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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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ガノンドの過去

 ソロン達は仮設小屋で夜を過ごしていた。

 もっとも、狭い小屋なので全ての兵士は収まりきらない。多くの者は外で過ごすことになった。

 眠りに就くには少し早い時間。ランプの明かりを頼りに、ソロン達は話に講じていた。


「ガノンドさん。差し支えなければお聞かせいただきたいのですが……。あなたはなぜ上界を追放されたのでしょうか?」


 ずっと気になっていたのだろう。アルヴァはガノンドへと踏み込んだ質問をした。これについてはソロンも、今の今まで詳細を知らなかった。

 ガノンドは「ん~む」と渋るようにうなり声を上げた。

 やはり、あまり良い思い出ではないのだろう。簡単に話せることならば、ソロンも既に聞かされていたはずだ。


「父さんの過去ですか。私も細かくは聞いたことがないんですよね」


 と、ナイゼルもつぶやく。

 そうして、しばし目をつむっていたガノンドは、「うむ」と声を上げて目を見開いた。


「今を置いて、話す機会はないかもしれませんな。あなた様になら、聞いていただいてもよいでしょう。ナイゼルも他の皆もついでじゃ、聞くがよい」

「ありがとうございます」


 そうして、ガノンドは語り出した。


 *


「帝国にいた頃のことですじゃ。わしはドーマについて興味を持ちましてな」

「ドーマ――亜人の国ですね。あなたはその亜人と通じたため、追放されたと聞いています」


 ガノンドの言葉にアルヴァが頷く。

 ソロンやナイゼルも、神妙にガノンドへと向き直っていた。


「そうです。亜人――というのはもちろん帝国の亜人ですがの。彼らは戦争に敗北して、奴隷となって帝国に入ってきておりました。そしてその中でも、知能の高い者は帝国語を解するようになった」

「私はあまり詳しくありませんが……。なんせ、皇家は亜人の奴隷を身辺に置く習慣を持たないのです。ただ、人間と同じ言葉を話す者もいるとは聞いています」

「うむ。サウザード皇家は自立を重んじる家柄じゃしの。あまり奴隷は好かんと聞いております。特に卑しい亜人の奴隷なんて、もってのほかというわけじゃろうな」


 ガノンドは明け透けと言った。


「ですが、あなたはその亜人に興味を持ったと?」

「そうです。最初のきっかけは、北方での戦役に参加したことじゃ。若き日のわしはオムダリア公爵の跡取りとして、千の部隊を率いていたのじゃよ。ある時は巧みな指揮で亜人達を翻弄(ほんろう)し、ある時は杖を片手に迫りくる亜人達を魔法で薙ぎ倒し――」

「へえ~、先生は昔から凄かったんですね。それで、どうなったんですか?」

「これっ」


 ガノンドは杖で軽くソロンの頭を打った。


「――せっかくわしが気持ちよく話そうというのに、口を挟むでない!」

「だって、先生の話は長いんですもん」

「全く、最近の若いもんは……。まあいい、わしの輝かしい活躍はまたの機会に取っておこう」


 ガノンドはアルヴァに向き直って。


「ともかくですじゃ。戦役の中で大活躍したわしは、亜人達を百人ほども捕虜にしたのですぞ。そうして、そのうちの何人かを奴隷として引き取ったのじゃ。まっ、イドリス人なら奴隷化を非難するかもしれんがの」

「ええ、それでも殺してしまうよりは人道的かと思います。私が北方で戦った時も同様に判断しましたから。言語が通じる相手なら、身代金の交渉など選択肢も増えたでしょうが……」

「わしもそう思います。中には若い獣人の娘までいましたからな。後で尋ねれば、娘は食うに困って軍に入ったと申していました。危険の少ない後方支援の仕事であったが、運悪く逃げ遅れたと」

「なるほど……。そうやって、あなたは亜人と接する機会を得たわけですね」

「そうですぞ。彼らの中には、帝国にもないような技術を持つ者もおりました。ドーマから書物を持ち込んできた者もあった。そうしているうちに、ドーマとはどのような国なのか――と、興味が抑えられんようになったのです」


 それを聞いて、アルヴァは息をついた。どうやら、思うところがあったらしい。


「今なら、あなたのお気持ちも分かります。我々帝国人もドーマに対して、もっと興味を持つべきだったのでしょう。学ぶ価値のない野蛮な国――と、どこか見下すところもありました。何より私も、その一人でしたから。今も敵であるという認識に変わりませんが、だからこそ知る必要もあったはずです」

