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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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雲賊船

 雲賊を迎え撃つために、ソロン達は甲板(かんぱん)へと駆け出た。

 ナイゼルやガノンドを含めた十人全員が、その場にそろっていた。

 周囲には他の護衛や船員達の姿も見える。そして、彼らの視線は三方へと分かれていた。


 その理由はすぐに分かった。

 甲板から見回せば、正面から三隻に分かれて迫る竜玉船が目に入ったのだ。


 船の進路をふさぐように、正面から迫ってくるのが一隻。左前方と右前方から、こちらを挟むように迫ってくるのが二隻だ。

 帝国の船ならば、船種に応じた旗を掲げる義務がある。他国の船にしても、それは同じことだ。

 ところが船上にあるはずの旗は、その三隻には見受けられなかった。つまりどこかの国に認められた正式な船ではない――という事実を示していた。


 いずれも船の大きさはこちらと同じぐらい。形状もこちらとよく似ているが、より戦いに特化した構造になっている。特に鋭く(とが)った先端が目についた。


「あれは衝角といって、敵船に突っ込むための装備だ。んでもって、相手の船に乗り込むのが、標準的な艦戦での戦術だな」


 元雲軍のグラットが、持ち前の知識で説明してくれた。


「もっとも、接近を前提とした武器に出番はないと思いますけれど」


 左手で髪をかき分けながら、アルヴァは艶然(えんぜん)と笑みを浮かべた。

 右手に握られた杖の先は、バチバチと稲光を発している。接近される前に魔法で始末する自信があるのだろう。


「ぐっ、このままでは囲まれるぞ! 左に旋回しろ!」


 甲板に立った船長が苦渋に満ちた声で、船の進路を変えるように指示を出した。

 敵船との距離はまだ相当に離れていた。

 それでも雲賊船は、じわじわとこちらとの距離を狭めてくる。隙間を見つけて逃げることは不可能だろう。それなりに大きな交易船では、そのような機敏な動きは難しかった。


「さて、どうしたものでしょうか?」


 腕を組みながらアルヴァがつぶやく。

 相変わらずその態度からは余裕が(うかが)えた。幾度の修羅場を乗り越えた彼女にとって、雲賊など恐れるにも足らないのだろう。


「三隻を同時に相手にするのは、さすがに厳しいな。このまま行けば、一つか二つは避けられるかな?」

「そうですね。この進路なら右の船との接近は避けられると思います」


 ソロンの考えに、アルヴァは一旦は頷いたが。


「――ですが、その場合は後方の二隻が狙われる可能性がありますね」


 商船は合計三隻。後方の二隻にも護衛はいるが、戦力では雲賊船に劣ると思われた。


「ああ、そっか……。後ろの二隻もできれば守りたいな。何とかできないかな?」

「ありますよ。先にこの船が左と中央――敵の二隻に挟まれると予想されます。その時に、賊船を同時に撃滅してしまえばよいのです」


 虫を潰すようにたやすい――とばかりに、アルヴァは述べた。


「でもそれだと、味方の二隻が無防備なのは変わりないんじゃ……?」


 こちらの船が敵の二隻を撃破しても、もう一隻が残っている。味方の二隻が、その間に狙われては助けられない。


「理屈上はそうなりますね。ですが雲賊も人間です。仲間の船が二隻も大破すれば、平気ではいられませんよ」

「なるほど、それもそうか……。船を壊して脅すわけだね」

「そういうことです」

「しっかし、お姫様は無茶言ってくれるよな。……できるのか?」

「一隻は私が大破させますので。もう一隻を皆様にお任せしてよろしいですか?」

「君が言うならできるんだろうね……。それで、僕が護衛をしていいかな?」


 ソロンとしても、アルヴァが操る魔法の威力に疑いはない。それでも矢で狙われた時の対策は必要だった。


