13話
* オリー *
「親分、ちょいと良いですかね」
「今は来客中だぜ、後にしな」
「いえ、そのお客さんに関係することなんで」
乞食隊長はこちらに顔を向けて眉を捻らせて見せた。首肯して返す。
「おう、言ってみな」
「さっきからここらをウロウロしてやがる難民が居まして。脅して追っ払おうとしたんですが、猫使いさんに会うまでは帰らねえって抜かすんでさ。しかもそれが結構な人数でして……」
その言葉を受けた乞食隊長は首をボリボリかきながらこちらへ問うた。
「そちらのお客さんらしいですがどうなさる?」
「難民に知り合いは居ないニャ。でもここでの話は大体終わったし、まぁ会ってみますニャ」
「決めなきゃならんことは粗方決まりましたしな。何かあったらまた連絡しますぜ」
「よろしく頼むニャ」
そう言って家を出た。ヒューは重々しく頷いてみせると何も言わずに僕についてくる。扉の外に居た乞食隊長の手下が軽く頭を下げたのでこちらも目礼する。
外に出ると、ちょっと離れたところに人が集まってた。こちらを見てゆっくりと近寄ってくる。老若男女取り揃え……いや、よく見たら老人は居ないかな? 長く辛い苦労が表に現れて年老いて見える人が何人かいるだけのようだ。共通点は、みな一様にボロボロだということか。栄養も足りていないのだろう。袖から伸びた手足はやせ細っていた。あちこち怪我をした痕もあるようだが、ツギハギだらけの服でそれをなんとか隠そうとしているのが見て取れる。
「そこで止まれ。お前たちは難民だな。猫使い殿に何のようだ?」
ヒューが僕の前に立った。人数多いからありがたかった。仕事だとはいえヒューには頼りっきりだよねえ。
「あんたが猫使い様かい?」
十人近い人に見つめられるのは嫌だなぁ。
僕にはあまりこの世界の知識がないのできちんと判別がつくわけじゃない。ただ、彼らは身につけているものは粗末で、清潔とはかけ離れた存在だ。でも、立ち居振る舞いからすると、それなりに良い出身の人も含まれているのかもしれないと言う気がした。
「この方はこの街の地下水道管理官である。粗相の無いように」
ヒューもそう感じたのか、一歩引いて僕に任せるつもりだ。
「僕にようですかニャ?」
「うわ、ほんとにこんな喋り方なんだ……」
「わざとそうしてるだけかもしれないよ」
流石に目の前で言うこっちゃ無いでしょ。ていうか、僕についての事前情報を持ってるのか? どういうことだろ。
「用が有るんじゃ無かったのですかニャ?」
「すいません、あの、貴方が本当に【猫使い】様なのですか?」
顔で隠している部分に皆の視線が集中するのがわかる。鼻を見せなきゃ納得しないかー。そうだよねぇ。わかるわかる。でも見せたくないな……。猫呼ぶか。
「僕は見世物じゃニャいニャ。ビアンコ、カルネ。ちょっと来て欲しいニャ」
僕の声を聞いて僕と女性の間に白い塊が音もなく降り立った。
「我々も見世物では無いのですがね」
「カルネはどうしたニャ?」
「上です。何かあったらすぐ飛びかかれるように見ていますよ」
ビアンコは顔を撫で付けながら返事をした。それを見た難民たちが感動に打ち震えている。
「ね、猫が喋ってる! 本物だ……」
「もう一匹いらっしゃるって聞いたけど、その方はお見えにならないのかしら」
またこの反応か。まぁ当たり前だよね。上を見上げたらカルネの背中が建物の影に見えた。人前には出てきたくないだろうしねえ。
「これで納得してもらえたかニャ? それでなんのようニャ」
「この度は尊き御方の御使い様方に、拝謁の機会を頂き恐悦至極に存じます」
代表っぽい人がそう言うと、彼らは皆地面に膝をついて顔の前で手を組み合わせた。うへ、なにこれ。どういうこと? いや、僕よりもどちらかというとビアンコに向けてだな。
