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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
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王都解放

 指揮官のレムズが倒れたので、残りわずかな敵兵も降伏するしかなかった。

 これにて戦闘は終結である。

 ソロンは「はあぁ……」とホッとして息を吐いた。


「ありがとう、危ないところだったよ」


 アルヴァは座り込みながら、目線だけで答えた。ソロンも彼女のそばに座った。


「お兄さんの処置が終わったから、兵隊さんに任せてきた」


 ミスティンもソロンのそばに座り込んだ。

 彼女はソロンの顔を覗き込んで、


「――怪我してるね。また無茶してる」


 と、心配そうに言った。


「うん。この人、けっこう強かったからね」


 実際は敵にもらった傷よりも、自分で起こした爆風の傷のほうが大きかったのだが……。話をしながらも、ミスティンが魔石を取り出して治療を始めてくれた。


「……死んじゃったのかな」


 ソロンは倒れた男を見てつぶやいた。

 グラットが近づいてレムズに触れた。


「生きてるみたいだぜ。一応、押さえとくか」


 グラットはレムズの上に乗って押さえ込んだ。相手は動ける状態には思えなかったが、念入りなことである。


「そっか、それはよかった」


 少し安堵した。

 ソロンが相手に合わせて、正々堂々と立ち合う義務はない。とはいえ、いくらなんでもこれが幕切れでは、この男も浮かばれないだろう。だから、殺さずに済むならばそれでよかった。


「――確か……ラグナイ第三王子のレムズ。そう名乗ったよ。けっこう偉い人だと思う」

「まさか、敵国の王子とは……」


 アルヴァは目を見開いて。


「――身分ある将と見て加減したのが幸いしましたね。もっとも、仕留めるほど強い魔法を放つ余力もなかったのですが……」

「うん。確かにこの先を考えると、生け捕りのほうが色々と都合良いと思う」


 ところが、彼女は少し表情を(くも)らせた様子で。


「ですが……これで、よかったのでしょうか?」

「えっ、何が?」

「その……男同士の決闘と見たのですが、そこに水を差してしまったようで……。ただ、あなたの危機を見過ごせませんでした。お怒りのようでしたら、非難は甘んじて受けます」


