表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
134/441

ゾンディーノ将軍

「まさか、お前が帰ってきていたとはな……」


 着席したゾンディーノ将軍――もといグラットの父ガゼットは言った。


「まあちょっと野暮用でな」


 悪びれずに言い放ったその息子だったが、どこか虚勢を張っているようにも見えた。

 対する父は眉根にしわを寄せながらも。


「……説教を小一時間でも続けたいところだが、今は客人の前だ。勘弁してやろう」

「おう、それはありがたいこったぜ。お父様」


 グラットは父に向い合って、軽薄なやり取りを続けた。この男――どうやらいまだに反抗期の真っ最中らしい。


「グラットさん。久々の再会なんですから、素直にならないと。時には親孝行も大事ですよ」


 たしなめるナイゼルを、ガノンドがちらりとにらんだ。


「……お前も大概だと思うがな」


 アルヴァはやれやれといった調子で。


「随分と気にしているので、そんなことだろうと思っていました。あなたの姓は聞いていませんでしたが、武門の生まれとは聞いていましたし」


 グラットが衝撃の発言をした後、皆が騒然となった。

 そんな中で彼女だけはどこか冷めた調子だった。先程グラットと会話を交わした時点で、関係を推測していたらしい。


「愚息が迷惑をかけているようだな。まずは俺からおわびさせてもらおう」


 ガゼットは皆に向かって頭を下げた。

 叩き上げの武人らしく口調は粗野ではあるが、それでも律儀な性格が(うかが)えた。そんなところも息子との共通点かもしれない。


「そんな……。頭を上げてください。迷惑もなにも、グラットは仲間ですから」


 ソロンは苦笑しながら声をかける。


「そうだね。確かにわりと迷惑だけど、尻拭いも仲間の務めだから……。おじさんが頭を下げることじゃないです」


 ミスティンは真面目を装って言ったが、どこかイタズラっぽく目を光らせていた。

 重々しくガゼットは頭を上げて。


「うむ。かたじけない。寛大な言葉、痛み入る」

「いやいやまてまて! 俺、別に迷惑かけてないからな。なんでその前提で話が進んでくんだよ!」


 手を振りながら、グラットは抗議をするも、


「ククク……」「あはは!」


 笑い声をもらしたのはガゼットとミスティンだ。ソロンも釣られて笑ってしまう。


「ぐっ、おちょくりやがって……」


 グラットは悔しそうに唇を噛んでいた。

 とはいえ、それでもソロンは少しだけ安心していた。何だかんだいって、ガゼットは息子の帰還を喜んでいるように思えたからだ。

 ガゼットは息子の頭をパンパンと叩いて座らせてから、自身も座席へと腰を落ち着けた。


 それから将軍は改めて一同の顔を見渡して、


「この方々はお前の冒険者仲間でよいのか?」


 なんとも(いぶか)しげな表情で、グラットへと問いかけた。

 なぜそんな表情をしているのかは、考えるまでもない。

 本来なら、所属する国も地位もバラバラだったはずの者達だ。ガゼットの目には、さぞかし風変わりな集団に映っていることだろう。


「おう、みんな俺のダチだぜ。つっても、みんな冒険者の身だ。分かってるだろうが詮索とかはよしてくれや。親父」


 冒険者のような流れ者は、訳ありの身であっても珍しくない。

 根掘り葉掘りと身元を尋ねるのは、あまり礼儀正しいとはいえなかった。グラットはそんな常識を利用して、父に対して釘を刺したのだ。

 ガゼットは息子の生意気な態度に気を損ねることもなく。


「そう警戒するな。別に犯罪者として連行したわけじゃないからな。強制的に身元を明かさせるような権限は俺にもない。ただ謝礼のついでに、事情聴取をしたくてな。賊の出没状況や戦力、被害状況なども把握せねばならん」

「だったらいいんだけどよお」

「それにしても……。大した武装もない商船で、よくも雲賊を撃退できたものだ。報告を聞く限り、随分と一方的だったそうじゃないか。時には軍隊ともやり合うような連中だぞ」


 将軍の話を聞けば、一行が別の部屋に案内された理由も飲み込めた。雲賊を鎧袖一触(がいしゅういっしょく)で退けた戦い振りに、軍も興味を持ったのだろう。


「まあな、俺達は最強過ぎるんでな。雲賊なんぞに苦戦はしないぜ」


 あまり活躍していなかったグラットが、誇らしく胸を張った。


「賊船は相当な損傷を受けていたそうだが、いったいどんな魔法を使ったんだ? 魔道士が何人かいるようだが……」


 将軍ガゼットは、もちろん息子の活躍だとは思わなかった。

 そうして彼は視線を鋭く動かしていた。アルヴァにナイゼル、それからガノンドというように……。彼女らは杖を腰に指していたので、魔道士なのも容易に分かったはずだ。

 もちろんソロンやミスティンも魔道士の範疇(はんちゅう)に含まれる。ただし、名乗り出る必然性は感じられなかったが。


 魔石とは、主に貴族や軍隊において扱われる高級品である。

 たかが旅人の中に魔道士が何人もいるという事実は、ただでさえ目立つのだ。ましてや魔法武器を見せれば、どんな注目を浴びるか分かったものではない。


 将軍の視線は、やがてアルヴァへと固定された。

 旅装をまとい帽子をかぶってはいても、育ちの良さは隠し切れない。彼女が目立つ存在なのに変わりはなかったのだ。

 そして、アルヴァはそれに動じることもなく、凛とした眼差しを将軍へ返した。


「そうですね。一つの魔法が決め手になったというよりは、皆の連携による産物と言うべきでしょう。特に炎と風の組み合わせには大きな相乗効果がありました。サラネド製の賊船ではひとたまりもなかったようです」


