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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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久々の竜玉船

 大々的に護衛を募集していたこともあって、(くだん)の商人はすぐに見つかった。

 その日のうちに、港のそばにある商会の本部で交渉は行われた。


「いやあ、助かりますよ。これだけ優秀な護衛が、この時期に見つかるとは……。私は実に運がいい。日頃の行いのよさを、商売の神様も見てらっしゃったんですな。なっはっはっ!」


 交渉は(とどこお)りなく進み、恰幅(かっぷく)の良い商人は上機嫌で腹をゆらしていた。

 今回の交渉は主にアルヴァが担当していた。

 これには当人が雲賊退治に乗り気だった事情がある。ソロンは終始その隣で座っているだけだった。


 当初こそ商人は、こちらを値踏みするような態度を見せていた。アルヴァのような若い娘を見て、侮る部分もあったに違いない。

 だがそれも、ちょっとした魔法を見せただけで一変した。アルヴァは杖先に炎を灯して見せたのだ。ソロンもささやかながら出番が欲しかったので、同じように魔刀を赤く光らせた。

 なんせ、船上での戦いにおいて、魔法は強力な切り札となり得る。

 そして、ソロン達の一行は複数の魔道士を抱えていた。本来、これだけの魔道士を雇うには、通常の何倍もの報酬を払う必要があった。


 しかしながら、こちらの目的は帝都への渡航であって金稼ぎではない。安価で請け負うことを伝えると、こちらが驚くほどの上機嫌になったというわけだ。

 欲深い商人とは聞いていた。しかしこうまで喜ばれると、ソロンもどこか憎めない気になってくるのが人情というものだ。


「それで、いつ頃に出港できますか? 我々としては早いほうがよいのですけれど」


 アルヴァの質問に商人が答える。


「実はもう乗組員と積荷の手配は済んでいるのです。あと必要なのは護衛だけですよ。今すぐに――と言いたいところですが、明日の朝でいかがですかな?」


 何日も待たされることを覚悟していたが、予想よりも早い出発だ。こちらとしても好都合である。


「では、明朝(みょうちょう)(うかが)いましょう」


 詳細な時刻を打ち合わせた後、その日は昨日と同じ宿に泊まることになった。


 *


 そして明朝、一行は約束通りにタスカートの港へと向かった。

 石造りの港には、今日も多くの竜玉船が停泊している。

 ただし、多くの船が見えるのはにぎわっているためではない。昨日に聞いた通り、どの船も雲賊のせいで港に留まらざるを得ないのだ。


 商人と挨拶を交わした後、ソロン達は船へと乗り込んだ。

 商人の船は合計三隻あるが、その中でも一番立派な船である。商人自身もその船に乗り込んでいた。


「う~む、見れば不思議……乗ってみれば、ますます不思議な乗り物ですね。どうやって雲海に浮かんでいるのか……。理屈では聞いていても、なかなか納得はできません」


 竜玉船の甲板(かんぱん)に立ちながら、ナイゼルはまたしても不思議がる声を上げた。


「そうだね。僕からしてもいまだに不思議だよ」


 ソロンにもその気持ちはよく分かる。下界人にとって、雲海と竜玉船ほど驚く光景は他にないのだ。

 (いかり)は外され、竜玉船は動き出した。タスカートの港を離れ、広大な雲海へと旅立つのだ。


 *


「やっぱ竜玉船はいいよな」


 雲海の気流に吹かれ、グラットの茶色の髪も乱れていた。それが返って気持ちよさそうではある。

 右舷(うげん)から後方へと目をやれば、少し離れて別の船の姿も見える。


 ソロン達が乗る船は、三隻の商船隊の中でも先頭を進んでいた。その後方を、二隻の船が追走している形だ。

 右舷には、アルヴァとミスティンの二人も護衛についていた。左舷にはナイゼルら他の六人がいる。

 もっとも乗組員は多く、日中の監視は容易なため、それほど気を張る必要もなかった。

 ソロンはこの機会に、グラットへと質問をしてみることにした。


「そういや、グラットは竜玉船を持つことが夢なんだよね。それが叶ったらどうするの?」


