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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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ゾンディーノ家の再会

 ガゼットに連れられて基地を出たソロン達は、ゾンディーノ家へと向かっていた。

 既に時間は夕刻。日中は白かった雲海も、黄昏(たそがれ)の中で燃えるようにゆらめいている。


 港を通って町へと向かう途中、褐色(かっしょく)の肌をした一団の姿を見た。

 船乗りのような粗野な男達の中に、身なりのよい男が混ざっている。どうやら商人と考えて間違いなさそうだ。商人は妻子らしき女子供も連れていた。


「あれっ、こんなところにもサラネド人がいるんだ?」


 ソロンが疑問の声を発すると、グラットが反応した。


「そりゃそうだ。仲が良いとは言えんが、別に表立って戦争してるわけじゃねえからな。貿易だってやってるし、旅行者が来ることもあるぜ」


 帝国と表立って敵対しているのは、あくまでサラネド人の雲賊である。国家として、全面対立しているわけではないようだ。

 サラネドの商人は意外に立派な身なりをしていた。衣服は白を基調としており、汚れは見られない。白い布を頭にかぶり、その上から輪のような装飾品を巻いている。

 最初に見た雲賊の印象が強く残っていたものの、サラネド人も決して野蛮人というわけではないようだ。


 ベオの港を出て、町の中へと分け入った。

 先頭にガゼット、少し遅れてグラット、その後に残りの九人が続いている。

 港に隣接した地区には、宿と市場が数多く並んでいた。夕時であっても行き交いする人の数は多い。港から訪れる商人や旅行者を相手に、この地区も繁盛しているようだ。

 そこで見つけた宿で、ナイゼル達とは別れることにした。


「では我々はここで失礼します。アルヴァさん、坊っちゃんのことをよろしくお願いします。私がいないと寂しくて夜泣きするかもしれませんが、その時は迷惑をおかけします」

「ええ、私も保護者としてペネシア様に託された身です。姉になったつもりで面倒を見ますので、ソロンのことは心配いりません」


 冗談交じりのナイゼルに、アルヴァも真面目に返答する。

 それにしても、なんと失礼なやり取りか。どこまでこちらを子供扱いする気だろうか。


「グラットよ。お主は家族仲良くするんじゃぞ。わしと同じ(てつ)を踏むでないぞ」


 家族関係に失敗したガノンドが、グラットを激励する。


「……さすがに、爺さんの域には達しないから安心してくれよ」


 と、グラットは何気に辛辣(しんらつ)な返事をした。


 宿場街を抜けて、ゆるやかな勾配(こうばい)がある街道に差しかかった。

 整然とした街路樹が道の両脇に並び、山側には立派な住宅が建てられている。貴族や富裕な商人が住む地区だろうか。

 道はなだらかな山の斜面に沿って作られている。直線では大したことのない距離を、曲がりくねりながら登っていく。


 日中、雲海から山を昇るように吹きつけていた風は、今になって鳴りを潜めていた。どうやら、雲海にも夕凪(ゆうなぎ)のようなものがあるらしい。静かで穏やかな一時(ひととき)だった。


 港から合計で十分ほど歩いただろうか、今度は平素な民家が並ぶ一帯にたどり着いた。

 いかにも平民が暮らしているような、なんてことのない住宅街である。帝国の基準ならば貧しいとはいえないが、さりとて富裕でもないようだ。

 そしてそこに目的の家があった。


「どうだ、久しぶりの我が家だぞ」


 ゾンディーノ家の自宅を目にして、ガゼットは息子へと声をかけた。


「まあ前に見たまんまだな。特に感想はないぜ」


 平民が暮らす住宅街の中では、比較的に目立つ家である。

 貴族の邸宅と比べれば、さすがに劣るが悪くはない。ガゼットは将軍になる前から軍の出世頭だったらしく、それなりに裕福だったようだ。


「給料も増えたし、港のそばに引っ越してもいいんだがな……。まあ、ここも悪い家じゃないし。住み慣れたところが一番ってところだ」

 ベオは港を中心に発展した港町である。当然、港のそばに富裕層が集まる社会構造になっているらしい。



「ただいま! お~い、マーシア! ショーナ! あいつが帰ってきたぞ~!」


 ガゼットは玄関に入るなり、元気よく声を張り上げた。それからグラットの首に腕を回す。


「お、おい、やめろよ。ここまで来て逃げたりしね~よ!」

「ははは、そうか。じゃあ、観念するんだぞ」


 バタバタと二階から足音がして、すぐに中年の女性が顔を出した。恰幅のよい穏やかそうな女性。これがゾンディーノ夫人だろう。


「あら、あなた、そんなにお客さんを連れて――」


 夫人は言いかけた言葉をすぐに飲んだ。

 ガゼットに腕を回されたグラットの姿を見かけたのだ。


「ただいま、お袋。久しぶりだなあ」

「うそ!? 兄ちゃん、帰ってきたんだ!?」


 目を丸くする夫人の背後から、若い娘が顔を出した。


「おう、ショーナもただいまだ。兄ちゃん帰ってきたぞ」


 グラットは茶色の髪をかきながら、はにかむように言った。


 *


 怒ったり喜んだりと複雑な儀式を経て、家族の再会は果たされた。

 父・母・妹。ゾンディーノ家はどうやら、グラットを除いた三人で暮らしているらしい。家自体は祖父母が存命だった頃に建てられたそうで、六人を想定した広さになっていた。


「グラットがお友達を連れて帰ってくるなんてねえ。それも女の子が二人も。うちの子にしては上等じゃないの」


 居間に集まった面々を見て、ゾンディーノ夫人マーシアがつぶやいた。彼女は急遽(きゅうきょ)、三人の客人と一人の息子をもてなすことになったのだ。

 客人が押しかけた驚きよりも、息子が帰ってきた喜びが勝るのだろう。口調はどこか(ほが)らかで、さして迷惑そうには見えなかった。


 どこかなつかしい雰囲気がする一家団欒(だんらん)である。父を亡くしたソロンにとっては、二度と手に入らない光景……。両親を亡くしたアルヴァにとっても、それは同じだろう。


