5話
* ヒュー *
「連中はこちらで召し抱えるからな。他所に吸収される前に声掛けといてくれ」
この前とは違う飲み屋だ。今の所疑われている様子は欠片もないが、普段から用心をしておくべきだからな。薄い髭を生やしたぬぼーっとした面相の男が麦酒を傾けている。前と一緒なのは飲んでる酒くらいで(前の酒屋と同じくらい不味い)、他はまるで別人のようだが、毎度報告に来てるのは同じ部下だ。まぁこれくらいの特技が無いとな。
「主だったやつは見張ってたんですが、ちょいと妙な感じでしてね」
「妙ってなどういうこった」
「難民どもと一緒にいるんですよ」
「壁外のごみ溜めにか? なんでだよ」
「いや、それがよくわからねえんですわ」
珍しく要領を得ないことをいう。思わず右眉が動いてしまった。こいつがこんな事を言うとはね。
「何がどうわからないんだ?」
なんて言いますかねぇ……と言いよどんでいる。部下なんてものは焦らせるとろくなことにならねえから。つまみでも齧りながら話をまとめるのを待つ。あー、このつまみも不味いなぁおい。これであの値段はぼってやがるだろ。もうここにはこねーぞおら。
「宗教、ですかねぇ」
「あーん? 元盗賊が宗教? なにかの冗談か」
そう、元盗賊だ。ニールの地下水道からおんだされた黒い剣の残党を手先にしようとね。前使ってた盗賊どもは猫使いにひき肉にされちまったから代わりが必要でさ。で、こいつに探させて接触させるつもりだったんだわ。
部下は俺の問いに首を横に振って返した。
「ああいう手合は幸運さんを信じてるんじゃねえのか?」
幸運さんってのは幸運なる旅人とか言われてる神で、名前は信者にすら知られていない。一応殿堂に並べられてる神だが、傭兵、盗賊、物乞い、博徒やらが拝んでる印象が強いな。あぁ、商人もか。旅の安全を祈るとかなんとからしい。一応傭兵として身を立てていたって設定なんで、幸運さんを信仰してるとは口にしてる。ちなみにその神さんに祈ったことはない。
「猫ですわ」
「ねこぉ?」
思わず声をあげてしまった。また猫かよ。ここに来てからは随分と猫づいてるな。
「連中、粗末な長衣を揃ってかぶりやがってですね、難民たちの間を回ってるんですよ。施しをしたり相談に乗ったりとかやってることは一見普通なんですが……。『猫と和解せよ』ってなんのことだかわかりやすかね?」
「元盗賊がやってる時点で普通でもなんでもねえよ。あと、そんな珍妙な言葉は知らねえ。聞いたこともねえ」
俺は元々神なんぞには詳しかねえよ。部下は、そうですよねえ、とか言いながら酒盃を傾けた。
「ただ、この猫ってのが、あの猫使いの猫を指してるんじゃないかって思うんですわ」
思わず右眉が動いた。ちょっとは面白くなりそうじゃねえか。そうは思っても、部下の手前認めるわけにもいかないので、鼻で笑いながらくさしておく。
「んな話があるかよ。何が猫だよ。馬鹿馬鹿しい。だいたい猫使い本人の方が連中と全く接触無いのは、監視してるからわかってんだ」
猫たちが連中と繋がってる可能性は……ねえよなぁ。あいつら人間に興味ねえもん。
「まぁ気にはなるから暇が出来たら見に行ってみるわ。壁外の難民のところだな?」
「寝泊まりも外みてえですから、すぐ見つかるかと」
なんか変な話になっちまったな。酒盃を呷って空にする。
「そうそう、ここの裏二つと渡りがつきましたぜ」
「お、やっとか」
黒い剣は潰れちまって、カスみてえなところを除くとこの街のでけえ犯罪組織は残り二つだった。元々うちと繋がりがあった黒い剣は成り行きで潰す羽目になっちまったから、他の二つに接触するよう指示を出していたのだ。片方の、裏で奴隷やら扱ってる連中は金で簡単に言うことを聞いたんだが、もう一方が頭が固くてな。俺が出張らねえといけねえかと考えてたところだったんだ。
