表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
109/441

ソロンの帰還

 砂漠へと引き返したソロン達は、行きと反対の道をひたすらに進んだ。ただしドンタイア村には戻らず、そのまま王都イドリスを目指したのだ。

 イドリスの近くで見つけた陣地には、留守の兵士がわずかに残っていた。兵士達から既にサンドロスが決戦に出たと聞き、ソロンは急いで駆けつけたのだった。


「母さん達は助けたよ」

「そうか、よくやったな……」


 それだけ手短に話し終え、ソロンはサンドロスの前へと走り出た。神獣の前方に立ちふさがり、紅蓮の刀を構えた。


「はっ!」


 気合を一息入れて、火球を連射する。アルヴァもその後ろから支援の雷撃を放つ。

 神獣の顔が炎上すると共に、稲妻の光が甲殻を貫いた。

 ささやかな傷を神獣の表面に刻みつければ、その動きがわずかに停滞する。神獣はわずらわしいとでもいうように、羽を振るいながら後退した。

 ソロン達の攻撃の効果はそれだけだった。この程度では、とても決め手になりはしない。

 しかし、それで構わない。グラットがその隙にサンドロスを運び去ったのだ。


「大丈夫、ソロンのお兄さん?」


 ミスティンがサンドロスの元へ走り寄った。彼女が手に持つ聖神石が輝き出し、回復の光を放つ。


「ああ、すまん……。大丈夫だ。骨は折れていないと思うが……」


 サンドロスは苦痛をにじませながらも、(おもて)を上げた。

 なおも神獣は動き出す。数多(あまた)ある足がカシャカシャとうごめいている。

 ソロンは危険と見て、いったん敵のそばを離れた。

 兵士達も神獣を囲んで、矢と魔法の攻撃を休めない。


「ソロン、どう思いますか?」


 ソロンの背中にアルヴァが声をかけてきた。


「帝都で戦ったヤツよりは弱いかな」

「同感です。帝都の神獣は宙に浮いていました。それに、力はもっと強大だったように思います」


 サソリのような姿をした神獣……。

 かつては太刀打ちしようもなかった相手だが、既に神鏡がその障壁をはがし取っている。

 前回の戦いで力を消耗したせいか、そもそもの力差があるのか。ともかく、帝都で遭遇した神獣よりは(くみ)しやすいように思えた。


 ……とはいえ、辺りには兵士達の死体が転がっている。神獣が絶大な力を持っていることは疑いようがなかった。

 上界で決め手となったアルヴィオスの剣は、今ソロンの手元にはない。今の紅蓮の刀だけでは、神獣と戦うには心もとない。

 そして、帝都にいた帝国軍と比較すれば、ここにいるイドリス軍の戦力はずっと劣る。それも認めざるを得なかった。


 アルヴァは距離を取りながらも魔力を溜めていたらしい。先程よりも大きな雷撃を神獣へと放った。雷撃は神獣にぶつかり、激しい光と轟音(ごうおん)を放った。

 一撃で猛獣すら(ほふ)るような強力な魔法である。

 神獣の体が帯電し、その口の奥から響くようなうめき声が漏れ出した。確実に損傷は与えているはずだ。けれど、神獣はすぐに動きを再開した。


 アルヴァはそれにも表情を変えず、冷然としていた。かつて、帝都の神獣に立ち向かった彼女にとっては、想定の範囲内だったのだろう。


「雷鳥の魔法を使います。時間を稼いでください」


 アルヴァが持てる最強の魔法――彼女はそれを放つ覚悟を決めたようだ。


「分かった! こっちは任せて!」


 ソロンもすぐに承諾を返す。

 アルヴァは弓のように杖を構えて、精神を集中し始めた。まだ魔力を集める準備段階だというのに、その凄まじさがソロンにも伝わってくる。


 この魔法は強力だ。これならば神獣にとっても脅威となるはずだ。

