ゾンディーノ将軍
「まさか、お前が帰ってきていたとはな……」
着席したゾンディーノ将軍――もといグラットの父ガゼットは言った。
「まあちょっと野暮用でな」
悪びれずに言い放ったその息子だったが、どこか虚勢を張っているようにも見えた。
対する父は眉根にしわを寄せながらも。
「……説教を小一時間でも続けたいところだが、今は客人の前だ。勘弁してやろう」
「おう、それはありがたいこったぜ。お父様」
グラットは父に向い合って、軽薄なやり取りを続けた。この男――どうやらいまだに反抗期の真っ最中らしい。
「グラットさん。久々の再会なんですから、素直にならないと。時には親孝行も大事ですよ」
たしなめるナイゼルを、ガノンドがちらりとにらんだ。
「……お前も大概だと思うがな」
アルヴァはやれやれといった調子で。
「随分と気にしているので、そんなことだろうと思っていました。あなたの姓は聞いていませんでしたが、武門の生まれとは聞いていましたし」
グラットが衝撃の発言をした後、皆が騒然となった。
そんな中で彼女だけはどこか冷めた調子だった。先程グラットと会話を交わした時点で、関係を推測していたらしい。
「愚息が迷惑をかけているようだな。まずは俺からおわびさせてもらおう」
ガゼットは皆に向かって頭を下げた。
叩き上げの武人らしく口調は粗野ではあるが、それでも律儀な性格が窺えた。そんなところも息子との共通点かもしれない。
「そんな……。頭を上げてください。迷惑もなにも、グラットは仲間ですから」
ソロンは苦笑しながら声をかける。
「そうだね。確かにわりと迷惑だけど、尻拭いも仲間の務めだから……。おじさんが頭を下げることじゃないです」
ミスティンは真面目を装って言ったが、どこかイタズラっぽく目を光らせていた。
重々しくガゼットは頭を上げて。
「うむ。かたじけない。寛大な言葉、痛み入る」
「いやいやまてまて! 俺、別に迷惑かけてないからな。なんでその前提で話が進んでくんだよ!」
手を振りながら、グラットは抗議をするも、
「ククク……」「あはは!」
笑い声をもらしたのはガゼットとミスティンだ。ソロンも釣られて笑ってしまう。
「ぐっ、おちょくりやがって……」
グラットは悔しそうに唇を噛んでいた。
とはいえ、それでもソロンは少しだけ安心していた。何だかんだいって、ガゼットは息子の帰還を喜んでいるように思えたからだ。
ガゼットは息子の頭をパンパンと叩いて座らせてから、自身も座席へと腰を落ち着けた。
それから将軍は改めて一同の顔を見渡して、
「この方々はお前の冒険者仲間でよいのか?」
なんとも訝しげな表情で、グラットへと問いかけた。
なぜそんな表情をしているのかは、考えるまでもない。
本来なら、所属する国も地位もバラバラだったはずの者達だ。ガゼットの目には、さぞかし風変わりな集団に映っていることだろう。
「おう、みんな俺のダチだぜ。つっても、みんな冒険者の身だ。分かってるだろうが詮索とかはよしてくれや。親父」
冒険者のような流れ者は、訳ありの身であっても珍しくない。
根掘り葉掘りと身元を尋ねるのは、あまり礼儀正しいとはいえなかった。グラットはそんな常識を利用して、父に対して釘を刺したのだ。
ガゼットは息子の生意気な態度に気を損ねることもなく。
「そう警戒するな。別に犯罪者として連行したわけじゃないからな。強制的に身元を明かさせるような権限は俺にもない。ただ謝礼のついでに、事情聴取をしたくてな。賊の出没状況や戦力、被害状況なども把握せねばならん」
「だったらいいんだけどよお」
「それにしても……。大した武装もない商船で、よくも雲賊を撃退できたものだ。報告を聞く限り、随分と一方的だったそうじゃないか。時には軍隊ともやり合うような連中だぞ」
将軍の話を聞けば、一行が別の部屋に案内された理由も飲み込めた。雲賊を鎧袖一触で退けた戦い振りに、軍も興味を持ったのだろう。
「まあな、俺達は最強過ぎるんでな。雲賊なんぞに苦戦はしないぜ」
あまり活躍していなかったグラットが、誇らしく胸を張った。
「賊船は相当な損傷を受けていたそうだが、いったいどんな魔法を使ったんだ? 魔道士が何人かいるようだが……」
将軍ガゼットは、もちろん息子の活躍だとは思わなかった。
そうして彼は視線を鋭く動かしていた。アルヴァにナイゼル、それからガノンドというように……。彼女らは杖を腰に指していたので、魔道士なのも容易に分かったはずだ。
もちろんソロンやミスティンも魔道士の範疇に含まれる。ただし、名乗り出る必然性は感じられなかったが。
魔石とは、主に貴族や軍隊において扱われる高級品である。
たかが旅人の中に魔道士が何人もいるという事実は、ただでさえ目立つのだ。ましてや魔法武器を見せれば、どんな注目を浴びるか分かったものではない。
将軍の視線は、やがてアルヴァへと固定された。
旅装をまとい帽子をかぶってはいても、育ちの良さは隠し切れない。彼女が目立つ存在なのに変わりはなかったのだ。
そして、アルヴァはそれに動じることもなく、凛とした眼差しを将軍へ返した。
