表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
122/441

東の界門へ

 イドリスから東へ向かう道を、竜車と騎馬からなる一隊が進んでいた。

 道とはいっても街道はない。そこはただ、黄土色の草がはびこる荒れ果てた草原に過ぎなかった。

 その方角には、町はおろか村もない。行き着く先には、ただ荒野と砂漠があるだけのはずだった。イドリスの民には、そんな土地を整備する物好きはいなかったのだ。


 けれど、そんな道を進むソロン達一行には、明確な目的があった。それは界門を通って上界へ到達することだ。

 一行の中心となるのはソロン、アルヴァ、グラット、ミスティンの四人。そこにナイゼルとガノンドを加えた六人だった。

 その他にも三十人近くの兵士が同行しており、そのほとんどは馬を駆っていた。


 ただし、その全員が上界に向かうわけではない。

 今後は頻繁に、上界と下界の行き来が求められる。そのため、界門までの道を整備すると決めたのだ。

 帝国との国交が確定していない段階での決断である。それはサンドロスにとっても賭けであったろう。

 その一環として、道中には仮設の小屋を建てることになっていた。その役目を担うのが兵士達である。


 界門へは、竜車と馬を使って一日半で到着する予定だった。

 目的の界門はイドリスとも距離が近い。普通に歩いても精々が数日。軽装で馬を走らせれば、一日で至るのも不可能ではなかった。

 タンダ村の北――アルヴァが追放された界門の位置と比較すれば、(はる)かに交通の便は優れていた。

 ソロンにしても、ここは数ヶ月前に通った道である。しかも、今回は一人旅ではないので魔物の心配もずっと小さい。


 とりわけ、竜車の存在は大きかった。

 竜は魔物の中でも上位に属する存在だ。並の魔物ならば、その走竜の雄姿を恐れて近づいてくることはなかった。


 竜車の手綱(たづな)を握るのは、前回の旅と同じくミスティンだ。本来の御者は別にいたのだが、彼女は最後の別れとばかりに役目を譲らなかった。

 走竜もそんなミスティンの想いに応えてか、力強く大地を蹴っていく。整備された道ではなく路面状態はよくない。それでも、砂漠の旅すら耐えぬいた竜は物ともしなかった。


「この子、上界に連れていけないかな?」


 ミスティンは走竜の背中を、愛おしそうに見やって言った。


「う~ん、さすがに界門を通るには大きすぎると思うよ。通れたとしても、上界では目立つだろうし」


 竜車に併走して馬を駆りながら、ソロンが答えた。


「む~。ダメかぁ」


 残念そうにミスティンはうなった。


「まあ、そう残念がることはありませんよ」


 竜車の後ろに座っていたナイゼルが、そんなミスティンを(なぐさ)める。


「――あくまで現段階ではという話です。子供の竜ならば、界門を通るのも不可能ではありません。将来的に帝国の了承を得られれば、竜を運ぶこともあり得ます。今は交渉するに当たって、帝国の方々を怯えさせるわけにはいきませんからね」

「ん、じゃあ期待してる。帝国でも竜車が見れたら面白いね」

「まあ、頑張ってみますよ。全ては国交を結んでからです。……それにしても、ミスティンさんはお上手ですねえ。これだけの短期間で竜を御せるようになるとは、驚嘆に値しますよ」

「それほどでもないけど」


 称賛を受けたミスティンは、口ではそう言ったがどこか得意気だった。


「それよりも、ナイゼルよ。さっきから休んでばかりではないか。お主も馬に(またが)ったらどうじゃ?」


 苦言を呈したのは、ナイゼルの隣に座っていたガノンドだ。ナイゼルは最初こそ騎乗していたものの、すぐに疲れを見せて竜車に乗り換えていた。


「いえいえ、私は基本的に文官ですから。それに父さんだって、今もお休みではありませんか?」


 ナイゼルはいつもの軽さで矛先をかわそうとした。


「これっ、わしのような年寄りと一緒にするでないわっ!」


 隣り合ったナイゼルへと、ガノンドは(つば)を飛ばす。


「――お主はまだまだ若いじゃろう。ほれ見るがよい。馬上に燦然(さんぜん)と輝く姫様の凛々(りり)しいお姿を。女性であってもこうなのだ。お主にできぬはずもあるまい」


 指差された先には、馬に姿勢よく(またが)るアルヴァの姿。手綱をゆるやかに握るその姿は、真似のしようがない気品にあふれていた。

 ガノンドはアルヴァのことを姫様と呼んでいた。彼は実際に皇帝として君臨していた彼女を知らない。ガノンドから見たアルヴァは、前の皇帝というよりはオライバル帝の皇女なのだ。


「ええ、ええ。アルヴァさんは大した方だと思います。坊っちゃんがゾッコンなのも当然ですね。……が、私は私。アルヴァさんはアルヴァさんなのです。時代は男女平等ですから」


