14話
* オリー *
乞食隊長と話をつけてから数日が経つ。乞食隊長とその配下の乞食から話を聞いて、地下水道を歩いて、ビアンコの魔法で余計な入り口を埋めて周った。彼らには他に自分たちが住むところの片付けくらいはしてもらった。ゴミ捨てたりそこらをトイレにしないようにさせてね。で、他は何事もなく過ぎて……というわけにも行かなかった。
幾度か襲撃を受けたのだ。地下水道自体が襲撃を受けたのが1回、外に出たときが2回、裏口になってるヒューの家も襲われたらしい。猫たちも、屋根の上を歩いてると矢を射掛けられたり、網をかぶせられそうになったりしたらしい。
「今回は【自由の子ら】の構成員で間違いない。こっちにきた奴らも斬り伏せて詰め所の牢屋にブチ込んであるが、他の衛士によると、見覚えのある面ばかりだってよ」
大方、地下水道と僕の財産(前の盗賊から奪った分と盗品のお礼と伯爵からの賃金とでそれなりに金持ちに見えるのではとのこと)狙いだろうさと。
「ビアンコとカルネも襲われたらしいニャ?」
「我々自身には害が無いも同然なのですが、毒餌に引っかかった血族が僅かながらもいましてね。幸い、私が側にいたので事なきを得たのですが」
「知っている範囲では怪しいやつらから食い物をもらわないように警告したが、気にせず食うやつもいるからなぁ。俺も鼻が効かねえから喰ってみねえと判断つかねえんだよ」
カルネも最近また外に出られるようになったのであちこち歩いてるらしい。ちなみに、鼻が戻ったのではなくてビアンコが常に幻影をかけて元通りに見せかけてるだけだったりする。だから相変わらず僕は匂いに敏感。マスクが不要になったのは楽だけど、早く何とかして欲しい。
「血族は、世を去る時に周囲に気付かれないようにするものですが、我々が知らないところで毒餌のせいで倒れたものがいるかも知れません」
「だとしたら犠牲になったやつの最低100倍は殺さないとな」
あー、これは冗談ではなく本気でそう思ってますわ。飼い主の僕にはわかる。こいつら危険だから。
ヒューがげんなりしながら答えた。
「盗賊はいくら多くても百人もいないと思うぞ……」
聞くところによるとこの街の人口は役所に戸籍が有る人間だけで2万を越えるくらいらしい。難民もかなりの数来てるとはいえ、千人に届かないくらいだそうな。
それを考えたら流石に盗賊100人越えないよねえ。人口の0.5%も盗賊だったらヤバイって。
「猿どもの係累縁者皆殺しにすればそれくらい行くのでは無いですかね」
あっ、関係者も皆殺しですか。猫の恨み怖い……。ヒューもドン引きしてる。
「あれだ。連中の狙いがなにかは知らねえが、そろそろ諦めるんじゃねえか? 怪我人も死人も半端なく出てるからな。衛士の資料だと中核構成員はせいぜい30人ほどだってあったからな。流石に全滅するまではありえねえ」
「でも、どこかではっきりさせておかニャいと、いつまでも背中に気をつけニャいといけニャいニャ」
「連中が面子とか気にしてやがったらしつこいだろうし、どこかで手打ちは必要だわなぁ。そうじゃねえと、忘れた頃に後からブスリなんて洒落にもならねえ」
「だから俺に任せれば皆殺しにしてやるって」
「先に手を出してきたのは向こうです。謝ったからと言って簡単に許されるものではない」
人と猫との温度差が激しい……。
「とりあえず、大事にはしたくニャいニャ」
ヒューが僕に頷いてみせた。街の治安を預かるものとしては当然だと思う。
「襲ってきたやつを適当に追い散らして跡をつけるのがいいだろうな」
そんな感じだろうね。
「そうだニャ。その場で殺したらほんとに指示を出したやつがわからニャいニャ。黒幕を放置して末端の雑魚だけ片付けても無駄だニャ」
「任せときな、鼻が効かなくても大丈夫だ。死なない程度に手傷を負わせて逃げた先から芋づる式に殺していけばいいんだろ?」
物騒なことを言って意気揚々と出ていこうとするキジトラ猫。どこでそんな知恵を身に着けたのか。
「敵の本拠地を探るのが任務ニャ、勝手に皆殺しにしたらダメニャよ?」
「めんどくせえから、疑わしい場所を更地にしちまおうぜ。兄貴と俺なら速攻だぜ」
こいつほんとに皆殺しにするつもりだな……。
「気持ちはわかるが、出来れば穏便にお願いしたいねぇ。ここに巣食ってた【黒の剣】と同規模の組織だ。また奴隷がいるかもしれねえし、盗品だって山程あるだろう。外部とのつながりだってあるかもしれねえ。そこら辺見ないふりしてサックリ皆殺しってのは流石に不味い。それに襲ってきたならいざ知らずこちらから寝込みを襲って皆殺しってのは法律上問題があらぁな。今度こそ上に掛け合って逮捕出来るようにしてもらうから、ここは我慢してくんな」
「そうは言うけど、逮捕出来るニャらとっくに逮捕してるんじゃニャいかニャ?」
