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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第三章 呪われし海
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戦竜部隊

 ナイゼルらの奮戦により、緒戦はイドリス軍の優勢に進んでいた。

 しかし、ここでナイゼルにも疲れが見えた。


「すみません。私はここが限界のようです。殿下、次をお願いします」

「よくやったぞ、ナイゼル! 後は休んでいろ」


 サンドロスは部下を褒め称え、それから次の号令を発した。


「――戦竜部隊、突撃せよ!」


 イドリス軍の前衛が割れて、後ろから二体の走竜が姿を現した。

 その雄姿に敵兵が騒然となった。グリガントのような魔物を使う彼らだが、反対に襲われる立場になるとは、思ってもいなかったのだろう。

 走竜の後ろに控えていた竜使いが、笛を吹き鳴らした。

 甲高いがそれでいて勇ましい音色である。これが竜を操る竜笛(りゅうてき)だった。音色によって、指示を伝えるように調教がなされていたのである。


 笛の音色に導かれて、走竜がラグナイ軍へと突撃を開始した。イドリスの前衛にいた兵達も、(とき)の声を上げて竜の後へと続いた。

 猛牛のように突進してくる竜を見て、敵が恐怖で騒ぎ出した。だが敵軍勢の数に比べて盆地は狭く、避けるのもままならない。ズシンズシンと重い足音と共に、走竜が迫る。

 敵が矢を射かけるが、竜の鱗は物ともしない。続いて神官が魔法を放つ。炎を受けて竜は怒りの叫び声を上げたが、なおも止まらない。竜はグリガントより速く、下り坂で勢いもあったのだ。


