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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
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騎士と姫君

 短い休憩を終えて、サンドロス達の復興作業は続いた。

 それから夕食後に、ラグナイの王子レムズの尋問が行われることになった。

 復興作業はまだまだ終わっていないが、ラグナイの動向を知る必要もある。もしまだイドリスに攻めてくるようなら、復興を遅らせてでも戦に備えなくてはならない。


 尋問の場には、ソロン達も同席させてもらうことになった。

 レムズはソロン自身が刀を交えた相手である。それにこれからの身の振りを決めるにあたって、敵国の動向はつかんでおきたかった。


 イドリス城の一室に、レムズが引き立てられてきた。

 身分ある者とみなして、扱いには配慮してある。両手に手枷(てかせ)をはめていたが、長めの鎖で拘束はゆるいものだった。

 サンドロスやナイゼルを始め、イドリス王国の要職に就く者がこの場に集まっていた。レムズが語る内容には、それだけ注目が集まっていたのだ。


「レムズ王子、お初にお目にかかる。俺がイドリス王国の代表――セドリウスの子サンドロスだ」

「貴様がサンドロスか。俺はラグナイ王国の第三王子――ラムジードの子レムズだ」


 虜囚(りょしゅう)となりながらも、レムズは傲岸(ごうがん)たる態度だった。それでも、名乗りを忘れないのは騎士としての誇りだろうか。


「単刀直入に聞かせてもらおうか。いったい、何の目的でこの国を攻めたんだ? お前達の宗教に改宗するように――との脅しだったがそれだけなのか?」

「ふん、余計なことを聞かずにさっさと殺せばよかろう。俺は誇り高きラグナイの騎士である。生きて虜囚の(はずかし)めを受けるぐらいなら、死を受け入れよう。さあっ、殺せ!」


 レムズは騎士の誇りを口にした。

 騎士階級は神官階級の下に位置するという話だったが、この男は王族でもある。神官よりも下位に位置しているとは考えにくい。思っていたよりも複雑な上下関係があるのかもしれない。


「お待ちなさい」

 口を出したのはアルヴァだ。

「――そのような態度は少々短絡的ではありませんか? 確かに保身に走らないのは立派な心構えかもしれません。ですが――あなたは多くの部下を持つ身でもあり、その責任もあるはず。この国とて、あなたの国と全面戦争をしたいわけではないのですからね。まずは可能なことだけでも答えていただけませんか?」


 彼女はとうとうと道理を説いた。

 この男を処刑して鬱憤(うっぷん)を晴らすという選択はあるだろう。だが、実際のところ、ラグナイは大国なのだ。それよりも交渉の材料を得て、手打ちにするほうが現実的だった。

 しかし、見るからに頑迷なこの男に通じるだろうか――


「はっ、美しい姫君よ! わたくしレムズの目的は王族として、状況を視察することにありました。もっとも、司教ベクセンを始め、教団の者どもの意図は私の知るところではありません。……それにしても、あなたはなんとお美しいのか! お名前を教えていただけませんか?」


 と、思いきやレムズはアルヴァを見て、やにわに態度を変えた。あんまりな豹変(ひょうへん)にソロンは目眩(めまい)がした。サンドロスも呆気に取られている。

 アルヴァも頭を押さえて溜息をつく。


「はぁ……。生け捕りにしたのは正解だったようですね」

「なんという寛大さだ……。敵に情けをかけ、その生命を助けるとは……」

「いえ、情けをかけたのではなく……。敵将を生け捕るのは戦略上も当然の行動ですから」


 アルヴァが相当に迷惑そうな顔をした。

 そもそもレムズの背中に雷撃を撃ったのは当の彼女である。そこには情けも容赦もあるはずはなかった。


「ああ、あなたこそ、私が夢に見た運命の姫君です! まさにあなたこそ、上界からこの罪深き下界に降り立った天使に違いありません!」


 だが、レムズはどこ吹く風と話を聞いていなかった。


「確かに私は上界の者ですが、天使ではありませんよ」

「おお、それは誠ですか!? 本当に上界から来られたのですね! ……いや、疑うべくもないことです。その女神も嫉妬(しっと)するような美しさ……。(うるわ)しい(みどり)の黒髪……。紅玉のような輝く瞳……。それら全てが、あなたが天より来られたという何よりの証左でありましょう!」


