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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
序章 雲海の帝国
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黒衣の娘

「あなたのお手をわずらわせるわけには……。万が一の危険もありますし、ここはやはり私が……」


 朦朧(もうろう)としていたソロンの耳へ、男の声が入ってきた。


「こんな子供に対して大袈裟な。それだけ強く拘束していれば十分ですよ。私に任せてください」


 こちらはよく通る女の声だった。気を失う直前にも、この声を聞いた覚えがある。

 そうして、ソロンは目を覚ました。

 室内はランプの明かりに照らされているが、窓の外は暗闇だった。あれからあまり時間は経っていないようだ。

 どうやらベッドの上にいるようで、体には毛布がかけられている。


 意外と悪い状況ではないのかな――と、一瞬だけ思ったが、すぐにぬか喜びだと察した。

 というのも、両手・両足ともに手錠をはめられていたからだ。左手と右手、左足と右足がつながれていて、わずかしか自由がきかない。

 ソロンの足元には直立した兵士の姿。後ろにも気配があるので、二人の兵士に挟まれているようだ。


「大丈夫ですか?」


 こちらの目覚めに気づいたようで、女が声をかけてきた。

 左を向けば、すぐそばに黒髪の娘の姿があった。長いスカートにゆったりとした衣服。服装も髪色と合わせるように黒で統一されている。

 彼女は椅子の上で優雅に足を組んでおり、宝石のような紅い瞳でこちらを見下ろしていた。


 その隣には、鎧をまとった若い男が屹立(きつりつ)している。白銀の鎧は華やかで、金髪を短く整えている。

 身なりからして、一般兵より格上だと容易に見て取れた。男は鋭い目でこちらをにらみつけている。


「ええ、まあ……。あの、ここはどこなのかな?」


 ソロンは黒衣の娘のほうを見ながら答えた。怖い顔をした男とは目を合わせないに限る。


「ネブラシア城の医務室です。それより、こちらから質問してもよろしいですか?」


 黒衣の娘は即答した。

 ソロンより大人びた雰囲気ではあるが、ほぼ同じくらいの年齢だろう。

 娘の手には杖が握られており、その先には紫色の魔石が備えられている。確かこの色は雷の魔石――雷光石だ。


「もしかして、さっきのは君が撃ったの……?」


 ソロンは気絶する瞬間のことを思い出し、娘へと尋ねた。


「そうです」


 と、娘は無駄のない所作で頷く。

 背中に走った電撃のような衝撃……。電撃のような――ではなく、電撃そのものだったわけだ。

 雷の魔法を行使するには、それ相応の実力が要求される。

 イドリス随一の魔道士である友人も、雷はさほど得意ではないと語っていた。目の前の彼女は、魔道士としては相当な実力者だろう。


「雷の魔法か……。よく生きてるなあ……」


 人に直撃すれば、一撃で命を奪える魔法である。それを背中に受けたという事実に、ソロンは生きた心地がしなかった。


「おい貴様! まずは質問に答えるのが先であろう!」


 そんなソロンを見て、銀鎧の男が一喝する。


「あっ、すみません……」


 呆然とするあまり、先程の要求を無視してしまったのだとソロンは気づいた。


「ラザリック将軍。真夜中に大声を上げないでください。私に任せるよう言ったはずですが」


 ところが黒衣の娘は、銀鎧の男を一瞥(いちべつ)するなりたしなめた。


「りょ、了解しました……!」


 ラザリックと呼ばれた銀鎧の男は、驚くほどにかしこまった。将軍といえば故郷の常識では高位の軍人だ。

 にも関わらず、ここでは娘のほうが上官のようである。彼女の魔道士としての実力に(かんが)みれば、ありえないことではないが……。


「質問してよろしいですか?」


 黒衣の娘は改めて問いかけてくる。

 ソロンは無言で頷いて、返事に代えた。


「――では初めに……。あなたは何のために、この城へ忍び込んだのですか?」

「欲しい物があったので……」

