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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
序章 雲海の帝国
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神鏡の伝説

 神竜教会――その説明をするには、まず神竜伝承について語らねばならない。


 かつて、古い世界は滅びの危機に瀕していた。世界の大半が『呪海(じゅかい)』に(おお)われ、海も陸も次々と飲み込まれていったのだ。

 この帝都がある世界は、滅びゆく旧世界から逃れるため、竜の神によって創られたのだという。

 世界の一部を切り取り、雲海ですくい上げることによって、滅びの運命から逃れたのだ。


 すなわち、この雲海の上に浮かんだ世界――上界は最後の楽園なのである。

 残された地上世界――下界は呪われた死の世界になっているといわれている。


 もっとも、その目で確かめた者はいないし、そもそも下界に行く方法が伝わっていない。

 雲海から落ちれば行けるだろうが、それも一方通行の手段だ。しかも、到着した時には見るも無残な墜落死体となっているに違いない。


 ともかく、神竜教会というのは、その竜の神を主神とする宗教なのだ。帝国最大の宗教であると同時に、正式な国教として定められていた。

 その活動は多岐に渡るが、特に重要なのは医療と子供達の初等教育だろう。

 通常は信者に寄付という形で活動費を求めているのだが、貧しい者には無料での治療や教育も(ほどこ)しているという。


 *


「へ~え、そうなんだ」


 ミスティンの話を聞き終わったソロンが、相槌を打った。

 大聖堂へ向かう途中、ソロンは雑談がてら神竜教会について尋ねてみたのだ。ミスティンはいつもの口調で、大雑把に教会のことを教えてくれた。

 ソロンは自らが故郷で得た知識と対照して、思いを巡らせる。何はともあれ、非常に興味深い伝承だった。


「そうなんだ――って、お前んち神竜教じゃないのかよ。さっすが辺境は違うなあ」


 ミスティンだけでなく、グラットも実家は神竜教会に属するようだ。もっとも、彼が大した信仰心を持っているようには見えないが……。

 ミスティンはグラットに向かって、


「別に帝国の人間なら、みんな神竜教ってわけじゃないよ。帝都から離れた地方に行けば、色んな宗教もある。神竜教は国教として優遇されてるけど、それ以外の信仰だって認められてる」


 と、聖職者の家系らしき知識でかばってくれる。

 そもそもソロンは帝国の人間ではないのだが、そのことは黙っておく。余計な疑いは招かないに限るのだ。


 やがて、大聖堂にたどり着いた。

 正式名称はネブラシア大聖堂。ここは帝都にいくつかある教会を統括する施設でもある。大聖堂などと大層に呼ばれるだけあって、ちょっとした宮殿といった印象を受けた。


 扉の上にある飾りは、神竜教会の象徴だろうか。城の紋章と同じく、竜をかたどっているようだ。

 ただし、城の紋章は横を向いた竜の全身であるのに対して、こちらは正面から見た竜の顔を模していた。

 その内装は清潔感が保たれており、白い壁には竜や聖人といった様々なレリーフが彫り込まれていた。


 さて、当のセレスティンは中の一室にいるという。

 忙しい身の上なのだろうが、身内のミスティンが面会を申し入れると、さほど待たされずに会うことができた。


「ようこそ、いらっしゃいました。妹がお世話になっております」


 セレスティンも妹と同じ美しい金髪の持ち主だ。

 しかしながら、素っ気ないところのある妹と比較して、聖職者らしいやわらかい雰囲気をまとっている。

 妹よりもいくつか年上らしく、大人の魅力と落ち着きを発揮していた。


「お姉ちゃん。この子が話を聞きたいんだって」


 単刀直入にミスティンが切り出す。ソロンとグラットが自己紹介する暇すらない。


「何の話かしら?」


 不躾(ぶしつけ)な妹の態度にも動じる様子はなく、軽い調子で返す。その表情は至って穏やかなまま。この姉妹はいつもこんな感じなのだろうか。


「えっと、僕はソロンと言います。古い伝承を調べていて、それで話が聞けないかと思って来ました」


 これについてはソロンが説明する。ミスティンに仲介を頼んだものの、あくまでこれは自分の用事だからだ。

 もっとも、ミスティンに任せていては話しぶりが簡潔すぎて、(かえ)って進まない懸念もあったが。


「そういうことでしたら、もちろん構いませんよ。伝承の保存と研究は教会の責務でもありますし、私としても興味ある分野ですから。それで、具体的に何をお聞きしたいのですか?」