 けれど、そのためにはソロン達が戦線を維持しなくてはならない。

 ソロンがしかけようとした刹那、神獣は赤い石を口から吐き出した。


「気をつけろ……! そいつは魔物に変化するぞ!」


 後方からサンドロスが警告を発した。

 周囲に転がっている甲虫の死骸。恐らくこれと同じ魔物が現れるのだろう。

 たちまち赤い煙が起こり、予想した通りの甲虫が姿を見せた。うじゃうじゃと大量に湧き出してくる。


 とはいえ、魔物を吐き出すのは上界の神獣もとった行動だ。ソロンもその程度で慌てはしない。

 間髪(かんはつ)入れず、ソロンは出現したばかりの甲虫へと接近する。


「燃えろ!」


 ソロンは紅蓮の刀を大きく横に振るった。扇のように炎が広がり、五体の甲虫がまとめて焼き払われる。

 甲虫は炎を上げながら、後ろに吹っ飛んだ。

 相手は密集しているため、周りの甲虫を巻き込みながら炎上を広げていく。甲殻を焼け焦がした虫はあっさりと地に伏していった。


「おし、俺もやるぜ!」


 サンドロスを運び終えたグラットも参戦する。

 槍を振るって虫を叩けば、グチャリと音が鳴って甲殻が潰れた。超重の槍は重力の操作によって、見た目以上の質量を瞬間的に発揮するのだ。

 兵士達も慣れてきたようで、群がる甲虫をどんどんと叩き潰していく。


 その間もアルヴァは、一言も声を発さず精神を集中させていた。雑魚(ざこ)には目をやらず、ひたむきに神獣だけを見据えて魔力を溜める。


 甲虫を大量に蹴散らしたところで、また神獣が動き出した。

 兵士達は恐怖を振りきり、神獣に挑む。

 みな正面からの無謀な戦いを避け、側面から槍を振って足を切り取った。それから速やかに下がって距離を取る。交替しながら、神獣に一撃を加えていく。


 神獣は六枚の羽を振るって、群がる兵士達を吹き飛ばす。吹き飛んだ兵士に、しっぽで追い打ちをかけてとどめを刺した。

 それでも少々の犠牲は覚悟とばかり、兵士達は熾烈(しれつ)な戦いを挑み続けた。

 一度は敵に奪われた故郷の町。ここで引いては後がなかった。


「さすがにあいつに近づく度胸はねえな……」


 神獣に接近したグラットは、かなり及び腰だったが……。それでも、超重の槍を構える。


「――喰らえっ! 俺様の必殺魔法!」


 グラットは両手に握った槍を輝かせ、大地へ突き立てた。衝撃が大地をえぐり取り、土を神獣の背中へと送り込んだ。

 ……というか魔法かどうかは怪しい。単に地面を叩いて土をぶっかけただけである。

 しかしながら、背中にある第三の眼にかかった土が、神獣の気に障ったらしい。尾を背中に動かして、掃くような動作をした。

 かなりセコい技だが意外と効果がありそうだ。


「私も!」


 サンドロスの治療を手短に終えて、ミスティンも弓を取った。

 流れるような動作で、風の魔力が込められた矢が放たれる。

 矢は正確に神獣の顔面へと突き刺さった。

 その衝撃は通常の矢を遥かに凌駕(りょうが)し、神獣の巨体すらもよろめかせる。彼女は躊躇(ちゅうちょ)せず、次々と風の矢を放ち続けた。


「いい感じだよ、ミスティン!」


 仲間達に続けと、ソロンは紅蓮の刀に魔力を溜めた。

 ギリギリの距離を保ちながら、神獣へと接近。

 突き出した刀から、羽に向けて強力な炎を放出する。魔道士達もそれに続いて、炎の魔法を放ってくれた。


「坊っちゃん、援護します!」


 と、ナイゼルが風の魔法で炎を煽り立ててくれた。

 神獣もこれには耐えかねたのか、しっぽを振るってソロンを叩きつけようとした。しかし距離は遠く、避けるのはたやすい。ソロンの足元にあった路面が、激しく叩かれて噴煙を上げる。

