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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
序章 雲海の帝国
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ソロンの決意

「ありがとうございます。とても参考になりました」


 セレスティンの話を聞き終えて、ソロンは丁寧に頭を下げた。

 アルヴィオス・サウザード――まさしく故郷を訪れた旅人の名である。鏡を持ち去った男であり、ソロンが足跡を追ってきた人物だ。

 そして、混沌を払う鏡――それこそがソロンの求めていた品に違いあるまい。


「なるほど、勉強になったなあ。俺も細かいとこまでは、知らなかったぜ」


 帝国人であるはずのグラットも、これには感心していた。

 一方、ミスティンは机に頭をもたれさせて、好き放題にくつろいでいた。相手が姉だけあって、何の緊張もないらしい。


「ところでソロンさんは、どうして神鏡に興味を持たれたのですか?」


 セレスティンは当然の疑問をこちらに投げかけた。

 想定内の質問であったため、ソロンは適当にごまかすことにした。このままではどんどんウソつきになっていくな――と、自責の念にかられながら……。


「僕の故郷は日当たりの悪い土地で、作物が育ちづらい環境なんです。特にここ何年かは不作が続いて、みんなひもじい思いをしていました」


 日当たりが悪いことは事実である。遥か昔は『鏡』によって日光を集め、作物を育てていたという。

 だが、その文化も『鏡』を失ったことによって、滅びてしまった。


「――そんなところに、光を放つ神鏡の噂を聞いたんです。そういう魔道具があれば、僕の故郷も救われるのにな――って」

「あなたの事情は理解しました。故郷の窮状(きゅうじょう)、お察し致します」


 深々とセレスティンは頷いた。


「――ですが、神鏡はこの国で最上の国宝です。手に入れるのは不可能かと思いますが」

「いえ、さすがに僕も、神鏡そのものを手に入れようとは考えていません。要するに似た物があればいいわけですから。ただ、そこまで古い物となると、製法を突き止めるのも難しいでしょうね」


 似たものがあればよい――というのは本心だ。ただあまり期待できるとは思えなかった。


「そうですね。魔導金属を使用しているのは確かでしょうが、それ以上のことは我々にも分かりかねますから」

「やっぱり、そうですか……。後は自分なりに探ってみます。場合によっては、鏡にこだわる必要もないかもしれませんし」


 どうやら『鏡』について得られる情報はここまでのようだ。これ以上は成果を得られそうにない。

 ソロンは適当なところで切り上げることにした。


「お力になれず申し訳ありません。古い遺跡を探せば、そういった魔道具が稀に見つかることもありますが……。ですが、現実的ではないでしょうね」

「へ~え、遺跡の宝探しか。それはそれで面白そうだな。稀だといったけど、魔道具が見つかることもあるんだよな」


 冒険者魂が燃えたのか、いつもの口調でグラットがセレスティンに聞いた。

 年齢が近いとはいえ、相手は高位の聖職者でもある。少し無礼に思えたが、セレスティンは特に気にかける様子もない。


「そうですね。有名なのは百年ほど前、ヘインズ帝の時代でしょうか。皇帝自らが私財を投じて、多くの遺跡を発掘したそうです。竜玉船の改良が急速に進んだのも、その成果によるところが多かったとか」

