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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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港町タスカート

 翌日も、十人の一行はつつがなく街道を進んでいった。

 道が分かっているだけあって、ソロンが一人旅をしていた時よりもよほど順調だった。

 道中では近づいてくる魔物もいたが、グラットが槍で脅しただけであっさりと逃げていった。


 空に陰りが帯びる頃、彼方(かなた)にそびえ立つ高い塔が見えてきた。ついにタスカートの港町が見えてきたのだ。

 薄暗い空の中で、塔は光を明滅させていた。


「あれは……!?」


 ナイゼルが疑問の声を発するが、すぐに自分で言葉を継いだ。


「――もしや、灯台ですか?」

「正解。よく分かったね。タスカートの灯台だよ」


 感心したようにソロンが答えた。


「それはもちろん。灯台ならイドリスにだってありますからね」


 得意気に胸を張るナイゼルだったが、内心でソロンはちょっとだけ悔しかった。

 ソロンは以前、一目で灯台と見極められなかったからだ。灯台といえば海という固定観念――それがあったため、雲海と灯台を結びつけるのは容易でなかった。

 灯台に向かって歩を進めれば、次第にその姿が鮮明になっていく。


 一時間ほど歩いたところで、小高い丘の上に広がる壁が見えてきた。

 町を外壁で囲む習慣は、下界も上界も変わりない。

 比較的、治安の良い帝国でも魔物への防衛は重要な課題なのだ。壁の向こうから、高い建物の屋根がポツポツと見えている。目的となるタスカートの港町に違いなかった。


 時刻は既に夕時となっていたが、極めて順調だといえた。

 王都イドリスを出発したのが二日前の早朝。つまり、ここまでに三日とかかってないのだ。これならば、イドリス国内で少し離れた町に向かうのと変わらない。


 ソロン達は町の北門へと近づいていった。

 一人ナイゼルは外壁のほうにそれていく。壁に接するやコンコンと叩いていた。


「宿場の時から気になっていたのですが、この壁はなんですか? 普通の石とは違いますね」


 どうやら外壁の材質が気になったらしい。


「ああこれ、僕も気になってたんだよな」


 ソロンも何度となく帝国の町を囲む外壁を見ている。多くの町ではこの壁と同じ材質が使用されていた。石に似てはいるが、継ぎ目が見当たらない。


「コンクリートです。比較的に新しい製法で造られているので、知らなくとも無理はありませんわね」


 アルヴァが質問に答えてくれたが、ソロンは首をかしげた。


「コンクリート? 初めて聞いたよ、そんな名前」

「凝灰岩や石灰岩を水分と混ぜあわせ、固めた建築資材です。単なる石よりも強固な建造物を造ることができますよ」

「ほほう……。凝灰岩が建材になるのですか。下界でも火山の近くに行けば、いくらでも取れますね。ぜひ詳しく知りたい技術です」


 ナイゼルは興味深そうに目を細めたが、


「火山……とはなんですか?」


 しかし、今度はアルヴァが首をかしげた。冗談で言っているわけではないらしい。地震の時も同じような反応があった。


「火山って――そのまんま火を噴く山のことだけど。……もしかして、こっちにはないの?」

「ないよ。火を噴いたら山火事になるじゃない」


 ミスティンも意味が分からないらしく、ソロンを見た。


「山火事じゃなくって……。山の上にある大穴から、火が噴き出るんだよ。山林が燃えるんじゃなくて、山自体が火を噴き出すんだ」


 火口という表現は伝わらないと考えたので、大穴と言い換えた。相手が持たない概念を伝達するのは苦労する。


「山の上の大穴とは、大口のことですか? それなら存在はしますが、火は噴きませんよ」


 アルヴァが考え込みながら話した。


「その大口が下界でいう火口だと思うんだけどなぁ」

「火口というものを見たことがないので、なんとも言えませんが……。その火はどこから来るのですか? 例えば、山頂の大口に石油のようなものが溜まっていて、燃焼しているということでしょうか?」

