表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
133/441

港湾都市ベオ

 大破した二隻の雲賊船は、帝国の軍船によって牽引されることになった。

 無事なまま捕縛された一隻についても、帝国兵が乗り込んで操ることになったようだ。元いた賊船の乗員は縄で縛られて、軍船に積み込まれていった。

 そして、ソロン達の乗っていた商船も結局、帝都へたどり着くことは叶わなかった。事情聴取のため、帝国軍が拠点とする港へと寄港を求められたのだ。


 軍船の先導に従って、船長は舳先(へさき)を転じるように指示を出した。三隻の賊船、二隻の軍船、三隻の商船。合わせて、八隻の船団が即席で形成された。


「うう……。船は無事だったのに、どうして帝都へ行ってはいけないんですかねえ……。物資に被害がないのは幸いでしたが、それでも船を出すだけで金貨が何百枚も飛んでいくんですよ……」


 商魂たくましい貿易商も、さすがに軍の要請は無視できなかった。こうしてソロン達を相手に、愚痴を吐くのが精一杯の抵抗だったのだ。

 指示された寄港先は港湾都市ベオ。

 帝国軍のこの地方における本拠地である。タスカートから南西――竜玉船に乗って数時間の場所にあった。


「結局、こんなことで故郷に連れていかれるとはなあ……。軍船がやって来た時には、嫌な予感がしてたけどよ」


 陸地へと引き返す竜玉船の上で、グラットは嘆息していた。

 ベオはグラットが故郷とする町でもあったのだ。先日、里帰りを勧めるアルヴァの提案を、グラットが断ったのは記憶に新しい。

 ソロンはグラットの肩を叩いて。


「さすがにもう観念しなよ。ここまで来たら、里帰りするよい機会と思うしかないさ。……やっぱり後ろめたい?」

「ああそうだな。家を出た身だしなぁ……」


 グラットは煮え切らない態度で言葉を(にご)す。


「グラットのことだから、軍役中に無断で逃げてきたとか?」


 さらにはミスティンが半目で問いかける。


「ねえよ、下手すりゃ極刑だぞ。さすがの俺も、んな度胸はねえ。ちゃんと時期を見て除隊したぜ。まっ、親父には怒鳴りつけられたがな。っつうわけで、里帰りはちっとばかり気まずいわけだが」

