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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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海には海賊、雲海には雲賊

 西を雲海に面したタスカート港。

 石造りの港に押し寄せる雲の白波は、そよ風のように静かな音を鳴らしていた。

 時刻は正午を少し過ぎた頃。上界の青空を強く堪能できる時刻でもある。夏の日射しが厳しい刻限でもあるが、雲海から吹きつける風がそれを緩和していた。


「おお……! 雲海の上に船が浮かぶとは……。聞きしに勝る不思議な船ですね」


 港に停泊する数々の竜玉船――それを目にしたナイゼルは、またも感嘆の声を発していた。

 四人の兵士達もそれぞれ驚きの声を上げている。彼らにしても、竜玉船の存在自体はガノンドから聞かされていたが、やはり聞くと見るとでは大違いなのだ。


「そうじゃろう、そうじゃろう。竜玉船とは上界の神秘であり浪漫(ろまん)じゃからな。下界人には想像もできまい。わしも若い頃は七つの雲海を股にかけたものじゃったわい」


 そして、ガノンドにとっては二十数年振りの竜玉船だ。

 七つの雲海という表現は誇張じみて怪しいが、ともかく深い感慨もあるだろうと察せられた。


「僕も初めて見た時は驚いたなあ……。だけど、感動を分かち合う相手がどこにもいなくてね。だから、二人に声をかけてもらえたのは、ありがたかったな」


 ソロンは、ミスティンとグラットの二人に視線をやった。

 最初に上界へ昇った時、まともに会話を交わしたのは、この二人が初めてだった。竜玉船に密航して捕まったソロンを、二人が擁護(ようご)してくれたのが始まりだった。


「ちょっと変な奴だとは思ったけどな」

 グラットは豪胆に笑う。

「――まっ、声をかけるなら美女か変な奴に限るというのが俺の持論だ。それが旅を楽しくする秘訣でもある」


 変な奴と思われていたのは心外だが、それでも彼は話を聞いてくれた。

 もっとも、雲海と竜玉船の感動を二人に伝えても、反応は冴えないものだったが……。上界人にとって珍しくはないのだから、当然ではあった。


「私は……なんか可愛かったし、可哀想そうだったから」

「そ、そっか……」


 ミスティンの言葉に、ソロンは苦笑して頭をかいた。

 この金髪の娘は一見、無愛想だったり無表情だったりもする。けれど打ち解ければ、誰よりも表情豊かな一面を見せてくれる。

 ……まあ、ナイゼル辺りへの態度は今でも若干怪しいが。


「それじゃあ、久し振りに竜玉船へ乗るとしようか」


 ソロンにとっては数ヶ月振りの竜玉船となる。

 雲海の上を走るこの船は、まさしく帝国を象徴する乗り物だ。竜玉船の上で何度か魔物に襲われる経験はしたが、それでも心が踊るのも確かだった。

 タスカートから帝都へは、日に何度かの定期船が通っている。時刻を調べたわけではないが、何時間も待たされる可能性は低いだろう。


 ところが――



「いや、すまないね。ここ数日は出港する船がないんだよ」


 定期船の乗り場にて、職員は申し訳なさそうに述べた。


「出港しないって……どういうことですか!?」


 思わずソロンは叫んでしまった。


「この近海に出るんだよ」

「出るって? もったいないファンタズマ?」


 口を挟んだミスティンが謎の名称を上げた。

 確か、帝国の民間伝承にあるお化けの呼称だ。もったいないことをした子供の魂を、喰ったり喰わなかったりするらしい。

 ……が、それはどうでもいい。気にすべきはそれではない。


「違うよ、お嬢さん。出るのは雲賊さ。もったいないファンタズマも恐ろしいけど、雲賊だって恐ろしいよ」

「雲賊が……!?」


 下界を出発する前に、雲賊という存在については聞いている。だが、それが身近に関わってくるとは思わなかった。


「ああそういうわけでね。雲賊が退治されるまでは、定期船は見合わせだよ。最近まで、この辺りまでは雲賊もやってこなかったんだけどねえ……。まあ雲軍が退治してくれるのを待つしかないよ」