「まずは自由の方に襲わせろ。手段は問わん。やつをなんとか出来たら縄張りと地下が手に入るってな。渋ったら報奨金もくれてやれ。ケチらなくていいぞ」
金なんぞくれてやればいい。必要なら後で返してもらいにいく。ちなみに自由ってのは正式名称が『自由の子ら』だ。名前の割にやつらの扱ってる主な品目が奴隷と薬物だからな。まぁあまり好きじゃねえが、使えるものは便利に使わなきゃいかん。どうせ駄目だろうし、今度は俺が手伝うなんてこともしないようにしなきゃいけねえ。
「乙女の方はどうしやす?」
「そっちはもうちょい考える」
乙女ってのは『ニールの麗しき乙女達』とかいう名前の、この街の娼婦やら何やらの総元締めをやってる連中だ。あっちには搦め手でなんとかしてもらえんかねと思ってる。猫使いは女の扱い慣れて無さそうな感じもするし、俺の配下も苦手な分野だからな。単純な力押しならなんとかなっちまうだろうし。
そんなことを考えながら盃を傾ける。うーん、薄い。なんだこりゃ馬の小便かよ。旨い酒よりも不味い酒の方が記憶に残りやすい気がするんだがなんでかね。
「他所はどうなってる?」
「第二は相変わらずでさぁ。もうてんでバラバラで集団としての体すらなしてねえ。下手に近寄るとこっちにも殴りかかって来やがる」
「あいつらは暴れさせとけ。そんで、いつものように適当に難民拾っておいてくれ」
頭が痛いがどうしようもないのも事実だ。しばらく放って置くしか無い。
「第三はまだ西とぐだぐだやってまさ。あんまり相性よくないだろうにえらい拘ってますな。いくらカンが強大だからって、総出でかかればすぐなんじゃないんですかね?」
「それがあいつに与えられた報酬だ。手出し無用ってな。あいつがこちらに期待しないように、あいつにも期待できねえだろう。まぁほっといていいぜ。監視だけ続けてくれ」
実際問題、うちが協力するだけでなんとかなるだろうが俺はそうしたくはない。ありえない話ではあるが、協力を要請されてもなんだかんだで兵を出し渋るつもりだ。三軍は面倒で強え軍隊だが対処法自体は確立してるし、それを無効化する手段はうちしか持ってない。俺が手を貸さないだけで自然とすり減って行くだろう。当初、唯一協力できそうなのは三くらいだと思ってたんだが、やっぱり脳みそ腐っちまってるのかね。ダメだったわ。
「第四なんですがね……」
部下はそこで言い淀んだ。
「四が厄介なのはわかってる。いいから続けな」
厄介じゃないやつは居ないがね。俺を含めてかもしらんが。
「ここしばらくおもちゃで遊んでたんですが、急に姿を晦ませました。監視がバレても構わねえからと荒捜ししたんですが、サイネデン内にゃあ完全にいません。現在でも補足できてやせん」
報告の内容に、思わず目を細めて睨んでしまった。俺が怒っていると思ったのだろう、必死に弁解をはじめる。
「奴さん勘が鋭いもんだから遠間からしか監視出来なかったんすよ。その上替え玉も用意してやがって、気づいたときにはもう」
草を潜入させても絶対気づかれるって話だったし、しょうがねえのかもしれんな。
「別に怒っちゃいねえよ。そもそも監視してたのは他のやつでお前は報告してるだけじゃねえか。ヤツの部下も行き先は知らねえんだな?」
「連中の神のお告げがあったとかなんとかいって出ていったらしく、どこへ何をしに行くのか誰も聞いてないそうです。嘘をついてるようには見えなかったって話でさ」
大きくため息をついて頭を掻く。こりゃどうしようもねえな。
「あの女がこっちと同じようにあちこちに斥候出してるのはわかってるが、ここには向かってないんだな?」