「だったらよいではないか。わしや姫様と比べれば、恵まれたもんじゃろ。敷居は高く感じられようと、胸を張って堂々と帰ればよかろう」


 追放の身であるガノンドも、グラットの背中を押す。

 身元を隠さねばならない二人と比べれば、グラットは恵まれた立場である。それでもグラットは、不満かつ不安な表情を変えることはなかった。


 *


 先をゆく軍船が雲賊船を曳航(えいこう)していたため、八隻の船団はゆったりと雲海を進んでいた。

 それでも数時間ほどすれば、ソロンの視界にベオの港が入ってきた。


 日が暮れるには、まだしばらくの猶予がある刻限だ。港にそびえ立つ灯台も、今はまだ光を放っていない。

 どうやらベオの港町は、雲賊に襲われた地点からそれほど離れていなかったらしい。

 言わば帝国雲海軍の目と鼻の先で、凶行が行われていたことになる。だとすれば、雲賊の跋扈(ばっこ)も相当なものだ。


 ベオは雲海に突き出す半島の先に造られた港町である。その恵まれた立地を活用して、貿易の拠点および軍事の拠点として栄えてきたのだ。

 カプリカ島の中心都市というだけあって、帝都ほどではないにせよ相当に大きな港町だ。


 コンクリートで整備された港には、二十を超える軍船が停泊している。

 グラットによれば、港にある一際大きな建物が、雲海軍の基地なのだそうだ。いかにも軍事施設らしく、装飾味に乏しい無骨で平べったい建物だった。

 港から山側に向かって、町が広がっている。西に目をやればコンクリートの港が途切れ、天然の雲岸が続いていた。


 竜玉船が港に接岸したので、一行は船を降り立った。

 先導していた軍船からも、兵士達が降りてくる。どうやらソロン達を、そのまま基地へと案内してくれるようだ。

 ソロン達の一行はイドリス兵も含めて十人。そこに船長や船員、商人や護衛も加わるので、合計で四十人近い人数となった。

 船を降りて早々、兵士達の案内に従って基地の中へと足を踏み入れた。


 名目は、雲賊を退治した協力者への事情聴取。連行というほど物々しくはないものの、それでも皆どこか緊張していた。

 そんな中でも、ナイゼルは基地の内情を興味深げに観察していた。なんせ、軍事施設を視察できるという願ってもない機会である。ナイゼルは普段が軽く見えても、抜け目ない男なのだ。


「はぁ……。ここも久々だなあ」


 最も緊張していたのは、二年前に軍を除隊したというグラットだ。

 かつての職場を眺め回しながら、四人のイドリス兵にまぎれるように歩いている。ひょっとしたら、知り合いに会うのを恐れているのだろうか。


 *


「ゾンディーノ将軍がお話を伺いたいとのことです。しばらくお待ちいただけますか?」


 着席したソロン達へ、先導の兵士が告げた。どうやら貿易商や船長は、別の部屋に連れていかれたらしい。

 案内されたのは、粗末な椅子と机があるだけの飾り気ない客室。部屋は広くないが余計な装飾もないため、十人が入っても余裕がある。

 ソロンが了承すれば、兵士は去っていった。入れ替わりにその将軍がやって来るのだろう。


 客室は仲間内だけになった。

 一応は客として扱われているらしく、監視の兵はつかなかった。もっとも部屋の外には大勢の兵士がいるため、逃亡の心配はないというだけかもしれない。

 久々にゆるんだ空気が流れると思いきや――


「ゾ、ゾンディーノ将軍……だあ!?」


 そんな中でも、驚愕(きょうがく)の表情を見せていたのはグラットだった。


「ああ、グラットの古巣だもんね。知り合いなんだ?」

「お、おう、俺がいた頃は副将軍だったが……。貴族でもなんでもねえってのに将軍に出世か。聞き間違いじゃねえよな?」

「間違いありません」

 と、否定したのはアルヴァである。

「――今は(れっき)とした将軍ですよ。一年半ほど前に先任の将軍が退役し、後継としてガゼット・ゾンディーノ副将軍が指名されたのです」

「マジかよ……。一年半前っていうと、まだあんたの時代じゃねえよな?」


 アルヴァは頷きながらも。


「昇格の経緯は当時から存じていましたよ。父の秘書官として、人事にも(たずさ)わっていましたから。先任将軍からの推薦文を読んだ限りは、有能な方なのでしょうね」

「そ、そうか……。やっぱり、将軍ってのはよっぽど偉いんだよな。やってることは、こんな地方の防衛だとしても……」


 グラットは見るからにソワソワしていた。よほどその将軍のことが気になるらしい。


「そうですわね。将軍位は帝国に十しかありませんので、それなりの地位だとは言えましょう。ちなみにうち八つは貴族出身者が占めており、平民出身者は二人だけです。家柄ではなく実力によって選ばれたという点は、誇ってもよいでしょう」

「もしかしたら、お姫様と面識あったりするのか? だとしたら、まずくね?」


 なんといっても相手は将軍という重職だ。追放刑を受けた前皇帝を前にして、ただ見逃してくれるとは思えない。


「仕事上、書類でのやり取りなら何度か行いましたよ。ですが、私の在位が短かったこともあり、会う機会はありませんでした。ただ目の前でアルヴァネッサを名乗るのは、よしたほうがよいでしょうね」

