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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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帝都への道のり

「しっかし、話を聞くにお姫様のウチは仲がいいんだな。皇族様の家なんて、もっとドロドロしてるもんだと思ってたぜ」


 ありがたいことに、グラットが話の流れを変えてくれた。


「家族仲良くというのが、サウザード皇家の家訓でもありますから」

「そりゃあいい言葉だな。ちと平凡過ぎる気もするが」

「ええ平凡ですよ。ですが、それだけ家族の結束を保つことは重要であり、困難なのです。有史以来、どれだけ多くの名家(めいか)が内輪の揉め事で衰退したことか……」

「うむ。わしなんぞ愚弟に密告されて、このざまですからな。姫様の言うことに間違いありませんぞ」


 ガノンドの自虐は大変な説得力があった。


「それに貴族や皇族の場合、身内の話が外部に飛び火しますからね。最も顕著(けんちょ)なのは、二百五十年前の三国時代です。あれは皇家のお家騒動が、そのまま国家の分裂につながった例でもあります」

「その反省が家訓につながってるわけだね」


 ソロンは納得した。

 以前にアルヴァとミスティンが、そんな会話をしていた記憶がある。帝国の歴史はよく分からないが、言いたいことは伝わった。


「はい。その点、あなたの王家は問題なさそうですね」


 『王家』という部分をアルヴァは強調した。上界のサウザード家から遠く血筋を(へだ)てて、下界に根を下ろしたのがソロン達の一族だった。


「――あなたもお兄様とは仲良くなさってください。サンドロス陛下とあなたの長幼が逆ではなくて、本当によかったと思います」


 長幼が逆ではなくてよかった――とは、頼りある性格のほうが兄でよかったということだろう。優秀過ぎる弟は、時にお家騒動の種になりかねないのだ。


「そう言われると、なんか複雑だなあ。まあ、僕と兄さんなら大丈夫だよ。……それより、今日はこれからどうする?」


 まだ町の北門からほとんど進んでいない。再び港に目をやれば、この時間になっても、出入りする竜玉船の姿が目に入った。


「どうとは? 宿を取るつもりではないのですか?」


 ナイゼルは怪訝(けげん)な表情を浮かべた。


「いや、竜玉船は夜中でも出港してるんだよね」


 イドリス王国では、夜間の航海は基本的に行われない。

 座礁する危険もさることながら、海の魔物も恐ろしかった。せいぜい漁師がごく近海で、夜の獲物を求めて漁をするぐらいだろうか。


「ええ、安全な航路ならば、各地の灯台を頼りに夜間でも進めますから」

「アルヴァはやっぱり急ぎたい?」

「いいえ。もう随分とマリエンヌを待たせていますし、急いだところで今更でしょう。……ときにソロン、竜玉船の渡航費は用意してありますよね?」

「もちろん。下界に降りる前に、帰りのことも考えておいたからね。帝国の金貨が二十ま――」


 金貨二十枚――そこまで言おうとして、ソロンの顔面が蒼白になった。


「……もしや、四人分しか用意していなかったのですか?」

「う、うん。ごめんなさい……」


 とりあえず、素直に謝ってみたものの事態は後の祭りである。


「おいおい……。そんじゃあ、船の護衛の仕事でもやったらどうだ。魔剣持ちなら、悪い扱いはされないだろ」


 ここぞとばかり、グラットが提案してくれる。


「さすがに十人も護衛はいらないんじゃないかな……」


 あまり大人数の護衛を雇えば、費用がかかる。船の持ち主も、そこまで過剰な負担を背負いたくはないだろう。とはいえ、何人かに分けてやる方法は考えられるが。


「じゃあ、帝都まで歩けば?」


 意外な提案をしたのはミスティンだ。


「いや、歩くって……。島が違うんでしょ?」

「地図をよく見てみなよ。間の雲峡(うんきょう)に橋が架かってるから。ザーシュ大橋って言うんだよ」


 ソロンの指摘に、ミスティンは平然と返す。


「うん?」


 と、ソロンは地図を改めて見直す。雲峡なる言葉は海峡の雲海版と考えればよさそうだ。


「――ほ……ほんとだ! この線が橋だったんだ……。雲海の上に橋なんてあるんだね……。じゃ、じゃあ――」


 これならいける――ソロンの胸に希望の火が宿った。


「却下です」


 しかし、それはアルヴァによって無慈悲にも却下された。


「どうして!?」「え~!?」


 ソロンに呼応してミスティンも声を上げた。


「いったい何日歩くつもりですか? 二十日程度はかかりますよ。それでは結局、路銀が持ちません。竜玉船に乗ればわずか二日。それなら、この町で仕事を探すほうがまだしもです」