「ニャ? ニャにかと勘違いしてニャいかニャ?」
「ふむ……我々が尊敬に値する存在というのはわざわざ言葉にするほどでもない、当然の事象ではありますが、少々迂遠に過ぎますね。何が目的です」
そういうことじゃないと思う。まぁ何が目的なのかは僕も知りたい。
「昨日、下々の眼前で神威をご示しになり、我らの苦境を救って頂いたことに対する感謝の意を伝えに参った次第であります」
開いた口が塞がらなかった。布で隠してなかったらさぞかし間抜けに見えたことと思う。いやちょっと大げさすぎるでしょ。感謝かぁ。そう言われても、昨日のあれは全く助けたつもりじゃなかった。猫たちがちょっとやり過ぎただけだし。この場でそれを言うのもあれだしねえ。
「別に貴方達のためにやったのではありませんよ」
髭を撫で付けながらビアンコが返事をした。まぁ実際そうだからね。
「些少ではございますが、こちらに献上品を用意致しました。現状我らに用意出来るものなど限られてはおりますが、お収め頂けると幸いでございます」
ザルに乗せた川魚が何匹か。ちょっと痛みはじめてそうな匂いが……。でも普段食べるものにも苦労してそうなのに、こんなものをお礼で用意してくれるとは。ありがたいことですよ。
「良い心がけですね。受け取っておきましょう」
ビアンコめっちゃつられてる。上をちらっと見上げると、カルネがソワソワしてるのがわかった。人が減るまで待ってるようだが。
「話はこれで終わりですかニャ?」
「お、お待ち下さい! 我らは今多大な苦難に喘いでおります。民は皆、異郷の地にてその日の飲水にも事欠く有様です。どうか、偉大なる御方の使徒に慈悲を賜りたく存じます」
僕と言うよりもビアンコに言ってる。今にも縋り付かんばかりに。彼らの悲惨さは理解できなくもない。でもこれは僕がどうこうする問題じゃないよなぁ。
「おい、面倒なことになっちまったな。てかこいつらが何を言ってるのかわからねえんだが。偉大なる御方ってなんだ?」
「ちょっと聞いてみるニャ」
ヒューが小声で耳打ちしてくる。ジャイオさんとマウアさんの話をヒューは聞いてないから知らないのか。いや、そう言えばこの人らはなんでそんなことを知ってるんだ?
「一つ聞いていいかニャ。どこからうちの猫たちが凄いって話を聞いたんだニャ?」
「日々襲い来る暴力や病、飢えの中で、頭を低くして震えながら過ごすことしか我々には出来ませんでした。ですが、ある晩、我々の元を預言者様が訪れたのです! その方は仰言りました。やがて我らの前に偉大なる創造神の使徒たる、神にも近しき力を振るう猫の兄弟が現れると。そのとき、苦しみは過ぎ去り、常春の地へと誘うだろう、と……」
「よげんしゃ」
この世界だとそういう人もいるの? でも、うちの猫たちのことを知ってるってことは多分何かしらあるんだよね。
「その預言者ってのはどんな男だったんだ? 年齢は? 服装は? 喋り方や外見からどこ出身かとかわからなかったか?」
ヒューがえらい食いついてるな。何か思うところがあるのかね。
「いえ、その方は男性ではありません」
「女か」
ヒューの顔がいっそう厳しいものになった。何かあるのかね。
その言葉に頷くと難民は続けた。
「預言者様がおいでになったのは、月の満ちた夜でした。星あかりにも、その美しさが溢れんばかりでした。妙齢の女性で、王侯貴族のような豪奢なお召し物を身に纏われ、宝石よりも美しい腰まで届く豊かな金髪に月の光を妖しく照り返し、彼女が行く先には濃い薔薇の香りが漂う中で、うたうように我々に語りかけたのです」
難民とは思えないほど詩的だな。今はこんな身なりでも良いところの出なのかもしれないね。
「金髪の美女か……」
難民の男の言葉よりも、僕にはヒューが普段見せないような顔をしていることのほうが気になった。




