雲賊船
雲賊を迎え撃つために、ソロン達は甲板へと駆け出た。
ナイゼルやガノンドを含めた十人全員が、その場にそろっていた。
周囲には他の護衛や船員達の姿も見える。そして、彼らの視線は三方へと分かれていた。
その理由はすぐに分かった。
甲板から見回せば、正面から三隻に分かれて迫る竜玉船が目に入ったのだ。
船の進路をふさぐように、正面から迫ってくるのが一隻。左前方と右前方から、こちらを挟むように迫ってくるのが二隻だ。
帝国の船ならば、船種に応じた旗を掲げる義務がある。他国の船にしても、それは同じことだ。
ところが船上にあるはずの旗は、その三隻には見受けられなかった。つまりどこかの国に認められた正式な船ではない――という事実を示していた。
いずれも船の大きさはこちらと同じぐらい。形状もこちらとよく似ているが、より戦いに特化した構造になっている。特に鋭く尖った先端が目についた。
「あれは衝角といって、敵船に突っ込むための装備だ。んでもって、相手の船に乗り込むのが、標準的な艦戦での戦術だな」
元雲軍のグラットが、持ち前の知識で説明してくれた。
「もっとも、接近を前提とした武器に出番はないと思いますけれど」
左手で髪をかき分けながら、アルヴァは艶然と笑みを浮かべた。
右手に握られた杖の先は、バチバチと稲光を発している。接近される前に魔法で始末する自信があるのだろう。
「ぐっ、このままでは囲まれるぞ! 左に旋回しろ!」
甲板に立った船長が苦渋に満ちた声で、船の進路を変えるように指示を出した。
敵船との距離はまだ相当に離れていた。
それでも雲賊船は、じわじわとこちらとの距離を狭めてくる。隙間を見つけて逃げることは不可能だろう。それなりに大きな交易船では、そのような機敏な動きは難しかった。
「さて、どうしたものでしょうか?」
腕を組みながらアルヴァがつぶやく。
相変わらずその態度からは余裕が窺えた。幾度の修羅場を乗り越えた彼女にとって、雲賊など恐れるにも足らないのだろう。
「三隻を同時に相手にするのは、さすがに厳しいな。このまま行けば、一つか二つは避けられるかな?」
「そうですね。この進路なら右の船との接近は避けられると思います」
ソロンの考えに、アルヴァは一旦は頷いたが。
「――ですが、その場合は後方の二隻が狙われる可能性がありますね」
商船は合計三隻。後方の二隻にも護衛はいるが、戦力では雲賊船に劣ると思われた。
「ああ、そっか……。後ろの二隻もできれば守りたいな。何とかできないかな?」
「ありますよ。先にこの船が左と中央――敵の二隻に挟まれると予想されます。その時に、賊船を同時に撃滅してしまえばよいのです」
虫を潰すようにたやすい――とばかりに、アルヴァは述べた。
「でもそれだと、味方の二隻が無防備なのは変わりないんじゃ……?」
こちらの船が敵の二隻を撃破しても、もう一隻が残っている。味方の二隻が、その間に狙われては助けられない。
「理屈上はそうなりますね。ですが雲賊も人間です。仲間の船が二隻も大破すれば、平気ではいられませんよ」
「なるほど、それもそうか……。船を壊して脅すわけだね」
「そういうことです」
「しっかし、お姫様は無茶言ってくれるよな。……できるのか?」
「一隻は私が大破させますので。もう一隻を皆様にお任せしてよろしいですか?」
「君が言うならできるんだろうね……。それで、僕が護衛をしていいかな?」
ソロンとしても、アルヴァが操る魔法の威力に疑いはない。それでも矢で狙われた時の対策は必要だった。
「気持ちは嬉しいのですが……。あなたの魔法もここでは決め手になります。別々の船を狙いましょう」