「えっと、偽名を使うってこと? なんて呼べばいいのかな?」


 少し困ったようにソロンは問うた。『陛下』という敬称をやめて、アルヴァと呼び捨てるようになって既に長い。他の呼び方はどことなく嫌だったのだ。


「う~ん、せっかくだからカッコいい名前がいいね」


 一人ミスティンは(あご)に手を当てて、真剣な表情で悩み出した。まっすぐにアルヴァへと瞳を向けて、何かふさわしい名前がないかを思案しているようだ。


「……嫌な予感しかしないので、遠慮します」


 すげなくミスティンを制止したアルヴァは、ほんのわずかに考えて口を開いた。


「――アルヴァリーシャ。愛称はアルヴァでよいでしょう。アルヴァネッサという名前は珍しいですが、愛称がアルヴァとなる名前は他にもなくはありませんから」

「でも、それだとそのまんまじゃない? 面白くないよ。ザザナーティンか、ボボロガーティン……ベベルプーティンも捨てがたいかな……」


 ミスティンの感性はソロンにも計り知れない。ティンというのは、自分の名前に合わせていることだけは分かったが……。


「……ミスティン、私を玩具にしないでください。それに、私が全く別の名前を名乗ったところで、それを徹底できますか? 特にソロンに聞きますが」


 冷ややかな瞳でアルヴァはこちらに矛先を向けた。思わずソロンはのけぞって。


「えっと、あんまり自信ないかも……」


 自信がないどころではない。ほぼ確実に、何かのはずみで呼んでしまいそうだ。


「無理だろうな……。お前、絶対に学校の先生を『母さん』って呼んで、恥かくクチだろ」


 グラットは関係あるようでないようなことを言い出した。


「うあああ! なぜそれを!?」


 ソロンの脳裏に黒歴史が浮かび上がってくる。しかも鮮明に……。ソロンは頭を抱えてうずくまるしかなかった。


「ほう……。坊っちゃんの黒歴史をよくご存じですね。私の知る限りでは三回……。最新では五年前、イリビア先生の講義で――」


 追い打ちをかけるように口を挟んだのは、もちろんナイゼルだ。


「ナイゼル! その話はやめ!」


 椅子を蹴ってナイゼルに駆け寄り、その襟首をつかんだ。思いっきりゆさぶる。これ以上、余計な話をさせるわけにはいかない。


「ちょっ、坊っちゃん。そんな激しい……。皆さんが見てますよ……」


 のけぞりながらも、どこか気色の悪い口調でナイゼルが言った。どこまでもからかうつもりのようだ。

 そこに背後から、ミスティンがポンポンと頭を叩いてきた。振り向けば、謎の優しい眼差しでこちらの肩をつかんでくる。


「大丈夫だよ、ソロン。私はバカにしたりしないから。……私のこともお母さんって呼んでいいよ」


 軽く抱きしめてくるミスティンを振り払って。


「絶対に呼ばないから!? もう五年はやってないから!」


 叫ぶソロンの横で、アルヴァが溜息をついた。半目でこちらを呆れるように眺めている。


「……ともかく、そういうことです。用いるウソは少ないほうが危険も抑えられるというわけですよ」


 話を戻してくれたことはありがたいので、ソロンもそれに乗っかる。


「わ、分かった……。アルヴァネッサじゃなくても、アルヴァでいいんだね。だったら、間違えないから安心だよ」

「はい。……ああ、でも私のこともお姉さんと呼んでいただいても構いませんよ。それなら名前を呼ぶ必要もなくなります」

「いえ、結構です」


 瞬時に拒絶したら、アルヴァが少しだけ残念そうな顔になった。


 *


「なんだ……騒がしい客人だな」


 そんなソロン達の元へ、中年の男が扉を開けて入ってきた。後ろには書記らしき文官を引き連れている。

 四十代の男盛り。茶髪に鋭い目つき。たくましい体つきだが、無駄な肉はなく引き締まっている。今は鎧こそ付けていないが、軍服に身を包んでいた。

 いかにも武人といった精悍(せいかん)な顔立ちだ。この男がゾンディーノ将軍で間違いないだろう。


 ……それにしても、どことなく誰かに似ている気がする。


「俺がここを統括するガゼット・ゾンディーノだ。雲賊退治に協力してくれたそうで――」


 話を始めようとした将軍だったが、すぐに口を大きく開けたまま目を見開いた。その視線の先では――


「よう親父! 久しぶりだな!」


 グラットがどこかヤケクソ気味に元気よく立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