白光対紅蓮
銀よりもまばゆい白金の剣。
レムズはソロンに向かって、まっすぐにその剣先を向けてくる。その様からは、ただならぬ自信と実力が窺えた。
この男は態度が大きいだけではない。それはソロンにも直感できた。
「もう決着はついてるよ。降伏したほうがいいと思うけど」
ソロンは一応の降伏勧告を試みた。
事実、城内にいた敵兵は既に多くが床に伏していた。降伏する者こそいないようだが、決着は目に見えていた。敵にとっては絶望的な状況であったろう。
「愚か者め! 降伏など騎士たる者の取るべき道ではない。問答無用! 剣を構えるがよい、ソロニウスよ!」
ソロンも戦いは避けられぬと見て、無言で刀を構えた。
別に一騎討ちがしたいわけではない。けれど、レムズの気迫に押されて皆近づけないでいた。実際、不用意に近寄る者がいれば、先程のように一瞬で斬り捨てられたかもしれない。
余計な犠牲を出さないためにも、ここは自分が戦うと決めた。残った少数のラグナイ軍の相手なら、他の兵士でも十分だろう。
まずは牽制で相手の出方を確かめる。
距離を保ったまま、ソロンは紅蓮の刀を向けた。伸ばした太刀先から、レムズめがけて火球を放つ。
レムズは剣を「フン!」と振りかざして、火球を叩いた。たちまち火球は風に吹かれたロウソクのように消え失せた。
恐らく剣から魔力を放って、炎の魔法を相殺したのだ。
それはつまり、レムズの剣も魔力を帯びた魔剣であるということ。さらには魔剣の使い手として、彼も相応の実力を持っているという事実を示していた。
「その若さにしては悪くはない。だが、それしきの技は俺には通用せん」
レムズは傲然と言い放った。そこにはみなぎる自信があった。
厄介だな――と、ソロンは心の中で舌打ちした。神獣を倒してもなお、まだこれだけの使い手と戦わねばならないとは……。
「次はこちらからゆくぞ!」
レムズは立ち位置を変えず、軽く剣を振りかぶった。
「――喰らえっ、閃空光弾!」
叫びと共に、剣先から放たれたのは光の球だ。まばゆい光を放ちながら、ソロンに向かって飛来する。
魔剣による相殺は、あちらだけの芸当ではない。ソロンも刀で光球を斬り裂くように、魔力で打ち消した。
打ち消した反動が光となってソロンに押しかかる。これにはどうにか踏ん張って耐えた。
ソロンも見たことがない魔法系統だ。
目くらましのような姑息な技ではない。これは強力な破壊の光だ。直撃を受ければ、ただでは済まないだろう。
とまどうソロンを狙って、レムズは二発、三発と光球を打ち込んでくる。ソロンは打ち消すよりも、走っての回避に努めた。
どうやら、かわすだけなら難しくないようだ。
ソロンが敵の技に慣れ始めたその時――レムズが疾風のように詰め寄ってきた。鎧を身にまとっているとは思えない動きだ。
「なっ……!?」
ソロンは慌てて刀で斬撃を受け止めた。
ギリギリと鍔の迫り合う金属音が鳴り響く。レムズの顔をはっきりと確認できる程に接近している。鋭い目がソロンと真っ向から向き合った。
刀に魔力を込めるが、敵もすぐさま反応し、打ち消しの魔力を込めてくる。こうなればもはや力押しだ。刀と剣の戦いになる。
ソロンも負けじと押し返すが、敵の力は強い。
実のところ、ソロンは腕力にそれほどの自信がない。押されているのが否応にも分かった。
「フハハハハ……! どうした、貧弱に過ぎるぞ! 女のように綺麗な顔をしているが、力も女並かぁ!?」
……それにしても戦闘中だというのに、よくしゃべる男である。余裕の現れだろうか。ソロンなどは必死に無言で戦っているというのに。
不利を悟ったソロンは力を抜いて跳び下がった。同時に宙空から火球を飛ばして、敵を狙い撃つ。
「ちぃ!」
いきなり刀を引いたせいで、レムズは体勢をわずかに崩したようだった。それでも、落ち着いて火球を振り払ってきた。
ともかく、相手との距離は取れた。そのままの勢いで、ソロンは後ろを向いて駆け出した。
「敵に背を向けるとは、それでも騎士か!?」
レムズが何か叫んでいたが気にせず無視する。ソロンは騎士ではないので、知ったことではない。