 ぐうの()も出ない。馬車ならもっと早くなるはずだが、そもそもそんな費用があれば船にも乗れる。


「私は長旅も好きなんだけどなあ……。みんなと一緒なら楽しそうだし」


 ミスティンは論理を置き去りにして、自分の好みに走っていた。


「それは今後に取っておきましょう。私も身辺が落ち着けば付き合えるかもしれません」


 ところがアルヴァはミスティンに優しかった。

 ミスティンなら、今後も長くアルヴァを友人として支えられるに違いない。比較して、下界人である自分の立場を考えると、少し寂しい気持ちになるのだが……。


「仕方ないね。お金稼がないとなぁ……」


 そんなことを考えながら、ソロンはつぶやいた。


「やれやれ……」


 黙って聞いていたナイゼルが、呆れ返って溜息をついた。それから眼鏡に手をやって。


「――坊っちゃんじゃあるまいし、ちゃんと考えていますよ。何のために、皆が重い荷物を運んでいると思っているのですか?」


 重い荷物とは兵士達が背負っているそれのことだろう。そちらに目をやったら、兵士達も力強く頷いた。よく分からないが、何だか頼もしい。


「そ、そっか……。それでどうするの?」


 ナイゼルの言い方は気に食わないが、内心では相当にホッとしていた。


「竜玉や塩といった交易の候補となる品を持ってきています。後々のためにも、こちらの相場を把握しておきたいですからね。よほどのことがない限り、渡航費は足りるでしょう」

「た、助かったよ、ナイゼル。それじゃあ、今日は宿にしようか。店は明日にでも回って見ればいいしね」


 そうして、その晩は宿を取ることになった。


 *


 翌朝、起きて部屋を出たところで、ナイゼルに声をかけられた。


「おはようございます、坊っちゃん。今日は市場に向かおうと思うのですが、いかがですか?」


 港の市場では、様々な品物がやり取りされている。ナイゼルはそちらに向かうつもりだろう。


「ああ、換金に行くんだっけ。どうしよっかな?」

「行ってきてはどうですか? 私は用事があるので、そちらを済ませるつもりですが」


 迷うソロンをアルヴァが後押ししたが。


「用事って、どこ行くの?」

「手紙を出そうと思いまして」

「手紙って、マリエンヌさんに? 僕も行くよ」


 簡単にアルヴァの正体が割れるとは思っていない。とはいえ、用心に越したことはないだろう。


「よいのですか? それほど長くはかからないので、市場にも後で向かいましょうか」

「私もアルヴァと一緒がいい」

「じゃあ俺も」


 と、ミスティンとグラットも同行を申し出る。


「じゃあ、四人だね」

「坊っちゃん……。私よりもアルヴァさんをとるのですか……? 私は坊っちゃんのことを、これほどまでにお慕い申しているのに……」

「ナイゼルは先生と一緒に行きなよ」


 ナイゼルがわざとらしく悲しげな表情を作ったので、ソロンは適当に流しておいた。


「うむ、わしがいるから大丈夫じゃぞい! お前達は姫様と一緒に行くがよかろう」


 ガノンドが力強く後押ししてくれた。


「ふ~む……。しかし、父さんも帝国の町は久々でしょう。市場で取引したいのですが、大丈夫ですか?」

「ほほう、ナイゼルよ。わしを耄碌(もうろく)したジジイとでも思っとるのか?」

「二十年も経ったんですよ。知識が通用しない可能性は大いにあるでしょう」

「ぐぬ……。そんなに変わらんと思うが、どうでしょう姫様?」


 ガノンドがアルヴァに助け舟を求める。


「心配はいらないでしょう。ここ数十年は物価も安定していますし、父も私も大きな改革はしていませんから」


 アルヴァが太鼓判を押したのが、決め手になった。


「それではお願いしますよ。まっ、物価ぐらいは市場に行けば大体は分かりますけどね。値札が貼っているでしょうから」


 ナイゼルはガノンドと兵士達を連れて、市場へと向かっていった。

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