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猫二匹と始める異世界下水生活  作者: 友若宇兵
第三章
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17話

* マール *



「あらオリー、今日は何のようかしら」


「マールに相談したいことがあるニャ」


「ちょっとまって、お茶を用意させるわ」


 彼はいつもの椅子に座る。もう何度も来てるから定位置が彼にも猫たちにもできてる。


「難民たちと接することが増えてるニャ」


「それが相談したいこと? お茶はまだ来てないわよ」


「ンニャ、別のことだニャ。城壁の修復は進んでますかニャ?」


「あぁ、働いてる難民のこと? まだ始めたばかりだからなんとも言えないわ。特に報告も上がってきてないし」


 オリーがジャイオさんと話した、難民取り込み政策をお父様不在でもある程度動いてもらってる。予想通りというか兵士を志願した人はあまり居なかった。でも、住居も与えるって条件を付けたら30人くらい希望者がいたらしいです。1100人中30人ってのは実は結構多い数字だって。女性の比率が高いなかでのことだし。


 とはいえ、子供から老人まで含めての数字なので実際兵士になったのはその半分くらいとのこと。流石に年齢的に難しい人は他へ回ってもらった。自国を取り返そう、魔軍に復讐するって気概のある人はこんな前線離れた後方国家には来ないだろうってオータル卿も言ってました。


 あとは、兵士以外で城壁修復や市内のあちこちの補修で人を集めました。こちらは石工組合に委託して監督をしてもらってます。元々組合の領分らしいのでこちらで勝手にやると揉めるらしい。使う側にも知識や経験が必要だから。ついでにオリーからの要求もあったので地下水道の修復もお願いしてます。


 残りは市街の清掃とか、ゴミ集めとか、まぁ汚れ仕事よね。隙間産業なんで仕方ない部分は有ると思います。


 とりあえず、求人に応募した人を対象に安い住居を紹介した。今彼らに出来ることはこれくらいだと思う。


「言葉が通じる人はまだましなんですよね」


「ウニャ?」


「大陸共通語を解さない人もいるんですよ。しかも結構な人数が」


「ニャア……」


 大陸中央部から逃げてきた人がほとんどですが、辺境と言って差し支えのない僻地から流れてきた人も含まれていました。通訳出来る人間が誰も居ないような稀な言語の使用者がいると。言葉が通じないのはどうしようもないですよね。


「でもね、貴方なら話せると思うのですが」


「ウニャ?」


 びっくりしたような返事が。


「貴方が今私と話してるのも白猫ちゃんの魔法によるものでしょう?」


「ニャー」


 考えたこともなかったという顔をしていますね。鼻が人間のものになったので大分見やすい顔になりましたね。前はふとした拍子に吹き出しそうになるのを我慢するので大変でした。


「ニャにかやることあるかニャ?」


「いえ、今は特に。何かあったら協力してもらえます?」


「勿論だニャ」


 ちょうどナナンが部屋に入ってきました。お茶を淹れるという動作自体あまり慣れてないので、もう少し洗練が必要ですね。でも、香りの方は十分かと。


「それでニャ」


 お椀を両手で抱えたオリーがぽつりと呟きました。


「双月の園ってところに行ってみたいニャ」


 あぁ、その時が来ましたか。この相談がいつか来ると予想していました。学究都市についての話は聞いていました。魔軍支配領域にある学究都市へは行きたくても行けないということも。


「その、異界の研究をしている方はいらっしゃると思いますが、神々に関しては話に聞くマウア司教殿の方がお詳しいと思いますよ」


 これは実際そうだと思います。双月の園でも神々について研究している人が居ないことも無いそうなのですが、神殿と明確な約定を結んでいる訳では無いにも関わらず、神に関することはあちら側、魔導については此方側と線引をしているそうなのですよね。