「騎士団や衛士、官僚や領内の下級貴族とも繋がりがあるって話だからな。なかなか手が出せなかったのさ。しかし今回ニールの恩人であるあんたに手を出した。これは流石になんのお咎めも無しって訳にゃあいかねえだろう。あとは実際に【自由の子ら】がやってるっていう証拠が欲しい」
「クソめんどくせえ、なんで俺が猿の流儀に合わせる必要があるんだ。そんなに調べたいのならてめえで調べろ……む」
話している途中でカルネが急に背筋を伸ばして首の向きを変えた。ビアンコも頭を掻いてたのが居住まいを正して周囲を警戒しはじめた。
「この騒がしく品の無い気配、猿が複数来たみたいですね」
「お、俺にも聞こえてきたぜ。確かに地下だからか音が反響してわかりやすいな」
はたして、僕にも声が聞こえてきた。ヒューの方が耳が良いのか僕よりも早く反応してたな。
「オリーの旦那ー、客人だぜー」
野太い男の声だ。最近ちょこちょこ話してる乞食隊長だ。
「どうぞー、こちらへ案内お願い出来ますかニャ」
僕がそう問い返すとまた声が戻ってきた。
「あいよー、今向かいますわ」
少なくとも盗賊の襲撃ってことはなさそうだ。
「ニャんだろう」
「さてね」
まぁなんだか話の腰を折られた感じだ。
しばらくして、乞食隊長がカンテラ片手に現れ、その後ろに商人風の中年男性がついてきた。そのままペコリと頭を下げる。乞食隊長はそれを見てこちらに片手をあげてみせると、帰っていった。
「突然押しかけまして失礼をば。私は盗賊団【自由の子ら】の幹部の一人、フータンと申します」
「ニャッ?!」
「わざわざ正面切って乗り込んでくるタァいい度胸じゃねえか!」
カルネは臨戦態勢だ。ビアンコも油断無く身構えている。あ、視界の隅に、白い触手がスタンバってる。
「おいおい、お猫さん達よ。ちょっと落ち着きなって。あちらさんにその気はねえみたいだぜ。それにフータンって名前は俺も聞いたことがある。ご当人なら確かに幹部のはずだ。帳簿を預かってるとかなんとかで頭脳派だって話だったかな?」
ちょっとうろ覚えのようだし、流石に本人かどうかはわからないぽい。
「ご紹介ありがとうございます。本当に猫が喋るのですねえ。部下から報告は受けてましたがコレは驚きだ。おっと失礼、今日は争うためにお邪魔したのではありません。その逆、謝罪に参りました次第で」
「ほ?」
この間抜けな声はヒューだ。流石にこれは予想外だったのか、今までに見たことのない顔をしている。
「貴方は何を仰っているのです?」
ビアンコが男の意図を測りかねて問いただした。
「言葉通りです。謝って済む問題で無いのは理解しておりますが。オリー殿のお命を狙ったことを謝罪させて頂きたい。そして暗殺依頼を諦め、今後は狙わないことも誓いましょう。お詫びとして些少ながらこちらに慰謝料を用意させていただきました」
フータンという男はそういうと、懐から如何にも重そうな袋を取り出して僕らの側まで来てテーブルにそれを載せた。こちらの反応を見るようにゆっくりと全員の顔色を伺ってから、袋を開けて中身をゆっくりとテーブルに出してみせた。ジャラジャラっと流れ出したのは欠けも汚れも無いピッカピカの金貨だった。
「古王朝金貨で百枚あります」
「ほーすげえな。えーっと、今の王国貨で何枚分なんだ?」
「知らニャいのなら凄いかもわからニャいのでは?」
「こんなの庶民の手に渡るものじゃねえんだよ。俺だって触ったこともねえさ」
「今現在の両替率ですと古王国金貨千百枚くらいですかね」
流石にそれが凄いことはわかった。
「一財産じゃねえかよ! 太っ腹だな」
「聞いてもいいかニャ?」
「なんでしょう」
「依頼を受けておいて自分たちの都合で達成できニャいって認めてしまっていいものニャのかニャ?」
「そりゃよくありませんよ。うちの面目は丸つぶれです。でもねぇ、もう被害が洒落にならんのですよ。そもそも残った戦力で依頼達成可能なのかどうかっていうとそこもね。幹部会で不可能だって判断しました。で、【黒の剣】の末路を思い出しまして、貴方達が踏み込んで来る前にこちらから頭を下げようって話に。交渉に不肖このフータンが参りました次第」
「頭目はこねーのか?」
「それは流石に難しいので。だから、どうかこの首と金でなんとかお許し頂きたく」
「ちょいと相談するニャ。あちらの隅にあるソファーにでも座って待ってて欲しいニャ」
フータンは頭をあげると、そちらに行って大人しく座った。
「面倒くさいし今後本当に襲ってこニャいニャら許してもいいと思うニャ」
聞こえてそうな気もするけど作戦会議だ。
「基本オリーの判断に任せますよ。ただ和解するのなら保険が欲しいですね」
「てーと?」
「連中の本拠地と幹部連中の匂いだけ嗅げれば、こちらに何かあったときに報復が可能になります」
「いや、兄貴よぉ、俺は鼻が効かねえからなぁ。やっぱ血祭りで良いんじゃねえの? なんなら俺だけでも大丈夫だ」
盗賊問題の最終解決!
