8話
* オリー *
あのあと、僕は現場から離れた場所で座り込んでた。猫たちも僕の側でゴロゴロしてる。一人味方だった騎士が後始末をしていたらしい。他の騎士や従士の人たちは、生きてた人は居たものの、かなりの人が大怪我を負っていて、夜明けを迎える前に大勢亡くなったそうだ。全滅したわけではないけど、無事だったのはお姫様と騎士以外でわずか5名だったって。半数以上が亡くなって、残りも大怪我で自分一人では動けないような状態の人たちばかりらしい。
鼻が詰まったのかいい加減臭いにも慣れてきて(吐くものも無くなったのが大きいのかもしれない)、いい加減動かないといけないなぁ、でもだるいなぁと座りこんでいたら、いち早く立ち直って天幕に入ってたお姫様が服を着替えて少しだけ身ぎれいにしてこちらに話しかけてきた。
相変わらず何を言ってるのかわからない。ビアンコに聞くと魔法で怪我人を治療できないか頼みにきたらしい。あぁ、回復魔法? そんな物があるのなら可能なら是非やってもらわないと!
このときの僕はやらかしたことを少しでも帳消しにできたらと考えてたんだ。
「ビアンコ、僕からもお願いするよ。助けられる人は助けてもらえないかな」
白猫はなんだかめんどくさそうに僕を見上げている。
「貴方がそういうのならまぁ構いませんが、上手くいく保証はありませんよ」
「それでも構わないから頼むよ」
ビアンコは伸びをしてから歩き出した。カルネは片目を開けて相方の動きを見ていたがすぐにまた寝てしまった。
お姫様がなにか言いながら僕と猫を先導する。開けた地べたの上に直接十人くらいの人が横たえられていた。みな苦痛に喘いでいる。
「生きている人間はここに集めた限りらしいですよ」
手遅れになった人はとりあえず集めてそのままにしてあるんだろう。なにせ人手が足りなすぎる。
殴られて気絶してただけの人とか、死んだふりをしていた人、怪我も軽傷だった人など、生き延びたみなで手分けして対応していた。
とりあえず手近のうつ伏せに横たえられている人のところに案内される。背中にザックリと大きな傷が斜めに走っている。傷口は縛ってあるものの、それまでに流れた血が多くこのままでは危ないらしい。
お姫様から簡単に治療術をレクチャー(お姫様自身も治療術は下位の最低限のものしか使えないらしい)を教わったビアンコが怪我人の背中に乗ると傷口の近くに肉球を押し当てた。
「ふむ……」
薄ぼんやりとした光が灯り、傷口が塞がっていく……と思ったらなんか長い毛がたくさん生えてきた。皮膚というより毛皮になってるよこれぇ?!
「傷は治せるかもしれませんが、このままの大きさ・形の血族になりそうですね」
ダメじゃん!! どんな術だよ!! 命さえ助かれば、とは言うけど人間やめるなんて聞いてないだろうし流石にこれは……。
お姫様にもそれを話すと慌てて止めさせられた。
「練習すればサイズも調整して形状も完全な血族に出来ると思います」
いやそうじゃないから。何がダメなのかわかってないよこの子。
「ケナシザルに立派な毛皮を与えてやれるんですよ? これ以上の栄誉があるというのですか」
「疲れてるんでそういうのは要らないから」
結果はダメだった。猫化じゃなくて、きちんとした怪我の治療を練習してもらわないといけない。でもそれは、今この場で苦しんでる人たちには間に合いそうもない。
諦めて他に役に立てることを探そう。そういえば、水くみにも苦労してるみたいだし、水を出せないかな。
「魔法で綺麗な水とか出せない? 火を出してたんだからできそうじゃない?」
我ながら無責任な物言いだなぁとは思う。人任せなのにケチばかりつけてね。でも現状僕にできることなんて限られてるから、この子から何かを引き出すのが一番なんだよね。
「水ですか。雨なら降らせそうですが、制御できるかはわかりませんね」
「ごめん、無しで」
土砂降りで止まない雨なんてものになったら、野ざらしのこの人達はすぐ体温が冷え切って取り返しがつかないことになる。
「先程のようにお嬢さんから少し手ほどきしていただければもう少し抑えた魔法も使えるようになるかと思いますが」
「それを最初から言ってくれよ。じゃあ彼女に教えてもらえるようお願いしてやってみて」
なんでこんなめんどくさいやり取りをしなきゃいけないのかと。
僕の言葉を受けて、ビアンコはお姫様のところへトコトコと歩いていった。あっちのことは任せちゃおう。水さえ出してもらえればついでに僕も体を洗えるかもしれない。というか体がベトベトして本当に気持ち悪い。まだ乾く前に地面に転がって砂とかこすりつけた方がマシだったんじゃないだろうかとすら。
なんとか汚れを落とそうと手近の草とか木の枝とかに体をこすりつけてた。もちろん効果はあまりない。
じきにビアンコが戻ってきたので調子を聞いてみた。
「どうだった?」
「今から試してみますよ。どのように使ってみましょうかね……」
「お、それならシャワーみたいに出せる? 元の世界で見たことあるよね? 頭の上からザーッと体を洗えるくらいのやつを頼むよ」
ビアンコは器用に後ろ足で立つとなんか集中してるみたいだ。魔法のことはさっぱりわからないんだけど、呪文とか必要ないのかな? てなことを考えていたら、空が急に暗くなってきた。みてみると僕の頭の上にだけ雲が集まってる。なんかヤバイ! と思った瞬間には圧倒的な水量に押しつぶされ、そのまま地面に全身を叩きつけられて意識を失った。そういえば、事故やらの放送の「全身を強く打って死亡」ってのは原型留めてないような状態のことらしいね!
あとから聞いた話では結構危なかったらしい。まぁすぐに調整できるようになって水は安定して確保できるようになったとのこと。僕の体も倒れてる間に結構綺麗にしてもらえたようだった。