交渉力(雷)
「ああ、やっちゃった……」
思わずソロンは目を覆った。賊へは容赦ない彼女の性格が、ついに発揮されてしまったのだ。
「お、おいっ!? 殺すなよ!」
そんな中、ガゼットは呆然としながらも、どうにか立ち上がった。
「心配無用です。この者達は、サラネドの秩序から外れた賊に過ぎないのですから。従って、国家間の関係が枷となることもありません」
ネブラシアとサラネドは、仲が良いかはともかくとして国交を保っている。
ゆえに、二国間において発生した捕虜は、ある程度の節度をもって扱われる。それは拷問のような非人道的な行為を避け、互いに歯止めを効かせるためだ。
つまり賊に対してならそのような配慮も必要ない――とアルヴァは断言したのだ。
「そ、そりゃあそうだが……。限度があるだろ」
さすがのガゼット将軍も、アルヴァに対しては引き気味の態度だ。たしなめるように、アルヴァへと言葉を投げかける。
「――あくまで事情聴取のためだ。有益な情報を引き出す前に殺したら本末転倒だからな」
「なおのこと心配いりませんわね。加減は得意ですから。死ぬほどの恐怖と痛みはあるかもしれませんが、死にはしません」
恐ろしいことを平然とアルヴァが口にする。
それから二人の賊へと向き直って、話の続きを試みた。彼女は当初と同じような笑みを浮かべていたが、もはやそれを好意と解釈する者はいなかった。
雲賊は何事か言葉を返して、首をブンブンと横に振った。……どう見ても脅えている。
彼ら賊は殺伐とした世界で生きる者達である。怒鳴ったり、殴られたりといった単純な脅迫には慣れているはずだった。
そんな彼らでも、微笑を浮かべたまま魔法を放つアルヴァには、底知れない恐怖を感じるらしい。
さらにアルヴァは何かを尋ねたが、またも雲賊は首を振って応えない。
アルヴァはわざとらしく溜息を吐いた後、無表情で杖を向けた。
そこから放たれた稲妻が、賊の首からすぐ横を走った。稲妻は壁を焦がすに留まった。
二度三度と稲妻は放たれたが、いずれも賊のそばをかすめるに留まった。
中央の賊は当てるつもりがないことを悟ったのか、
「――――――――。――――」
少し余裕の調子になって何事かを叫んだ。
途端――稲妻がその賊の胸を直撃。賊は胸を押さえて崩れ落ちた。
「ああ、手元が狂いました。当てるつもりはなかったのですが……。紫電の魔法は難しい。私もまだまだ未熟ですわね」
アルヴァが苦笑しながら、悪びれもせずに言った。それからまた、最後の一人となった雲賊に向き直って語りかける。
「――。――――――。――――」
言語は違うが同じような口調である。どうやら、今の言葉をわざわざ翻訳したらしい。
元来、紫電は命中精度の低い魔法系統である。よほど手慣れた魔道士でなければ、正確に標的へ当てることは難しい。だからこそ、使い手が少ないのだ。
……が、ソロンは知っている。
紫電は彼女が得意中の得意とする魔法だ。もっと遠くから放っても、決して外すことはないはずだ。
「トグトラ。トグトラ――――」
最後の賊は土下座して、何かを叫び出した。手足は縛られているので、頭と体をエビのように動かしている、
ついに脅迫が効果を上げたらしい。泣き出さんばかりの形相で、何事かをベラベラと白状しているようだった。
同時に本来の通訳が、その言葉を将軍に翻訳して伝える。どうやら『トグトラ』というのは何かの地名らしい。そこが雲賊のアジトというわけだ。
アルヴァは雲賊を問い詰めて、さらなる詳細を聞き出していた。
アジトもトグトラだけではなく、複数が存在しているらしい。それから、地名だけではなく具体的な所在地を確認しているようだった。
やがて用は済んだらしい。アルヴァは穏やかな声と表情で雲賊へと一礼した。
……と思いきや、直後に鋭い目と声で何かを口にした。
雲賊は縦に首を激しく振って、それに応える。恐らくはウソだったら承知しない――というような意味だったのだろう。
「……あの娘は何者だ?」
ガゼットが小声でグラットへ尋ねていた。
サラネド語を流暢に使いこなし、雷を操る魔道士。どちらもそう簡単にできる芸当ではない。不審に思うのも当然だった。
