9話
* オリー *
「いやぁ、残念だけど拝謁の恩寵に預かったことはないねえ。歴史上一応神にお目通りがかなったって言われてる人間は何人かいるよ。でもそれが本当かどうかは証明されてないさね」
「じゃあ見たこともニャいのにどうやって信じられるんですかニャ?」
「見たこともニャいものは信じられニャいのかい?」
彼女はちょっとおどけて僕の口調を真似してみた。
「あんたの周りには見えないものがたくさん溢れてると思うがねえ」
ほー、現代日本の科学知識を一応は知ってる僕と比べて、中世ぽい世界のしかも宗教家がそんなことを言うんだ。いや、僕が考えてるようなものを指してるんじゃなくて、神の愛とか霊力とかそういうのかもしれないな。
「今だってこうやってお話してるじゃないか。あんたには声が見えるのかい? わたしにゃあ見えないんだがね」
普通に音のことだった。
「音は見えないけどあるってはっきりわかるニャ」
「でも音そのものの存在を感じ取れるわけじゃあないだろ? 触れることも出来ないさね。他にも空気はどうだい? 光は?」
おお、そっちが出てくるんだ。案外この世界の人も科学的な話は出来るのかな。魔法なんてものがあるし、文明レベルは高いのかもしれない。まぁ、この人が例外かなーって感じ。
「音は水面近くで大きな声を出せば波紋が伝わるのがわかるニャ。光は明るいか暗いかで判断出来るニャ」
僕の胡乱な科学知識でもいくらでも反論はできた。でもそれを証明出来るかというと難しい。彼らとは前提となる知識が違いすぎるから。辛うじて相手にも伝わる言葉でなんとか答えたつもりだ。
「水面を伝わる波紋はあんたの息で出来たものかもしれない。光はそうだねぇ、明るいか暗いか、ものが見えるか見えないかっていう現象自体を『光がある、目の前のものを照らしている』、そう呼んでるのかもしれないよ?」
こんなことを言うと太陽教団に異端者として火炙りにされちまうかもしれないけどね。と言ってヒッヒッヒと笑った。話の発言内容についても自分では信じていないように見える。
「で、でもそれじゃあさっきと言ってることが違うニャ。姿かたちはニャいけど、存在するものがあるって話をしてたはずニャ」
「光についてはそうさね。言ってみただけさ。そういう考えもあるってね」
「ニャ、だったら……」
「光に対してどちらの理解が正しいか証明出来るのかい?」
「……」
少なくとも僕には無理だった。知識も理解も足りていない。あと、後者の理論は哲学入ってる気がする。おかしいとは思うものの、否定するだけの論拠を用意出来なかった。
「そうさな、あんたは目も耳も健康そうだし、口もきける。頭が良くて知識も多いってのも話しててわかったよ。学究都市がまともなら是非来て欲しいくらいさ。でも世の中そうじゃない人はいるし、見え方が違う人だってたくさんいるよね。ひとが感じられるものだけが世界の全てじゃあないんだ。あんたが目を閉じたらその間世界は消えるのかい? あんたが行けないところから先には世界は広がってないのかい?」
相手の良いように言いくるめられてる。僕の知識や考えを全て伝えることが出来ないのがもどかしかった。
「でもだからといって見たことも無い神様が存在するっていうのもおかしな話だニャ」
「祈れば答えてもらえるじゃないか。この地の人々に奇跡をお授けくださるよ」
「じゃあ、僕が僕たちをここに連れてきた神様に祈ったら応えてもらえますかニャ?」
それなら全ては解決しちゃうよね。
「相手に聞く気があったら、かねぇ」
「ウニャア」
ダメじゃん。
「せめてあんたが信者だったらね。神様も色々だから、中には信者の言うことに耳を貸さない神性もいる。でも大概の神様は信者のことは気にしてくれてたりするものさ」
