは迷惑この上ない。


「そうですね。平素、正直は美徳ではありますが、時にはただの愚か者とも成り得ます。ゆめゆめ注意するのですよ」


 アルヴァも同意して、ソロンへと注意を(うなが)す。


「あのさ……それだったら、君も気をつけてよね」


 相変わらずの上から目線に、少しイラッとした。そこでこの機会に、言うべきことを言うと決めたのだ。


「何をですか?」


 思わぬ反抗に、アルヴァは形の良い眉をひそめた。


「ガゼットさんと話した内容さ。ここの基地の兵力とか、君が知っているのは不自然なんだから」


 アルヴァはハッとした顔になって。


「それはその……。帝国のために、自分の知識を利用するのは当然のことで……。危険か危険でないかは、私なりにわきまえているつもりですよ」


 紅い瞳が宙を泳いでいた。痛いところを突かれたらしい。


「でも、必要ないことも多かったと思うけど。ああやって、知識をひけらかすのは君の悪いクセだよ。正体を隠す気があるならもっと気をつけないと」

「むう……」


 アルヴァは口を固く結んで、不満気な顔を作った。いつもなら長々とした反論が帰ってくるところだが、それもままならないようだ。


「むう――じゃなくて、ちゃんと反省してよ」


 ソロンはなるべく硬い表情を作って、わざと冷然とした声を作った。ここは心を鬼にして注意せねばならない。

 アルヴァは上目遣いにこちらを(うかが)いながら。


「それは……私だって、愚かではないので……。調子に乗りすぎたことは反省しますよ。ですが――」

「ですが?」

「……ソロンのくせに生意気です」


 およそ理性の欠片もない反論が飛んできた。頭脳では理解していても、感情は納得していないらしかった。


「……これは珍しく、お前の勝ちでいいんじゃねえか?」


 グラットが判定勝ちを下せば、


「おめでとう」


 ミスティンが小さく拍手してくれた。


 *


 ベオの港から何十という船が出港する。

 たなびくのは黄金竜の紋章。その全てが帝国の誇る軍船だった。

 その日のうちに、ガゼットの指揮によって雲賊掃討作戦が開始されたのである。


 ゾンディーノ家の屋上に登ったグラットは、どこか緊張した面持ちでその様子を見守っていた。

 ひときわ立派な軍船が、船団の中団を進んでゆく。あれこそがガゼット将軍の搭乗する旗艦に違いない。

 船団は港を出て、北西へと向かっていく。やがては雲平線の向こうへ隠れて見えなくなった。


 軍の動きは雲海だけではない。

 西に目を転じれば、騎兵達の一団がベオの正門を出発するところだった。

 アルヴァが雲賊から聞き出した情報によれば、アジトは島や半島の山岳部など、複数に分かれているらしい。

 騎兵達は、その陸地部分を抑えるための部隊だろう。


 今回の作戦は、雲賊を逃さぬ速さ――それも雲海軍と足並みを合わせられる速さが必要となる。

 必然的に徒歩の行軍では遅い。騎馬で山岳部に踏み込むのは困難だが、その手前までは迅速に進む必要があったのだ。

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