そして相手から円を描くように走りながら、火球を連射した。一発、二発、三発――と刀を振り回す。次々とレムズに向かって火球が襲いかかる。
「貴様、卑怯だぞ!? 逃げながら戦うなど騎士にあるまじき行為だ!」
レムズは怒り狂いながら白刃を振るって、火球を払う。激してはいても剣に乱れはなく、つけ入る隙がない。
「逃げるな貴様! 閃空光弾!」
仕返しとばかりに光球を放ってきたが、走り回るソロンには当たらない。しかもわざわざ叫びながら技を放ってくるため、攻撃が読みやすかった。
壁に当たった光球は閃光と共に弾け飛んだ。
「ぐっ……!」
と、光球を放った当人がまぶしそうにしていた。ソロンにとっては背中側の出来事なので、どうということはなかったが……。
騎士は光球での攻撃を諦めて、ソロンに迫ろうとした。
……が、ソロンは城内を所狭しと駆け回る。機敏に方向を変えながら、相手に行動を読ませない。それでいて火球を放つ手を休める気はない。距離を詰めさせはしなかった。
ソロンは八発の火球を放った。いずれもレムズには通用しなかったが。
「ならば、これで!」
九発目――特大の火球を振りかぶって投げつけた。火球は相手の体ではなく、その足元手前に向かって飛んだ。
故意に狙いをそらしたのである。相手の剣が届かない絶妙な位置だった。
火球は地面に炸裂し、爆風を巻き起こした。レムズの姿は爆煙にまぎれ、ただ影となる。
「うぬ、こしゃくな!」
レムズの悪態を目印に、ソロンは煙の中へと飛び込んだ。そして、視界をふさがれたままの敵を、勢いよく蹴り飛ばした。
固い鎧の感触が足に響くが、どうにか着地する。
「ぐおっ!?」
敵の悲鳴が聞こえた。さすがにこれは効いたようだ。
とはいえ、ソロンも煙が目に入って苦しい。すぐさまそこから飛び出した。そうしながらも、刀に魔力を込めるのを忘れない。
視界が晴れると共に、相手の姿が目に入った。レムズはよろめきながら起き上がろうとしている。
ソロンは無駄口を叩かず、一気に炎をまとった刀を叩きつけた。
レムズの反応は遅れたが、それでも剣を構えて防御してくる。
刀と剣が衝突し、巻き起こる爆炎がレムズを飲み込む。
ソロンにも反動の爆風が襲いかかったが、逆らわずに体が吹き飛ぶに任せた。そのほうが衝撃を緩和できるためだ。
「これで……どうだ!」
肩で息をしながら、ソロンは立ち上がった。煙が晴れるのを待ちながら、レムズが吹き飛んだ方向を凝視する。
彼は体を焦がしながらも、なおも立ち上がろうとしていた。全身から蒸気が立ち昇っている。
「貴様……よくもこの俺をここまで追い詰めたな! もはや、生かしてはおけん!」
延々と殺し合いをしている相手に、今更生かしておくもなにもない。とはいえ、レムズの形相は凄まじく、鋭い殺気が伝わってきた。
「――最終奥義、白光真王牙」
舌を噛みそうな技名と共に、レムズは剣を上段に構えた。
わざわざ技名を叫ぶのも騎士道の一環だろうか。昔の戦には強者が名乗りを上げる習慣があったらしい。もっとも、技名を叫ぶ習慣なぞは聞いたこともない。
レムズの手元で白光の剣が激しく輝く。同時に魔力が集まっていくのが見て取れた。
その輝きはどこか帝都で手にした剣に似ていた。神獣にとどめを刺したあのアルヴィオスの剣だ。しかしながら、今はそんなことを気にしている余裕はない。
ソロンも負けじと紅蓮の刀を下段に構えた。刀が赤く輝きながら熱を帯びていく。対抗して何か技名を叫ぼうか悩んだが、思いつかなかったので諦めた。
この一撃で決着がつく。
激しい力のぶつかり合いだ。勝利がどちらに転ぶんでも、ソロンも無事では済むまい。それでも、ソロンは刀を振るって立ち向かおうと決心した。
ところが――
「ぐ、おおお……。卑劣……な……!」
レムズは怒りのうめき声を上げながら、その場に崩折れた。
彼の背中側――その向こうにいたのはアルヴァだった。杖をこちら側に向けて、疲れた様子で息をしている。
イドリスの兵達が二人の戦いに割り込めない中で、彼女だけが空気を読まなかったらしい。
その横にはグラットとミスティンの姿もあった。三人でここまでやって来たのだろう。