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猫二匹と始める異世界下水生活  作者: 友若宇兵
第三章
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8話

* オリー *



「この世界には、『近い世界』と『遠い世界』があるんだ。一般的な距離感とはちょっと違うから、言葉通りってものでもないよ」


「ニャんとニャく言ってることはわかるニャ。観念的ニャ意味でニャ?」


「ほう、わかるのかい。実際の近い遠いじゃないんだよね。まぁありがたい、この説明でわからない人間に教えるのは大変なのさ。そういうものだって思っててくれとしか言いようがないからね。さて話を続けるよ」


「『近い世界』とは稀に行き来がある。神や魔族、力ある精霊などによって【扉】が開いたりするんだ。あんたが来た世界が『近い世界』のどれかだったら、ちょっと時間はかかるだろうけど戻ること自体はそれほど難しくはない」


 その場合はそこの世界と繋がりの深い神様を見つけてお願いをするだけらしい。勿論神様がお願いを叶えてくれるかは別問題。


「『遠い世界』だったらどうしたものかねぇ。有史以来、人の力で『遠い世界』と自由に行き来したなんて話は聞いたことが無いんだよ」


「やっぱり無理ですかニャ……」


「まずね、『遠い世界』なんてひとくくりにしちゃいるが、それこそ星の数よりも多いらしい。その中からあんたがもと来た世界を一つ選んで扉を開くなんて、人の身には余る所業だよ」


 元の世界を探してどうこうできるものなんだろうか。人間の手にはあまる気がする。


「先生は今『扉を開く』と言いましたが、『橋をかける』という表現もやり方もあるそうでして」


「話がずれるから今は黙っときな」


 しょんぼりするジャイオさん。きちんと締めるところは締めてるし、やっぱり先生は違いますね。最初一緒にしてすまんかった。


「だからさっきの話に戻るけど、あんたをこっちに連れてきた神様を探すのが先決さ。創世の双つ神ってのもどこから来たのかがはっきりしない神様でね。サイネデンにすら、あの神様たちについて記した文献は少ないんだ」


「神というのは大体、自分たちの領域を所有していますから、創世神の領域というのがはっきりすれば話は早そうですが」


 ジャイオさんも横から口を挟む。さっき怒られたばかりなのにへこたれない人だ。


「『近い世界』ってのはほとんどがどの神様のものかってはっきりしてるんだよ。その神様であれば人やものを自由にやりとり出来るだろうね」


「ニャー?」


「わからないかい? つまりは、あんたの元いた世界を支配してる神様が、こちらで言う創世神じゃないかね、と」


 うーん、それはどうなんだろ。僕がいた世界じゃ神様を信じている人は多いけど、それが実際に存在して世界を支配してるのかっていうとねぇ。


「僕がきた世界じゃ、こちらの神官さんたちみたいに神様の力を借りて奇跡を起こすなんて出来ないニャ」


 そもそもがして、実在する神というものを理解できなかった。いや、表に出てこないだけで本当はいるかも知れないよ? 僕も世界の隅々、宇宙の果まで確認出来る訳じゃない。どこかに脳みそからスパゲティの触手を生やした超知性が存在している可能性は否定出来ないから。……ビアンコが召喚してる触手ってもしかしてSMの足だったりしない?!


「あんたの故郷は神様が人に干渉しないところなのかね」


「ンニャ、そもそも」


 そこで改めてこちらの世界の宗教事情を説明した。この件に関しては猫たちは役に立たないので僕一人で説明せざるを得ないし、僕も信仰が深いわけでもないので説明は難航した。ただ、自分が全くの無宗教だとは思っていなかった。お墓参りは行くし、神社に初詣も行く。他人の信仰を否定するような真似もしない。とはいえ、僕の宗教に対する知識なんてほんと大したものじゃないのがね。


 二人共興味深く聞いていた。ナガリさんも聞き耳を立ててるのがわかった。みんな僕の言葉に要所要所で突っ込みたくなるのを我慢しているようだった。


「えっとその、差し出がましいようですがお尋ねさせてください」


 僕の話が終わってから最初に口を開いたのは、意外なことにナガリさんだった。司教様もジャイオさんも今の話をまだ咀嚼してる最中みたいで自分の考えに没頭してる感じ?