 *


「まったく……。野には野盗、山には山賊、海には海賊。そして雲海には雲賊ですか。賊というのは、どこにでも湧いてくるんですねえ……」


 ナイゼルが辟易(へきえき)としてぼやく。

 乗り場を出たソロン達は、方針を決めるために港で立ち話をしていたのだ。


「雲賊か……。不謹慎かもしれんが、なつかしいな」


 妙なところでグラットは昔をなつかしんだ。かつてはその雲賊に手を焼かされた立場らしく、それだけに印象も強く残っているのだろう。


「雲賊退治の仕事をしてたんだっけ?」


 ミスティンが聞けば、


「おうよ。交易船を襲う雲賊共を、やっつけたり捕まえたりと忙しくしてたぜ」

 グラットは胸を張って答える。

「――……いや、俺のことはいいんだよ。んなことより、どうするか決めようぜ。再開を待つか、やっぱ帝都まで歩いてくか?」


 アルヴァは思案の(てい)で。


「路銀に余裕もできましたし、馬車を使えばそれなりの日数で着けるでしょうが……。それより、他の船はありませんか?」

「他の船って……雲賊が出るから出港しないんじゃないの?」


 ソロンが(いぶか)しむと、アルヴァは首を横に振って。


「それはあくまで定期船に限った話であって、私船までそうとは限りませんよ。他に安全な航路があるかもしれませんし、武装した商船もあるかもしれません。市場はにぎわっていたようですから、交易船も出ているのでは?」

「なるほど……。そうだね、ちょっと聞き回ってみようか」


 *


 手分けして聞き回ること一時間。


「どうだった? 帝都に向かう船はあるかな?」


 ソロンが聞けば、ナイゼルが答える。


「予想通りではありますが、雲賊のせいで他の船もほとんど出港していないようです。みな命は惜しいですからね」

「ほとんど――ですか? ということは、出港している船もあるのでしょうか」


 アルヴァは耳聡(みみざと)く、ナイゼルの言葉を聞き逃さなかった。


「うむ」

 これにはガノンドが答えた。

「――中には欲の張った商人もいるようでしてな。商売敵が少ない今こそ好機――とかなんとか。護衛を集めて出港を強行する気らしいですぞ」


 この老人もかつての上界人として、積極的に情報収集を行っていたらしい。


「なんともたくましいことですね。ですが、文字通りの渡りに船でもあります。我々も護衛として同乗させていただきましょうか」


 アルヴァがあっさりと言ったが、グラットは難色を示す。


「おいおい、わざわざそんな危険を買わんでもいいだろ。雲賊と言っても、中にはちょっとした軍隊みたいな連中もいるからな。他の航路を探すとかないのか?」

「そうですか? さほど危険とも思いませんが。もし襲ってきたなら、返り討ちにすればよいだけでしょう」


 アルヴァは不敵な光を紅い瞳にたぎらせていた。雲賊を避けるどころか、かかってこいと言わんばかりだ。


「……もしかして君、雲賊と出遭いたいと思ってない?」


 そうアルヴァへ尋ねてみたら。


「そうですが何か? かつては帝国の治安を預かっていたものとして、雲賊の跋扈(ばっこ)は看過できませんので。清浄なる内雲海を守るため、雲賊という汚点は駆除せねば」


 迷いなく即答されてしまった。

 その顔には余裕の微笑(ほほえ)みが浮かんでいる。うら若き女性には似合わぬ好戦的な言葉だった。


「アルヴァ、カッコいい……」


 しかし、そんなアルヴァをミスティンはうっとりと見ていた。空色の瞳を鮮やかに輝かせている。ひょっとして、これが恋する乙女の目というヤツだろうか……。


「やる気満々だな……。まあ、帝国の治安を預かってたのは俺も同じだ。どうしてもってなら、反対はしないがな」


 グラットも渋々という調子であったが、アルヴァに強くは反発しなかった。

 さっそく、交渉のため商人を探すことになった。アルヴァは急がないと言ったものの、何日もマリエンヌを待たせるべきではないだろう。善は急げである。

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