 ナイゼルは眼鏡に手をやって、キリッとした顔を作った。……今のは決め台詞(ぜりふ)のつもりだったらしい。

 馬に乗るのは意外と体力を使う。重い荷物を運ぶには、徒歩よりずっと楽なのは間違いない。それでも楽な運動とはいえなかった。

 だから、それを平気で続けられるアルヴァは大したものなのだ。聞くところによれば、帝国北方を亜人が襲撃した際には、騎乗したまま一気に港まで駆けつけたらしい。


「わが息子ながら、情けない男よのう……」


 そしてついに、ガノンドは(さじ)を投げた。


 *


 昼下がり、泉が目に入ってきた。

 出発前から目星をつけていた泉である。まだ日が暮れるまでは余裕もあるが、この付近を宿泊場所と定めた。


「この辺でいいかな」

「そうですね。地盤はしっかりしているようですから、悪くはないでしょう」

「うむ。この辺りなら泉を利用するにも好都合じゃ」


 ソロンはナイゼルやガノンドと相談しながら、泉のそばに丁度よい場所を見つくろった。仮設の小屋を建てる位置を決めていたのだ。

 これは今日の宿泊場所を、決めるだけには留まらない。今後、上界と下界を行き来するため、拠点を設立する目的があったのだ。


「では、ここに建てるとしましょう。まずは土台からですね」


 ナイゼルが指示をすれば、兵士達が仮設小屋の建設を始め出した。

 荷馬車に積まれた木材が降ろされていく。こういった建築作業は軍団にとってもおなじみの労働であり、みな慣れたものだ。彼らは先の戦でも、陣地の構築に活躍した者達だった。

 ソロンも下馬して、その手伝いをしようとしたが――


「晩御飯を取りに行こう」


 と、ミスティンに手をつかまれた。彼女はソロンを引っ張りながら、もう片方の手でアルヴァの手もつかんだ。

 晩御飯を取りに――とは狩りに行こうという意味である。

 いかに弓の達者なミスティンとはいえ、下界の野外を一人で出歩くのは危険極まりない。外を出歩く時は複数人で動くのが常識だった。


「食料なら十分に積んでいるはずですが……」


 アルヴァは困ったように紅い瞳を向けるが、ミスティンは取り合わない。


「保存食ばかりだとつまんないよ。食材は鮮度が命」

「なんつ~か、既視感があるよな。そのやり取り」


 グラットがつぶやいた通り、数ヶ月前にも二人は似たやり取りをしていた。アルヴァに対して、ミスティンが敬語で接していた頃の話である。


「あっ、グラットも荷物持ちお願い」


 つぶやきがミスティンの注意を引きつけてしまったらしい。勧誘はグラットにも及んだ。


「まあ、仲間外れにされるよりかいいけどよ……」


 グラットは渋々承諾する。この男も何だかんだで面倒見がいいのだ。

 アルヴァも「はあ」と観念したらしく。


「私は構いませんが、ソロンは?」

「僕はこっちの作業を手伝わないと」


 と、手を振り払おうとするが、ミスティンが離してくれない。

 ならば――と、しばらく無言で手を振って、彼女が離すのを待つ。……しかし、二人の手はつながったまま、ぶらんぶらんとゆれるだけだった。

 そんな目立つことをしていたので、自然ナイゼルの目にも留まった。


「楽しそうですね。私と父さんがいますから、坊っちゃんは好きになさってください。まあ、このナイゼルがいれば、どうせ坊っちゃんの出番はないですし」

「う~ん、それなら……」


 言い方は引っかかるが、ここはナイゼルに任せることにした。この種の作業を監督させれば、彼に勝る者はそうそういない。土魔法だって使えるから、整地もお手のものなのだ。

 ソロンがミスティンへと視線を戻すと、彼女は嬉しそうに顔をほころばせた。

 無表情かと思いきや、すぐに感情が(おもて)に出るのがこの娘である。ソロンの手を握ったまま、楽しげに手を振っていた。


 *


 やがて、狩りを終えた四人は作業場所に戻ってきた。

 そこには、数時間前にはなかった小屋が建てられていた。壁、床、天井と板を張り巡らしただけの簡単な小屋。それでも、当面の寝床としては申し分ない出来だった。

 さらに、小屋は簡単な柵で囲われていた。イドリス王国ではよく使われる魔物除けの手段である。よほど凶暴な魔物でない限り、これを越えたり破壊したりすることはなかった。


「仕事早いね~。イドリスの兵隊さんは凄いなあ」


 できあがった建物を、ミスティンがしげしげと見上げていた。その手には獲物である野鳥がぶら下がっている。


「軍隊なめんなよ。帝国軍だってこれぐらいならやってのけるぜ。なあ、お姫様よ」


 帝国軍に所属していた者としての誇りが、グラットにもあるらしい。ちなみに彼が背負ったカゴには、人間の子供ほどにも大きなウサギが背負われている。もちろん、これも今日の晩御飯だ。


「そうですね。帝国の工兵隊なら小屋の一つや二つ、(またた)く間に仕上げてしまうでしょう。……とはいえ、イドリスの技術力も素晴らしいものだとは思います」

「ははは、お褒めいただいて光栄です。今は単なる仮設の小屋ですが、将来的には泉を含んだ大きな施設にしたいですね」


 ナイゼルは夢を語った。

 今求められるのは夜風と魔物をしのぐ設備に過ぎない。だが将来は、ここがイドリスと帝国をつなぐ要所となるかもしれないのだ。


 その夜には、保存食に狩りの獲物を交えたものが振る舞われた。一仕事を終えた男達は、追加の食材を見て歓声を上げていた。

 ミスティンは案外心得たもので、狩りの獲物も自分達で独占せず均等に振り分けたのだ。

 一行は三十人を超える上に、多くは屈強な男達だ。大きな獣であっても、難なく平らげてしまった。


「お前のことだから、自分達で独り占めするんじゃないかと思ってたぜ」

「そんなことしないよ。私だって、兵隊さんのお仕事は尊敬してる。私が狩りに行けたのは、他のみんなが頑張ってくれたからだよ」


 グラットにからかわれて、ミスティンは頬をふくらませていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