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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第四章 雲海を駆ける
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追放者の邂逅

「いやあ、終わった。終わった」


 そんなところに、サンドロスは晴れやかな表情で近づいてきた。

 ようやく取り巻きから解放されたらしい。式が終わって早々、重くて鬱陶(うっとう)しいとばかりに王冠もマントも外していた。


「兄さん、おめでとう。……でも、その厄介事が終わったみたいな顔はどうかと思うよ」


 ソロンがたしなめるが、サンドロスの表情は明るいままだ。


「まあそう言うな、こういうのは堅苦しく敵わん」

「陛下、ご戴冠おめでとうございます。その若さで大変でしょうが、陛下なら十分に務まるかと思います」


 アルヴァは、かつての自分と同じ『陛下』という呼称でサンドロスに呼びかけた。君主としては彼女のほうが先輩であり、応援したいという心情もあるのだろう。


「やあ、上界のみんなもありがとう。つまらない行事に付きあわせて悪かったな」


 いつも以上に軽い調子でサンドロスは応えた。

 王位などなんてことない――まるでそう言わんばかりに。しかしそれこそが、サンドロスが理想とする君主の姿なのかもしれない。


「サンドロスよ。すっかり見違えたぞ」


 そのサンドロスに対して、またも声をかけてきた者がいた。


「ガノンド先生!」


 サンドロスより先にソロンが声を上げた。

 立派なヒゲを生やした六十路過ぎの男。灰茶の髪には白いものも混ざっているが、それでも歳のわりには豊かなほうだ。

 ネブラシア帝国の貴族出身でありながら、下界へ追放された過去を持つ人物である。既に追放されてから二十数年の歳月が過ぎていた。


 下界に降りたガノンドは、流れ着いたイドリスで先王に仕えた。

 帝国で高度な教育を受けた彼は、豊富な知識の持ち主でもあったのだ。イドリスの現行法にはガノンドの知識が多く含まれている。

 そして、彼はサンドロスとソロンの教育を担当した恩師でもある。ラグナイの手から解放されて以降は、病院で療養していた。


「おお、ガノンド先生か。見舞いにも行けず済まなかったな。まさか、今日来てくれるとは思わなかったよ。来ると分かってたら、特等席を用意したのに」


 サンドロスは手を挙げて恩師ガノンドに挨拶した。

 ガノンドは思っていたよりも、ずっと調子がよさそうだった。

 年齢のわりに頭も足腰もしっかりしており、退院明けとは思えないほどだった。


「なに、気にすることはない。わしの見舞いよりも、お主らにはやるべきことがいくらでもあるからな。そもそもわしが弱っていたのは、ラグナイの奴らが食事をケチったからじゃ。今はたらふく食って元気じゃぞい」

「本当に大丈夫なんですか? もう歳なんだから、先生も無理しちゃダメですよ」


 ソロンは気遣うが。


「大丈夫ですよ、坊っちゃん。父さんは無駄にしぶといことには定評がありますから。なんせ、荒野に捨てられても生き延びた男です」


 と、ガノンドの後ろから現れたのは、眼鏡をかけた灰茶の髪の青年だった。ガノンドが下界で結婚した妻との間に生まれた子――ナイゼルである。

 ガノンドが下界で追放された際には、既にそれなりの年齢だった。結果、年齢差があるため、親子というより祖父と孫に見えなくもない。


「これこれ、父を敬わんか。もっとも、このガノンド――しぶといのは本当だがな。ふはは!」


 ガノンドは調子よく笑ってみせる。

 そんなガノンドに安心してか、サンドロスも「そうだったな」と釣られて笑う。

 それからサンドロスは、ガノンドと立ち話をしてから「またな」と去っていった。さすがに国王陛下は忙しいらしい。


「あはは、でも元気そうでよかったですよ」


 ソロンもガノンドに会うのは久々となる。ようやく話す機会が訪れた。


「おう、聞いたぞソロン。上界に行ってきたそうじゃな」

「はい。先生のお陰で随分と助かりましたよ。ただ予想と違ってたところも色々とあったけど。なんせ、オライバル帝は既に交代していましたから」

「ほう、オライバル様が……。なんせ二十年前の知識じゃからのう……。今の帝国はどうなってたんじゃ?」


 ガノンドは強く興味を引かれたようだった。


「それで……先生に紹介したい人がいるんですけど」


 ソロンが目線を向ければ、アルヴァが前に出て軽く礼をする。彼女はこちらの話を、先程からじっと(うかが)っていたのだ。


「あなたがオムダリア元公爵ですね」

「おお、これはとんでもなく美しいおなごじゃのお。二つの世界を見たわしだが、これほどの別嬪(べっぴん)にはお目にかかったことがない。ひょひょひょ、お主もわしの趣味を分かってきたようじゃな」


 ガノンドは好色かつひょうきんな笑いを浮かべた。


「いえ、先生。そうじゃなくて」

「父さん。いくつになっても相変わらずですね……」


 ソロンがそんな恩師をたしなめ、ナイゼルが溜息をつく。


「オライバルの娘、アルヴァネッサと申します」


 一方、アルヴァはそれにも動じず、無表情で挨拶をした。

 その言葉を聞いて、ガノンドの表情が一変した。今や目を大きく見開かんばかりである。


「まさか、まさか……オライバル様のご令嬢が……!? いやいや、そんなはずは……!?」

 ガノンドはアルヴァの目を覗き込んだ。

「――う~む。どことなーく、目元が似ているような気がするのう。眼の色は違うがの」

「瞳は母から受け継いだものですから。……父をご存知なのですね?」

「うむうむ。わしは殿下の家庭教師の一人でしたからな。あの方が今の皇帝じゃと思っていたが、もしや――」


 ガノンドの口調が丁寧になった。サンドロスやソロンを相手にする時よりも、ずっと敬意を払っている。元来の帝国人としての思いがそうさせるのだろう。

 アルヴァは首を縦に振って。


「はい、戴冠して二十年を勤めましたが、去年に亡くなりました」

「やはり、崩御されなさったか……。それは皇女様も大変でしたのう」


 アルヴァの父への敬意をにじませた口調だった。皇女様というのは、目の前にいるアルヴァのことを指しているのだろう。もっとも、彼女は複数の意味でもはや皇女ではない。

 ガノンドは続けて。


「――それで、オライバル様には皇子がいらっしゃったのでしょうかな?」

「残念ながら……。弟は生まれたのですが、一年を生き延びることも叶いませんでした」

「それはまたおいたわしや……。では後を継いだのはどなたかな? エディオン殿下か、その皇子ですかな?」


 エディオン殿下というのは、恐らくはアルヴァの叔父か何かだろう。


「私です」


 アルヴァは自分の胸に手を当てて示した。ガノンドが固まったのも無理はない。


「お、おお……」


 ガノンドは言葉にならない声を出した。それからようやく口を開いて。


「――確かに女帝を認めぬという法はなかったが……。それにしてもお若いですのう」


 そこでまたガノンドはハッとなって、


「――どうして、そのあなたがここにいらっしゃったのですかな? よもや――」

「あなたと同じですよ」

 アルヴァはその続きを言わせなかった。

「――私は既に追放された身……。皇帝の位は、エディオン叔父様の皇子が継ぎました」

「なんと、なんと! おいたわしや……!」


 ガノンドは理由を問いただすことなく、アルヴァのために(なげ)いてみせた。彼女の手をつかんで泣き出さんばかりだった。

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