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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
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イドリスの平和

「これがラグナイの王族とは、想像と随分違うなあ……。もっと宗教にかぶれた男を想像していたんだが」


 レムズの醜態(しゅうたい)に、サンドロスが呆れたようにつぶやいた。


「ふん。本来、ラグナイは騎士で成り立つ国だ。神官かぶれの父上や兄者達と一緒にしてもらっては困るな」


 レムズは威厳のある口調で語った。

 その姿を見れば、彼が王族であることを疑う者はどこにもいないだろう。……だが、先程までの姿があんまりだったため、ソロンには何かの冗談にしか見えなかった。


「――そもそも、あのような邪教と組んだのが間違いだった。奴らを父上が引き入れなどするから、このような状況になったのだ」


 レムズなりに思うところがあったらしく、聞かれてもいないのにベラベラと(しゃべ)り出す。ラグナイ王国の内部にも、色々と事情があるらしい。


「お前はザウラストの教徒ではないのか?」

「名目上、全てのラグナイ人はザウラスト教徒ということになっている。……が、心から信仰しているのは神官どもぐらいだろうな」

「今回の侵略はラグナイ王の意向か? それとも教団の意向か?」

「正確なことは耳にしていない。だが、ザウラストが進言して父上がそれに乗った形だろう。少なくとも、他の国を攻めた時はそうだった」

「神獣――あのバケモノは一体なんなんだ?」

「教団の術で生み出されたバケモノだ。それぐらいはお前達でも知っているだろう。……ところでペネシア王妃らはどうなったのだ?」


 神獣について語るかと思いきや、レムズは急に話題を転じた。呪海の亀裂に連行されて、生贄(いけにえ)にされようとしていた母達のことだ。レムズもその事情を知っているらしい。


「僕達が助けたよ、神官達を倒してね。まだ王都には戻って来てないけど、じきに帰ってくるはずさ」


 ソロンが一歩前に出て答えた。

 ペネシアはあれからセベア村に向かい、そこに留まっているはずだ。サンドロスが迎えの部隊を既に送ったため、じきに王都へ戻るはずだった。


「そうか……。生贄は助かったのだな」


 意外にも、レムズの口振りは安堵しているようにも聞こえた。

 そんな、レムズにソロンが問いかける。


「教団が人々を、呪海の生贄にしようとするのはどうして? あの行為にどんな意味がある?」

「……人を呪海に溶かし、力に還元するのだそうだ」


 レムズは苦々しい顔で吐き捨てるように言った。


「はっ……どういう意味?」


 ソロンは意味が分からずに聞き返した。


「そのままの意味だ。生贄を助ける時に連中と戦ったのだろう? ならば(さかづき)を見なかったか?」

「杯……そういえばそんな物を見たような」

「黒い杯だね。あの司祭っぽい人が大事そうに抱えてた」


 後ろからミスティンが証言してくれた。


「そうです」

 レムズは頷いた。

「――その漆黒の杯こそが教団の聖杯に違いありますまい。カオス――つまり呪海に溶けゆく生命は、形を失うと同時に特殊な魔力へと還元される。それを吸い込んで結晶化を行う装置が聖杯なのだと聞きました」


 彼はミスティンに対しても行儀がよかった。

 女性なら誰でも丁寧なのだろうか? ひょっとしたら、容姿や年齢で対応を変えるのかもしれない。だとすれば、アルヴァとミスティンの二人は合格らしい。

 ……微妙に気になるが、どうでもいいと言われたらその通り。なので話を進める。


「魔力結晶ですか……。それほどの代償を元に生み出される物なら、よほど強力なのでしょうね?」


 ナイゼルが問いかければ、レムズは頷く。


「お前達も嫌というほど知っているはずだ。聖獣や神獣といった存在はそうして生み出されたのだからな」

「聖獣に神獣か……。ふざけた命名だぜ」


 グラットが小さくつぶやく。


「良質の結晶で呼び出されるカオスの神の(しもべ)――それが神獣なのだそうだ。そのために質の良い生贄――つまりは魔力に優れた生贄を集めようと、連中は躍起(やっき)になっていた」


