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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
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白光対紅蓮

 銀よりもまばゆい白金(しろがね)の剣。

 レムズはソロンに向かって、まっすぐにその剣先を向けてくる。その様からは、ただならぬ自信と実力が(うかが)えた。

 この男は態度が大きいだけではない。それはソロンにも直感できた。


「もう決着はついてるよ。降伏したほうがいいと思うけど」


 ソロンは一応の降伏勧告を試みた。

 事実、城内にいた敵兵は既に多くが床に伏していた。降伏する者こそいないようだが、決着は目に見えていた。敵にとっては絶望的な状況であったろう。


「愚か者め! 降伏など騎士たる者の取るべき道ではない。問答無用! 剣を構えるがよい、ソロニウスよ!」


 ソロンも戦いは避けられぬと見て、無言で刀を構えた。

 別に一騎討ちがしたいわけではない。けれど、レムズの気迫に押されて皆近づけないでいた。実際、不用意に近寄る者がいれば、先程のように一瞬で斬り捨てられたかもしれない。

 余計な犠牲を出さないためにも、ここは自分が戦うと決めた。残った少数のラグナイ軍の相手なら、他の兵士でも十分だろう。


 まずは牽制(けんせい)で相手の出方を確かめる。

 距離を保ったまま、ソロンは紅蓮の刀を向けた。伸ばした太刀先から、レムズめがけて火球を放つ。


 レムズは剣を「フン!」と振りかざして、火球を叩いた。たちまち火球は風に吹かれたロウソクのように消え失せた。

 恐らく剣から魔力を放って、炎の魔法を相殺(そうさい)したのだ。

 それはつまり、レムズの剣も魔力を帯びた魔剣であるということ。さらには魔剣の使い手として、彼も相応の実力を持っているという事実を示していた。


「その若さにしては悪くはない。だが、それしきの技は俺には通用せん」


 レムズは傲然(ごうぜん)と言い放った。そこにはみなぎる自信があった。

 厄介だな――と、ソロンは心の中で舌打ちした。神獣を倒してもなお、まだこれだけの使い手と戦わねばならないとは……。


「次はこちらからゆくぞ!」


 レムズは立ち位置を変えず、軽く剣を振りかぶった。


「――喰らえっ、閃空光弾!」


 叫びと共に、剣先から放たれたのは光の球だ。まばゆい光を放ちながら、ソロンに向かって飛来する。

 魔剣による相殺は、あちらだけの芸当ではない。ソロンも刀で光球を斬り裂くように、魔力で打ち消した。

 打ち消した反動が光となってソロンに押しかかる。これにはどうにか踏ん張って耐えた。


 ソロンも見たことがない魔法系統だ。

 目くらましのような姑息な技ではない。これは強力な破壊の光だ。直撃を受ければ、ただでは済まないだろう。


 とまどうソロンを狙って、レムズは二発、三発と光球を打ち込んでくる。ソロンは打ち消すよりも、走っての回避に努めた。

 どうやら、かわすだけなら難しくないようだ。

 ソロンが敵の技に慣れ始めたその時――レムズが疾風のように詰め寄ってきた。鎧を身にまとっているとは思えない動きだ。


「なっ……!?」


 ソロンは慌てて刀で斬撃を受け止めた。

 ギリギリと(つば)()り合う金属音が鳴り響く。レムズの顔をはっきりと確認できる程に接近している。鋭い目がソロンと真っ向から向き合った。

 刀に魔力を込めるが、敵もすぐさま反応し、打ち消しの魔力を込めてくる。こうなればもはや力押しだ。刀と剣の戦いになる。


 ソロンも負けじと押し返すが、敵の力は強い。

 実のところ、ソロンは腕力にそれほどの自信がない。押されているのが否応(いやおう)にも分かった。


「フハハハハ……! どうした、貧弱に過ぎるぞ! 女のように綺麗な顔をしているが、力も女並かぁ!?」


 ……それにしても戦闘中だというのに、よくしゃべる男である。余裕の現れだろうか。ソロンなどは必死に無言で戦っているというのに。

 不利を悟ったソロンは力を抜いて跳び下がった。同時に宙空から火球を飛ばして、敵を狙い撃つ。


「ちぃ!」


 いきなり刀を引いたせいで、レムズは体勢をわずかに崩したようだった。それでも、落ち着いて火球を振り払ってきた。

 ともかく、相手との距離は取れた。そのままの勢いで、ソロンは後ろを向いて駆け出した。


「敵に背を向けるとは、それでも騎士か!?」