 レムズは詩をそらんじるように言った。


「……ふざけているのですか? 私はあなたに敵として対峙しているのですよ。ならば、教えてあげましょう。あなたの背に雷撃を撃ったのは、この私です」


 アルヴァは閉口し、冷たく言い放った。


「なんですと! あなたが、この私を……。ですが、これで疑問は氷解しました。愛の神は弓矢を持って心を射抜き、男女を結びつけるという。そう……私を一瞬で射抜いたあの稲妻――それはあなたが放った愛の矢だったのですね!」


 なんでこんな相手と必死で戦っていたんだろう――と、ソロンはいよいよ憂鬱(ゆううつ)になってきた。


「人の話を聞いているのですか? 私はあなたの敵だと言ったのです」


 だんだんとアルヴァの声から余裕がなくなっていく。


「何をおっしゃる。そんなことは問題にもなりますまい。騎士とは愛のために生き、愛のために死する生き物です。愛は敵や味方といった障壁すらも乗り越えるもの……。そして、その愛を捧げる対象は美しき姫君と決まっています。そう――それは古来よりの運命(さだめ)に他ならない」


 レムズの陶酔(とうすい)は留まることを知らなかった。

 アルヴァは後ろを振り向いて溜息をついた。


「はぁ……。まるで騎士道物語の世界観ですわね。そのようなことを(のたま)う殿方は、古典の中だけかと思っていました。下界には、まだこのような骨董品が残っているのですか?」

「いや、下界の感覚でも相当に古いと思うけど……」


 ソロンも溜息をついた。


「……でしょうね。私はもう立ち去ってよいでしょうか?」

「すまんが、もう少しだけ協力してくれないか? 君が相手だとこの男も色々話してくれるかもしれん」


 サンドロスは心底申し訳なさそうな顔で、アルヴァに頼んだ。


「おい貴様、わが姫君になれなれしく口を聞くな!」


 レムズがまたも反対方向に豹変した。その有様は先程と同一の人物だとは、とても思えない。


「こいつ殴っていいか?」


 グラットがイライラを抑えきれないのも仕方がない。彼はミスティンと共に後ろのほうに控えていたが、ついに口を挟んだ。


「いえ、大事な捕虜ですから。手荒なことはおやめください」


 アルヴァが極めて無感情に言い放った。


「おお、なんと心優しいのでしょう! 捕虜への慈愛にあふれたあなたの気持ち……。しかと、この胸に受け止めましたぞ!」

「……気が変わりました。多少の折檻(せっかん)を加えたほうが、よい証言が出るかもしれません。ただし、後の交渉を考えて、顔などの目立つ場所は避けてください」


 アルヴァは一瞬で前言を撤回し、狡猾(こうかつ)ないじめっ子のような発言をした。


「いやいや、やめようよ。大事な捕虜なんでしょ」


 さすがにソロンは(いさ)めた。

 レムズはアルヴァの態度に衝撃を受けた様子だったが。


「なんと、あなたは……この私に罰をお与えになるとおっしゃるか……! だが……だがこれも試練……愛とは試練なのだ! ならばせめて、その御手(おんて)でこの私をムチ打ってくださらんか!」


 ……あまり()りていなかった。

 レムズは眉目秀麗で、申し分のない男振りである。加えて大国の王子だ。

 この男に真面目に口説かれたならば、すげなく拒絶する女のほうが珍しいだろう。あくまで『真面目に』という前提であったが……。

 アルヴァはソロンの腕をつかみながら、


「さ……さがって構いませんよね?」


 かすかに震える声で懇願(こんがん)するように言った。もはやいつもの余裕がない。かつて見せたことのない表情が、そこには浮かんでいた。

 嫌悪か恐怖か困惑か――秘められた感情は分からない。だが、本心から嫌がっていることだけは伝わった。


「ご、ごめん、無理言って……。兄さんもいいかな?」

「ああ、正直すまんかった……。どの道これ以上は、まともな会話にならなそうだしな」


 ソロンは頷いて、


「出る?」


 扉のほうを指して、アルヴァに尋ねた。


「いえ……。話は気になりますので、後ろで聞きましょう」


 アルヴァはすたすたとレムズの視線から隠れるように歩いていった。彼女はソロンの腕を離さなかったので、一緒に後ろにさがった。


「こ、紅玉の姫君よ。何処(いずこ)へゆかれるのですかぁ!?」


 レムズは力なく伸ばした手を落とした。

 彼はアルヴァの名前をいまだ聞いていない。なので、紅玉の姫君と呼ぶことに決めたらしい。()しくも、それは彼女が上界で呼ばれていた名称であった。

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