 船というものは本質的に交通手段である。彼の夢は手段であって、目的ではないはずなのだ。ソロンはそこが気になっていた。


「ん~? そりゃあ船を手に入れるからには、色んな所に行ってみたいな。俺は冒険者だからよ」

「色んな所かあ。それはそれで不安はないの?」

「ないと言えば、ウソになるだろうがな。……俺は武門の生まれって言ったろ。どうせ危険なら、(いくさ)なんかより冒険のほうが百倍楽しいと思うわけよ」

「グラットは夢があっていいですね」


 それを耳にしたアルヴァが話に加わる。


「――私は……敷かれた街道の上を、進むことばかり考えていたような気がします。そこにも一つの夢はありましたが、今となっては……」


 敷かれた街道とは、皇族としての生まれを指しているのだろう。

 皇帝となった彼女は、帝国のために生涯をかける決意をしていた。それも今となっては叶わぬ夢である。

 イドリスの第二王子たるソロンにしても、敷かれた道を歩いている部分はあった。

 それでも、兄サンドロスやアルヴァと比較すれば、なんだかんだで自由な立場ではあったのだ。


「まだまださ、僕達は若いんだから。君の夢もこれからだよ」


 ソロンが(なぐさ)めの言葉を口にすれば、ミスティンも同じように続く。


「だね。ある意味、皇帝を首になってよかったんじゃないの」


 ……と思いきや、なんでもないように失言をした。それはそれで彼女らしくはあったのだが……。


「ふふっ、ミスティンはとてつもないことを言ってくれますね。ですが、的を得ているとも言えます。立場を離れたからこそ、増えた選択肢もあるのですから」


 そう語ってからアルヴァは、船の端に腕をかけた。そうして、雲海のほうを静かに眺めやる。

 ソロンが彼女を初めて見た頃にも、同じようにしていた覚えがある。ただその当時と比較すると、幾分表情がやわらかい。

 決して、この旅も楽観できるものではない。それでも、色々なことがあって心境が変化したのだろうか。


 ソロンもアルヴァにならって雲海を眺めることにした。

 眼下に広がる雲海の景色は、ソロンにとってもお気に入りだ。何となく心が安らぐ時間だった。

 いつかのように、巨大なイカや雲竜に襲われることもない。


 雲賊が出没すると言われていた領域も、ついに脱しようとしていた。

 陸地から遠く離れてしまえば、目印もない白き海原の真っ只中に入ってしまう。そんな場所になれば、雲賊にとっても待ち伏せや襲撃が難しくなるのだ。


 今日こそは平和な船旅を満喫できそうだ。

 ソロンもそう思っていたのだが……。


「雲賊だぁー!! 先生方、どうかよろしくお願いします!」


 船内の広間で休息していたソロン達の元に、商人が慌てた様子で飛び込んできたのだった。


「お任せを」


 アルヴァは慌てる様子もなく立ち上がった。それから、ソロンのほうを向いて。


「――皇帝イカに、雲賊に……。あなた達はよく災難に見舞われますね」


 上界に昇って最初の船旅にて、ソロン達は皇帝イカと呼ばれる巨大イカに襲われたことがある。アルヴァにも既にその話はしていた。


「君もね」

「ふふ……」

 アルヴァは余裕の笑みを返して。

「――もっとも今回は雲賊の襲来を承知で、船に乗ったのですからね。まあ織り込み済みといったところです。むしろ民のために、害虫を駆除する好機だと思っておきましょう」


 彼女は不敵にも言い切った。


 はた目には冷徹にも見えるアルヴァだが、親しく接するソロンはその優しい内面も知るようになった。

 帝国の民を守るため、いつも頭を悩ませていた。

 下界で出会ったタンダ村の少女を、命がけで助けたこともあった。

 ソロンのことも何かと心配し、時には鬱陶(うっとう)しいぐらいに世話を焼いてくる。


 そんな彼女だが、敵や悪人に対しては容赦がない。守るべき者を守るため、時には冷酷にもなれるのがアルヴァだった。


「お姫様って、ソロンよりよっぽど男らしいよな」


 グラットが尊敬と呆れを混ぜた目で、アルヴァを見ていた。


「それを言われると否定できないかも……」

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