15話
* オリー *
後日裏口の家に郵便で為替が届いて、それを指定の商会に持ち込んだら無事に換金出来た。かなりの金額らしいのだが、そこから半分ほどをヒューに渡そうとして拒否された。
「付け届けを否定する訳じゃねえんだが、金額が多すぎらぁ。ただでさえ、新入りが特別扱いされて同僚からやっかまれてるんだぜ。今回の件は確かに俺も巻き込まれたとはいえ、業務の延長みてえなもんだからな、こんなもんで十分さ。これで皆に酒でもおごってくらぁ」
そう言って金貨を数枚だけ取ると残りは僕に返して商会を出て行ってしまった。酒じゃなくて服代にあてなよ。
「僕もいきなりこんなにもらってもニャー。銀行にでも預けるかニャ?」
この街は大通りを歩いてる分には比較的治安が良いし、ビアンコとカルネもその辺にいるだろうから、大金を持ち歩いても大丈夫だとは思う。とは言え、伯爵様から生活費は頂いてるしこんなに要らないんだよね。いやさ、この世界って普通に生活する分にはそんなにお金かからないのよ。贅沢もしてないし。銀行に預けるか、いっそ寄付でもするか。
商会を出たら、見たことのある顔が見たことのある顔に追い立てられてた。難民たちが、乞食隊長率いる乞食に棒もて追い払われてる。周囲にいる人間は何も言わない。そういや乞食隊長が、この街の規則を知らない余所者たちが乞食やらスリやらやってて困るとか言ってた。
問題は難民たちの方にも見覚えがあることなんだよな。変なことに巻き込まれ無い内に逃げよう。覆面付けてる姿しか見せたこと無いから大丈夫だろう。そう思っていた時期が僕にもありました。
「あっ、猫使い様!」
「ん? オリーの旦那じゃねえか」
「貴様、猫使い様に気安いぞ!」
「けっ、旦那は俺らの大家みてえなもんなんだよ!」
周囲の目が僕に集まる。
「あの西方人が猫使い……」
「伯爵様の恩人らしいな」
「そうだったんだね、うちの店にも来たことあるよ!」
周囲の人間から余計な注目を浴びちゃったじゃないか。
「聞いてください猫使い様!」
「旦那からもなんとか言ってくださいよ!」
「あー、みニャさん落ち着いてニャ」
乞食と難民に囲まれて、騒々しさよりも匂いがヤバイ。逃げたい。騒ぎは全然収まらない。人混みも更に増えてきた。乞食と難民の言ってることも聞き取れなくなってきてる。
「貴様らッ、何をやっとるかッ! こんな場所で大騒ぎしよって!」
お、衛士かな? ここは詰め所が近いしね。と思ったら衛士じゃなくて、犬頭の亜人だ。ナガリさんだな。そういえば、太陽神殿もすぐ近くだった。ナガリさんに続いて、ジャイオさんも出てきた。
「私はあら事は苦手なんですがねえ。ほんと下っ端は辛いですよ。ナガリ君、君だけでなんとかできそうですか?」
「侍祭様、オリー殿も居ますよ」
「はぁ、なんでまた。オリー君、こりゃ一体なんの騒ぎだい?」
「まぁ、その、ニャんといいますか。一旦この人達を二つに分けてもらえますかニャ」
とりあえず、ジャイオさんとナガリさんに手伝ってもらって乞食と難民たちを離れて立たせてる。乞食は自分たちの縄張りに戻ろうとして、それに難民が食って掛かるのをナガリさんが止めに入ったりしてた。
そんなのを背景にしながらジャイオさんに、どうやら乞食の縄張りを難民たちが荒らそうとしたらしいと伝える。僕はたまたま銀行を出てきたところ、両方の知り合いだったので巻き込まれただけなんだってね。
「またか」
「ですニャ」
よくわからんが頷いておく。そういえばヒューも難民があちこちで揉め事起こしてるって言ってたっけ。
「とりあえずこの場は難民を宥めて去ってもらおう」
「簡単に言うこと聞きますかニャ」
「あのままでも衛士が出てきたら、双方すぐに消えてただろうね」
「ですかニャァ。しかしそれって根本的な解決にはニャりませんニャ」
「君が解決しなければいけないようなことでもないよ。乞食も難民も為政者の問題さ」
「それはそうですニャ……」
「はぁ、君は優しいというか人が良いというか。それならうちと君で何が出来るのか考えてみようか」
僕の落胆を見かねたのか、ジャイオさんが助け舟を出してくれた。
もはや馴染みになりつつある茶店だ。ナガリさんや猫たちも合流している。難民たちは小銭を握らせて立ち去らせたらしい。あまり良くないやり方ですし、乞食たちからの視線が痛かったですがね、とはナガリさんの言。
「オリー君は、今難民がどれくらいいるか知ってるかな?」
頼んだお茶が来るのを待ちながらジャイオさんが問いかけてきた。
「この街ニャら1000人越えるくらいだって聞いたニャ」
最近難民と絡むことが多いとはいえ、流石に全員揃ってるところなんて見たこと無いし数えたこともないから伝聞だ。
「もうちょっと多いかな。千と二百近く。それがこの人口二万の街に難民として居着いてる」
「5%って結構いますニャ」
「ゴパーセン? なんだろ? まぁ、勿論この数字は増減を繰り返してる。冬は移動に向かないし、これからまた大勢流入してくるかもしれない、他所へ移動する者もいるだろうね」
パーセントは通じなかったか。勝手に翻訳されるんじゃないの? いや、猫が理解していない単語だとダメなのかもしれない。
「失礼、五分のことですニャ」
