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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
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王都解放戦

 イドリス城の一室。

 かつては王の執務室として使われていた部屋である。今、その主として振る舞っているのは、ラグナイ王国の若き騎士だった。


「散々にやられたようだな。サンドロスという男……なかなか気骨があるようだ」


 椅子に座って頬杖を突いた騎士――レムズは、目の前に立つ男から報告を受け取っていた。

 相手の男は父親ほどの歳の男であるが、それにも関わらず尊大に振舞っていた。


「はい、厄介な男であります。あやつのせいで、我々もテネドラより西へは進出できないでいました。それどころか、まさか野戦で敗北しようとは……」


 報告をしている男の名はベクセン。

 ザウラスト教団の司教として、ラグナイ王国でもそれ相応の地位を占めていた。だが、第三王子たるレムズに対しては、下手に出なければならなかった。


「今の兵力で勝てるか?」

「残念ながら苦しいというのが正直なところです。……ですが、心配召されるな。わが手元にはカオスの結晶が一つあります。それをもって神獣を呼び起こせば、イドリス軍などひとたまりもありますまい」


 司教の説明を、レムズは「フン」と鼻で笑った。


「貴様らの汚い魔法は気にくわんが、やるだけやってみるがいい。俺も客員という身ではあるが、城の留守ぐらいは預かってやろう」


 レムズは視察として駐留している身に過ぎない。王国内での地位はベクセンを上回るとはいえ、その方針に口を出す気はなかった。


「仰せのままに」


 * * *


 ドンタイア村に戻ったサンドロスは、軍の再編成に取りかかった。

 テネドラの町より送られてくる新兵によって、死傷者の穴埋めを図ったのである。

 大勝の吉報はもちろん町にも伝わっており、お陰で志願者も急増していた。難なく先の戦闘での穴埋めを果たせる見込みだった。


 その間、偵察の兵を送ってみたものの、ラグナイ軍に動きはなかった。

 会戦の結果、敵は情勢を不利と悟ったのだろうか。予想した通り、王都イドリスに籠城(ろうじょう)する構えを見せていた。

 ラグナイの本国には、まだ何千という兵がいるという。何より厄介なのは、ザウラスト教団の操る魔物達だ。

 一ヶ月、二ヶ月と長引けば、敵の援軍によって情勢が悪くなるのは火を見るより明らかだった。


 ゆえにこのまま勢いに乗って、王都を奪還しなければならない。敵が動かなければ、こちらからしかけるしかないのだ。

 サンドロスは再度の出征を決意した。

 またも二千の軍勢を引き連れて、王都イドリスを目指したのである。


 *


 イドリス軍は先の戦場となったドノン盆地を進んでいく。

 ドノン盆地には、いまだ先の戦闘での死者が放置されていた。味方の死者については走竜を含めて回収し、(ほうむ)ってある。だがさすがに、敵兵を葬る余裕まではなかった。

 そこには屍肉を漁る魔物の数々が群がっていた。

 その中でひときわ目立つのは、やはりグリガントの死骸である。あれだけの巨体であったにも関わらず、既に相当の部分が野生の摂理によって解体されていた。


 いずれにせよ、どこにこれだけの魔物がいたのか――と言いたくなるようなおぞましい光景であった。

 屍肉に群がる魔物を遠くに避けて、イドリス軍はドノン盆地を過ぎていく。途中、寄ってくる魔物もいるにはいたが、これだけの軍隊である。追い払うのはたやすかった。


 そうして、サンドロスの軍は王都の外壁が見える距離まで近づいた。

 だが、すぐさま攻め込むわけではない。敵もそれ相応の備えはしている以上、拙速は避けねばならなかった。

 まずは陣地を構築し、長すぎない程度に持久戦を挑む覚悟をする。


 陣地に定めたのは、イドリスから少し離れた丘の上。ここからならば、王都で起こる動きを常時監視もできる。

 サンドロスとしては、イドリスの町中での戦いは避けたい。

 何といってもイドリスは我らが王都であり、故郷なのだ。なるべくなら敵との戦いは野戦で済ませてしまい、町や城での戦いは最小限で抑えたかった。


 ひょっとしたら陣地の構築を妨害するため、敵が打って出るかもしれない。それで返り討ちにできれば好都合だ。

 ……が、そんな期待が叶う気配はなかった。

 やはり、イドリスへの進攻は避けられない。陣地の構築が終わる頃には、サンドロスもそう決断していた。


 *


 サンドロスは部隊をイドリスの南門に向かわせた。

 まずは門の破壊を試みる。破城槌(はじょうつい)を用意して、兵を門へと殺到させたのだ。

 だが、敵が激しく矢を射かけて来たために、あえなく撤退の()き目にあった。