 レムズが何か叫んでいたが気にせず無視する。ソロンは騎士ではないので、知ったことではない。

 そして相手から円を描くように走りながら、火球を連射した。一発、二発、三発――と刀を振り回す。次々とレムズに向かって火球が襲いかかる。


「貴様、卑怯だぞ!? 逃げながら戦うなど騎士にあるまじき行為だ!」


 レムズは怒り狂いながら白刃を振るって、火球を払う。(げき)してはいても剣に乱れはなく、つけ入る隙がない。


「逃げるな貴様! 閃空光弾!」


 仕返しとばかりに光球を放ってきたが、走り回るソロンには当たらない。しかもわざわざ叫びながら技を放ってくるため、攻撃が読みやすかった。

 壁に当たった光球は閃光と共に弾け飛んだ。


「ぐっ……!」


 と、光球を放った当人がまぶしそうにしていた。ソロンにとっては背中側の出来事なので、どうということはなかったが……。

 騎士は光球での攻撃を諦めて、ソロンに迫ろうとした。


 ……が、ソロンは城内を所狭しと駆け回る。機敏に方向を変えながら、相手に行動を読ませない。それでいて火球を放つ手を休める気はない。距離を詰めさせはしなかった。

 ソロンは八発の火球を放った。いずれもレムズには通用しなかったが。


「ならば、これで!」


 九発目――特大の火球を振りかぶって投げつけた。火球は相手の体ではなく、その足元手前に向かって飛んだ。

 故意に狙いをそらしたのである。相手の剣が届かない絶妙な位置だった。

 火球は地面に炸裂し、爆風を巻き起こした。レムズの姿は爆煙にまぎれ、ただ影となる。


「うぬ、こしゃくな!」


 レムズの悪態を目印に、ソロンは煙の中へと飛び込んだ。そして、視界をふさがれたままの敵を、勢いよく蹴り飛ばした。

 固い鎧の感触が足に響くが、どうにか着地する。


「ぐおっ!?」


 敵の悲鳴が聞こえた。さすがにこれは効いたようだ。

 とはいえ、ソロンも煙が目に入って苦しい。すぐさまそこから飛び出した。そうしながらも、刀に魔力を込めるのを忘れない。

 視界が晴れると共に、相手の姿が目に入った。レムズはよろめきながら起き上がろうとしている。


 ソロンは無駄口を叩かず、一気に炎をまとった刀を叩きつけた。

 レムズの反応は遅れたが、それでも剣を構えて防御してくる。

 刀と剣が衝突し、巻き起こる爆炎がレムズを飲み込む。

 ソロンにも反動の爆風が襲いかかったが、逆らわずに体が吹き飛ぶに任せた。そのほうが衝撃を緩和(かんわ)できるためだ。


「これで……どうだ!」


 肩で息をしながら、ソロンは立ち上がった。煙が晴れるのを待ちながら、レムズが吹き飛んだ方向を凝視する。

 彼は体を焦がしながらも、なおも立ち上がろうとしていた。全身から蒸気が立ち昇っている。


「貴様……よくもこの俺をここまで追い詰めたな! もはや、生かしてはおけん!」


 延々と殺し合いをしている相手に、今更生かしておくもなにもない。とはいえ、レムズの形相は凄まじく、鋭い殺気が伝わってきた。


「――最終奥義、白光真王牙(びゃっこうしんおうが)


 舌を噛みそうな技名と共に、レムズは剣を上段に構えた。

 わざわざ技名を叫ぶのも騎士道の一環だろうか。昔の戦には強者(つわもの)が名乗りを上げる習慣があったらしい。もっとも、技名を叫ぶ習慣なぞは聞いたこともない。


 レムズの手元で白光(びゃっこう)の剣が激しく輝く。同時に魔力が集まっていくのが見て取れた。

 その輝きはどこか帝都で手にした剣に似ていた。神獣にとどめを刺したあのアルヴィオスの剣だ。しかしながら、今はそんなことを気にしている余裕はない。


 ソロンも負けじと紅蓮の刀を下段に構えた。刀が赤く輝きながら熱を帯びていく。対抗して何か技名を叫ぼうか悩んだが、思いつかなかったので諦めた。

 この一撃で決着がつく。

 激しい力のぶつかり合いだ。勝利がどちらに転ぶんでも、ソロンも無事では済むまい。それでも、ソロンは刀を振るって立ち向かおうと決心した。


 ところが――


「ぐ、おおお……。卑劣……な……!」


 レムズは怒りのうめき声を上げながら、その場に崩折れた。

 彼の背中側――その向こうにいたのはアルヴァだった。杖をこちら側に向けて、疲れた様子で息をしている。

 イドリスの兵達が二人の戦いに割り込めない中で、彼女だけが空気を読まなかったらしい。

 その横にはグラットとミスティンの姿もあった。三人でここまでやって来たのだろう。

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