 口ぶりから言って、彼女達は途中から決闘を見ていたのかもしれない。


「別にいいんじゃない? 僕は別に決闘してたつもりはないし」

 ソロンはきょとんとした表情で言った。

「――あっ、でも一人ですんなり勝ったほうが、カッコよかったかな……」


 もしかして、幻滅されたのではないかと不安になる。恐る恐るアルヴァの顔色を(うかが)うが……。


「そうですね、あなたはそんな人でしたね。……格好つけるだなんてらしくありません。あなたが無事なら、私はそれで構いませんよ」


 そう言って、彼女は優しげにほほえんだ。


「いいなあ、お前はお姫様に心配してもらえて」

「あはは……」


 グラットの言葉に、ソロンは頭をかく。それから、ソロンは倒れた騎士のほうへ視線をやって。


「――僕もこういう(いさぎよ)さは嫌いじゃないんだけど……。やっぱり、命は惜しい。騎士道精神も立派だとは思うけどね」


 少し情けなくとも、それがソロンの正直な考えだった。実際、この騎士が手段を選ばずに立ち回っていたら、ソロンは敗北していたかもしれない。

 それにアルヴァは相好を崩して答える。


「私も……同感です。外面(そとづら)の名誉を求めて命を散らすよりも、自分が大切と思うもののために生きたい。(こと)に最近はそう思えるようになりました」

「まっ、貴族様の中には、すぐに命賭けたがる輩も多いからな。誇りだの名誉だの言ったって、しょせんは見栄と大差ない。そんなもんは、男の夢と比べたらちっぽけなもんよ」

「グラットが珍しく真面目なことを言った」


 と、ミスティンが茶々を入れた。


「よせやい、ミスティン。俺はいつだってマジだぜ……」


 グラットがどことなくキザに言ったが、その顔はいつも通りしまりがなかった。

 それから戦いを終えたイドリスの兵士達がやって来た。彼らの協力を得て、騎士道精神あふれる男は縛り上げられたのだった。


 *


 戦いが終わった頃には、太陽が白雲の上に移っていた。

 (くも)る下界の昼間、サンドロスは痛む体を押して戦後処理の指揮を執った。

 負傷者の治療。遺体の埋葬。捕虜の収容。破損した壁と建物の修復。統治機構の回復……。やるべきことは数えきれない。


 王都の北方――ラグナイとの国境付近にある砦も、いまだ敵国の占領下にあるはずだった。やがては取り戻すことも考えなくてはならないだろう。

 平時へ戻るには、様々な課題が山積みである。もちろん、ソロン達もその手伝いに奔走(ほんそう)した。


 その日の昼食は、イドリスの住民が料理してくれることになった。食料の多くはラグナイの占領軍が城に溜め込んでいたようだ。だがそれも、戦いが終わって取り戻せたのだ。

 そうして、城門前の広場で、住民達による炊き出しが行われた。兵士達をねぎらうため、また戦いで家を失った者を助けるためでもあった。


 兵士達の中には家族や友人と分断された者も多い。そこら中から再会を喜ぶ声が聞こえてきて、広場はとてもにぎやかだった。

 その兵士達の中心で、食事を取っているのがサンドロスだ。その隣にはナイゼルもいる。二人とも疲れた様子だったが、それでも表情は晴れ晴れしい。

 ソロン達四人も同じ場所で食事を取っていた。


「そっかあ! ガノンド先生も無事だったんだね」


 ソロンは恩師の無事を聞いて喜んでいた。

 ガノンドのように要職に就いていた者は、軒並み城内に囚われていた。それが先程救出されて、今は手当を受けているという。


「さすがにちょっとばかり痩せていましたけれどね。まあでも、あの調子なら大丈夫でしょう。うちの父は案外しぶといですから」


 ガノンドの息子――ナイゼルが安堵の表情で語っていた。既に顔を合わせて無事を確認したらしい。


「オムダリア元公爵ですか……。また後日、話を伺いたいものですね」


 アルヴァも興味を引かれるらしい。ガノンドは元々上界の帝国から追放された貴族なのだ。

 サンドロスは少し顔を引き締めて。


「犠牲は大きかったが、それでも母さんや先生を含め、たくさんの人を助けられた。親父の後を継ぐのは気が重いが、一つ肩の荷が下りたよ」

「いや、兄さんは立派だったよ。なんだかいつの間にか、貫禄もついた気がするし」

「過大評価だ。皆の助けがなければ戦いには勝てなかった。ソロンを始め、みんなよくやってくれた。特に上界から来た三人は俺の部下でもないのに、これだけの貢献をしてくれた。そのことに感謝したい」


 アルヴァは横に首を振って。


「私は……ソロンやタンダ村の皆様の助けがなければ、生きてはいませんでしたから。恩を返す機会ができて嬉しく思います。ですから、礼には及びません」

「俺は元から冒険者の身だしな。傭兵稼業も仕事の一つですよ」


 アルヴァとグラットがそれぞれ返事をする。

 ミスティンは「うんうん」と口を開かず頷いて返事に代えた。そうして、黙々と食事を取っている。


「これからお前達がどうするつもりかは知らんが、どちらにせよ、後ほど謝礼はさせてもらおう」


 それからサンドロスは表情をゆるめて、食事に戻った。一口パンをかじってから、ハッと何かを思い出したかのように。


「――話は変わるが、ベクセンとかいう司教、さっき捕まえたぞ」

「本当に!?」


 ソロンは驚きの声を上げた。何気ない調子で放たれた言葉であるが、その意味は重要である。

 司教ベクセンはイドリス占領軍の司令官だった男だ。

 つまり敵方の大将である。ラグナイ第三王子のレムズは、全体の指揮を執っていたわけではないらしい。あくまで監察役といったところだろうか。


「ああ、神獣が倒されたのを見て、逃げ出すつもりだったらしいがな。住民の振りして、脱出しようとしたところを捕まえた。ラグナイの捕虜に顔を見せたら、あっさりと身元を教えてくれたぞ」

「それは重畳(ちょうじょう)ですね。処遇はどうされるおつもりでしょう?」


 アルヴァが口を挟んだ。

 神獣に最も大きな損傷を負わせたのは彼女の魔法だ。自然、イドリスの者達からも既に一目置かれている。


「とりあえずは牢に放り込んでおく。色々聞き出して、後でラグナイと交渉する材料にしようと思っているが――」


 サンドロスは隣のナイゼルに目をやった。ナイゼルがその意を受けて話を引き継ぐ。


「少しだけ尋問してみたのですが……。どうも、まともに話が通じるようには見えませんでした」

「ははあ。カオスがうんたらってヤツだろ? ありゃ狂気だわな」


 グラットが「うんうん」と理解を示した。

 ソロンも母達を救出する際に戦った司祭の様子を思い出す。あのような調子で、意味不明な教義を繰り返しているのかもしれない。


「まさにその通りですよ。世界はカオスの下に一つになるのだ――とか。……あれはまさしく狂気ですね。これだから宗教というのは手に負えません」


 ナイゼルはうんざりとばかりに息を吐いた。


「ねえねえ、イドリスには宗教はないの?」


 黙々と食べ続けているかに見えたミスティンが口を挟んだ。


「宗教ねえ。国として明確な宗教があるわけじゃないよ。町や村によっても、崇める神様もまちまちだし」


 ソロンが曖昧(あいまい)な答えを返した。


「神竜教会のように明確で組織立った国教はないようですね」

 なぜだかアルヴァが引き継いでくれる。

「――土着の民間信仰とでも考えればよいでしょうか。自然を神として(おそ)れ敬い、願いをかける。そういった習慣が存在しているようです。宗教としての名称はありませんが、ある意味では、それがイドリスの宗教だと言ってもよいでしょう」

「間違っちゃいないけど、なんで君のほうが詳しいんだろ……?」

「こういうものは、中にいる人には案外分からないものですから。部外者だからこそ、見えるものもあるのです」

「なるほど納得」


 ともかくミスティンは納得したようだ。


「まあそんなわけだ。ザウラストの司教に聞いても、まともな返事は期待できんかもしれん。お前達が捕まえたレムズとかいう王子のほうが、まだ当てになるかもな」


 サンドロスが話を戻した。


「うん。教団の連中とは毛色が違う気がしたからね。司教よりはまともに話してくれるかも」

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