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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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交渉力(雷)

「ああ、やっちゃった……」


 思わずソロンは目を(おお)った。賊へは容赦ない彼女の性格が、ついに発揮されてしまったのだ。


「お、おいっ!? 殺すなよ!」


 そんな中、ガゼットは呆然としながらも、どうにか立ち上がった。


「心配無用です。この者達は、サラネドの秩序から外れた賊に過ぎないのですから。従って、国家間の関係が(かせ)となることもありません」


 ネブラシアとサラネドは、仲が良いかはともかくとして国交を保っている。

 ゆえに、二国間において発生した捕虜は、ある程度の節度をもって扱われる。それは拷問のような非人道的な行為を避け、互いに歯止めを効かせるためだ。

 つまり賊に対してならそのような配慮も必要ない――とアルヴァは断言したのだ。


「そ、そりゃあそうだが……。限度があるだろ」


 さすがのガゼット将軍も、アルヴァに対しては引き気味の態度だ。たしなめるように、アルヴァへと言葉を投げかける。


「――あくまで事情聴取のためだ。有益な情報を引き出す前に殺したら本末転倒だからな」

「なおのこと心配いりませんわね。加減は得意ですから。死ぬほどの恐怖と痛みはあるかもしれませんが、死にはしません」


 恐ろしいことを平然とアルヴァが口にする。

 それから二人の賊へと向き直って、話の続きを試みた。彼女は当初と同じような笑みを浮かべていたが、もはやそれを好意と解釈する者はいなかった。

 雲賊は何事か言葉を返して、首をブンブンと横に振った。……どう見ても脅えている。


 彼ら賊は殺伐とした世界で生きる者達である。怒鳴ったり、殴られたりといった単純な脅迫には慣れているはずだった。

 そんな彼らでも、微笑を浮かべたまま魔法を放つアルヴァには、底知れない恐怖を感じるらしい。


 さらにアルヴァは何かを尋ねたが、またも雲賊は首を振って応えない。

 アルヴァはわざとらしく溜息を吐いた後、無表情で杖を向けた。

 そこから放たれた稲妻が、賊の首からすぐ横を走った。稲妻は壁を焦がすに留まった。

 二度三度と稲妻は放たれたが、いずれも賊のそばをかすめるに留まった。


 中央の賊は当てるつもりがないことを悟ったのか、


「――――――――。――――」


 少し余裕の調子になって何事かを叫んだ。

 途端――稲妻がその賊の胸を直撃。賊は胸を押さえて崩れ落ちた。


「ああ、手元が狂いました。当てるつもりはなかったのですが……。紫電の魔法は難しい。私もまだまだ未熟ですわね」


 アルヴァが苦笑しながら、悪びれもせずに言った。それからまた、最後の一人となった雲賊に向き直って語りかける。


「――。――――――。――――」


 言語は違うが同じような口調である。どうやら、今の言葉をわざわざ翻訳したらしい。

 元来、紫電は命中精度の低い魔法系統である。よほど手慣れた魔道士でなければ、正確に標的へ当てることは難しい。だからこそ、使い手が少ないのだ。


 ……が、ソロンは知っている。

 紫電は彼女が得意中の得意とする魔法だ。もっと遠くから放っても、決して外すことはないはずだ。


「トグトラ。トグトラ――――」


 最後の賊は土下座して、何かを叫び出した。手足は縛られているので、頭と体をエビのように動かしている、

 ついに脅迫が効果を上げたらしい。泣き出さんばかりの形相で、何事かをベラベラと白状しているようだった。

 同時に本来の通訳が、その言葉を将軍に翻訳して伝える。どうやら『トグトラ』というのは何かの地名らしい。そこが雲賊のアジトというわけだ。


 アルヴァは雲賊を問い詰めて、さらなる詳細を聞き出していた。

 アジトもトグトラだけではなく、複数が存在しているらしい。それから、地名だけではなく具体的な所在地を確認しているようだった。


 やがて用は済んだらしい。アルヴァは穏やかな声と表情で雲賊へと一礼した。

 ……と思いきや、直後に鋭い目と声で何かを口にした。

 雲賊は縦に首を激しく振って、それに応える。恐らくはウソだったら承知しない――というような意味だったのだろう。


「……あの娘は何者だ?」


 ガゼットが小声でグラットへ尋ねていた。