「そう、そうなのです!」


 真摯(しんし)に耳を傾けるアルヴァの態度に、ガノンドは喜色を浮かべた。


「――わしは彼らの言葉を学び、また国家について学びました。亜人とも友人のように親しくなることができたのです。……じゃが、それこそがわしの(あやま)ちとなった」



 ガノンドは顔を(くも)らせた。


「もしかして……父さんが追放されたのは、亜人と親しくなり過ぎたからでしょうか?」

「そうだな。……ある意味でそうとも言える」


 ナイゼルの問いかけにガノンドが頷いた。そこには深い後悔のようなものが(うかが)えた。


「でも、それはあんまりじゃないですか? そんなことで下界に追放されてしまうだなんて……」

「いや言うな、ソロンよ。全てはわしの弱さから起こったことだ。妻ある身でありながら、ウサ耳の誘惑に負けた、このわしの弱さがな……」

「はい? ウサ耳ですか?」


 唐突に発せられた恩師の言葉に、ソロンは不意を突かれた。意味が分からず、それだけ言うのが精一杯だった。


「左様、ウサ耳じゃ」

 ガノンドは重々しい声で語り続けた。

「――ウサ耳を生やした愛らしい娘じゃった。顔は幼いのに体つきはボン・キュッ・ボンでな。いやあ、たまらんかったわい……」


 いつの間にか、ガノンドの表情が恍惚(こうこつ)としたものになっていた。

 ソロンは理解すると同時に呆れた。ミスティンは「ふわ……」と赤くなった頬に手をやった。


「爺さん、奴隷の亜人に手をつけたのか……。そいつはいけねえな。やるなら独身のうちにやるべきだったな」


 グラットがガノンドの肩をポンポンと叩いた。非難よりも同情しているように見えたのは、気のせいだろうか。


「若き日の過ちだ、許せ」

 と、ガノンドは無駄に神妙な声で言った。

「――まあそんなわけで、わしは密告されてしまったのだ。ドーマと密通しているとな。恐らくは元妻と弟の仕業に違いあるまい。元老院にはオムダリア家と仲の悪い連中もいたが、奴らもそこに乗っかってわしを糾弾(きゅうだん)した。もちろん無実、断じて無実だ! 確かに……わしは亜人と密通したかもしれん。だが、ドーマと密通したという事実は断じてない!」


 ガノンドは勇ましく言い放った。長年の鬱憤(うっぷん)を晴らすような強い感情のこもった熱弁だった。

 しかし、ソロンの心には響かなかった。……というか、長年この人を先生と尊敬し続けていたことを後悔しそうだった。


「先生……。それはうまいこと言ったつもりですか? 女性もいるので自重してくださ――」


 ふと気になって、アルヴァのほうに目をやった。

 ……彼女の表情は凍りついていた。先程までは尊敬すら含んでいたガノンドへの眼差し――それがもはや、氷点下まで達せんばかりに冷ややかになっていた。

 ガノンドもその視線に気づいたようで、慌てて取り(つくろ)った。


「ま、まあそんなわけで、わしは元老院の議席と共に家督を剥奪(はくだつ)されてしまった。そして、そのまま下界へ追放されてしまったのですぞ。いや本当に……他はともかく敵国との内通については無実ですからな」


 目に見えて狼狽をしていたが、それでも無実を改めて主張したのだった。

 ガノンドは助けを求めるように、ナイゼルへと視線をやった。

 ナイゼルは大きく溜息をつきながら、それでも父の弁護を買って出る。


「……父さんも災難でしたね。ですが、このナイゼルは信じておりますよ。父さんは確かに女にだらしないところはあります。ですが、それ以外の部分では尊敬すべき人物です。上界の皆様にも、そこはお知り置きいただきたく」

「……それは分かったけど、ウサギさんがかわいそう」


 ミスティンがポツリとつぶやいた。


「うぐっ……!」


 これは抜群の効果があったらしく、ガノンドは胸を押さえた。


(めかけ)の一人や二人は大目に見ます。……私の父にもいましたし」


 苦々しい顔でアルヴァが付け足した。


「――ですが、立場の弱い奴隷を手ごめにするとは感心しませんね。末端の貴族ならばともかく、あなたは栄誉ある元老院議員で公爵だったのでしょう?」

「ぐふぉっ……! て、手ごめにしたわけではないですぞ! 確か……互いの言葉を教え合うことで自然と仲が深まって……。うん、たぶんそうじゃった。昔のことなんで、記憶は朧気(おぼろげ)じゃが、間違いはなかったと思う」

「父さん……。間違いはなかったというわりに、どうしてそんなに曖昧(あいまい)なのですか……」


 ナイゼルも眼鏡を外し、目頭を押さえていた。

 ガノンドの弁解は遅くまで続いたのであった。

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