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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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二つの世界

 昼食を終えたソロンが、立ち上がろうとすると、


「坊っちゃん、一つお聞きしたいのですが。神鏡はこちらで持っていてもよろしいのでしょうか?」


 やって来たナイゼルが尋ねてきた。


「いいのかな?」


 と、ソロンはそのままアルヴァに質問を受け渡す。


「ええ、どうせ帝国では紛失したことになっていますから」


 破片(はへん)とはいえ、元々は帝国の国宝として厳重に管理されていた物である。それにも関わらず、アルヴァは即答してみせた。


「けど、気になるね。帝都の神獣とイドリスの神獣は、限りなく近いものに見えたから。どうして上界でも、同じような神獣が現れたのかな?」


 再び上界に神獣が現れる可能性はないか――ソロンの問題提起はそういった意味を込めていた。


「一つ推測できるのは、女王の杖も元々下界で作られたということ。二つの世界は古くに交流があったと聞きますから。……上界にもあの杖と似たような代物が残っているならば、再び神獣が現れる可能性もありえましょう」


 つまり、不安はあるとアルヴァも見ているのだ。彼女は続ける。


「――それに……ずっと気になっていたのです。あのグリガントという魔物が、なぜ帝都に現れたのか。私が帝都で見たグリガントは、下界のものと全く同じでした」


 アルヴァが言いたいことはソロンにも伝わった。

 上下界で見た神獣は似ているとはいえ、相当な差異もあった。帝都の神獣を宿していた杖は、古くにベスタ島の遺跡に封じられた物である。イドリスの神獣とは大きく来歴が異なるのだ。

 対して上下界で見たグリガントは、上界でも下界でも全く同じものだと彼女は証言する。それが示唆(しさ)するところは――


「つまり君は、帝都の事件にもザウラスト教団が関与していると」

「そういう可能性も考えられます」


 荒唐無稽な発想ではない。なにしろ、当のソロン達が上下界を行き来しているのだ。他の者達に、それが不可能とは決めつけられない。


「ふ~む……」


 話を黙って聞いていたサンドロスは考え込んでいた。


「なんにせよ、鏡はそちらで預かっておいてください。神獣の脅威は、こちらのほうが明確なのですから」

「ああ、助かる」


 サンドロスはアルヴァに礼を言った。

 ナイゼルも思案しながら。


「鏡そのものについても、研究しなくてはなりませんね。材質が分かれば複製もできるかもしれませんから。アルヴィオスの伝説より前のことはさっぱりなんですが、まあこの機会に古文書から調べ直してみますよ」

「当てになりそう?」

「あまり期待しないでください。かつては今のように、皆が読み書きできる時代ではありませんでしたからね。残された文書もごく限られたものなのです」

「神鏡の材質なら……星霊銀ではないでしょうか?」


 アルヴァが聞き知れぬ金属の名前を口にした。


「なにそれ? どうしてそんなことが分かったの?」


 ソロンが尋ねれば、アルヴァはこちらを向いて。


「私も鏡については気になっていたのですよ。それで追放される前に伝承を調べてみたのです。神鏡とあの時にあなたが使った剣は、いずれも星霊銀で作られていたそうです」


 彼女が追放される前というと、ごく短い短期間である。復興作業の指揮なども必要だったはずだ。


「剣っていうと、神獣に突き刺したあれか……。よくそんな時間があったね」

「暇という程ではなかったのですが……。先の予定がごっそり消えてしまいましたからね。指示を終えれば、多少は時間も空いたのですよ。城内の書庫をあさるだけですから、さして時間はいりませんでした」


 アルヴァはどこか自虐的な苦笑を浮かべていた。


「ごめん、続けて」

「はい。……といってもそのままですが。アルヴィオスは鏡の素材を記録に残していたのです。そこに記されていた名前が星霊銀でした。彼にしても、下界の魔導金属という以上は何も知らなかったようです」


 ナイゼルは「ふむ」と頷いて。


「それだけでも大きな進歩ですよ。話を聞くに、星霊銀という名称は下界で使われていたのですね。ならば、魔導金属について調べれば何か見つかるかもしれません」


 *


 ソロン達は上界へ旅立つための準備をしていた。そんな折に、ソロン達はサンドロスの部屋へと呼び出された。

 部屋にはナイゼルとガノンドもいる。二人ともサンドロスの補佐をしながら、忙しくしているようだ。


「相談があるんだがな……」


 サンドロスが控えめに切り出した。


「うん?」

「皆のお陰でイドリスは取り戻せた。だがこの先、俺の力でこの国を守り通せるかというと、心もとないのが実情だ。はっきり言えば、ラグナイとイドリスとでは軍事力が比較にならない」