 サラネド語を流暢(りゅうちょう)に使いこなし、雷を操る魔道士。どちらもそう簡単にできる芸当ではない。不審に思うのも当然だった。


「さあな、イシュティール生まれの魔道士って当人が言ってただろ」


 グラットは投げやりにそう答えた。ガゼットは納得していない顔をしていたが、それでもそれ以上は詮索しなかった。


 *


「やあやあ、お疲れ様でした。首尾よくいったようですね。語学力と交渉力――二つを併せ持ったアルヴァさんは驚くべき才女ですよ」


 部屋を出たアルヴァを見て、開口一番にナイゼルがねぎらった。

 ガゼット将軍は、まだ室内に留まっている。どうやら、情報の整理と後始末のため、部下へ指示をしているようだった。

 失神した二人の賊に対しても、一応の手当をするらしい。最後に自供した男については、多少の情状酌量じょうじょうしゃくりょうを認めるとのことだった。


「交渉力ねえ……」


 グラットが皮肉げにつぶやく。

 なんせ実際にやったのは、魔法による脅迫である。語学力は脅しに役立ったものの、交渉力をまともに発揮できたとは言い難い。

 ナイゼルにしても、それは薄々分かっているはずだ。扉のそばで聞き耳を立てていたのなら、中の様子も分かるのだから。


「アジトの場所をいくつか聞き出せましたが……。本当に疲れました。言葉は通じても、話が通じない相手でしたから……」


 アルヴァは言葉通りの表情で、深く溜息をついた。


「おいたわしや……。姫様は相当にお疲れのようじゃな」


 ガノンドもアルヴァを心配そうに見やる。


「ええ……全く、これだから男というのは……」


 よほど腹に据えかねたらしく、アルヴァは毒づく。

 ソロンとしては男という枠で一緒くたにされたくはないが、それでも彼女を見れば気の毒に思えてくる。


「その……力になれなくてごめん。やっぱり、ああいうのを相手にするのは、辛かったよね。僕も協力できたらよかったんだけど……」


 なんといっても、アルヴァは育ちが良すぎるのだ。

 交渉事の経験が豊富なのは確かだろう。

 しかし、今まで向き合ってきた相手も、同じく上流階級の者達ばかりだったはずだ。あのような粗野な荒くれ者――それも外国人の相手は難儀だったに違いない。

 アルヴァは(かぶり)を振りながら。


「いいえ、私が自分で立候補したことですから。……世の男達も、あなたのように優しい方ばかりなら、よかったのですけれど」


 そうして彼女はようやく表情をやわらげた。ソロンは他の男達とは別枠で考えてくれているらしい。


「はあ……」


 なんとも言えず、ソロンは頭をかいた。


「さっきは一体なに言われたの?」


 ミスティンが直球で疑問を投げかけたが、


「さあ、忘れてしまいました」


 と、アルヴァはうそぶいた。それからこちらを向いて、


「――ソロンだけは下品な言葉を学ばず、綺麗なままでいてください。あんな大人になってはいけませんよ」


 先程の作り笑いではなく、本物の微笑(ほほえ)みを浮かべるのだった。


 そうして立ち話をしていたら、扉を開けてガゼットが現れた。部下への指示を終えたらしい。


「今日は助かった。連中のアジトには、数日以内に襲撃をしかけるつもりだ」


 部屋から現れたガゼットは、アルヴァに感謝すると共にそんなことを言った。


「随分と性急なのですね。必ずしも、手に入れた情報が正しいとも限りませんが……」


 アルヴァは瞳に懸念をにじませた。彼女自身が苦労して得た情報ではあるが、それでも雲賊がウソをついていない確証はない。


「それはそうだが、こういう情報を得られるのも珍しいんでな。相手は逃げ足の速い連中だ。悠長に裏を取っていては、アジトごと逃げられてしまう。迅速な行動をしかけるには、山を張る覚悟も必要というもんだ」

「なるほど、私の考え方とも通じるものがありますね」

「もちろん偵察も送って慎重にやるつもりではある。だが、アジトを確認次第、その日のうちにしかけるぐらいの早さは必要だろうな」


 ガゼットはアルヴァにある程度の信頼を認めたらしい。それが全てではないだろうが、自分の考えを積極的に説明していた。


 結局、そんなことをしているうちに、ガゼットの勤務時間も終わったのだった。彼と同行する形でゾンディーノ家へ向かうことになった。

 その途中、グラットは兵舎の中で、何度も声をかけたり、かけられたりしていた。彼はなかなか顔が広い。兵士の中にも、グラットの知り合いが多数いるらしかった。

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