「皆殺しは論外だが、治安維持の観点からすると、この機に一網打尽にしちまった方がいいと思うがね」
「それをしたいのなら自分たちの力でおやりなさい。我々を当てにするものでは無いですよ」
「どっちもたいして変わらねえだろ。素直に殺させろ」
「そいつは困るんだって。まぁオリーが好きにしたらいいぜ。確かにあいつが言うようにこちらに被害は……そういや服をちょっと切られたな。俺はそれくらいだ」
ウニャ、と頷いた。ヒューには服代をこのお金から払おう。
「んじゃ受けるニャ。直前にどう対処するのか話してたのだから、良い機会だニャ」
「ちょいと俺の方から条件付けてもいいかい? 悪くはしねえからよ」
「ウニャ? 構わんニャ」
まぁ任せときな、と胸を張ってみせるヒュー。
「おーい、フータンさんよ。相談が終わったんでこっちに来てくれるかい」
「色良い返事を頂けるとありがたいのですが」
「基本的には謝罪を受け入れて、手打ちにしてもいいニャ。ただし条件を追加させてもらうニャ」
「これはありがとうございます。しかし、条件ですか? あまり厳しくないことを期待しますかね」
僕はヒューの方を向いて続きを促す。
「いくつか有るが、なに簡単なことさ……」
ヒューが挙げたのは、【自由の子ら】の構成員が二度と地下水道及び裏口の住居に立ち入らいらず、可能な限り近寄るのも避けること。今後はオリーと猫たち、ついでにヒューを対象とした暗殺や盗難などの各種犯罪依頼を受けないこと。慰謝料はそこに用意した金額と同じ額の為替を用意すること(毒が付着してないか警戒してらしい)。以上の約定を書面で提出しろというものだった。
そこまでは問題なかったのだが、最後に今回の依頼を誰から受けたのか、という質問をしたのだが……。
「いや、それがですね。仕事を受けた暗殺業務の幹部がそちらのお猫さんにバランバランにされてしまいまして。誰からの依頼かもうわからないんです」
「こちらにそれを確認するすべはあるのかい?」
ヒューが僕の疑問を言葉にしてくれた。
「申し訳ないですが、証明は出来ませんねえ」
悪魔の証明になるのか。ここで謝罪を蹴って追求するかどうかってところだよなぁ。ヒューもこちらを見て頭を掻いてる。ビアンコはもうとっくに興味をなくしてあくびをしてるのだが、カルネだけが、すわ自分の出番かとこちらを興味深げに伺ってる。出番無いから。
「まぁいいニャ。謝罪は金額と態度で示してもらうニャ。ただし、次に襲撃があった場合そちらの命は保証できニャいニャ」
「ありがとうございます。ええ、勿論心得ていますとも」
そう言って男は金貨の袋を懐に入れ直して挨拶すると帰っていった。
「じゃ、私とカルネで跡をつけますから」
事前に話していたように保険をかけにいった。
ヒューは残って僕の護衛だ。猫が二匹とも居なく成るからね。
「跡をつけるくらいは想定してそうな感じもするがどうだろうね。まぁあの猫たちを出し抜くのはあいつじゃあ無理そうな気もするが」
「あっちのことは任せてご飯でも食べに行くニャ」
猫たちの分もなにか買って帰らないとね。