「なるほど、異界の言葉かな。面白そうだ。今のは数字の割合の単位、ということか」
「その通りニャんですが、話が逸れるのでまた今度にしますニャ」
「仕方ない、残念だが話を戻すか。その数の難民たちがこの街で何をしてると思う? 彼らの分の食料がある? 仕事は? 住む場所は? 当然無い!」
頷く。そりゃ無いだろうね。あったらあんなところに住んでないし乞食と場所取りで争ったりしない。
「食料の方は私も気になったのでナガリ君に市場で聞き込みをしてもらったところ、例年通りなら不足していたはずだったそうな。それが過日の敗戦でこの街の騎士や兵士が多く亡くなったために、わずかなりとも余裕があったらしい」
「それはまたニャんとも……」
「それで太陽神殿に限らず大小の神殿が炊き出しをしている。あとはなけなしの財貨を手放したり、日雇労働を探したり、体を売ったり、ね」
「仕事があればニャんとかニャりますかニャ?」
「それが一番難しい。どの仕事だって空きがあるわけじゃない。この街に流れ着いたような人は、他に頼るようなものが何もない人ばかりだ。地位も金も技術もどれもない」
今現在無職で猫の世話しかしてない僕だ。人のことは言えない。僕が不自由ない生活を送れてるのも全部猫のおかげだしなー。
「流石にうちも、敗れた国の神殿関係者は受け入れてるよ。上級の信徒もね。まぁこの言い方は好きじゃない」
「下級の信徒はどうしてますニャ?」
「仕事を紹介したりはしているはず。私は担当ではないから詳しくないけど」
「太陽神殿以外の信者は?」
「直接どうこうはしていないね。我々に出来るのはせいぜい炊き出しくらいかな」
「結局、その場しのぎしかできニャいということですかニャ」
「最上は彼らの故郷を取り返して彼らを家に帰してあげることだね。次点で職と家を与えて根付かせる。とはいえ、どちらも正直現実的では無い」
「ですニャ」
「あるいはここより良いところに送ってあげてもいいね」
「どこが良いかは人それぞれですニャ」
「私もそう思うよ」
「結局それぞれが出来ることを考えてやるしかニャいニャ」
「太陽神殿としてはもう予算がいっぱいでね。炊き出しも他所の神殿と持ち回りで行ってるくらいさ」
「またちょっと臨時収入があったニャ。でも僕には伝手がニャいニャ」
「じゃあ」
「ウニャ」
僕が金を出して神殿に動いてもらうことになった。太陽神殿単独ってのもよろしくないらしく、他の神殿とも連携して炊き出しの回数を増やすことに。勿論、人手を出してもらうのだから謝礼もそこから払う形で。
「しかしいいのかい。君がお金を持ってることは知ってたけど、こんなことに使って」
「良いんですニャ。ちょうど使いみちの無い大金が飛び込んできたところですニャ」
あぶく銭を使うことで伯爵以外のこの街のお偉方と繋がりが出来る。
「炊き出しも必要だとは思いますニャ。でもこのお金で仕事を作れませんですかニャ」
「難しいところだね。十人、二十人ならすぐさ。百人でもまぁなんとかなるかもしれない。でも千人を越えると流石にね……」
「やっぱりそうですかニャ」
「ただし、この街でね、実は一つだけ人手が不足してる仕事がある」
「ニャ?」
「兵士だよ。辺境伯がどう考えているかは知らない。でもね、早急に防御態勢を強化する必要があることはわかる」
兵士になれるのは若い男だけだ。まぁ人が足りなかったらちょっと年齢がいっててもいいかもしれない。戦火を避けてきた人たちにそれを求められるのかっていうのはとりあえずおいておく。
「軍隊ってのはお金がかかるはずですニャ。色んニャ仕事が関係するし、悪くはニャいと思いますニャ」
「兵士以外でも、装備や糧食、遠征するなら運搬用の荷車や家畜の管理がある。防壁の修理あたりなら兵士じゃなくてもできるかもしれない。お金がいくらあっても足りなそうだな。まぁ一度辺境伯に話だけでもしてみれば良いかもね。当然君の仕事だよ。閣下は私が言うよりも君の言葉の方を重視されると思う」
その言葉は理解できなくもないし、間違ってもいないとは思う。でも正直そこまで関わって良いものなのかがわからなかった。異世界人である僕にとって、目標は元の世界に帰ることだ。他人の人生に対して責任をおうことは出来ない。兵士になれば衣食住を世話してもらえるかもしれないが、戦場に送られるかもしれない。
「ちょっと考えてみますニャ……」
「それがいい」
僕の逡巡を理解してくれたのか、急かすことは無かった。多分ジャイオさんにも僕の悩みが少しは分かるのだと思う。
とりあえず、炊き出しの回数を増やしてもらい、その分各神殿に労力の負担がかかることになってしまうが、足りない人手は難民自体から調達してもらうなどの取り決めをした。他所との連携や、実施する段については全部任せきりで僕はお金出すだけなんで気楽なもんだった。
結果として好評だったが、問題はスポンサーである僕のことを神殿側が隠さなかったので、また猫使いが難民の間で名を上げてしまった。まさか言うとは思ってなかったから口止めしてなかったんだよね。まぁ、街を歩いていて挨拶されるくらいなら我慢するよ。でも猫ともども拝むのは止めて欲しい。
壁外にはそれっぽい岩の塊が2個置いてあって、猫神さまってみんな崇めてるらしいんだよ。うーん。