「皇帝直々に遺跡の発掘ですか……」


 ソロンにとっても興味深い話である。皇帝という職業にも色々な人物がいるようだ。


「それって、今の陛下もやってるのか?」


 グラットの質問に、セレスティンも頷く。


「陛下もご多分に漏れず、興味をお持ちのようです。随分と北方の防衛には憂慮(ゆうりょ)してらしたから、少しでも役立つ物が見つかれば――とお考えなのでしょう」

「随分と詳しいですね?」

「神竜教会には、伝承の研究を行う部署がありますからね。それで教会としても、皇帝陛下に協力することも珍しくないのですよ」

「そうやって、権力に(こび)を売ってるんだね」


 ミスティンは神竜教会に対して遠慮のない発言をした。


「まあ、身もフタもないけれどそうなるかしら。でも誰かが損をするわけでもないし、悪いことだとは思わないけど。私としても、陛下のお力にはなりたいと思ってるから」


 妹の発言に、セレスティンも口調を変えて応える。その落差がちょっとだけおかしい。

 ともあれ、教会も現実感覚を持って、権力と程良い距離を模索しているようだ。ソロンとしても、変に綺麗事を言われるよりは納得できた。


「もしかして、セレスティンさんは皇帝陛下にお会いしたことがあるんですか?」


 セレスティンの口振りが気になったので、ソロンは聞いてみた。


「ええ、神竜教会では戦時の治療も担っていますから。先日は教会を代表して、私が北方へ同行いたしました。その時には、少しだけお話しもさせていただきましたよ」

「へえ、皇帝陛下ってどういう方なんでしょう? 僕と同じぐらいの年頃だと聞きましたけど」


 皇帝と面識があるとは、さすがは司祭である。既にソロンの用事は済んだものの、興味本位で尋ねてみた。


「確かにあなたと同じぐらいの年頃でしたね。若くてお美しい方でした。それにとても聡明(そうめい)であられます。決断力があって、それから魔法もお達者でしたね」


 優れた人物ということらしい。……が、通り一遍の褒め言葉のようにも思えて、今ひとつよく分からない。

 なんせ、セレスティンは司祭だ。それほどの立場の者が、迂闊(うかつ)に皇帝の悪口など言えるはずもない。

 しかし、その中でも魔法が得意というのは気になった。


「魔法が得意というのは意外ですね」

「何でも皇学院では主席でいらしたそうですから。特に魔法の実習では、他の学友の追随を許さなかったとか」


 皇学院というのは、帝都の教育機関を指すようだ。ソロンの故郷にあった学校よりも、教育内容が充実しているのは想像に難くない。

 少なくとも故郷には、魔法の実習なんてものは存在しなかった。

 ともかく女帝が興味深い人物でなのは確かなようだ。


 司祭の仕事も暇ではないだろうし、あまり長居するのも悪い。

 ミスティンがひとしきり近況報告を終えたところで、立ち去ることにした。


「今日はありがとうございました」


 ソロンが改めて礼を述べれば、セレスティンも頭を下げる。


「いいえ、妹がお世話になっているようですし、当然のことです。それからミスティン。レスレダにも顔を出しなさいよ。父さんと母さんが心配しているから」


 レスレダとは彼女達の故郷の町。帝都の西に位置しており、父が司教を務めているそうだ。

 司教といえば、まぎれもなく教会の有力者である。元々の身分も下級ながら貴族に該当するとか。


 セレスティンもその有力者の娘として、将来を嘱望(しょくぼう)されているのだろう。

 今は帝都で研鑽(けんさん)の身だが、いずれ故郷に戻って父の跡を継ぐのかもしれない。


「うん、その内にね」


 明らかに気のない答えを返すミスティン。それもそのはず、ここで素直に話を聞くようなら、そもそも家出娘などにはならない。


「全く……」

 と、セレスティンは溜息をついて。

「――二人には一応、あなたが元気だと連絡はしておくから。くれぐれも無茶はしないように。どうか、妹のことをよろしくお願いします」


 最後の言葉は、ソロンとグラットに向けられたものだった。先日の竜玉船で既に結構な無茶をしているのだが、それについては黙っておいた。


 *


 大聖堂からの帰り道。


「すげえ、美人だったな。お前も姉ちゃんみたいに育てよ」


 などとグラットは軽口を叩いている。


「無理。私はお姉ちゃんみたいになれないし。あんな風にいつでも誰にでも、別け隔てなくニコニコできないから」


 ミスティンにしては珍しく、不機嫌に返す。

 姉のことは誇りに思っているが、それだけに比較されて嫌な思いをした経験もあったのだろう。

 故郷に出来のよい兄を持つソロンとしても、気持ちは分からなくもない。

 そこは冗談でもあまりつつかないほうがよさそうだ――と、さすがにグラットも察したようだ。


「まあ気を悪くすんなよ。お前の気持ちはよく分かるぜ。嫌なもんは嫌だって言いたくなることもあるわな。人間だもの」

「うん、だから教会勤めは辞めた。お姉ちゃんみたいにはなれないし、ならない」


 ミスティンは淡々と語ったが、その意志は固そうだった。


「そうだね。無理しないでよいと思う。それにミスティンだって、お姉さんに負けないぐらいには綺麗だと思うけどね」


 ソロンがわざと軽い調子を作って褒めてみる。

 もちろん、ミスティンが言ったのは容姿のことだけではなく、その他の振る舞いを含めての話だろう。そこは承知の上だ。


「生意気」


 ミスティンに軽く頭をこづかれた。

 それでも表情が少しゆるんだところを見ると、気分を害してはなさそうだ。照れ隠しだったのかもしれない。


 こうして、仲間と過ごす一時(ひととき)は、悪くないものだった。

 けれど、それももう終わりかもしれない。

 ソロンは既に決意していた。

 ネブラシア城へ忍び込んで神鏡を手に入れるのだ――と。

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