 異界というのはその両方にまたがる分野なので、扱いが難しいらしく、双月の園での研究対象は主に神々の領域以外の場所だったはず。


「マウアさんの話だと、学究都市にいくしかニャさそうなのニャ」


 でもそれは現実的ではないと。


「まぁ行ってみないと何がわかるのかもわからないですね。」


 双月の園は多島海のとある島にあります。元々は魔導師の流刑地だったそうでして結構な僻地なのですよね。問題はここから王都まで行って船に乗って、というと片道一月はかかるのです。それも季節の風を捕まえてなので、この時期だと帰りは倍かかるはず。


 本来なら、季節的に海も安定しているはずなので、出発に一番いい時期だとは思いますが……。素直にそれを薦める事ができない自分がいるのも認めます。彼は今のニールに必要な人物です。


「とりあえず一度行って来るから、地下の管理は衛士の人たちに任せたいニャ。それで僕と猫たちだけで」


「実は前線国家に動きがありました。今朝の早馬で知らせが。侯爵様の勧めもあって、前線国家群に人を送り、情報を入手出来るように体制を構築しているところでした。それがこんなに早く役に立つとは思っていませんでしたが」


 遮るようにその言葉を伝えました。流石の彼も表情を険しくしています。私の無作法に怒ったのでは無いと思いますが。


 元々、彼の方から訪問がなかったらこちらから連絡を入れるつもりでした。お父様にも先触れを送っています。勿論侯爵様にも。


「今から五日前に、前線を支えている大国の一つ、マウロビの国境が魔軍によって破られました。マウロビと小競り合いを繰り返していたのは、魔獣を主戦力とした大軍だそうなのですが、その中でも少数の軍勢が国境の一部から侵入、そのまま国内を暴れまわったあと姿を消したそうです」


「少数ならなんとかならなかったのかニャ? 大国ならそれくらいの戦力はありそうだニャ」


「討伐に向かった部隊がいくつか全滅させられたため、未だもって敵軍の詳細は不明だそうです。普通に考えれば問題は無く対処出来るのでは無いかと思います」


 これがニールにどういう影響を与えるかは全くわかりません。


「その国とはどれくらい離れているんだニャ?」


「間に二つ国が挟まってますね。魔軍との前線までの距離では一番短いところです。一番短いと言ってもそれなりに遠方ですが」


「それなら影響は無さそうかニャ」


 そうですね。多分。


「無いとは思いますが……」


 だからそう、少し、ほんの少し引っかかってるんです。


「オリー、貴方には申し訳ないのですが、前線が落ち着くまではこの街を離れないで欲しいのです」


「そういうことニャ」


「ウォルズ侯爵家との連携も含めた防衛計画見直しも端緒についたばかりです。お父様もニールを留守にしていますし、王都の各派閥との交渉もまだまだです」


「それは僕とは関係ニャいことのはずですニャア」


「おっしゃるとおりです」


「確かに伯爵様にはお世話になってるけど、それとこれとは別だニャ」


 彼はあくまで客人として滞在してるに過ぎません。それはわかりますし、彼とその猫たちが居ない状況を想定した体制を作り上げるべきだとは思います。ですがそれの如何に難しいことか。


「ことが片付いた暁には、私が案内致しますのでどうかそれまではお願いできませんか」


 ただしそれがいつになるかはわかりません。卑怯な物言いだとは理解しています。こちらが取れる手段も限られていますので。


「ウニャア」


 彼も随分と疲れた顔をしていますね。こちらに来てからそれなりの時間が経っているはずなのですが、里心でもついたのでしょうか。


「見返り、というわけではありませんが、私と侯爵様は国外派兵で意見が一致しています。お父様は積極策は望んでおられないようですが、状況によっては打って出ざるを得ないでしょう。その場合貴方達の目的と合致すると思います」


 実を言えば、学園の線は正直望みが薄いと思います。そのことは本人には伝えていません。学園で取り扱っている題材はせいぜいが近い世界までのはずなのです。私から言って彼を失望させたくない、という我儘です。


「そういうことニャら……」


 ありがとうございます。と言って頭を下げる。そちらも予定は未定です。前線国家に繋ぎがつけば、彼をそちらに送り出すというのも悪くない手かもしれません。


 侯爵様の目的は魔軍の討伐ですが、私の目標は彼女を探すことですから。

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