「信者が何十万人もいて、手前勝手なことばっかり言っててもかニャ?」
「多分ね。聞き流してる可能性があることは否定しないよ。神様にお祈りしても無駄口ばっかり叩いたり、不運を神様のせいにして何の努力もしない奴なんざ掃いて捨てるほどいる」
「宗派外の他人よりは一般信徒、一般信徒よりは階位を得ている司祭、司祭よりは司教、まぁ職階は宗教・宗派によるさ。とはいえ上に行けば行くほど、神様から注目され易くなり、話も聞いてもらい易くなる」
親子代々とかならさらに、聖地で祈るならさらにさらに、みたいにね。と付け加えた。そう言われてみれば納得できなくもない。
「太陽神はその教義上、信者以外もかなり平等にあつかわれているお方ですよ。陽の光は遍くすべてを照らしますからね」
ジャイオさんからも一言。自然関係の神様はそういう神性が多いそうな。太陽以外だと大地の神様とか海の神様とか特に。
「勿論、祈る先を間違えちゃあ意味がない。それぞれの正しい方法を知ってなきゃダメだ。定まった作法のあるところもあれば、無いところもあるからね」
まぁ当然といえば当然だろう。日本でだってお寺と神社じゃお参りの仕方が違う。
「じゃあとりあえず僕は、その創世の双つ神にお祈りして神託をもらえばいいかニャ?」
「あんたが神託を得るには、聖地に行って然るべき手順を踏む必要があるだろう。人より離れた神との縁を辿るにはそれくらいしなきゃいけないね」
「そういえばどうしてその神様だろうってのがわかるんですかニャ?」
「この世界の成り立ちってぇのはあまり巷に流布してなくてね。創世の双つ神がどこか別の世界からやってきて天と大地を作るってものなんだ。そうじゃない神話を伝えてる国や民族は山程あるさ。まぁそれは置いとくよ」
ジャイオさんが喋りたくてうずうずしてるのが僕から見てもわかった。でも機先を制した司教様が却下した。ジャイオさんはしゅんとしてる。
「正義の殿堂に伝わる創世神話を紐解くと、神様の名前が出てこないんだよ」
へ? ってなった。
「歴史のどこかの段階で、創世の双つ神の名前は表に出しちゃいけないものになったのさ」
ジャイオさんがまたソワソワしだした! めちゃくちゃ口を挟みたがってる。
「それ」
「それが何故かは気にしないでいいよ。長くなるからね」
口を挟もうとして完全に無視されたジャイオさんがまたへこんだ。
「ある年代から双つ神の名前は記されなくなった。それ以前の記録にしか残ってないから、今じゃ学者くらいしかその名前は知らないんだ。かの神を信仰している者たちも、この大陸には居ないんじゃないかね? 余程の辺境ならあるいは……」
「その割にはよくご存知ですニャ」
「知識の神の信者なんてそんなことばっかり調べてるのさ」
満面の笑みだった。
「創世神話の一番古い型のものを調べると、『それなる双つ神は異なる地より至れり、とまり木もなき無窮の中で足をとめる場所を作った』とある」
「それが『遠い世界』ですかニャ?」
おそらくね、と老婆は頷いた。
「この世に神は数多あれど、『遠い世界』と直接結び付けられた神様は少なくてね。人には完全に慮外のものである『異神』なんてものもいるが……あれは流石に違うだろう」
「それでね、双つ神が最初に作って降り立った大地が、その聖地らしい。そこにはね、二匹の猫の足跡が残ってるらしいよ」
「猫の足跡!?」
そういえばジャイオさんも前に猫の姿をしてたとか言ってた気が……。
「らしいらしいばっかりで申し訳ないね。正確な場所はわからないんだ。サイネデンの地下迷宮書庫にそれを記した書物があると睨んではいる。私も全てを把握はしてないからね。特に体が動かなくなってからは、資料調査も大変でさ」