「どうぞですニャ」


「神を信じていないでどうやって生きてられるのです?」


 哲学的な質問かな? いや、心の底からそう思ってる顔だ。僕には犬顔の表情はよくわからない。でも、その目に湛えた光が真剣なものであることは理解できる。そもそもこの人が冗談言ってるとこは見たことが無い。


「神を信じてないと生きられないのですかニャ? 僕は全くの無信仰というわけではありませんニャ。こちらの猫たちは神様なんか欠片も信じてニャいと思いますニャ」


 でも生きてますよね、とは続けなかった。その必要も無くナガリさんがショックを受けているのがわかったから。


「猫と知恵ある種族は違いますよ!」


 思わず声を荒げた彼の瞳に怒りが見えた。猫たちがゆらりと司教様の膝の上で構えたのがわかる。


 失敗だった。あまりにも僕が軽率だった。実際何らかの超常的な存在が人々に影響を与えている世界で言って良いような言葉じゃなかった。いや、元の世界でも信仰を持ってる人を前にしては口にするのも憚るような内容だ。そもそも目の前には宗教者しか居ないじゃないか。普段からそういう人たちと接したことがないから、どう関わったら良いかなんて考えてこなかったのがおもいきり裏目に出てる。


「ナガリ君、落ち着いて」


「失礼致しました。お客様を相手にこのような態度を」


 良かった。ナガリさん以外の二人はまだ落ち着いてる。そのナガリさんも、一瞬でも声を荒げてしまったことを恥じているようだった。


「こちらこそ軽率なことを口にしましたニャ」


 慌てて弁解をする。


「僕は神様を信じていニャいとは言いましたが、その代わりに信じているものがありますニャ。人が良い行いをすれば必ず報いがあると、悪い行いをすれば必ず罰が下ると。実際に報いや罰がなくとも、そうあるべきだと信じていますニャ。神様を信じていなくても倫理や道徳がニャいという訳ではニャいのですニャ」


 残念ながら本当にそう信じている訳ではない。勧善懲悪だったら良いなぁ、くらいだ。努力をした人間も報われるべきだと思っているのも確かだし。


「それならまぁ理解できなくもない考え方だね。信仰ではなく、規範となる道徳なりがあるんだね」


 それもちょっと違う気がするし、今のはあくまで個人的なものだからなぁ。


「今の言葉を聞いて少し安心しました。ちょっとお茶を淹れ直して参ります」


 またナガリさんが部屋を出ていった。それをチラりと見ながら言葉を続ける。


「人によってはその信じている部分が違いますニャ。例えば学歴、例えば法律、例えば技術。人それぞれのものを信じていて、その中の一つに神様がありますニャ」


 あるいは、流石に口に出さなかったけどお金とかね。この幅の広さが自分が所属していた文化なのだろうと思う。


「そんなものがかい? いや、たしかに歴史書を紐解けば無神論者による思想が支配的だった都市もあるにはあるけど……」


 司教様ですら戸惑っているようだった。


「僕が住んでいた国では比較的普通だと思いますニャ」


 ここも、僕が勝手にそう思っているだけで、別にアンケートを取ったわけでもみんなの意見をまとめたわけでもないので正直適当。そもそもがして、日本でしか適用でき無さそうな気もする。


「都市どころか、神を信じていない人間の国があるってのは驚きだねぇ」


 ジャイオさんも目を輝かせながら聞き入ってる。


「神様も選択の一つには入ってますニャ。でも僕はどちらかというと自然を信じていましたかニャ。災害の多い土地だったニャ。それが人間の技術が進歩してからは人間の力を重視するようにニャったのかニャ?」


「自然崇拝なら、まま見かけるものだね。南方大陸の方に行けば今でもたくさんあるはずさ。この大陸でも、亜人の中にはそういうのが比較的多かったね。精霊信仰と結びついてるものがほとんどだからあんたの世界のものとは別かもしれないが」


「精霊なんてものは見たことがニャいですニャ。でも僕の国では大きな山や年月を経た巨木、独特な形状をした岩など自然の驚異や景観が信仰の対象にニャってたりしますニャ」


 司教様もジャイオさんも頷いてみせた。


「そういうものはこちらでも重要視されてるよ。この近くでも何か合った気がするね。うーん、すぐには出てこないや。いやだね、ほんと歳をとると困ったものさ」


「近隣ではレイチの御神木や、隣国のササーネにある地下の滝などが有名ですね。レイチは行ったことがあるのですが、ササーネはまだなので是非一度見に行きたいと思っています。今度皆で足を運びませんか。ここからなら然程の距離でも無いですし」


 ジャイオさんはさっと出てくるね。


「それそれ。私は見たことあるからいいよ。この体だと旅はしんどいからね。まぁ話を戻そうか」


 その体で僕を会うために来てくれたんだよなぁ。ほんとありがたいことですわ。そして軽くスルーされるジャイオさん。


「話は逸れるかもしれニャイですがちょっと聞きたいことがありますニャ」


「なんだい?」


「司教様は神様にお会いしたことがあるんですかニャ?」

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