16話
すいません、セットし忘れていました。申し訳ないですm(_ _)m
* オリー *
この世界でも篤志家というやつは評判が上がるらしい。僕が盗賊たちに襲われたのを返り討ちにして、その手打ち金を気前よく難民のために使った、ということがどこからか漏れ出て市井の話題になっていた。
ジャイオさんに聞いてみたら、太陽神殿以外の各神殿など、携わっている人間が多すぎて誰が話したかなどは特定出来ないらしい。そもそも『良い話し』なのだから隠す必要は無いだろうとのこと。
僕も猫も、街のどこを歩いていても挨拶をされたり声をかけられるようになった。前は顔の下半分を隠した怪しい(実際猫の鼻なので怪しさ極まってた)西方人という体だったのが、いつの間にか地下の支配者とかなんか街の顔役の一人ぽい扱いになってた。
いつの間にか市場の片隅に一抱えもある猫の石像が置かれていて、一時期そこには猫あてのお供え物が列をなしていた。当然、ビアンコ・カルネ以外の猫や野犬・鴉まで寄ってきて餌を漁るようになったので、お供え物は禁止されることになった。
猫たちへのお供え物(僕あてのもあったけど、それは毎回固辞したので徐々に無くなっていった)は、近くにいると名前を呼んだら猫がやってきて受け取っていたので、引きも切らさず長蛇の列をなしたため、これも禁じられて、今は石像だけが残っている。
とはいえ、猫たちに餌をあげること自体は人目を憚るように行われている。主に難民かお水系のお姉さんたちが多いかな。
「てなことがありましたニャ」
「昔あった猫神信仰だと、猫がたくさん住んでいる島があって司祭や信者がその世話をした、とあるんだが流石にそこまではいかなかったらしいよ。難民に随分とこの子たちが人気みたいだよね」
マウアさんが猫たちを撫でながらそういった。
「ですニャ」
あれからちょくちょく猫たちにせがまれてマウアさんを訪ねて色んな話を聞いている。世界でも屈指の神知者であるらしく、この世界の神話や伝承以外にもこの世界各地の国の成り立ちや民族などについてもいくらでも面白い話が聞けた。とはいえ、今現在の政治や軍事に関しては流石に専門外らしくて魔軍との戦争がどうなってるかとかは知らないようだ。
「正直ね、気味が悪いんだよ」
「ウニャ? いいえ、確かにまぁ気味が悪いといえばそうですがニャ」
「私も何度か足を運んでね。いや、輿を使ってるから自分じゃ歩いて無いんだけど。難民たちとその信仰のあり方をみてるとねえ、なんかいびつなんだよね」
「僕にはこちらの世界の普通の信仰のあり方ってのがわかりませんニャ」
「神様と人ってのはね。そりゃあ対等なものじゃあないさ。でもね、一方的に神様に寄りすがったりはしないんだよ。救ってくれ、苦しみを取り除いてくれ、何何してくれって人の側から要求してばっかりなんてのは間違ってるんだ」
え、そうなの? 元の世界じゃ結構そういうのもアリだったと思う。まぁ僕もろくに信仰持ってるわけじゃなかったから詳しくはないよ。でも現世利益を求める系ってそういうのの印象があるなぁ。
「あのこたちの現状はそりゃ酷いものさ。同じ住むところを奪われた身としちゃあ、力になってやりたいとは思う。でもねえ、わたしゃあんたの親でも何でも無いんだよってね」
相槌をつく。そらそうだろうね。
「あんたもいけないんだからね」
「ウニャ?」
「あんた、炊き出しのお金だけだして何も見返りを受け取ってないらしいじゃないか」
「ニャ、でもそれは」
先程の猫へのお供えものにも通じる。僕一人と猫二匹で必要なものなんてほとんど無いのだ。既に伯爵様から色々もらってるし、恩着せがましく難民からわざわざもらうようなモノは何もない。
「どこの神殿でもね、炊き出しやってご飯食べさせて終わりって訳じゃないんだよ。説法を聴かせたり、生活態度を改めさせたり、神殿に簡単な奉仕をさせたりしてるんだ。辛いことがあったとき、誰かがそっと寄り添ってくれるのはありがたいことさ。でもね、人ってのは自分の足で立ち上がらないといけないんだよ。もう一度歩き出さないといけないんだよ」
一度言葉を切ってこちらを見る。結構厳しい視線だ。悪いことをしたつもりは無いのだけど罪悪感を感じる。元の世界でもボランティアとかやったことないからよくわからないのよね。
「甘やかしてばかりだと人は駄目になるんだ。あんたのやり方はあの子らのいびつなあり様をますます歪めちまう」
それはなんとなくわかる。
「そうは言ってもあの人達からもらえるもので欲しいものがニャいですニャ」
老婆はそれを聞いてため息をついた。
「この件はジャイオも悪いね。あの子とそう取り決めをしたんだろ」
「ですニャ。ほんとは単純な施しじゃニャくて、あの人達に仕事を与えたかったのですニャ。ジャイオさんと話をした結果軍隊しかニャいかニャアって」
それを聞いてマウアさんは頭をかかえてしまった。
「ま、難しい問題なのは認めるよ。あんたが本当にこの問題に取り組むのなら辺境伯に相談してみるんだね」
いや、あくまで成り行きなので、あんまりそのつもりは無いです。
「その辺境伯はいつお戻りになるんだい?」