 門に隣接する壁の上には、防衛用の弩弓(どきゅう)が備えつけられていた。

 弩弓とは機構式の弓である。連射には向かないものの、射程や威力に優れた矢を放つことができるのだ。

 味方である時は心強かった兵器が、今は敵として牙をむく。城塞はそのようにして、攻め手にとって極めて不利な構造になっていた。


 ならば――と、サンドロスは次の指令を出す。上に構える敵兵を、射程外から魔法で攻撃するように命令したのだ。

 結果、何人かは撃退に成功したものの、次々と敵兵が補充されたためうまくいかなかった。そもそも矢の犠牲にならない安全圏から魔法を放っても、命中が極めて悪かった。

 兵には慎重に攻めて、大きな被害を出さないように伝えてある。サンドロスは自らの拠点であるだけに、その強固な構造を熟知していたのだ。


 そうして、消極的な攻めが数日続いた。サンドロスはいまだにイドリスの南門を破れなかった。


「なんという強固な防御だ……。さすが、わがイドリスの門だな」


 サンドロスは苦悩の表情を見せ、それから頭を抱え込んだ。その様子はどこか大袈裟な印象もあった。


「ええ、なんといっても我らが王都ですからね。ただの門とは一味違います」


 ナイゼルは平静に言った。それから小声になって、


「――ところで……いつまで続けるのですか? これ以上は敵の本国から増援が来るかもしれません」

「そうだな。俺としても、もう終わりにしてもよいと思っている」


 サンドロスの表情が一変し、真顔になった。


「私も賛同します」

「では、お遊びはこの辺にするか。明日、決行するとしよう」

「準備はできております」


 ナイゼルが頷いた。

 ここから始まる戦いこそが、本当の決戦だった。


 *


 時刻は早朝――太陽が登り始める少し前に、作戦は決行された。

 夜襲も検討したが、あえて取らなかった。

 王都には今だ多くの住民が暮らしている。相手の区別が難しい夜間の戦闘では、誤って住民を犠牲にする確率が高かった。また、ラグナイ軍が夜間の明かりとして、町に火を放つ可能性も考えられた。

 作戦は暗い時刻から進行したい。しかし、戦いは明るい中で行いたい。そうしてこの時刻が選ばれたのだ。


 サンドロスは全ての兵を引き連れて陣地を出た。目指す先はイドリスの南門である。

 南門の前に集まった全軍は、門を囲むように扇型の布陣を張った。まだ弓や魔法の射程に入らないよう、距離を取ることは徹底してある。


 集まったのは二千に迫る大軍である。……少なくとも、イドリス人の感覚では破格の大軍だ。

 まだ暗い早朝とはいえ、ラグナイ軍が気づかぬはずはない。当然、内部で兵を集めていると予想できた。

 扇型の布陣が大々的に作られる陰で、別働隊が動いていた。それもサンドロスが自ら率いる数百の勇士達だ。


 もちろん、サンドロスの姿が本軍になければ、敵も警戒するだろう。そこは鎧兜を着せた影武者を残しておいた。

 静かに道を外れた別働隊は、闇にまぎれて西へと回り込む。やがて、王都を囲む外壁の西側にとたどり着いた。

 当然、そちらの方角に門はない。ただ壁があるばかりだった。

 ところが、サンドロスは壁をにらみながら、


「ここだな……」


 と、目星をつけた。

 そうして、しばし待つこと数分。

 南側から激しい炎が上がった。魔道士達が、かつてない激しさで王都の南門を攻撃したのである。ナイゼルが巻き起こす大風に乗せて、魔道士達が猛烈な魔法を浴びせているはずだ。


 それを合図にサンドロスも動いた。

 金剛の大刀を手に、彼は勇ましく石壁に向かって突撃した。一見すると、愚かな蛮勇にしか見えない行為である。壁を登る手段があるのか、抜け道でもあるのか……。

 何をするのかと思いきや、サンドロスは石壁へと大刀を振り下ろした。大刀が輝きを放つと共に、外壁の一部を吹き飛ばした。


 実のところ、この部分の壁は(もろ)くなっていた。

 ……ただし、こういった事態を想定してそうなっていたわけではない。そこは古くから壁が造られていたが、費用の問題で補強が後回しになっていたのだ。


 それでも、並大抵の攻撃で破壊されるような壁ではない。それを可能としたのは、金剛の大刀が持つ土魔法の力――それにサンドロスの技量だった。

 土も岩も砂も、実態は類似した物質で構成されている。だから土魔法は岩を操ることもできる。無論、岩の破壊は土や砂の操作よりも複雑だ。

 だが、ソロン以上の修練を重ねたサンドロスはそれを成し得た。


 外壁には人が通れるほどの穴が穿(うが)たれていた。同じように破壊を繰り返して、サンドロスは何人も通れるような大穴を作り出す。

 大量の砂ぼこりが辺りに舞い散っていた。


「俺に続け!」


 サンドロス率いる別働隊は、一挙に壁の内側へとなだれ込んだ。

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