「ごめん、こんな時なのに上界へ行くことになって……」

「いや、それはいいんだ。むしろ、言いたいのはそれについてだ」

「はぁ……」


 兄が何を言おうとしているのか、ソロンには今一つ読めない。


「提案だ。二つの世界を俺達で結ばないか?」


 サンドロスが一息に切り出した。


「二つの世界とは――上界と下界ということですか?」


 それを聞いて、アルヴァが驚きの声を上げた。ナイゼルはあらかじめ聞いていたらしく落ち着いていたが、他の皆も驚いた。

 断絶されていた二つの世界を結ぶ。それは世界の在り方を変えてしまうような話だった。


「どうしてまた、そんなことを?」

「一つはさっき言った通り、ラグナイに対する危機感だ。もう一つはアルヴァとガノンド先生――実際に帝国人を見て好感を持ったというのも大きいな」

「そう言ってもらえるのはありがたいですが……。いずれも追放されてきた人間なのですけれどね」


 アルヴァは複雑な心境らしく、難しい顔をしていた。もう一人の帝国生まれ――ガノンドも「ほほっ」と苦笑した。


「かつて、二つの世界は頻繁に交流がなされていたそうです。今こそ、それを再開する時なのだと思います」


 ナイゼルが珍しく真面目な顔で言った。


「交流って……。具体的に何をする気だ?」


 帝国人の一人として、グラットが質問した。


「そうだな……まずは交易から始めたいと考えている」

 サンドロスが答えて、アルヴァに目をやった。

「――帝国にウケがよさそうな品は、君のほうが詳しいんじゃないか?」

「そうですね。魔導金属は(のど)から手が出るぐらい欲しがるでしょうね。というより、以前の私がそうでしたから」


 魔法の刀を振るうソロンを見て、魔導金属の入手法を追求してきたのは、かつてのアルヴァだった。


「そうそう、結構しつこかったよね。ソロンが泣きそうになってたし」


 茶々を入れたのはミスティンだ。


「仕方ないでしょう。当時の私には必要な知識だったので。……それでも自制はしましたよ。ソロンがあんまり哀れな顔をするものだから、強くは追求できませんでした」


 『あなたを困らせたいわけではない』そんなことを彼女は言っていた。当時は建前かとも思っていたが、本心だったらしい。


「確かに配慮はしてくれてたかも。……でも、哀れな顔はあんまりだなあ」


 ソロンの抗議を、アルヴァは「ふふっ」と微笑(ほほえ)んでごまかす。


「それより、二つの世界はどのように行き来するのでしょうか? カギ一つで交流というのは、あまりにも厳しいように思うのですが……」

「カギ一つだなんて言ったっけ?」


 ソロンが首をかしげたら、


「違うのですか……!?」


 アルヴァは意外なほどの驚きを見せた。

 サンドロスは指で数値を作って。


「師匠が贈ってくれたカギは全部で三つある。王都から脱出する時に持ち出したから、いずれも無事だ」

「そうなのですか……。ああ、分かりました。帝国にはカギは一つしか残っていないのです。それで先入観を持ってしまいました。帝国側と合わせて四つ……。それだけあれば、思ったよりは交流を図れるかもしれません」

「とはいえ、それでも心もとないのは事実ですけどね。私はカギそのものを増やせないかと考えています」

「可能なのですか……? 確か帝国では、材質そのものすら不明だったのですが……」


 ナイゼルの構想に、アルヴァが疑問を投げかけた。


「カギと門――いずれも黒晄石(こくこうせき)ですよ。数は少ないものの、山岳地帯から採掘されることがあります」

「驚きましたね。あの界門を解析できるのですか?」

「残念ながら界門の紋様は、あまりに難解で私にも(うかが)いしれません。ですが、カギそのものは比較的簡単な技術だとも推測しています。界門の仕組みは不明でも、それを起動する仕組みさえ再現できれば目的に足るのではないかと」

「扉を作るのは難しいけど、カギを作るだけなら簡単――ってことかな」


 ミスティンが意外と高い理解力を見せれば、


「そういうことです」


 と、ナイゼルが頷いた。

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