「双つ神の姿を記した数少ない書物には、双つ神は『人の姿をしていなかった』ってあるのさ。二本足で立つ猫に似ていた、と。それとね、人類学の話になるんだけど、今現在猫の姿を持った亜人は居ないんだ。化石や猫人骨が発掘されることもある。でも、ある時期を境に存在自体がこの世から無くなっている。この大陸外はわからないがね」
なんかヤバイ話をしてる感じがする。怖いんですが。僕は思わず生唾を飲み込みながら聞き入っていた。ジャイオさんも話したいことがあるのかウズウズしてる。
「記録から双つ神の名前が出なくなったのと、猫の亜人が姿を消した時期はほぼ一致している。その両方に関する記述が、世界の記録管理をしている知識の神の保管庫にすら無い」
一拍おいてこちらの反応を確かめるように閉じかけの目を開いて覗き込んできている。
「この知識も私が司教になり何十年もかけて学究都市の迷宮を彷徨い歩いてようやく知り得たものさ。言うまでもないが他言するんじゃないよ」
知識の神の信徒が戦争に関わってたって話よりも余程危険だからね、と言う司教様。
「立場上、私が知ったらまずいことでは……」
ジャイオさんも冷や汗かいてるのがわかる。
「正義の殿堂に名を連ねる神々が総出でその存在を消しにかかってるんだ。あんたの従者が居ないからできる話しさ」
ヒェヒェヘ、とジャイオさんに笑ってみせた。ジャイオさんもこれには苦笑い。
「聖地の場所を書いてる本を探しに行くしかニャいということですかニャ」
「焼けてないと良いんだけどね……」
司教様、ジャイオさん、両方の顔が暗かった。魔軍の占領地だもんね……。
「司教様以外で創世の双つ神のことを知ってる方はいませんかニャ?」
「一緒に研究をしていたのが何人かいるよ。生きてるといいんだけどねぇ……」
二人の顔がさらに暗くなった。アカン。
「お待たせしました、ちょうどお菓子を焼いていたところだったので、それができるまで待っていたら結構かかってしまいました」
ちょうど良いタイミングでナガリさんがお茶のおかわりとお菓子を持ってきてくれた。休憩にしよう。聞いてるだけなのになんかものすごい疲れた。
***
お茶を啜って、お菓子を口に運びながらのんびりと雑談をする。今はナガリさんもいるからあまりつっこんだ話は出来ないし。
都市の解放のため、救援を求めるために活動をするつもりらしい。ただ、はかばかしくは無さそう。どこも自分たちのことで手一杯だし、そもそもここは学究都市から離れすぎているそうな。
「双月の園はどうなんだろうね。あそこも異界とのやり取りは熱心に研究しているって話だよ」
「司教様も行ったことニャいんですかニャ?」
「閉鎖的な場所でね、魔導師以外は立入禁止なんだ。一応うちとは資料の貸し借りくらいしてるよ。でもねぇ、資料調査をお願いしてもやってくれないんだよねぇ。書名くらい判明していればやりようがあるだろうに、その前段階ではね」
困ったもんさとため息をつく司教様。
「あんた、魔法使えるんだったら多分入れてくれるよ。私もついでに連れてっちゃくれないかい?」
そう言いながらビアンコの喉を優しく掻いてる。ビアンコはニャーと嬉しそうに鳴いて返した。完全に猫だ。いや、猫なんだけどさ。ちなみにそれを見たカルネが自分の頭を押し付けてる。片方撫でてるともう片方もかまって欲しがるよね。
まったりとしながら考えをまとめる。結局のところ、ここを出ていくしか無さそうだ。双月の園ってところについては、改めてマールに聞いてみよう。そちらはわからないが、まずは学究都市にいけたらいいな。まぁ占領してる軍隊なんとかしなきゃいかんのですがね。
いっそのこと、魔軍と戦ってる前線国家に行って協力した方がいいのかもね。でもそれって猫を戦わせるだけで僕は何もしないからなぁ。それは流石にねえ。