「そうですね。一つの魔法が決め手になったというよりは、皆の連携による産物と言うべきでしょう。特に炎と風の組み合わせには大きな相乗効果がありました。サラネド製の賊船ではひとたまりもなかったようです」
雷魔法については意図的に伏せたらしい。希少な魔法系統であるため、存在が際立ってしまうためだろう。
「アルヴァ、私の弓も忘れないで」
そこに空気を読まないミスティンが抗議した。
非常識なほど遠くへ矢を飛ばした事実を知られれば、必然的に魔法武器の存在も知られてしまう。そのため、アルヴァはミスティンの活躍を誇示しなかったのだろう。
「もちろん忘れてはいませんよ。私は反対側にいましたが、相変わらず素晴らしいものだったそうですね。船上で遠くの相手へと矢を命中させるのは、並大抵の技量ではできません。ただちに軍へ入ったとしても、即戦力として大活躍できるでしょう」
アルヴァにとって、ミスティンのあしらいは手慣れたもの。魔弓の存在を伏せたまま、ひたすらほめ殺しをかける。
たちまち機嫌を直したミスティンは、「えへん」と胸を張った。
他愛ない女子同士の会話と見たのか、ガゼット将軍は苦笑する。それでも、彼には気になったことがあったらしく、
「アルヴァ……か。前の陛下と同じ名前だな?」
そう言って、ガゼットはアルヴァの瞳を見た。
皇帝アルヴァネッサの象徴――紅玉の瞳を思い浮かべているのかもしれない。いかに面識がないとはいえ、黒髪に紅い瞳という先帝の特徴を知らぬはずがなかった。
「アルヴァリーシャ・カーラントと申します。イシュティールの魔道士の家系に生まれました。アルヴァネッサ前陛下は、母君がイシュティールの出身だそうで。私としても親しみを感じておりますわ」
ガゼットの視線に動じることもなく、抜け抜けとアルヴァは偽名を名乗った。その口調はどことなくわざとらしい。もっとも、緊張というよりは、むしろ遊び心から来るものだろう。
ちなみに、カーラントという姓は確か、彼女の秘書官だったマリエンヌに由来する。
手紙の宛名として書かれていたのを、ソロンは覚えていた。アルヴァにとって、マリエンヌは母に代わるような人なのだろう。
「そうか。ともあれ、雲賊船を退けたほどだから、君は相当な魔道士なのだろうな」
ガゼットの目に疑いの光はなかった。
しかしそれも無理のないこと。まさか、息子の仲間が追放された前皇帝だなどとは思うまい。まともな常識があれば一顧だにもしないだろう。
その後も始終穏当に事情聴取は続いた。
ソロン達は雲賊との遭遇から、決着がつくまでの流れを説明するよう努めた。そしてそれを、将軍の後ろに控えた文官が書き留めていく。
ただし、ソロンは話の大半をアルヴァに任せてしまったが……。なんせ魔刀については、大っぴらに語れない。ボロを出さないためには、話を一人にゆだねてしまうのが楽だったのだ。
ミスティンも魔弓については口に出さなかった。
外目にはあまり考えていないように見えるが、彼女もそこは心得ているようだ。というか、話に興味がない限りは寡黙なので、ボロを出す心配もなかったのだが……。
*
「これだけ話せばもういいだろ。いい加減解放してくれよな」
グラットはうんざりとした顔つきで、父親に向かって催促した。
「そうだな。話しているうちに、雲賊よりもお前達のほうに興味が湧いてきたが……。まあ詮索はしないと約束した手前だ。今日はこの辺でいいだろう」
「今日は――って、まだ明日もやんのかよ!?」
「いや、事情聴取は終わりだ。仕事でお前達に関わるつもりはない。……が、お前も今日ぐらいはウチに帰ってもらうぞ。他の皆も客人として来るがいい。精一杯もてなさせてもらおう」
「お、おお……。けど、ウチにそんな余裕あったっけな? そんな広い家じゃねえだろ?」
どこか気が進まない様子で、グラットは抵抗を試みた。
「ううむ……。そうか、さすがに十人は厳しいかもしれんな。将軍になってから給金は増えたんだが、部屋が足らんかもなあ……」
ガゼットはこちらの人数を見ながら、頭を悩ませていた。
そこに口を挟んだのはナイゼルだ。
「ご心配いりません。それでしたら、我々六人は別に宿を取りましょう。坊っちゃん達は、将軍のお宅に向かわれるとよいでしょう」
我々六人というのは、彼にガノンドと兵士四人を加えた面々のことだ。さすがに彼らはグラットと疎遠なこともあって、遠慮があったのかもしれない。
「おおそうか、かたじけないな」
ガゼットはナイゼルに謝した後、息子のほうを向いた。
「――じゃあ、お前とそっちの三人ってことでいいな?」
「お、おい……。そこまで気を使ってもらわなくても――」
実家に帰りたくないらしいグラットはなおも渋るが、ナイゼルは眼鏡ごしに眼光を光らせて。
「いけませんよ、グラットさん。久々の実家帰りなんですから。ちゃんとご家族にお顔を見せるべきです」
ナイゼルのことだ。グラットが渋っていることを察した上で提案したのだろう。口調は軽くても、眼差しは真剣だった。
「お前も大概お節介だよな……。まあそうだな、お袋と妹には会ってかないとな」
グラットはようやく観念したらしかった。