 ついに二体の竜は敵集団の中に突入した。

 角で貫かれる者、体当たりで吹っ飛ばされる者、大きな足で踏み潰される者、肉を喰らわれる者……。恐怖の光景がそこに顕現(けんげん)した。

 続いて殺到したイドリスの兵達も、竜に乱された敵軍を激しく攻撃した。竜に薙ぎ倒された者は、槍で確実にとどめを刺されていった。

 竜で軍勢を崩し、そこへ兵が殺到する。これがイドリスの秘蔵――戦竜部隊の戦い方だった。


「ええい、竜を止めろ! カオスの神官達よ、魔法で狙い打つのだ!」


 ラグナイ軍の指揮官が号令した。馬上にある指揮官は鎧姿ではない。ザウラスト教団の服をまとった司祭であった。

 ザウラストの神官が竜を狙って魔法を放ち出した。二体いる竜のうち、片方が集中的に攻撃される。黒いモヤのようなものが杖先から放たれ、竜の頭を覆い隠した。

 突然の闇で、混乱に陥った竜は獰猛(どうもう)な叫び声を上げた。


 文字通りの闇雲に、動きはますます乱暴さを増していく。

 周囲に人の気配がすれば、そちらに猛進して押しつぶした。デタラメに動いては、敵味方を問わずに体をぶつけるという狂気の沙汰だった。

 その見境ない凶暴さに、イドリス・ラグナイ両軍の兵士が逃げ出した。もっとも、そこはラグナイの陣中だったので、被害はそちらに集中したのであるが。


「こうなれば仕方がない――最後の一体となるが……。緑の聖獣を使え!」


 司祭が叫び、そばにいた神官が緑の石を放り投げた。石は煙となり、またもグリガントが現れた。

 グリガントは暴れ回る竜に向かって、まっすぐに向っていった。どうやら、敵として見定めたらしい。グリガントは竜よりもさらに体格の大きい魔物だった。

 グリガントは前後不覚に陥っていた竜に向けて、思い切り拳を振るった。鈍い音がして、竜の巨体が吹っ飛んだ。

 倒れた竜にラグナイ軍の攻撃が殺到した。大量の矢と魔法を浴びた竜は、ついに起き上がらなくなった。


 もう一体の竜が悲しみの咆哮(ほうこう)を上げた。離れて暴れ回っていた竜は、仇討ちとばかりにグリガントへ向かって走り出した。

 兵士を薙ぎ倒しながら、竜はグリガントへ突進した。巨体同士が衝突し、戦場に激しい振動が伝播(でんぱ)する。


 ズシンと倒れたグリガントに、竜は覆いかぶさる。腕を噛みちぎれば、グリガントから世にもおぞましい悲鳴が上がる。肉はえぐり取られ、赤黒い瘴気が大量に噴き出す。

 瘴気に当てられて竜がひるんだ。

 怒り狂ったグリガントは倒れたままに、長い腕を振り回した。強烈な一撃を受けて、竜が弾き飛ばされる。重い音を立てて、他のラグナイ兵を巻き込みながら倒れた。


 イドリス軍の兵が、竜を支援するために殺到した。

 転んだままのグリガントに、矢と魔法を次々と浴びせかける。竜と兵士の総攻撃を浴びた緑の聖獣は、さすがに立ち上がることもできず(しかばね)をさらすこととなった。

 一方、竜は血を流しながらも、力強い生命力で起き上がった。しかし、敵軍はグリガントの仕返しとばかり、竜を執拗(しつよう)に狙い撃った。


 さすがにイドリスの戦竜部隊も不利を悟らざるを得なかった。

 たちまち竜笛が鳴り、退却の命令が出された。傷ついた竜は戦竜部隊の保護を得て、どうにか陣地へと引き返した。

 その隙に、ラグナイ軍も態勢を立て直したようだった。


「竜は退けた! まだこちらの兵力は十分に残っている! 前進し圧倒せよ!」


 なおも勇ましく、指揮を執る司祭は叫んだ。

 竜の死骸を乗り越えて、ラグナイ軍がまた西進しようとした時――

 南側の山上から、猛烈な矢が降り注いできた。

 戦場の熱狂に埋もれていた兵達は、その奇襲を察知できなかった。側面から矢を受けては盾も役には立たない。やむなくその身を貫かれた。


「なんだ! 奇襲か!?」


 竜を退けたと思えば、次は奇襲。ラグナイ兵の混乱はいや増すばかりだった。

 山上に現れたのは、亜人の集団である。これぞイドリス軍が誇る亜人部隊だった。


 ラグナイ軍とて、敵の奇襲や伏兵を警戒しなかったわけではない。だが、南側は峻険(しゅんけん)な山岳地帯だった。常識ではこんな方角から攻めて来るはずはないのだ。

 しかしながら、この一帯は本来ならイドリス王国軍の拠点である。地理については、ラグナイ軍よりも(はる)かに知り尽くしていた。

 それでも、このような山岳を抜けるのは人間の常識では困難なはず。だがそれも『人間』の常識に過ぎない。熊男や狼男で構成された獣人兵は、文字通りの獣道を突き抜けてきたのだ。


「今だ! 一気に殲滅(せんめつ)しろ! 神官を狙え! 首を取った者には報酬を与える!」


 サンドロスは機を逃さなかった。ついに総攻撃の号令を下したのだ。

 何百という騎馬が敵を目がけて、ゆるやかな斜面を駆け下りていく。大地を踏み鳴らす音が戦場を覆いつくしていく。


 間髪(かんはつ)を入れず、サンドロスも自ら馬を駆って敵中に分け入った。

 馬上から大刀を振るい、数人の敵兵を切り捨てる。次に馬から飛び降りて、地面を割らんばかりに大刀を叩きつけた。

 それはまさしく大地が裂かれたのである。


 振動と共に土が激しく噴き出し、敵兵に襲いかかった。一度に何人もの敵兵がその勢いに体を切り裂かれ、あるいは吹き飛ばされた。

 これこそがサンドロスの持つ魔剣――金剛の大刀の力だった。


 サンドロスは次々と大地を裂き、同時に敵軍を引き裂いた。他の兵達も負けじと後へ続く。地裂によって吹き飛ばされた敵へと、槍兵が着実にとどめを刺していく。

 敵の要となる神官も魔法で応戦してきたが、イドリスにも魔道士はいる。休憩を終えたナイゼルを初めとした魔道士達が、迎撃して抑え込んだ。


 神官達も魔法の戦いに敗れ、あるいは飛来した矢を受けた。そうして、段々と彼らも戦場の屍となっていった。

 正面と側面から圧せられたラグナイ軍は、数の有利もむなしく瓦解(がかい)を始めた。


「引け! 引けえ!!」


 ついにはラグナイ軍も不利を悟ったらしい。辛うじて隊列を保ちながら敗走を始めたのだった。


 もっとも、サンドロスに容赦はない。

 撤退命令を下す騎乗の司令官――ザウラストの司祭へと狙いをつけ、その大刀で大地を叩いた。

 激しい振動と共に、大地が噴き上がる。それが波のように司祭へと殺到した。土の波はかすっただけであったが、馬を転がすには十分だった。

 放り出された司祭は矢の雨を受け、あっけなく(ほうむ)られた。


 こうなれば敵はどうしようもない。

 かろうじて保たれていた隊列も崩れ、ラグナイの兵達は我先にと逃げ出した。武器を捨て、あるいは仲間を見捨て、兵士達は散り散りに敗走していった。

 なおもイドリス軍は追撃の手をゆるめない。逃げる敵兵を弓や魔法で執拗(しつよう)に狙い撃った。野原はラグナイ兵の(しかばね)であふれていった。


 サンドロスが追撃を収めた時には、既に日が暮れようとする時刻になっていた。


 *


「楽勝だったな」


 追撃をやめ、天幕に引き上げたサンドロスは余裕の表情を見せた。


「ですが早くに潰走(かいそう)させたので、敵兵力はまだまだ温存されています。グリガントもあと何体いることやら……。本腰を入れるのはここからですよ」


 ナイゼルは油断ないようにと(いまし)めた。


「分かっている。いったんは村に引き返すとしよう。だが、この分だと敵はもう出てこないかもな。ちと勝ちすぎたかもしれん」


 敵軍の拠点となっている王都イドリスは、この一帯では最も頑丈な構造を誇っている。イドリス王国の首都として、かつては心強い城塞都市であったわけだ。

 しかしそれも今は敵国の掌中……。

 その町に敵軍が閉じこもったならば、攻め落とすのは困難だった。イドリスの王都へ攻め込むイドリス王国軍という、心情的にも辛い現実と戦わなければならない。


「何にせよ、敵がどう動くかは我々が決めることではありません。どのような判断をしてくるかは、偵察の報告を待ちましょう」

「うむ」

 サンドロスもそのつもりで頷いた。

「――しかし、連中は神獣を放ってこなかったな」

「ええ、やはり制約があるのでしょうね。それでも追い込まれた時には、また使用してくると想定すべきです」

「とっくに覚悟はできている。ソロンが持ってきた鏡――有効活用させてもらうとも」


 ソロンに託された神鏡は、今も軍の後方に配置してある。神獣が現れた時は、その力に頼るつもりだった。


 そうして、サンドロス率いるイドリス軍は、いったんドンタイア村へ引き返すことにした。

 会戦はイドリス軍の圧勝だったとはいえ、死者も少なくはない。連続しての戦いはさすがに強行できないため、サンドロスも攻勢を止めざるを得なかった。

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