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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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再び上界へ

「そんなわけで、ちょっとは下調べもしているんだ。……それより話の続きだ。魔導金属以外にウケのよさそうな交易品は何がある?」


 サンドロスが話を続ける。


「下界にどれだけの物があるのかは、私も把握していませんが……。そうですね、塩はいい交易品になるでしょうね」


 アルヴァが意見すれば、ガノンドも同意した。


「うむ、塩の海なんてものは、少なくとも帝国にはありませんからな。悪くない利益が出るでしょうな」

「そうなのか!? いやはや、君達の情報提供は実にありがたいな」


 サンドロスは驚くと共に感心をした。


「ゆくゆくは技術情報の交換もできれば面白いでしょうね。竜の調教などという技術は、もちろん帝国にはありません。興味を引くでしょう」

「なるほど。じゃあ逆に、帝国の技術でこっちの役に立ちそうなものはなにがある?」

「機械式時計に水道橋に……。羅針盤などもひょっとしてないのでは?」


 アルヴァは数え上げるように、帝国の技術を口にした。


「どれもないと思うよ。羅針盤ってのはよく分かんないけど」


 機械式時計と水道橋については、ソロンも実際に帝国で目にしていた。


「磁石を用いて方位を測定する装置じゃよ。雲海でも水の海でも、船旅にあれば便利じゃな」


 ガノンドが説明してくれた。


「ふむふむ、想像以上に上界は下界とは異なる場所のようだな。だが、だからこそ交流する意味もあるというものだ」

「イドリスにとって、よいことばかりとは限りませんよ。かつての私にしても、帝国の利益を第一に考えていましたから。帝国側がイドリスに利益をもたらすかは不透明です」


 アルヴァはサンドロスの決意を試すかのように言った。


「かつての――ってことは、今はイドリスのことも考えてくれてるんだ?」


 少しばかりの喜びを込めて、ソロンは尋ねた。


「それはまあ……お世話になりましたから。帝国に居場所が見つからなければ、もっとお世話になるかもしれません」


 サンドロスは笑って。


「ははっ、第二の故郷と思ってくれても構わんぞ。君が言ったことは承知の上さ。利益が出るように交渉するのは、お互い様だろう。ラグナイに対抗するにも、安全策ばかりをとってはいられないんでな。俺達も思い切ったことをやる必要がある」

「ならば、私としても反対はしません。ネブラシア帝国にとっても、それなりに魅力的な提案だと思います。今の皇帝は私の従兄ですが、信用できる人物であると保証します」


 アルヴァはサンドロスの考えを尊重するつもりのようだ。為政者として判断を下す重みを、彼女は知っているのだろう。


「元皇帝のお墨付きもいただけて何よりだ。まずは国交を結ぶことから始めようと思うが、何か助言はもらえないか?」

「助言ですか? 基本通り、特使と共に魔法武器などを贈呈品として送ればよいと思います。少なくとも形式上、帝国は法治国家ですから。きちんと書状を携えておけば、あなた方は外国の特使として遇されるでしょう。ただし、亜人を前面に出すのは、やめたほうがよいかと思いますが……」

「ああ、分かっている。帝国は人間の国なんだったな」

「ところで、特使の役目は誰が果たすのでしょうか? まさかソロンですか?」


 アルヴァは視線をこちらに向けた。どことなく(いぶか)しげな表情をしている。


「いいと思うか?」

「……いささか頼りないですね」

「そうだろう」


 サンドロスはアルヴァと目線を合わせて、深々と頷いた。


「いや、なんなのその、考えてみるまでもないみたいな態度は……!?」

「だってなぁ……。頼りないのは事実だろ」

「外交は子供の遊びじゃないんだよ」


 部外者のはずのグラットとミスティンも口を出した。


「むぐ~。……別にやりたいわけじゃないけどさあ」

「まあ、そうむくれるな。お前にはアルヴァを送るという仕事があるだろ。何があるか分からんから、なるべく彼女に付いていてやれ。そんなこともあろうかと、ちゃんと考えている」

