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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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元紅玉帝の知識

 翌日、起床したソロン達はゾンディーノ家の食卓に座っていた。

 マーシアが食事を用意し、ショーナもそれを手伝っている。家長たるガゼットも、既に軍服を着込んで食卓に構えていた。


「ねえ、グラット。あんた、いつまでここにいるんだい? お友達には悪いけど、冒険者なんて辞めて、ウチに落ち着いてくんないかね?」


 少し食が進んだところで、マーシアが切り出した。


「いいや、悪いが俺は明日にでも出発するぜ」


 グラットはその質問を予測していたのだろう。迷いなく答えた。


「何もそんなに急がなくても……。二年ぶりなんだし、ゆっくりしていけばいいだろ?」


 マーシアはそうグラットに懇願するが、

「俺達だって、それなりに大事な旅でもあるんでな。まっ、また気が向いたらそのうち戻ってくるからよ」

「だけどねえ……」

「行っちゃうんだ、兄ちゃん……」


 マーシアとショーナは見るからに悲しげだった。

 家出息子とはいっても、やはりグラットも大事な家族の一員なのだ。短い逗留(とうりゅう)ではあったものの、ソロンにもそれは伝わった。

 父ガゼットは溜息をついてから。


「いや、しょうがないさマーシア。こいつがまた戻ってくると言っただけでも、大きな進歩だ。それに……俺もしばらくは町を離れることになる。そんな俺が、お前を引き止めるわけにもいかんしな」


 家長の決定は大きかった。マーシアもショーナも不満気にはしていたが、覆すことはできなかった。


「兄ちゃん。見送りはするから、私がいないうちに出ていかないでよね。お仕事行ってくるから」


 そう言って、ショーナは仕事へと出ていった。ちなみに、ショーナは機織(はたお)りの職についているらしい。

 朝食の片付けを終えたマーシアも、水汲みをするため家を出た。

 家にはガゼットとソロン達四人だけが残された。将軍にしても出勤の時間であるはずだが、なぜだかその場に残っている。何か話があるのかもしれない。


「話が早くて助かるぜ、親父。……やっぱ、雲賊と戦うんだよな」


 先に口を開いたのはグラットだった。


「うむ、すぐにでも掃討作戦を実施するつもりだ」


 ガゼットは(ひげ)を撫でつけながら答えた。


「掃討作戦ってのは……二年前と同じような大きな戦いになるのか?」

「ああそうだ。お陰様で首領がいるアジトの場所が判明したんでな。他にも、いくつか連中が拠点とするアジトの場所が分かっている。逃げる暇なく同時攻撃をしかけて、根本から断とうというわけだ」


 一つのアジトを集中して攻撃したほうが、勝算は大きい。

 けれどその場合、他のアジトに潜む雲賊を逃してしまう公算が大きかった。それゆえ、ガゼットは同時攻撃を考えているという。


「……となれば、相当な兵数が必要となりますね」


 アルヴァは自身の前歴もあって、軍事作戦の先行きが気になるらしい。


「そうだな。雲賊如き正面から戦えば、恐れるほどの相手ではない。……と言いたいところだが、賊が正面から戦に応じるなんて想定も現実的ではないからな。雲海軍と陸軍を協力させて、逃さぬように包囲するだけの兵力も必要だ」

「確かに、陸を交えたほうが有力かもしれませんね。最大のアジトは山間部に位置するようですから。雲海から囲むだけでは、逃がさぬように戦うのは至難の(わざ)でしょう」

「厄介なのは、連中の首領であるケルペトという男だ。元はサラネド軍に所属する士官だったらしいが、素行が悪くてな。軍法会議にかけられたことを契機として軍を脱退。部下をまるごと引き連れて雲賊に加担したようだ。持ち前の知識を活かしたのか(またた)く間に頭角を現して、今では賊の首領というわけだ」

「軍隊崩れとなれば、厄介な話ですね。賊と侮ってかかると、手痛い出血を払うことにもなりかねません。となれば、戦力の逐次(ちくじ)投入はますます愚策でしょう」


 ガゼットが己の見解を話し、アルヴァがそれに相槌を打つ。そんな様子をソロンは眺めていたが……。


「あの~、そんなこと僕達に話しちゃっていいんですか……?」


 今、話している内容は軍事上の機密に近いことでもある。気になって尋ねてみたが、ガゼットは気にする様子もなく頷いた。


「大がかりな軍事行動を起こすからには、遅かれ早かれ気づかれることだ。賊に伝わる前に、奴らが身動きできないようにしてしまえばいい。それに昨日は協力してもらったわけだしな。息子の友人として、信頼した上で話している」

