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猫二匹と始める異世界下水生活  作者: 友若宇兵
第三章
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12話

* オリー *



 ニール南部の貧民街にある地下水道の一番大きいと言われてる入り口近くでその男にあった。燃料ももったいないので、地下ではなく貧民街の空き家の一室だ。


「あんたが今度この地下の管理人になったって人かい?」


 伸ばし放題の髭と髪、身にまとってるのは服というよりも何枚も重ねたボロ。合う前から匂いが漂ってきてわかった。正直この猫の鼻にはしんどい。

 

「こちらは正式にニール辺境伯様より地下水道管理官を拝命されたオリー殿だ。粗相の無いように」


 僕が挨拶する前にヒューが応えた。一応供回りとして来てるので間違いではないのだろう。


「オリーだニャ。よろしくだニャ」


 こちらの顔、とくに布で隠した鼻より下をジロジロ見てる。もういい加減これにも慣れた。


「ほんとに顔を隠してるし、変な喋り方をするんだな。あんたは?」


 僕のことを知ってるような口ぶりだった。最後取ってつけたように、ヒューの方をギロリと睨んでそう言った。


「ただの護衛に名前を聞くな。それよりもお前こそ名を名乗れ。あと口の利き方にも気をつけろ。失礼にあたるぞ」


 にべもなくはねつけるヒュー。当たりはキツイもののやっぱり言ってることは間違って無さそう。というか官憲なんてそんなものかもね。


「俺を知らねえたぁ、お前さんほんとに衛士か? 騙りじゃねえだろうな。俺はロアン。ここいらの乞食共をまとめてるのさ」


 その言葉を受けてヒューが目を見張った。


「お前が乞食隊長ロアンか。話には聞いてるぜ」


 ロアンが胡乱げにヒューを見返す。あとで聞いたところ、元々はどこかの軍隊で隊長やってたらとかなんとか。乞食の割に剣が扱えるそうなので、軍隊に居たのは事実かもしれないそうな。


「あんたがえらく腕がたつって噂の元傭兵ってやつだろ。髭が目印だってな」


「俺のこともとっくに把握済みか。長え耳を持ってるんだな」


 ヒューは急に砕けた口調になってみせた。僕のことを知ってたことも合わせて、油断のならなそうな相手だなぁ。


「腕に覚えがあるんだろうが、下手な真似はしない方がいいぜ。この家の周りに俺のてかを潜ませてある」


「乞食隊長の手下ねぇ。何人いるのか知らねえが、こいつの猫にはかなわねえよ」


「僕もそう思うニャ。力づくニャら簡単だニャ。あまりやりたくニャいので大人しく言うことを聞いて欲しいニャ」


「噂にゃあ聞いてるぜ。盗賊と魔軍合わせて100以上はやってるんだって?」


「まぁそんなものかニャ?」


「聞いてるやり方のわりにゃあ、黒の剣には随分と穏便に出ていってもらったようだが」


 実質被害は二人だけだったから、他と比べれば圧倒的に穏便か。腹から入って口から飛び出るのを穏便と言ってよいのなら、だけどね。


「街中なので被害は抑えたんだニャ」


 ふーん、てな風に適当に頷いてる。


「んで、早速だが本題に入りたいニャ」


「構わんぜ」


「盗賊を追い出したところで、秩序の空白が出来たことから、再度の犯罪組織による支配や、無秩序化による混乱を伯爵様は憂慮なされた。そこでフォド・ニール防衛及び今回の盗賊討伐の功績を鑑み、こちらのオリー殿を地下水道管理官に抜擢される運びとなった」


 ここでヒューが持ってまわった言い回しをする。こういうのがとっさに出てくるってのがやっぱりただの傭兵とは思えないんだよね。侯爵様も言ってたし。


「とは言え、この地下空間は広大であり、オリー殿とその幕下である直率二名だけで管理をするというのも困難である。そこで、従来からこの地下水道にて生活を営んでいる者たちの協力を得られればということになったのだ」