「そうその通り。頼りない坊っちゃんに代わって、親善大使の役目を担うのがこのナイゼルというわけです。父さんにも顧問をお願いしております」


 待ってましたとばかりに、ナイゼルは誇らしく胸を張った。


「ガノンド先生が……!?」


 意外だった。ガノンドは既に相当な年月をイドリスで暮らしていた。

 数年前、師匠シグトラは二つの世界をつなぐ界門のカギを残した。以来、その気になれば、ガノンドは上界へ帰ることもできたのだ。

 もちろん、カギは彼の所有物ではない。それでも、ソロンの父も兄もガノンドが頼めば、断らなかっただろう。

 ……にも関わらず、ガノンドが今もってイドリスにいる。それは彼にその意志がなかったからだ。彼はこちらで骨をうずめるのだと、ソロンも思っていた。


「別にそこまで、上界に未練があるわけではないがの……。だがオライバル様のご令嬢がゆくのならば、この機会にと思ってな。それに残りの人生でわしにできることとして、これ以上の仕事はないじゃろう。二つの世界で生きた証をわしは残したい。それで無理を言って、サンドロスに頼み込んだのじゃよ」


 ガノンドの言葉からは強い意志が感じられた。ソロンも彼のことは幼少から知っていたが、初めて見る姿かもしれない。

 サンドロスは首を横に振った。


「無理も何も、先生が助けてくれるなら俺としても心強い。その知識をイドリスのために貸してくれ」

「もちろんじゃ。もっとも上では罪人となるので、堂々とは名乗れんがな。そこはナイゼルとソロンに任せるぞい。まあ、わしのことなんぞ、誰も覚えておらんじゃろうがな」


 自虐気味にガノンドはカカと笑った。


「ええ、お任せください!」


 ナイゼルがここぞとばかりに声を張り上げた。ガノンドに注目が向いて、無視されていたのが不満だったらしい。


「――坊っちゃんも名目上は全権大使として、最初は表に出てもらいますよ。実務的な話は私に任せてください」

「そっか、ちょっと緊張するなあ……」


 ナイゼルは少々軽いところもあるが、損得勘定や調整ごとには強い。実際、頼りにはできるだろう。


「ただナイゼルさんが上界に向かうとなると、星霊銀や黒晄石についてはどなたが調査するのですか?」


 アルヴァは神鏡やカギの素材が気になるようだ。確かにこの二つは、今後のイドリスと帝国を占う上で重要だった。


「下界での調査については、既に部下へ引き継いでいますよ。ただ私としては、上界の知識を合わせることで突破口が見つかればとも考えております。そういった意味でも、上界行脚(あんぎゃ)を色々と楽しみにしているのですよ」

「ちっと気になるんだが……。帝国の誰をとっかかりにするつもりなんだ? 下界から来たなんて言って、すんなり信じてくれるかね」


 グラットの指摘はもっともだった。

 帝都にたどり着いたソロンが、アルヴァと出会えたのは幸運が大きかった。しかしながら、皇帝のような権力者と会うのが容易でないのは言うまでもない。


「それなんだよなあ……。どうやって、そっちの皇帝に取り次いでもらうかだ。アルヴァに頼りたいが、追放の身なのだろう?」


 サンドロスにとっても、そこは懸念だったらしい。当然の流れでアルヴァへと目をやった。


「母方の祖父にあたってみようと考えています。そこからなら従兄にも連絡を取れるでしょう。私が姿を見せれば、向こうも信じざるを得ないはずですから」

「皇帝に君が直接会うってこと? でも、それだと君は……」


 言うまでもなく危険な行動だった。

 ソロンとしては、アルヴァをマリエンヌの元に送って、かくまってもらえればそれでよかったのだ。わざわざ下界から戻ってきたことを、皇帝へ明かす必要はない。

 あくまで彼女は罪人である。どのような処遇を受けるか分からなかった。


「……心配をかけてすみません。ですが、私が帝国に戻るのは、自分の身を惜しむためではないのです。できることなら協力させてください。それに……従兄は私にとっても大切な一人ですから、無事を知らせたいと思っています。堂々とお会いした結果、再度の追放を受けるならそれも覚悟の上です」

「そっか、君がそう言うならば……。僕にできることは何でもするよ」

「皆さんにはご迷惑をおかけします」


 アルヴァは深々と頭を下げた。

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