船を破壊するには、ソロンの炎魔法が不可欠ということだ。効率を考えれば、アルヴァと攻撃役を分担する必要があった。
「仕方ないか。でも、誰か君を守る人がいないと……」
「いや、ソロンよ。お主は姫様を守るがよいぞ。右舷はわしらに任せるのだ」
意外な人物――ガノンドがそこで声を上げた。
「先生! 大丈夫なんですか?」
「炎獄の公爵たるこのわしが、久々に力を見せて進ぜよう。お主は下がっておれ」
「いや先生、無理はいけませんよ」
ガノンドもソロンと同じく炎の魔法を得意としていた。
……というより、ソロン自身もガノンドの手ほどきを受けた経験がある。魔法の師匠の一人といってもよい。その実力は申し分ないが、それでも不安は隠せない。
「むっ、何を言うか。前の戦では不完全燃焼だったからな。今日こそ、わしの本気を見せてやろうぞ」
イドリスがラグナイに襲撃されたあの戦いでも、ガノンドは魔道士としての手腕を振るったと聞く。ただし、早々に精神力を切らして敵の捕虜になってしまったようだが……。
「そういうことです、坊っちゃん。船の一隻ぐらい、我々でも沈められますよ」
と、ナイゼルは杖を片手に自信を見せる。
「まっ、俺らもいるから安心しとけよ」
グラットが彼らに続くが、
「グラットは役に立たないと思うけど」
ミスティンがちくりと指摘する。
「しゃーねえだろ、飛び道具はねえんだし。その分はお前が働けよ」
「もちろん」
「……それじゃあ、お願いするよ。アルヴァもいいかな?」
戦いの最中に言い合いをしている余裕はない。アルヴァが敵船を撃破したならば、すぐに駆けつけようと決意する。
「承知です。では左舷で敵船を待ちましょう」
*
船は左に進路を取り、敵を振り切ろうとする。だが、左前方の敵船は、こちらよりもさらに左へと回り込んできた。中央の船もこちらを逃がしてはくれないようだ。
いよいよ、左の船と中央の船――二隻に挟撃される目算になった。アルヴァの予想した通りの展開である。
左舷で待ち構えるソロン達の元へ、すれ違うように敵の船が向かって来た。
対向する形になったため、相対的にぐんぐんと接近していく。
アルヴァは既に杖を構えている。弓を射るような構え――彼女が切り札とする雷鳥の魔法だ。
接近し合う船は、ついに矢の射程圏へと入った。
アルヴァはまだ魔法を放たない。強力な魔法とはいえ、この距離では十分な破壊力を得られないためだ。
それには構わず、敵は矢を射ってきた。しかし、互いに動く船上で正確に狙い射つのは難しい。見当違いの場所に飛んでくるので、ソロンが矢を弾くまでもなかった。
それでもお返しをしなければならない。好きなように射たせるわけにはいかないのだ。
紅蓮の刀が赤光を発する。ソロンは火球を敵船へ向かって放出した。
距離も遠いため十分な火力はないが、牽制としては十分だ。火球は着弾し、敵船の右舷を炎上させた。
大した炎ではないが、それでも敵が混乱している様子が伝わってきた。まさか商船が魔法で反撃してくるとは、予想もしなかったのだろう。
次の瞬間――まばゆいばかりの光が戦場を覆った。
アルヴァの雷鳥が放たれたのだ。
ソロンが目を向けた時には、既に雷のクチバシが賊船を貫いていた。
衝撃は突風を巻き起こし、アルヴァの黒髪を激しく乱す。
賊船は雲海の上を吹き飛ぶと共に大きく傾いた。無数の木片が飛散し、船体がごっそりと削られていた。味方の魔法ながら、ゾッとするような光景だった。
次には激しく炎上する賊船が見えた。
炎は勢いを増し、全船体へと移っていく。もくもくと黒い煙が立ち昇り、船の姿を隠してしまう。誰の目にも、これ以上の航行は不可能だと理解できた。