 直率って猫かよ。


「おいおい、随分と都合のいいことばっかりおっしゃるじゃあねえですか」


 だいたいなぁ、と前置いて。


「盗賊を討伐したつってもよ、今までずーっと、下手すると百年以上放置してただろ。しかもお偉いさん方が裏で繋がってたこともわかってんだ。それを今になって片付けたから管理させろって、ちょいとおかしな話じゃねえかい?」


「昨日まで続いていたことが今日も続くとは限らんだろ。どこかで正されねばならないことが、正された。それがたまたま今だっただけだ」


 ヒューがそれらしいことを返す。


「だいたい、今まで住んでた俺たちに何の断りもなく勝手に話を進めようってのも気に食わねえ」


「お前たちが住んでたのは何かの権利があってではなく、違法に住み着いていただけだ。それと、話の場は只今ここで設けているのがそうだ。何の断りもなく勝手にではない」


「ほう、そりゃありがてえこってすなぁ。認めてやるから恩に着ろと? それを一度でもこちらから頼んでたのなら言うことを聞きますがね。しかもそれを言いに来たのがたかが衛士でしかも余所者、加えて管理官とやらも西方人だ! どう考えてもおかしいだろっ、俺たちを舐めてやがるのか?!」


 随分と激昂してる。ヒューと顔を合わせて思わず肩をすくめた。


「落ち着けよ。言い方がきつかったのは謝るぜ。でも最初にそう言っとかねえといかんのさ。俺たちだって好きでやってるわけじゃねえんだ。すまじきものは宮仕えってな。お前さんの言うように、俺もこいつも余所者さ。でもな、余所者だからこそ面倒事が押し付けられたんだ。わかるだろ?」


「……そういうもんか」


「そういうもんさ。あんたらだって、おかみと喧嘩して良いことなんて無いだろ?」


「盗賊放逐を機会に地下水道再利用計画なんてものも持ち上がってるニャ。もしかしたら地下いっぱいに水が流れる可能性もあるニャ。そうニャったらあんたたちも困るニャ?」


「待ってくれ、そんな話になってるのか?!」


「詳しい話は俺のところまで来ねえんだが実際どうなんで?」


「まだ企画の段階だニャ。実現可能性を考慮してあとは予算との兼ね合いだニャ」


 すみません、会議もまだなんです。かなり適当言ってます。ちょっと脅してここからなだめすかして、そういう方向に進まないようにするから協力してくれ、と持っていこうと思ってたら。


「クソがッ! ふざけんな! 俺たちのヤサを追い出されてたまるかッ!」


 その前にブチ切れられた。うーん、やっぱり交渉事とか慣れてないからダメだね。どうしたものか。


「ニャニャ、待って欲しいニャ」


「オリー、困っているようですね」


 家の鎧戸(この地域で窓ガラスなんて上等なものは存在しない。ガラス細工自体はあるが、一枚ものの板ガラスは作る技術が無いそうな)が音もなく裂けると、そこに白猫が現れた。


「本当に猫が喋ってやがる!」


 怒りはどこへ行ったのか、ビアンコの登場に飛び上がらんほどに驚いてる。


「私と弟にお任せ頂ければ、今すぐにでも地下から猿どもを一掃してご覧にいれますよ」


「別にそこまではしなくてもいいニャア。せいぜい、そうだニャ、地上からの入り口付近に魔法で罠を作って侵入者をあの触手でなんとかする程度なら出来るかニャ?」


「可能ですよ。1,2箇所であれば問題ありません。不正規の侵入箇所はそもそも埋め立ててしまえば良いですからね」


「カルネ。地下を一周するのに大体どれくらいかかるニャ?」


「俺の足なら全力で走れば十分かからんくらいだな。ただし、進路上に何か居た場合命の保証はしねえ」


 今度はカルネの声だけがする。ビアンコも頑張ってると思うよ。でも早く鼻をなんとかして欲しい。


「今地下にいる人間を全員排除するにはどれくらいかかるニャ?」


「生死を問わずなら」


「飯前には終わらせてくるぜ」


 猫たちを知ってる人間なら、ホラを吹いてる訳でもないのがわかるだろう。ただ、それがこの人に伝わるかはわからない。


「ハッ、ハハッ、冗談だろ……?」


「出来るというだけでやらニャいニャ。地下に入り込んだ人間を問答無用で殺して良いだニャんて、伯爵様も流石にお許しにニャらニャいと思うニャ。あと単純に死体の処理が面倒だニャ」