「さあな、イシュティール生まれの魔道士って当人が言ってただろ」
グラットは投げやりにそう答えた。ガゼットは納得していない顔をしていたが、それでもそれ以上は詮索しなかった。
*
「やあやあ、お疲れ様でした。首尾よくいったようですね。語学力と交渉力――二つを併せ持ったアルヴァさんは驚くべき才女ですよ」
部屋を出たアルヴァを見て、開口一番にナイゼルがねぎらった。
ガゼット将軍は、まだ室内に留まっている。どうやら、情報の整理と後始末のため、部下へ指示をしているようだった。
失神した二人の賊に対しても、一応の手当をするらしい。最後に自供した男については、多少の情状酌量を認めるとのことだった。
「交渉力ねえ……」
グラットが皮肉げにつぶやく。
なんせ実際にやったのは、魔法による脅迫である。語学力は脅しに役立ったものの、交渉力をまともに発揮できたとは言い難い。
ナイゼルにしても、それは薄々分かっているはずだ。扉のそばで聞き耳を立てていたのなら、中の様子も分かるのだから。
「アジトの場所をいくつか聞き出せましたが……。本当に疲れました。言葉は通じても、話が通じない相手でしたから……」
アルヴァは言葉通りの表情で、深く溜息をついた。
「おいたわしや……。姫様は相当にお疲れのようじゃな」
ガノンドもアルヴァを心配そうに見やる。
「ええ……全く、これだから男というのは……」
よほど腹に据えかねたらしく、アルヴァは毒づく。
ソロンとしては男という枠で一緒くたにされたくはないが、それでも彼女を見れば気の毒に思えてくる。
「その……力になれなくてごめん。やっぱり、ああいうのを相手にするのは、辛かったよね。僕も協力できたらよかったんだけど……」
なんといっても、アルヴァは育ちが良すぎるのだ。
交渉事の経験が豊富なのは確かだろう。
しかし、今まで向き合ってきた相手も、同じく上流階級の者達ばかりだったはずだ。あのような粗野な荒くれ者――それも外国人の相手は難儀だったに違いない。
アルヴァは頭を振りながら。
「いいえ、私が自分で立候補したことですから。……世の男達も、あなたのように優しい方ばかりなら、よかったのですけれど」
そうして彼女はようやく表情をやわらげた。ソロンは他の男達とは別枠で考えてくれているらしい。
「はあ……」
なんとも言えず、ソロンは頭をかいた。
「さっきは一体なに言われたの?」
ミスティンが直球で疑問を投げかけたが、
「さあ、忘れてしまいました」
と、アルヴァはうそぶいた。それからこちらを向いて、
「――ソロンだけは下品な言葉を学ばず、綺麗なままでいてください。あんな大人になってはいけませんよ」
先程の作り笑いではなく、本物の微笑みを浮かべるのだった。
そうして立ち話をしていたら、扉を開けてガゼットが現れた。部下への指示を終えたらしい。
「今日は助かった。連中のアジトには、数日以内に襲撃をしかけるつもりだ」
部屋から現れたガゼットは、アルヴァに感謝すると共にそんなことを言った。
「随分と性急なのですね。必ずしも、手に入れた情報が正しいとも限りませんが……」
アルヴァは瞳に懸念をにじませた。彼女自身が苦労して得た情報ではあるが、それでも雲賊がウソをついていない確証はない。
「それはそうだが、こういう情報を得られるのも珍しいんでな。相手は逃げ足の速い連中だ。悠長に裏を取っていては、アジトごと逃げられてしまう。迅速な行動をしかけるには、山を張る覚悟も必要というもんだ」
「なるほど、私の考え方とも通じるものがありますね」
「もちろん偵察も送って慎重にやるつもりではある。だが、アジトを確認次第、その日のうちにしかけるぐらいの早さは必要だろうな」
ガゼットはアルヴァにある程度の信頼を認めたらしい。それが全てではないだろうが、自分の考えを積極的に説明していた。
結局、そんなことをしているうちに、ガゼットの勤務時間も終わったのだった。彼と同行する形でゾンディーノ家へ向かうことになった。
その途中、グラットは兵舎の中で、何度も声をかけたり、かけられたりしていた。彼はなかなか顔が広い。兵士の中にも、グラットの知り合いが多数いるらしかった。