「ははは、急ですまんな。俺も今日は驚かされたよ」ガゼットは笑って妻をねぎらった。「ところで、食材は足りそうか?」

「大丈夫よ、買い置きしてあるから。男の子はたくさん食べるでしょうけど、まあなんとかなるでしょう。……けどお料理が大変ねえ。ショーナ、がんばってもらっていい?」


 マーシアはグラットの妹――ショーナへ期待の眼差しを向けた。

 彼女は見る限り、ソロンよりも少し歳下の娘である。髪色は兄と同じ茶色。巻き毛のよく似合う活発そうな少女だった。


「まあ仕方ないなぁ……。やれるだけはやってみるね」


 面倒臭がるような素振りは見せたが、渋々ショーナも引き受けた。


「料理でしたら、私も手伝いましょう」


 アルヴァがすかさず申し出た。貴人の生まれであっても、労働をいとう素振りは全くない。彼女のそういう一面を、ソロンはとても尊敬していたが……。


「あらそう、お願いできるかしら?」


 マーシアは喜んで応えたが、


「えっと、やめといたほうがいいんじゃないかなぁ……。僕でもミスティンでも、料理なら手伝えるし」


 控えめな口調でソロンはアルヴァをたしなめた。彼女には、酷く塩辛いおにぎりを食わされた前科があったのだ。


「……信用していただけないのですか?」


 そう言うと、彼女はしょんぼりした表情になった。前回のことを想像以上に気に病んでいたらしい。


「いやその……。信用しないってわけじゃないけど……」


 今日は雲賊との戦いを始めとして、様々な出来事があった。そうした場面において、彼女は幾度も気丈な態度を見せてきた。そこから一転して、この表情である。


「アルヴァさんは料理が苦手なの? あたしもあんまり得意じゃないんだよね」


 そんな様子を見かねたのか、ショーナが口を挟んだ。


「いえ、別に苦手ではないはずです」


 ずっと歳下のショーナにも、アルヴァは丁寧に受け答えする。


「――手先の器用さには自信もありますし……。ただ少々、慣れない料理に挑戦して、失敗したことがあっただけです。それでソロンはいまだに私を疑っているのですよ。誕生日の贈り物として、一生懸命に料理したのですが……」


 どこかすねたように、アルヴァは口をとがらせていた。

 あくまで料理が苦手だとは認めたくないらしい。気高(けだか)い性格は時に面倒である。


「ソロン君は冷たいなあ。女の子が一生懸命に作ったんだから、そこは喜んであげないと」


 ショーナは歳下――のはずなのだが、なぜかソロンは君づけで呼ばれている。見た目のせいで、同じぐらいの年齢だと思われたのだろうか……。


「そうなのですよ。素直なところはよいのですが、素直が過ぎて時々無礼なこともありますね、この人は」


 なんだか知らないが、槍玉に挙げられていた。


「そうだよ、ソロンの無礼者。アルヴァがかわいそう」


 弱ったソロンの頬を、ミスティンがペシペシと叩く。


「君に言われたかないよ」


 ソロンもミスティンの頭を小突いて返す。

 例の塩むすび事件の際に、一番無礼な発言をしたのはこの金髪娘だ。なめられてはならない。

 ショーナが兄グラットを見やって。


「なんかケンカしてるけど、大丈夫なの?」

「んあ~、ほっとけよ。こいつら、見た目以上に子供だからな。大好きなお姉ちゃんを巡って、争うこともあるわけよ」


 興味なさげなグラットは、あくび混じりで投げやりに答えた。


「そうなんだ……。複雑な三角関係が展開されてるわけね」


 ショーナはよく分からない合点の仕方をしていた。

 そうして、しばらくソロンはミスティンと戦っていたが。


「ソロン君もミスティンちゃんも、ケンカしちゃいけませんよ」


 ついぞマーシアに制止された。

 ミスティンはごまかすように笑みを作って。


「大丈夫、ソロンで遊んでるだけだから」


 『ソロンと遊んでいる』ならともかく『ソロンで遊んでいる』と返ってきた。相変わらずこの娘は何様のつもりだろうか。

 そう思いはしたが、程度の低い争いをいつまでも続けるわけにはいかない。不毛なケンカはやめることにした。

 マーシアはわざとらしく怖い顔を作っていたが、すぐに相好を崩す。


「よし、いいでしょう。それから今日はお鍋にするつもりだし、料理に自信がなくても心配いらないわよ、食材を洗ったりさばいたりするぐらいで、そんなに難しいことはしないもの。けど量が多いから、手伝ってもらえるのは本当に助かるわね」

「そうなのですか? それでは私も、精一杯力添えさせていただきます」


 アルヴァは俄然(がぜん)やる気を見せた。

 ソロンも鍋料理なら問題はなさそうだと安堵する。調味料を大量に振りかけるような惨事を起こさないかだけ、気を配ればよいだろう。


「じゃあ、僕もやりますよ。ミスティンもどう?」

「ん、了解」


 変なことをやらかさないように、自分とミスティンで見れば万全なはず。ソロンも料理は得意というわけでもないが、手伝いぐらいなら問題ないはずだ。

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