「ええと、火口に溜まっているのは溶岩といって、高熱で溶けた岩だよ。それが時々、噴き出すんだ」

「それでは、その溶岩はなぜそこにあるのですか? その高熱はどこに由来するのでしょう?」


 アルヴァの質問攻めに、ソロンはたじろいだ。


「さ、さあ……。先生、知らない?」


 ガノンドのほうを振り向いて、助けを求める。


「わしはそもそも上界人じゃぞ」

 ガノンドはナイゼルのほうを振り向いて。

「――お前は確か、自称イドリスの知恵袋じゃったな」

「……私にだって、分からないこともあります。というか、父さんのほうが下界は長いでしょう。その下に火竜石でも埋まっているのではありませんか?」


 ナイゼルも答えに(きゅう)したらしく、適当に答えた。


「確かに魔石の共鳴反応なら、そのような不可思議な現象を起こしてもおかしくはありませんね。まあ、分からないものは仕方ありませんか」

「そうそう。僕らからすれば、島が雲の上に浮いている事自体が不思議そのものだよ」


 結局、大した結論は出なかった。


 *


 火山の話はさておいて、北門を抜けたソロン達はタスカートの港町に入った。

 整然と敷かれた街道に、多くの建物が並び立っている。

 町の西側は雲海に(のぞ)んでいるため、そちらの方角だけ外壁がなかった。

 町の中央から港がある西にかけて、ゆるい下り坂になっている。夕日の中で、港に停泊している竜玉船の姿が目に入った。


「はああぁ……。聞きしに勝る大きな港町ですね……!」

「タンダ村とは比較にもなりませんな」

「きっと帝国でも重要な港町なのでしょう」


 ナイゼルと兵士達が、感嘆の声を口々に上げた。彼らにとっては、初めて見る上界の町なのだ。驚くのも仕方ない。

 帝国の南東部に当たるカプリカ島……。タスカートはその島内でも比較的大きな港町だ。その威容は下界の王都イドリスすら上回る。

 それでも帝都がある本島では、この程度の町はありふれているのだ。ましてや帝都のネブラシア港とは比較にならない。


「こんなので驚いていたら、帝都を見たとき腰を抜かすよ」

「ふ~む。それはまた恐ろしい話ですねえ。これではラグナイすら比較にならんでしょうね。万が一、そんな大国と戦争になったら、わが国など一溜まりもありますまい」


 ナイゼルはおののくように嘆息した。

 実際、帝国との国交はイドリスにとって賭けでもある。それほどまで、イドリスに迫るラグナイ王国の脅威は恐ろしかった。

 何の手も打たずに座していても、イドリスの未来は暗い。だからこそ、サンドロスはこの賭けにすがったのだ。


「帝国の偉い人達を信じるしかないのかな。みんな、いい人だったらいいんだけど」


 ソロンがそう言えば、ナイゼルはアルヴァへと視線をやる。


「ええ、今もアルヴァさんが皇帝だったらよかったのですけどね」


 アルヴァは、夕日の中に映る町並みを眺めていた。

 腰まで届く長い黒髪を、雲海から吹きつける微風にそよがせている。その端正な横顔は、どこか物憂げに見えた。

 タスカートは彼女が追放されて(のち)、初めて見る帝国の町だ。前皇帝として、その様子が気になっていたのだろうか。

 ……ともあれ、絵になる光景ではあった。


「今、恋する乙女の目をされていましたね」

「何が? そんなふうには見えなかったけど」


 ナイゼルの妙な指摘に、ソロンは首をかしげる。

 アルヴァの横顔は何かを(うれ)える顔ではあるが、恋する乙女といった雰囲気ではない。


「違います。あの方を見つめる坊っちゃんです」

「……そっちかよ!? 僕は乙女じゃない!」


 ソロンの顔がかっと熱くなる。断じて乙女ではない。だが実際、先の瞬間に目を引かれたのも確かだった。


「何を騒いでいるのですか?」


 そんな様子がアルヴァの注意を引いたらしい。怪訝(けげん)そうにこちらを見つめている。


「いや、今の皇帝陛下がアルヴァみたいにいい人だったらいいのにね――って、そんな話をしてたんだ」


 どうにか少し前の話を引き出して応答する。顔が赤くなっていたかもしれないが、夕日の中で気づかれる心配はないだろう。


「帝国と比べれば、イドリスは吹けば飛ぶような小国ですからね。何かと憂慮していたわけなのですよ」


 ナイゼルも案外真面目に会話をつなぐ。真剣に憂慮しているのは確かなのだろう。


「いい人とおっしゃるなら、エヴァート兄様は私などよりよほど善良な方ですよ」

「ほほお、あなたが太鼓判を押してくださるなら、安心ですが」

「いえ、善良だからこそ心配とも言えます」

「それはどういうことでしょうか?」

「そうですね……」


 アルヴァは少し考えてから、ソロンのほうを見やった。


「――例えて言えば、ソロンが少し大人びたような人物を想像してみてください」

「そりゃあ心配だなあ。新しい陛下は見たことないけど、そんなんなのか」

「大丈夫なの、この国?」


 なぜか、グラットとミスティンが会話に加わってきた。


「君達、僕に失礼だよ」

「ですが、本当に良い方なのですよ。私が戴冠した時も悔しがる素振りは一切見せず、本心から祝福してくれましたから。初めて狩りに行った時も、キツネ一匹殺せなかったようなお優しい方なのです。あのお兄様に、厳しい政治の世界を渡っていけるかどうか……」


 感情のこもった調子で、愛おしむようにアルヴァは従兄のことを語った。それこそ、ソロンが嫉妬(しっと)しそうになるくらいに。


「ああ、それでしたら坊っちゃんにもありましたよ。あれは確か……ウサギでしたか。一応、仕留めはしたのですが、その日は泣いてペネシア様の胸に――」

「やめ! その話はやめっ!」


 慌ててソロンは、ナイゼルの話を(さえぎ)ったが――


「よしよし、いい子だから泣かないで」


 何を思ったか、ミスティンはソロンの頭をなでなでした。


「だから、昔のことだってば!」


 ソロンはその手を振り払いながら叫ぶ。その後ろからアルヴァは、ソロンを母のような優しい目で見ていた。


「ふふ……。やはり、あなたは優しい方ですね」

「はぁ……」


 どこまでも子供扱いされて、ソロンはうなだれるのだった。

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