 ま、伯爵様の許可が出てもやるつもりは無いよ。これはあくまで脅しだから。


「乞食隊長よぉ、確かにお前さんの言う通りさ。俺たちにも出来ないことがある。こいつらは事を荒立てずに穏便に済ませるってのが致命的に不向きでなぁ」


 俺も毎度苦労してるんだぜ、といいながらヒューが肩をすくませてみせた。


「さっき途中まで話をしていた、地下水道の活用方法如何によっては、不法占拠者たちに立ち退いてもらう必要が出てくるかもしれねえ。その際、強情な連中相手にはちょっと無理やり言うことを聞いてもらうことになっちまうかもしれん。とはいえ、上がどう考えてるかわからねえが、俺達はそうならないと良いなと思ってるのさ」


 詳しいことは全く知らない割にヒューも言うよね。まぁここは僕も乗っかっておこう。二人で畳み掛けるぞ!


「そうだニャ。地下にまた盗賊やろくでもない連中が入り込んで管理に多額の予算や人員を投入しニャきゃいけニャい、ニャんてことにニャれば、それニャらいっそ……ってことにニャる可能性があるニャ」


「そうならないように互いに協力しようぜ、って話をしにきたわけだ」


 ……なんとか合意を得られそうだ。


「地下水道に以前から住んでた人は許可するニャ。でも今後増えるのを許すつもりはニャいニャ」


「許可ねえ、許すつもりは無い、か。いや、口を挟んで悪かった。まぁ続けておくんな」


 言い方があまり良くないのは認めるよ。でも管理を任されたのなら仕方ないっしょ。


「今お前んところのは何人くらい地下で生活してるんだ?」


「10人前後ってところさ。勿論、増えたり減ったりもする。皆好き好んで光も差さねえようなところに住んでる訳じゃねえ。他に住むところができたらそっちへ行くさ。わざわざあんなところに住もうってやつの気がしれねえよ。とはいえ、冬場はもうちょい増えるな」


「それならそうだな、冬は20人、それ以外の季節なら15人。そこまでは許す」


「ぎりぎりの数字だな」


「どっちかってえと、俺のところ以外の人間がやらかしてるんだぜ。難民でも地下に住み着こうとした連中もいるってことさ」


「それから、黒の剣が張っていた縄張りの内側に立ち入ることも禁じる」


 ヒューが適当な数字を伝える。ここら辺は事前に交渉をある程度任せるって話をしておいた。


「頼まれたって奥には行かねえよ。灯りはタダじゃねえ。何があるかわからねえところに首を突っ込むやつがいたらそいつが悪いのさ」


 具体的に中に入ってどこまでは許可するとかそういう話もしないと駄目だろうね。


「そっちで把握してるだけの出入り口を教えてくれ。場所によっては塞ぐつもりだし、都合が良ければ衛士が駐屯するかもしれない」


「そうは言っても一部だぜ?」


 奥に入らないようにしてるならそうなんだろうね。


「わかってる限りで構わん」


 そこから、彼らの知識をもらったり、生活方法を聞いたりした。地下で煮炊き程度ならいいけど、排泄物やゴミを地下に捨てるのは止めてもらうことになった。彼らの協力の代償として、乞食隊長(これも元々はどこかの軍隊の隊長やってたからとかそういうのだったらしい)を民間協力者として僕の下に配置するという形にして手間賃(給与というほど多くはない)を払うことになった。その分の代金は管理官とかいうのの給料に追加してもらおう。


「猫が増えるかもしれニャいので、猫を見ても手をださニャいで欲しいニャ」


 みたいな話もして、今度地下に慣れてる彼の部下を連れて一通り回ってみようという話をしていたところで、扉をノックする音が聞こえた。

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