「領内あちこちを回らニャきゃいけニャい上に王都に参詣もするそうで、秋口にニャるそうですニャァ」
そうそう、先日の難民雇用に絡めた軍事増強の話を伯爵様にしに行ったのだけど、一足遅くて居なかったのよね。長らく出来なかった領地巡航をせにゃならんってことで、侯爵様のところから呼んだ護衛と一緒に旅に出ちゃって。まぁ旅って言ってもこの辺境伯領内の話しなので、スケジュールさえ聞けば会いに行けなくもない。王都に行くのは面倒なので、どうしても急ぎならね。
「私もねぇ、戦争は嫌いさ。でもサイネデンは取り返さないといけないからね。人任せになっちまうのは申し訳ないよ。こんな年寄に出来ることなんて猫を撫でるくらいだからねえ」
ビアンコ、カルネを二匹同時に撫でてる。熟練の業なのか二匹とも随分と気持ち良さそうだ。
「よし、俺が取り戻してきてやるよ! 街一つくらい余裕だろ」
カルネがそんなことを言う。こいつにしては珍しい。それだけマウアさんを気に入ったのだろう。
「はぁ、このお調子者は。お前一人でそんなことが出来るわけ無いでしょう」
「こないだやったネズミ頭やらデカブツだろ? 余裕だって」
「だからお調子者だというのです。まぁお前だけでなく私も合力すれば大した障害とはならないかもしれません」
「二匹ともやる気ニャ!」
「ひひひ。ありがたいね。でもあんたたちが無理をする必要は無いよ。これは我々の問題だからね」
「ニャー、それは僕の目的にも一致することですニャ。現状だと学究都市を取り返すか、魔導師の学院に行くかの二択しかニャいのですニャ」
「そりゃあ力を貸してもらいたいよ。でもね。敵地の真っ只中にある都市だけを取り戻せるものじゃあない。戦争には戦争の作法ってものがあるだろう。わたしゃ専門ではないがね」
そう、そこが難しい。僕と猫たちだけヒョコヒョコ出かけて行って都市に潜入しても、お目当ての書物を見つけるのは不可能だろう。都市を取り返してそこにマウアさんに戻ってもらわないといけない。そうすると都市だけ取り返しても意味が無い。猫たちで前線を支えてその間にマウアさんに探しものだけしてもらって見つかったら逃げるなんて出来ないから。ようはその地方を奪い返す必要がある。流石に猫たちだけでは無理だろう。
とすると、どこかの軍隊と協力しないといけない。じゃあどこからどこまで協力するんだ? ピンポイントでその地方・学究都市だけ取り返したいって軍隊がいるのかね? 確か連合軍みたいなのがあったっけ。連合軍を便利に使えるのか? 猫たちの戦力を見せたら期待されて逃して貰えそうにないよね。結局戦争の最後、もしくは僕らの力が必要じゃないくらい戦局がはっきりするまで付き合うことになるかもしれない。
そもそも、学究都市に行っても万事解決ってことにはならない。聖地に関する情報を探しに行くのだ。その情報次第(見つかること前提)では、さらに別の場所へ行く必要も出てくるだろう。
ここで出来るのは推測ばかりだ。前線の情報なんて入ってこないから仕方ないとはいえ、どう動けば良いかもわからなくてずっと足踏みしてる感じがする。
「眉間に皺が寄っているよ。あれこれ考えたって疲れるだけさ」
なーんてことを考えてると険しい顔をしていたらしい。
「そうニャんですが、現状出来ることが少なくって困ってるニャ」
「一応私も動いて入るところさ。でもこの国は前線から離れてるから腰が重くてね。辺境伯はまだしも、王都の方じゃ危機感の欠片も無いみたいだね」
「ウニャア」
「もうちょっと前線の国に移動するかい? 下手な国に行くと取り込まれたり、捕まったりする可能性が怖いけどねえ」
そうなんだよなぁ。国が滅ぶ瀬戸際のところにこんな物凄い猫二匹がぶらりと立ち寄ったらどうする? そりゃ逃す手は無いよね。硬軟取り混ぜて取り込みにかかるに違いない。そして、そのときにネックになるのは僕だ。僕自身がこの二匹の足かせになる。
この国でもこの都市に限って言えば、もう僕たちを害そうって人は居ないだろう。上から下まで随分と繋がりが出来たもんだ。いや、ある意味既に取り込まれてるのか。それでも、伯爵様とお嬢様なら僕たちが出ていこうと言ったら無理に引き止めはしないだろう。あくまで、出て行きづらい環境を整えてるだけなんだ。いや、その方が質が悪いのかもしれない。
「難しいニャア。ビアンコ、カルネ。お前たちはどうしたいとかニャいのかニャ?」
「海の魚が喰いてえな! ここだと川魚ばっかりだ」
「私からは特にありませんが、やはりちゅーるが……」
「それだ! もう随分食べてないぞ!」
「それはこっちの世界に連れてきた神様に文句行って欲しいニャ。ちゅーるがニャいって説明しニャかった神様のせいニャ」
「許せんな」
「神を狩るのも一興ですね」
「ほほほ。物騒だねえ。まぁその神様がどこにいるかをまずは調べないとね」
伯爵様が戻ったら相談する。前線国家の情報を集める。その上で方針を立てて、なんとか学究都市ロク・サイネデンを奪還する。目標だけはあるものの、それに到達するための手段が無いのが現状なんだよね。お姫様にも学園の方にいけないかちょっと聞いてみようか。