 ついに神獣の羽の一枚が焼け落ちた。


「やるじゃないか」


 ソロン達が戦っている間に、サンドロスは立ち上がった。消耗はしているようだが、まだ戦えるようだ。


「兄さん、無理しないで!」

「分かってる。遠くからこいつに頼らせてもらうさ」


 そう言うなり、サンドロスは金剛の大刀を振り下ろした。地割れが神獣の足元へと伸び、数本の足を吹き飛ばした。

 足は無数と見えるほどにたくさんあるが、それでも効いていないはずはない。神獣が苦しむ様子は雄叫びとなって、こちらにも伝わってくる。

 あの神獣ですら、これだけの猛攻を受けては思うように動けないのだ。


「離れてください!」


 アルヴァがいつにもない大きな声で叫んだ。大魔法の準備を終えたのだ。

 ソロンもサンドロスも、それぞれが散開して神獣から距離を取った。ただし、離れながらも魔法を放って、神獣の動きを妨害することを忘れない。


 兵士達もそれに続いて離れていく。

 アルヴァと神獣の間に、海が割れたような空白が生まれた。

 神獣の大きな目がアルヴァを見据えた。

 アルヴァも弓矢のように杖を構えたまま、神獣をにらみ返す。その杖先から、まばゆい雷光が翼のように広がっていた。


 神獣も彼女に対して、何かしかけようとしたのかもしれない。

 だが、それを知る前に――巨大な稲妻が杖先から放たれた。

 雷の魔法とはいっても、通常は自然現象の落雷に破壊力は遠く及ばない。だが、目の前を飛ぶ稲妻は、まさにその落雷に匹敵する凄まじさを誇っていた。

 直視するのも厳しい太陽のような激しい光だ。耳をつんざくような轟音。立っているのも辛い衝撃が体にかかる。


 直撃を喰らった神獣が絶叫を上げた。

 光の中に姿を隠してはいても、苦悶(くもん)の中でのたうち回る様子が見て取れる。


「ソロン!」

「うん!」


 サンドロスの声にソロンは頷いた。長年の兄弟だ。何を言わんとしているのかは、それだけで伝わった。

 やがて、激しい光も収まっていく。その中から神獣の姿が見えた。

 殻は大きく破壊され、肉は焼き焦げている。もはや、生命を失っていて当然の状態だった。

 それでも神獣はかすかな動きを見せた。なぜあのような状態で動けるのか、全く不思議という他にない。


 アルヴァは雷鳥を放った反動で、仰向けに倒れていた。

 そして、神獣は黒い煙が立ち昇る体を動かし、アルヴァをにらんだ。魔法を放った憎い敵を仕留めようとするかのように。

 彼女は頭を起こして神獣のほうを見る。

 自らをにらむ神獣を見ても、表情にはどこか余裕があった。不敵な笑みすら浮かべたように見えた。


 ソロンとサンドロスは一斉に動いた。

 同時に息の合った動きで神獣へと襲いかかる。狙いは背中に乗った大きな眼だ。

 魔力が十分に乗った紅蓮の刀と金剛の大刀――二つの武器が振り下ろされた。先程の間に魔力を集中し、攻撃をしかける準備をしていたのだ。


 動きの鈍った神獣に避ける(すべ)はない。

 爆炎と――空間をゆるがす振動と……。二つの衝撃が巻き起こった。

 サンドロスはソロンをかばうように衝撃から身を守った。だがたちまちに、二人そろって吹き飛ばされた。


「無茶しやがって」


 ――が、吹き飛んだソロンの体はグラットが受け止めてくれた。


 次に目に入った時には、神獣は頭から背中にかけて大きくえぐれていた。

 それから、瘴気が霧散するかのように神獣は静かに消えていった。残っていた甲虫も同じように姿を消した。

 帝都の神獣と同じような消滅の仕方。登場も異質なら、退場も異質だった。神獣は最初から、この世のものではないかのように……。


「……仇は討ったよ」


 ともかく、ソロン達は勝利したのだ。

 父を初めとした多くの命を奪った神獣との戦いに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