18話
* オリー *
反対されるとは思ってもみなかった。でも彼女の立場で考えたら、僕たちを手放したくないのもわかりきったことか。この街は随分と戦力が低下してるようだし。
なんとも言えない微妙な雰囲気の中でお茶をすする。せっかくの美味しいお茶が台無しだなぁ。
「姫様ッ、一大事にございます!!」
ノックもなしに、騎士の一人が部屋に駆け込んできた。一、二回見た覚えがある。
「何事ですか」
「フォド・ニールから狼煙が! 魔軍の襲撃だと思われます!」
返事もせずに立ち上がったマールは西側の窓に走り寄る。僕も慌てて椅子から立つとそちらへ向かった。何事かと目だけでこちらを追う猫たちと視線が一瞬合った。
確かに西の方角に遠目にもわかる煙がまっすぐに上がっている。この屋敷からでも見れるくらいにはっきりしたものが。
「色は無いですし、一本ですか。緊急のはずですね」
「はい、私はまっさきにこちらへ報告に上がりましたが、おそらく既に早馬を送っていると思います」
ここら辺もウォルズ侯爵を交えて、備えをしていたらしい。フォド・ニール襲撃の前例を踏まえてね。
「すぐに騎士団本部ヘ向かい、騎士団長殿をニール防衛の指揮官に任命、ニールに戒厳令を出します。東西の大門を閉ざすことになるでしょう」
「心得ました」
「援軍は送らニャいのかニャ!」
「オリー殿、狼煙一本は緊急事態を告げる知らせで、本当に余裕が無いときの合図なのです。これが二本、三本なら状況は違っていました。敵の規模もわからない現状、城壁に寄って防御を固めるのが最善なのです」
それだけニールの戦力は低下してるってことか。僕はこの人の名前知らないけど、あちらは知ってるのね。
「オリー、貴方にお願いできる立場に無いことはわかります。ですがどうか、私と一緒に来ていただけませんか」
面倒事に巻き込まれるのはわかってた。でもそれはこの街にいたら一緒だろうし、自分が居ないところで話が進むのが嫌だったのでついていくことにした。
「わかったニャ。ビアンコ、カルネ、行くニャ」
屋敷を出てすぐに馬に乗る。と言っても僕は騎士の後ろだった。乗馬の練習は始めたばかりでまだまだ一人で乗れる状態ではなかったから。
先日、侯爵様と街へ出たときとは全く違う。普段なら通行人を気にして馬に乗っててもゆっくりと進むところが、僕を乗せた騎士さんは殺気立っていて、通行人に道を開けるよう大声を出しながら駆け足をさせている。マールも同じくらいの速度でそれに続いてた。
中央広場の騎士団詰め所には騎士だけでなく、衛士の人たちも詰めかけてた。ヒューの姿も見える。マールが馬で乗り付けると人垣が左右に分かれた。
「姫様ご到着! 騎士団長は何処!」
「会議室にてお待ちです!」
そのまま騎士さんの先導でお姫様と一緒にホールを抜け石の階段を上がって薄暗い会議室に案内される。猫たちは抱いたままだ。
騎士団長、副団長、あとはオータル卿くらいしか覚えてないけど、主だった騎士は揃ってるようだった。
「ソヴン団長、状況はどうなっていますか」
「姫様、ご足労ありがとうございます」
「挨拶は結構です」
「狼煙が上がってからまださほど時間は経っておりませんが、狼煙以外の煙も混ざり始めているようで、フォド・ニールは火の海になっている可能性があります」
前回も火がつけられたけど、ビアンコが雨を降らせた関係で、ニールからはそれほどよく見えなかったらしい。
「フォド・ニールに早馬を出しました。到着は恐らく今日の夜半になると思われます。非番だった騎士や衛士、全員に出頭を命じました」
マールはそれに頷いて返すと、部屋中にいる騎士たちを見回してから言った。
「事前の取り決めにしたがい、ニール辺境伯ナースローの名においてグーマン・ソヴン騎士団長をニール防衛司令官に任じます」
言葉通り、事前に色々と取り決めをしていたようだ。伯爵様が居ないからこその戒厳令なのかもしれない。
「略式ですが承ります。これより我らニール騎士団、ニールと御身を守護すべく最善を尽くします。一同、尊き方に礼!」
最後の部分が、そこそこ広い部屋の隅々まで伝わるような大声だった。それに合わせて、騎士の皆さんが物静かな印象を持ってた人がここまで大きな声を出すとは。まぁそういう事態なんだろうね。
「東西の門長は大門を閉ざせ! 巡航中の閣下にお戻り頂くよう急ぎ早馬を送る。ウォルズ侯爵領へもだ。王都への知らせは、実際襲撃があってからで構わん、そちらは旧来のしきたり通りに行う。副団長、籠城に備えて糧秣の確保を頼む。私は市役所に赴き、市長と面会して戒厳令を告知する」
「オリー、籠城と言えば貴方に一つ頼まないといけないことがありません」
「なんですニャ?」
「籠城が長引いた場合、貴方の所有物となっている、水の精霊石を使って飲用水を出してもらいたいのです。代金も支払えていないのにこんな要求をして心苦しいのですが」
「そんなことですかニャ。お安い御用だニャ」
「ソヴン殿、聞いたとおりです。敵が水源に毒を投入したとしても、オリーの持つ精霊石でこの街一つ分なら問題なく水を供給出来ると思います」
「おお、それほどまでに、素晴らしい! この街は飲水が地下水頼りなのが一番の弱点なのです」
その他様々な指示を受けて、次々と騎士たちが飛び出していく。マールは騎士団長と一緒に市長のところへ行くつもりのようだ。
「いきなり戒厳令とか大丈夫ニャのかニャ?」
「オリー、これも事前に取り決めてあったことなの。お父様不在の間はね」
「オリー殿、今のニールではどれだけやってもやりすぎということはありません。戒厳令もどれだけの効果があるか正直不明です。ですが、門を閉ざし外部との出入りを禁じるにはこの街の場合そうせざるを得ないのです」
マールと騎士団長両方から言われてしまった。いや、理由があるのならいいのよ。
「僕もついていった方がいいのかニャ?」
「お客人にこういうことをお願いするのは心苦しいのです。どうか姫様を守って頂けないでしょうか。勿論先程誓って見せたように、最善を尽くすと言ったのは嘘ではありません。とはいえ、敵に一番近づくのも我々でして、そのような場所に姫様をお連れするわけには参りません。姫様に護衛を付けたいのも山々ですが、とても手が足りないのも確か。さらには、現在この街で一番頼りになるのが貴方でしょう」
マールは何も言わずにこちらを見ている。
「わかりましたニャ。任せて欲しいニャ。まぁ実際頑張ってくれるのはこの猫たちですニャ」
「私は構いませんよ」
「あいよー」
僕も守られる側ですがね。ただ、彼の言葉はようするに僕たちを先頭に立たせて戦うつもりはないということだ。そこは気に入った。
「おお、ありがたい、本当に貴方がこの街に居てくだすって良かった!」
大仰に喜んで僕の肩を両手で叩く騎士団長。その後の言葉はマールには聞こえないよう、僕の耳元で囁いた。
「最悪、この街を逃れ落ち延びることになった場合、どうか姫様をお願い致します」
彼の目を見て無言で頷いて返した。やっぱり最悪の事態も想定してるのか。どこへ逃げればいいんだろ。侯爵様のところかな? あんまり行きたくないな……。いや、伯爵様も外にいるんだし、そちらと合流すれば良いのか。まぁそれも最悪の場合よね。