「なるほど……。忍び込むには妥当な理由ですね。それで、あなたのお目当ては神鏡で間違いありませんか?」


 間の抜けたソロンの返答に、一応は感心した振りをしてくれる。


「必要だったんです。僕の故郷を襲った魔物を倒すため、神鏡の力が」


 ソロンは頷いて答えたが、娘は疑わしげな視線を返してくる。


「神鏡で魔物の駆除とは、いささか過剰に思いますが……。それで、カギはどうやって開けるつもりだったのですか?」

「いえ……。それに悩んで途方に暮れてたら、ああなってしまって……」


 悄然と答えるソロンを見て、娘は絶句した。


「……質問を変えましょう。誰に指示を出されたのですか?」


 先日、竜玉船の船長から尋問を受けたのは記憶に新しい。なぜだか目の前の娘は、いかつい船長をも上回る威圧感を放っていた。


「誰にと言われても……」

「サラネドかプロージャか……。まさか、人間の振りをしたドーマの諜報ではあるまいな?」


 ラザリックが口を挟み、疑り深い目を向けてくる。


「そう言われたって、実際僕一人ですし」

「それでは、家族や仲間はいないのですか?」

「いません。故郷を離れて一人旅の身ですから」


 仲間と言われて、ミスティンやグラットの顔が思い浮かんだ。だが、迷惑はかけられない。彼女達とは実際、大した関係ではないのだ。必要もないだろう。


「し、白々しいウソを……! 組織の支援なくして、あんなところまで侵入できるはずもなかろう。どんな優れた盗人でも、情報がなくてはどうにもならんはずだ!」

「いや……。だから、苦労したんですよ」

「苦労というのは何ですか? 具体的にお願いします」


 黒衣の娘は粘り強く質問を続けた。


「山の上から城内を観察したり、水堀を泳いだり、壁をよじ登ったり……。随分と高い建物なんで、落ちたら死ぬんじゃないかと気が気じゃなくて……。ただ城が大きいぶん手薄なところはあるから、そこを狙ってみたんだけど」


 ソロンはここぞとばかりに、自分の苦労を力説した。相手が何であれ、苦労を共有する人が欲しかったのだ。


「なんで、わが城の警備がこんなガキに……!? 手薄といっても、まともな人間によじ登れるような壁では……」


 若きラザリック将軍は、頭を抱えて嘆く。


「まあその……。僕が言うのもなんですけど、そんなに気を落とさないでください」

「本当だよ! なんで、貴様に(なぐさ)められなきゃならん!」


 心優しいソロンの言葉は、ラザリックの怒りに跳ね除けられた。黒衣の娘がいなければ、殴られていたかもしれない。

 そんな中、黒衣の娘は口元を押さえてうつむいていた。笑っているように見えたのは気のせいだろうか……。

 娘は顔を起こして。


「将軍、済んだことは仕方ありません。これを反省とし、警備体制の見直しを願います」

「はっ……」


 ラザリックは(うやうや)しく(こうべ)を垂れた。


「それにしても……」

 と、娘は紅い瞳でまじまじとソロンを見つめる。

「――手口は無謀かつ杜撰(ずさん)そのものなのに、あそこまで到達してしまうとは……。阿呆なのか、大物なのか、見当がつきませんわね」

「いやあ、それほどでもないけどね。故郷でもすばしっこいことには定評があったし」


 馬鹿にされているのか、褒められているのか……。よく分からないが、よいようにとっておくことにした。


「貴様、さっきから態度が無礼だぞ。このお方をどなたと心得るか!?」


 調子に乗るソロンに対して、眉を釣り上げたのはラザリック将軍だった。


「ええと……そんなに偉いお方なんですか?」


 恐る恐る上目遣いで娘を覗き見る。

 黒を基調とした飾り気のない服。それでも、気品あふれる振る舞いや、ラザリックとの関係を見れば、高い身分なのは間違いない。

 しかも、ここは皇城たるネブラシア城だ。ほぼ確実に貴族か皇族だろう。

 それでも、ソロンが砕けた口調だったのは、娘があまりに若かったからだ。だがひょっとしたら、相手はどこかの姫君かもしれない。


「ここの城主です」


 当人が答えてくれた。


「はっ……?」


 娘の答えにソロンはしばし呆然となった。

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