「気持ちは嬉しいのですが……。あなたの魔法もここでは決め手になります。別々の船を狙いましょう」


 船を破壊するには、ソロンの炎魔法が不可欠ということだ。効率を考えれば、アルヴァと攻撃役を分担する必要があった。


「仕方ないか。でも、誰か君を守る人がいないと……」

「いや、ソロンよ。お主は姫様を守るがよいぞ。右舷はわしらに任せるのだ」


 意外な人物――ガノンドがそこで声を上げた。


「先生! 大丈夫なんですか?」

「炎獄の公爵たるこのわしが、久々に力を見せて進ぜよう。お主は下がっておれ」

「いや先生、無理はいけませんよ」


 ガノンドもソロンと同じく炎の魔法を得意としていた。

 ……というより、ソロン自身もガノンドの手ほどきを受けた経験がある。魔法の師匠の一人といってもよい。その実力は申し分ないが、それでも不安は隠せない。


「むっ、何を言うか。前の戦では不完全燃焼だったからな。今日こそ、わしの本気を見せてやろうぞ」


 イドリスがラグナイに襲撃されたあの戦いでも、ガノンドは魔道士としての手腕を振るったと聞く。ただし、早々に精神力を切らして敵の捕虜になってしまったようだが……。


「そういうことです、坊っちゃん。船の一隻ぐらい、我々でも沈められますよ」


 と、ナイゼルは杖を片手に自信を見せる。


「まっ、俺らもいるから安心しとけよ」


 グラットが彼らに続くが、


「グラットは役に立たないと思うけど」


 ミスティンがちくりと指摘する。


「しゃーねえだろ、飛び道具はねえんだし。その分はお前が働けよ」

「もちろん」

「……それじゃあ、お願いするよ。アルヴァもいいかな?」


 戦いの最中に言い合いをしている余裕はない。アルヴァが敵船を撃破したならば、すぐに駆けつけようと決意する。


「承知です。では左舷で敵船を待ちましょう」


 *


 船は左に進路を取り、敵を振り切ろうとする。だが、左前方の敵船は、こちらよりもさらに左へと回り込んできた。中央の船もこちらを逃がしてはくれないようだ。

 いよいよ、左の船と中央の船――二隻に挟撃される目算になった。アルヴァの予想した通りの展開である。


 左舷で待ち構えるソロン達の元へ、すれ違うように敵の船が向かって来た。

 対向する形になったため、相対的にぐんぐんと接近していく。

 アルヴァは既に杖を構えている。弓を射るような構え――彼女が切り札とする雷鳥の魔法だ。


 接近し合う船は、ついに矢の射程圏へと入った。

 アルヴァはまだ魔法を放たない。強力な魔法とはいえ、この距離では十分な破壊力を得られないためだ。


 それには構わず、敵は矢を射ってきた。しかし、互いに動く船上で正確に狙い射つのは難しい。見当違いの場所に飛んでくるので、ソロンが矢を弾くまでもなかった。

 それでもお返しをしなければならない。好きなように射たせるわけにはいかないのだ。


 紅蓮の刀が赤光(しゃっこう)を発する。ソロンは火球を敵船へ向かって放出した。

 距離も遠いため十分な火力はないが、牽制としては十分だ。火球は着弾し、敵船の右舷を炎上させた。

 大した炎ではないが、それでも敵が混乱している様子が伝わってきた。まさか商船が魔法で反撃してくるとは、予想もしなかったのだろう。


 次の瞬間――まばゆいばかりの光が戦場を覆った。

 アルヴァの雷鳥が放たれたのだ。

 ソロンが目を向けた時には、既に雷のクチバシが賊船を貫いていた。

 衝撃は突風を巻き起こし、アルヴァの黒髪を激しく乱す。

 賊船は雲海の上を吹き飛ぶと共に大きく傾いた。無数の木片が飛散し、船体がごっそりと削られていた。味方の魔法ながら、ゾッとするような光景だった。


 次には激しく炎上する賊船が見えた。

 炎は勢いを増し、全船体へと移っていく。もくもくと黒い煙が立ち昇り、船の姿を隠してしまう。誰の目にも、これ以上の航行は不可能だと理解できた。

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