「大がかりな軍事行動か……。また基地がガラガラになるわけだな」


 ガゼットの言葉を繰り返して、グラットはつぶやいた。以前、彼が作戦に参加した時も、それだけ大がかりだったのだろう。


「この地方の軍の大半を率いるわけだから、そうなるだろうな。もっとも、全兵力まで投入すると機動力が失われてしまう。三分の一ぐらいは残しておく算段だ」


 それを耳にしたアルヴァは少し考えて。


「となると、動員する兵力は、おおよそ三千といったところでしょうか。賊にどれだけの勢力があるかは分かりませんが、分散して運用するには厳しいですね」


 彼女は何気なく口にしたのだったが、ガゼットは驚きに目を見張った。


「ほう。よく兵数が分かったな。こいつにも漏らした記憶はないが……」


 こいつというのは、もちろんグラットのことである。


「いえ、町と基地の規模を見ればなんとなく予想はつきますので。大雑把に全兵力で四千五百と推測したまでです」


 さらりとアルヴァは答えた。もっとも、ソロンからすれば驚く話ではない。種明かしをすれば、彼女は実際に記憶していたのだろう。少し前まで、軍の最高指揮官だったのだから。


「将軍っていうわりに意外と少ないね」


 ミスティンはそう感想を述べたが、むしろソロンは驚いた。


「そうかな? 四千もいるなら大したものだと思うけど」

「そりゃ、お前みたいな田舎者の感覚では大軍だろうけどな」


 グラットは馬鹿にするような口振りだったが、それでもイドリスの名前を避けてくれた。

 イドリス王国と帝国では、そもそもの人口に0一つどころではない差がある。

 ひょっとしたら、0二つに近い人口差がありそうだ。帝国では、四千という人数すら大したことはないのだろう。


「確かに、帝国全土から兵を集めれば、その数は十万にも達するでしょう。農民に至るまで男子を徴兵すれば、その数倍も不可能ではありません」


 やはり、こういう状況で説明をしてくれるのはアルヴァだった。


「まあ、全土から――ってところが味噌だわな。帝国は広い。でもって、ここは一地方に過ぎないわけだ」


 軍にいた経験を持つグラットは、多少は軍事への造詣(ぞうけい)も備えているようだ。


「その通りです。加えて言えば、全ての兵力が帝国政府の自由ともなりません。貴族の私兵を、国家の戦いへ導入させるのは容易ではないのです。もし皇帝が十万を超える軍を動かしたければ、元老院の決議を経て動員をかける必要があります。このような地方において常備できる兵となると、結局は何千という規模になるのが現実なのです」


 アルヴァが(つまび)らかに語ってくれた。

 言うまでもなく、これは自らの経験を踏まえたものだろう。その語り口を聞けば、嫌でも彼女の払った苦労が察せられる。


「いや、おおむねその通りだが……。なんでそんなに詳しいんだ?」


 アルヴァの豊富な知識にガゼットが舌を巻く。明らかに、そこいらの娘が持つ知識とは一線を画していた。


「少々軍事に興味があったものですから、皇学院時代にはいくつも軍学書に目を通しました」

「ふ~む……。皇学院っていうと、帝国で一番の秀才が集まるところか。そいつはさぞかし優秀なんだろうな」

「努力はしたという自負はありますが、軍事というものは実戦経験が不可欠です。なんせ、机上の計算通りに運ぶなどまずありませんから。そして、そういった事態に対する適応力が、命運を分かつのです。ですから、将軍のように叩き上げの軍人には敵わないことも承知していますよ」


 謙遜(けんそん)ではないだろう。どれだけ優秀であっても、彼女の若さでは経験不足を否めない。アルヴァはそういった現実も悟らざるを得なかったようだ。


「兵力にいささか不安はあるがな。それでもやるしかあるまい」


 ガゼットは話を戻して決然と言った。


「ならば、現地の領主に応援を頼んではどうでしょう。それならば兵力の不足も補えるはずです」


 アルヴァもそれに応じて提案をかける。


「ううむ……。だが皇帝陛下や元老院に(はか)っていては、機を逃してしまう。現実的ではないように思うが……」

「確かにそれが慣例ではありますが……。厳密には、貴族を動かすのに皇帝や議会を通す必要はないのです。貴族にしても、雲賊には手を焼いているはず。彼らが独自の判断で賊と戦うならば、皇帝の要請も元老院の議決も必要ありません」


 話を聞く限り帝国における貴族の権限は、皇帝の抑えが効かない程に強い。逆にいえば、貴族が自らの判断で協力するならば心強い味方となるわけだ。


「なるほど、どうも俺はその辺の法律論には(うと)くてな……。今の話は大変、参考になった。各地の領主に伝手(つて)があるわけではないが、駄目元で声をかけてみよう」


 ガゼットは年下の娘の提案にも、真摯(しんし)に耳を傾けて頷いた。

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