 セレスティンは丁重な物腰で応じてくれた。


「お城にある神鏡について、伺いたいのですが」


 この人ならば頼りになりそうだ――とソロンは切り出す。


「混沌を払う神鏡ですか? なるほど、なかなか面白いことを調べられていますね」


 セレスティンは空色の瞳を細めて、こちらを見据えた。

 混沌を払う神鏡――その言葉は、ソロンの知る故郷の伝説に近い印象があった。


「詳しいんですか?」

「ええ多少は。それではどこからお話しましょうか?」

「最初からお願い。ソロンは田舎者だから、丁寧に教えてあげたほうがいいよ」


 ソロンが言葉を発するより前に、ミスティンが答えてくれた。少しばかり(しゃく)に障るが、ありがたいことは確かだった。


「分かりました。それでは――」


 セレスティンは語り始めた。


 今を(さかのぼ)ること八五〇年前。かつて、ネブラシアが帝国となる以前の時代の話である。

 当時は元老院と呼ばれる議会の権限が今より強く、国名もネブラシア共和国と呼ばれていた。


 共和国には、後の皇帝に相当する強大な指導者は存在しなかった。

 その代わり、元老院によって選任される執政官と呼ばれる者が、任期を得て統治に当たっていた。

 当時のネブラシアも既に多数の領土を保有する大国であり、いくつかの属国を抱えていた。


 その一つ――ゼプトという国を女王が治めていた。彼女は才知にあふれながらも、絶世の美女と呼ばれる美貌の持ち主であったという。

 だが、彼女は属国の女王という地位には満たされなかった。

 やがて、共和国と対等な王であることを主張し、ネブラシア本島の南西部を一方的に支配下へ収めたのである。


 これに共和国の指導者達は怒り狂った。

 元老院が全会一致で、女王討伐を決定したのも必然である。

 当時の共和国も現帝国ほどではないにせよ、強大な軍事力を持っていた。しょせんは小国の女王に過ぎない彼女が対抗できるはずはなかった。


 だが、女王には二つの武器があったのである。

 一つは先に挙げた絶世の美貌。その美しさで多くの人心を魅了し、数多くの地方権力者や人民を勢力下に置いたのだ。

 そしてもう一つ。彼女は強大な力を持った『杖』を所有していた。


 杖をどうやって得たのかは誰も知らない。しかし、この杖が計り知れない力を発揮したのは確かだった。

 その詳細は伝わっていないが、彼女が行使した魔法は、誰もが見たこともない奇怪で恐ろしいものだったという。

 ネブラシアの軍は乱れ、散々に蹴散らされた。精強を誇った共和国軍が、一度足りとも勝利を収められなかったのだ。


 敗北に継ぐ敗北。

 その有様は凄惨で、元老院では降伏すら検討されていた。


 そんな中に現れたのが、アルヴィオスという男である。

 彼はネブラシアが都市国家として成立した頃からある名家――サウザード家の出身だった。

 しかしながら、その素行は悪く、たびたび家を留守にして放浪する癖があった。

 そのせいで、しょせんは名家の放蕩(ほうとう)息子と周囲から(かろ)んじられていたのである。


 だが、放浪の旅に出ていたアルヴィオスがこの窮地(きゅうち)に帰って来た。そして、戦いへと志願したのである。

 決して期待されていたわけではない。それでも一応は名家の出であったため、彼は一軍の指揮を任された。


 すると、アルヴィオスはどういうわけか、女王の杖から放たれる魔法を抑えこんだ。

 そうして、彼の力によって、ネブラシア軍は勝利を収めたのである。

 それは一説によれば、彼が放浪先で得た『秘宝』の力のお陰といわれている。

 神秘の金属で作られた魔剣。叡智を授ける冠。そして、混沌を払う鏡。

 それぞれの力は不明だが、いずれも強力な力を持っていたそうだ。


 その後、混沌を払う鏡は権力の象徴として、ネブラシア城に安置されることとなった。

 鏡は太陽の光を蓄えて、夜に放出する機能を持つのだという。今は神鏡と呼ばれ、夜の帝都を照らしているのだ。


「以上が、私の知る鏡にまつわる伝承の全てです。その後、アルヴィオスは帝国の始祖として歴史に名を残すことになりますが……。鏡とは無関係ですので、割愛させていただきます」


 そうして、セレスティンは語り終えた。

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