 魔力に優れた生贄――と聞いてソロンは二人の女性を思い浮かべた。

 ソロンの母ペネシアは高い魔力の持ち主だった。そして、もう一人はアルヴァだ。彼女を連れ去ろうとした盗賊にも、教団の手がかかっていた。


「では、あの杖も……」


 ソロンの背中でアルヴァが小さくつぶやいた。小さな独り言だったが、ソロンには何を指しているのか理解できた。

 上界で彼女が振るった女王の杖。そして、そこから現れて帝都を襲った神獣。その力はイドリスの神獣に酷似していた。

 つまりはあの杖も、似たような術によって作られた可能性を示していた。

 それにしても、ソロンの背中にピタリと隠れるような位置取りは……。よっぽどレムズを嫌がっているのだなと分かってしまう。


「神獣を呼び出す術はそう何度も使えない――そのように認識してもよいのでしょうか?」

「そうだな。詳しくは知らんが、降魔(ごうま)の術――神獣の召喚にはそれなりの生贄がいるはずだ。それも質と量の両方でな」


 ナイゼルの質問は、ラグナイ王国にとっても重大な機密事項のはずだ。しかし、レムズはあっさりと答えてしまった。心底、ザウラスト教団を嫌っているらしい。


「ならば、当分はイドリスにも攻めてこないと考えていいか?」

「それが聞きたかったのか? ベクセンのように降魔の術を使える者は限られている。カオスの結晶も豊富にあるわけではない。お前達がどうやってあの神獣を破ったかは知らんが、教団にとっては大きな痛手だ。奴らも警戒するだろうさ。当分、無闇に攻め込みはしないはずだ」

「随分と気前よくしゃべってくれるな。お前を信用してよいものか?」

「俺は騎士だ。相手が敵国だろうと嘘はつかん。それにザウラストの意向に(くみ)する気は最初からない。もっとも、俺に権限があるわけではないからな。先程、語ったのも推測に過ぎん。信じるかどうかは貴様らが決めろ」

「そうさせてもらおう。……しかし、呪海の生贄か。全く趣味が悪いな。はっきり言えば胸糞が悪い」

「ふん、同感だな」


 サンドロスが強い口調で言えば、レムズも憎々しげに同調した。


「あなたは――反対だったのですか?」


 その意外さに打たれたのか、思わずアルヴァが声をかけた。ただし、ソロンの肩に手をかけたまま、おずおずと。


「ええ、反対でしたとも。ラグナイは元来が騎士の国です。弱きを助け強きをくじく。敵国に攻め入るにも騎士として、堂々と挑む。それが騎士道だったはず。それがあの邪教に侵食されて、騎士としての本分を失ってしまった」

「どうしてそのような宗教が浸透したのですか? 話を聞く限り、本来のあなたの国とは相容れないように思いますが」

「力ですよ。邪術といえど、力があれば国を守れるし、まとめられる。かつて、弱小国だったラグナイには何よりもそれが必要だったのでしょう」


 最初からこの調子で話していれば彼女にも、もう少し好かれただろうに……。誠に残念でならない。と、一瞬だけ考えたが――それはそれで嫌だ。やっぱりこれでいいやと思うソロンだった。

 以降もレムズは、ザウラスト教団の内情については協力的な態度を取ったのだった。


 こうして、ラグナイ王子レムズの尋問は終わった。彼によれば、ラグナイ王国が再びイドリスに攻め込む可能性は低いという。

 だが、油断はできない。

 戦争に勝利したとはいえ、敵の軍勢はラグナイの一部分に過ぎないのだ。また、ラグナイが野心を起こしたならば、それ以上の軍勢と新たな神獣をしかけてくる可能性がある。


 とはいえ、数ヶ月に渡った戦乱はこれにて小休止を得た。イドリス王国の皆は、久々の平和をかみしめるのであった。

第三章『呪われし海』完結です。

故郷を救うという物語の当初の目的が達成されました。その意味では第一部完といってもよいかもしれません。

というわけで次章は新展開。第四章『雲海を駆ける』。

久々に雲海世界へと戻ります。

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