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猫二匹と始める異世界下水生活  作者: 友若宇兵
第三章
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7話

* オリー *



「侵入者ですね」


「こんなブサイクな鼻でもわかるぜ、犬の匂いがプンプンしやがる!」


 言葉通りにすぐ来客があった。


「急な来訪で失礼いたします。オリー殿」


 玄関もない地下だけど、裏口の方から人が現れた。黒い犬の頭をしたナガリさんだ。


「出来れば来るときに合図が欲しいニャ」


「ヒュー殿には挨拶したのですが、一声かけてから降りるべきでしたね。申し訳ない」


 入口側は、一応地下の住人たちと取り計らって元の盗賊の支配地域には立ち入らないようにとは伝えてある。でも外から来た人にはわからないか。玄関チャイム代わりのものを用意できないか考えよう。裏口にも何か必要だな。伝声管みたいなのがあればいいけど、工事は大変だろうからやめとくか。


「次からはそうして欲しいニャ。ところで用件はなんですかニャ」


「侍祭様が、貴方に引き合わせたいとおっしゃる人物がいらっしゃっています。是非オリー殿にご足労お願いしたいのです」


「ニャ?」


「以前お話のありました、学究都市にて知識の神の司祭をされていた方がこの街にいらしてるのです。何分お歳を召されている方でして、移動にも輿を使っておられます。とてもこのような地下に来ることが出来る方ではございません」


 おお、異世界の話とか知ってるかもしれないって人だっけ? わざわざ来てくれるとはありがたい。すぐ行かないと。


「了解ですニャ。すぐお伺いしますニャ」


 猫たちを振り向く。


「お前たちも着いてきて欲しいニャ。カルネは外に出るのが嫌かもしれニャいが、もしかしたら何かわかるかもしれニャいニャ」


「行きたくねぇ」


 嫌がるカルネを無言で抱き上げる。暴れるのを逃げられないように抱きしめて。カルネも僕相手にはその力を振るったりはしない。何度か身もだえするも、逃げられないと悟ると諦めて顔を隠すように腕の中で丸くなった。


「場所は先日の茶店になります。侍祭様もその方もお茶を好まれるのですが、この街ではあまり飲める場所が多くはないものでして」


「わかりましたニャ。僕もお茶は好きだから嬉しいニャ」


 話をしながら裏口から出る。地下水道の正しい出口から出ると街の南の貧民街になるので、お店からはかなり離れちゃうからね。


「もう逃げたりしねえよ。頼むから離してくれよ」


 腕の中のカルネが呻いてたので逃してやる。抜け出すと音もなく塀に飛び上がってそのまま近くの家の屋根に登った。


 最早馴染みになりつつある気もする茶屋に行くと、個室に通された。個室あったのか。


 部屋の中には、テーブルの前に台が設えてあり、その上に老婆が座っていた。だいぶそういうのもわかってきたのだけど、かなり高そうなローブや袈裟みたいなのを羽織ってる。


 ジャイオさんは椅子を立って、こちらを迎え入れるように両手を広げていた。


「わざわざありがとうございます。先生、こちらの方が『猫使い』オリー君です。オリー、この方は私が子供の頃からお世話になっている方で、知識の殿堂の守護者の一人、マウア・ルヴェン様です」


「どうもジャイオさん。ルヴェン様、初めましてニャ。オリーと申しますニャ。こんな格好で失礼しますニャ」


 初対面の人相手でも顔の覆いを取れないのはあれだよねぇ。日本ならマスクしてても問題無いだろうに、ここじゃあ単なる不審者だもんね。


 近くに寄るとお香の香りがした。祖母を思い出すな……。


「これはどうも、オリー殿。紹介に預かりましたマウア・ルヴェンだよ。自らの属する教会も護れなかった守護者とは名ばかりの老いぼれさ」


 老婆は自嘲気味に言った。なんだっけ、学究都市で司教をしてたんだっけ。都市が占領されたときに用事でたまたま離れてたから助かったとか聞いた覚えが。


 話し方には突っ込まれなかったし事前に何か聞いてるのかな。まぁ鼻のことも説明くらいしてそうな気がする。


「先生、あれは先生のせいではありませんよ。そもそも、サナトールの使徒が戦働きをするって話も聞いたことないですし」


「そうでもないんだ、ジャイオ。十王の時代に、サナトールの使徒は軍神の信者と語らって大陸を縦横無尽に壟断したの。各地は麻の如く乱れ群雄は割拠し、戦は二百年も続いたのだわ。結果、世を混乱させ続けたことを悔いた彼らは自らの役割を制限した」


「なんと、あの戦争の影にそんな歴史が! 初めて聞きましたよ。先生、歴史の授業のときでもそんな話はしてくれなかったじゃないですか!」


「そう責めないでおくれ。これは知識の神に仕える者たちの後悔の歴史でもあるからね。一般信徒には教えないんだ。あんたにもそのうち教える機会がくると思ってたのにねぇ」


 もう教える機会も無いだろうから教えちゃうけどね、と茶目っ気を入れながら続ける老婆。しかし、いきなり客を置き去りにして師弟二人でやり合い始めたぞ。ジャイオさんがこうなのは、教育が悪かったのかな。生まれつきなのかと思ってたよ……。