 雷魔法については意図的に伏せたらしい。希少な魔法系統であるため、存在が際立ってしまうためだろう。


「アルヴァ、私の弓も忘れないで」


 そこに空気を読まないミスティンが抗議した。

 非常識なほど遠くへ矢を飛ばした事実を知られれば、必然的に魔法武器の存在も知られてしまう。そのため、アルヴァはミスティンの活躍を誇示しなかったのだろう。


「もちろん忘れてはいませんよ。私は反対側にいましたが、相変わらず素晴らしいものだったそうですね。船上で遠くの相手へと矢を命中させるのは、並大抵の技量ではできません。ただちに軍へ入ったとしても、即戦力として大活躍できるでしょう」


 アルヴァにとって、ミスティンのあしらいは手慣れたもの。魔弓(まきゅう)の存在を伏せたまま、ひたすらほめ殺しをかける。

 たちまち機嫌を直したミスティンは、「えへん」と胸を張った。

 他愛ない女子同士の会話と見たのか、ガゼット将軍は苦笑する。それでも、彼には気になったことがあったらしく、


「アルヴァ……か。前の陛下と同じ名前だな?」


 そう言って、ガゼットはアルヴァの瞳を見た。

 皇帝アルヴァネッサの象徴――紅玉の瞳を思い浮かべているのかもしれない。いかに面識がないとはいえ、黒髪に紅い瞳という先帝の特徴を知らぬはずがなかった。


「アルヴァリーシャ・カーラントと申します。イシュティールの魔道士の家系に生まれました。アルヴァネッサ前陛下は、母君がイシュティールの出身だそうで。私としても親しみを感じておりますわ」


 ガゼットの視線に動じることもなく、抜け抜けとアルヴァは偽名を名乗った。その口調はどことなくわざとらしい。もっとも、緊張というよりは、むしろ遊び心から来るものだろう。

 ちなみに、カーラントという姓は確か、彼女の秘書官だったマリエンヌに由来する。

 手紙の宛名として書かれていたのを、ソロンは覚えていた。アルヴァにとって、マリエンヌは母に代わるような人なのだろう。


「そうか。ともあれ、雲賊船を退けたほどだから、君は相当な魔道士なのだろうな」


 ガゼットの目に疑いの光はなかった。

 しかしそれも無理のないこと。まさか、息子の仲間が追放された前皇帝だなどとは思うまい。まともな常識があれば一顧(いっこ)だにもしないだろう。


 その後も始終穏当に事情聴取は続いた。

 ソロン達は雲賊との遭遇から、決着がつくまでの流れを説明するよう努めた。そしてそれを、将軍の後ろに控えた文官が書き留めていく。

 ただし、ソロンは話の大半をアルヴァに任せてしまったが……。なんせ魔刀については、大っぴらに語れない。ボロを出さないためには、話を一人にゆだねてしまうのが楽だったのだ。


 ミスティンも魔弓については口に出さなかった。

 外目にはあまり考えていないように見えるが、彼女もそこは心得ているようだ。というか、話に興味がない限りは寡黙(かもく)なので、ボロを出す心配もなかったのだが……。


 *


「これだけ話せばもういいだろ。いい加減解放してくれよな」


 グラットはうんざりとした顔つきで、父親に向かって催促した。


「そうだな。話しているうちに、雲賊よりもお前達のほうに興味が湧いてきたが……。まあ詮索はしないと約束した手前だ。今日はこの辺でいいだろう」

「今日は――って、まだ明日もやんのかよ!?」

「いや、事情聴取は終わりだ。仕事でお前達に関わるつもりはない。……が、お前も今日ぐらいはウチに帰ってもらうぞ。他の皆も客人として来るがいい。精一杯もてなさせてもらおう」

「お、おお……。けど、ウチにそんな余裕あったっけな? そんな広い家じゃねえだろ?」


 どこか気が進まない様子で、グラットは抵抗を試みた。


「ううむ……。そうか、さすがに十人は厳しいかもしれんな。将軍になってから給金は増えたんだが、部屋が足らんかもなあ……」


 ガゼットはこちらの人数を見ながら、頭を悩ませていた。

 そこに口を挟んだのはナイゼルだ。


「ご心配いりません。それでしたら、我々六人は別に宿を取りましょう。坊っちゃん達は、将軍のお宅に向かわれるとよいでしょう」


 我々六人というのは、彼にガノンドと兵士四人を加えた面々のことだ。さすがに彼らはグラットと疎遠なこともあって、遠慮があったのかもしれない。


「おおそうか、かたじけないな」


 ガゼットはナイゼルに謝した後、息子のほうを向いた。


「――じゃあ、お前とそっちの三人ってことでいいな?」

「お、おい……。そこまで気を使ってもらわなくても――」


 実家に帰りたくないらしいグラットはなおも渋るが、ナイゼルは眼鏡ごしに眼光を光らせて。


「いけませんよ、グラットさん。久々の実家帰りなんですから。ちゃんとご家族にお顔を見せるべきです」


 ナイゼルのことだ。グラットが渋っていることを察した上で提案したのだろう。口調は軽くても、眼差しは真剣だった。


「お前も大概お節介だよな……。まあそうだな、お袋と妹には会ってかないとな」


 グラットはようやく観念したらしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