 僕たちを部屋に案内してすぐに中座していたナガリさんが、お盆にティーセットを載せて入ってきた。


「お二方とも、わざわざお呼びしたお客様の前で何をされてるのですか。侍祭様はともかくルヴェン司教までこんな方だとは思いませんでしたよ」


 僕の代わりに突っ込んでくれた。


「あぁ、そうだった。オリー君、申し訳ない」


 ジャイオさんは一応謝ってくれたけど、司教様はふぉほほなんて笑ってる。


「お客様を立たせっぱなしだなんて本当にもう。さぁ、オリー殿、こちらへお座りください。すぐ茶を淹れます」


 ナガリさんは大きな体に似合わず細々とお茶を淹れたり、お菓子を用意したりしている。司教様とジャイオさんは奉仕を当然のように受けてる。まぁこれが普通なのだろう。


 そういえば、うちの猫たちが静かにしてるな。そう思ってビアンコとカルネを見ると、部屋の隅からじぃっと司教様を見つめてる。元々祖母が飼ってた猫たちだからお年寄りに特別な思いでもあるのかね? この街に来てからあまり老人を見かけなかったし。僕がこっちで会った最年長は多分この司教様だ。まぁ平均寿命は低そうな感じするからなぁ。


「司教様、そちらで貴方を見つめてるのがうちの猫ですニャ。白いのがビアンコ、キジトラがカルネニャ」


 紹介された二匹の猫は優雅にお辞儀した。普段から誰にでもこういう態度をとってくれたら飼い主としても安心なのに。カルネの方はビアンコの後ろで鼻を隠そうとしてるのが丸わかりだった。


「只今ご紹介にあずかりました。オリーの保護者であるビアンコです。こちらは弟のカルネ。訳合って見苦しい鼻をしていますが、あまりお気になさらぬようお願い致します」


「カルネだ。こんなことを言っているが俺の鼻がこうなのは兄貴が失敗したからだからな」


「これはご丁寧にねぇ。礼儀正しいねこちゃんたちだねぇ」


 司教様はニコニコしながら猫に話しかけてる。


「ちょっと撫でさせてくれないかい? 私が住んでたところにもたくさん猫が居たんだけど、戦争になっちゃってね。みんな元気だと良いのだけど」


 その言葉を聞いた途端、二匹の猫は台に飛び上がり、司教様の膝の上で兄弟で奪い合うように押し合っている。


「ニャ、お前たち司教様に迷惑かけるんじゃニャいニャ!」


「いいさいいさ。私からお願いしたのだから。それに二匹だけなら可愛いものだよ」


 満面の笑みを浮かべながら両手で猫たちをあやしている。かなりの腕前だ。おそらく長いこと修練を重ねてきたのだろうと見て取れる。僕では到底敵いそうにない。猫たちも物凄く気持ちよさそうにしている。


「さて、先生に避難先からニールまで何日もかけて来てもらったのは他でもない。オリー君は帰る方法を知りたいということだったよね」


「そんニャわざわざ来てもらうだニャンて。こちらから出向きましたニャ」


「私も本来はそのつもりだったよ。でも先生に君の話を伝えたら、返事が来るより先に本人が来てしまってね」


「他世界からの来訪者に会えるだなんて、待ってられる訳無いだろう。わたしゃいつお迎えが来てもおかしくないんだ。だからやりたいことがあったら自分から動かないとね」


「そんな! 先生にはまだまだこれからも活躍して頂かないと」


「この老人をまだこき使うつもりだよ。恐ろしい子に育っちまったもんだねぇ」


 ヒェヒェヘと軽く笑いながらジャイオさんにやり返してる。普通の会話も出来るんだな。二人の間の信頼関係のようなものを感じる。


「さて、前置きはこれくらいにしておこうかね。オリー、あんたのことはある程度ジャイオの手紙にも書いてあったし、こっちに来てから聞いたので把握はしてる。でも本人からも聞いておきたい。面倒かもしれないが頭から話してくれるかい?」


 ここに来て何度目になるかわからないけど、こちらに来た時の話とこの街に来た経緯をビアンコとカルネの視点も交えながら一通り話をした。


「元の世界もかなり珍妙な代物だって言うから是非話を聞きたいところだね。でもそっちをはじめたら戻ってこれなくなりそうだし先にこっちの話を片付けようか」


 お、ジャイオさんだけだったら間違いなく脱線してたな。


「ジャイオが話したように、この世界を取り巻く数多の世界の中にもしかしたらお前が来たところもあるのかもしれない」


「ニャア!」


 じゃあ、と言ったつもりがこうなった。にゃあ!! 周囲も普通に受け入れてるのが逆になんかやだ。


「でもねえ、それはあるかもしれない、程度の話しなんだよ。本当に存在するのかもわからないし、そこに行けるのかはもっとわからない」


「ニャア……」


「戻れないとは言わんよ。なにせ神様が連れてきたみたいだしね。まずはやっぱりそれがどこの神様かを特定することだろうね」


 落胆が顔に出てしまったのだろう。精一杯のフォローをしてくれた。たぶん。


「私もね、ジャイオが言ったように創世の双つ神の可能性が高いとみている。特徴がまさにそうだしね」


 とりあえずこの人の意見を最後まで聞いてみることにしよう。今自分にできるのはそれくらいだし。

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