「へぇ、人手が足りないんで調査も完全とは言えませんがね。今の所は大丈夫だと思いやす」
えらい目立つ女ですからね、と付け加えた。実際目立つ。まぁ素で出歩くことは無いだろうが、生中な変装ならうちの配下でも見破れるだろう。
「様子見しかねえな。主要な街道に網はっといてくれ。何かあったらすぐ報告よこせ」
十分心得てます、と頷いた。
「じゃ次はうちの様子だが……」
一瞬言い淀む部下。途中で切るなよ。顎で続きを促す。
「ちょいと難民を引き入れすぎじゃねえですかね。どこも管理するやつが足りなくて問題が噴出してるらしいですわ」
頭の痛い問題だよな。思わずへの字口になる。
「あっこはまだ冬みてえなもんですから、毎日バタバタ人死が出てるそうで」
そこら辺は俺が戻ってもどうしようもねえんだよ。方針変えるしかねえかなぁ。難民迎え入れて、でもそれを制御出来てねえってのは問題だわな。
「食料と燃料よなぁ。表立って交易も出来ねえし」
「相変わらず種族間のいざこざも絶えねえそうですわ。ごちゃまぜ過ぎでさぁ」
「寄せ集めの上に種族も宗教も違えばそりゃなぁ。俺が戻って力で押さえつけるしかねえか」
「現状、寒くて飯も無くて、みんな貧乏で暴れる元気もねえから暴動が起きねえってところでさ。まぁ、やばそうな奴らは裏で処理してるみてえですが。とはいえそう長くは持たないと思いますぜ」
これが第一の抱える問題だ。他のバカどもの尻拭いみてえなもんだが、勢力拡大の必要もあるんで止めるわけにもいかねえ。現時点じゃ第二に正面切って対抗出来るような戦力はねえからな。
その後、近隣諸国との連携の話をする。一応、北の方の裏の組織を通じて、買い付けた食料を本拠地に輸送したりしてるんだが、こっちの足元見てきてるらしい。やっぱ俺が行かねえと駄目か? 細かい指示は文書で別途出してるしが、それだけじゃあなぁ。
打ち合わせがあらかた片付いた頃には一刻は過ぎていただろうか。もう他に話すこともないが……。
「あいつはどうしてる?」
「こっちにゃあ別になにも報告は上がってやせん。ご自分で確認したらどうで」
生意気な口を利きやがる。
「文を送ってねえわけじゃねえ」
「最近じゃ姫さんが先頭きって取り回ししてるらしいですよ」
「報告来てんじゃねえか」
「噂ですよ噂。まぁそれでも色々大変だそうで。家中が総出で姫さんの指示で動いてても」
あいつそんなこと一言も言ってこねえぞ。てか、総出ってなんだよ。そりゃ言うこと聞けとは言っておいたけどさ。
「まさか、我が従兄弟どのは従ってないよな?」
「アンスール殿と旗下の一団は率先して治安維持に努めてるそうですよ」
あの気位の高い男がか! 思わず渋面を作ると、嫌らしい笑みを浮かべて言葉を続けた。
「このまんまじゃ、ダンナが戻ってきた頃にゃお家を乗っ取られてるかもしれませんぜ」
「けっ、あんな氷漬けのしみったれた田舎なんざ全部くれてやるぜ。俺は暖かくて綺麗なねえちゃんがたくさんいるところで美味い酒飲んでゴロゴロしてらぁ」
「いや真面目な話いつまでこの街にいるんで? 正直ここでやらなきゃならねえことは、ダンナが居なくてもどうにかなるようなことばかりだと思うんですが」
「まぁ今の所はな。だがこれからでけえことが起きそうな感じがするのさ。しかし、国元がそんな感じなら悠長に待ってられねえのも確かか……。近くにあるうちの駒はどんなもんだ?」
「あちこちに潜伏させてるのは居ますがね、戦力としてなら大したことはねえです。呼び寄せるのならちょいとかかりますが」
「いや、もったいねえしやっぱそっちはいいや。……しょうがねえ、方針を変える。第二に連絡入れろ。予言された猫使いがここにいるってな」
「ひえっ、良いんですかい? 間にある国全部ぶっ潰してここまでやってきますぜ?」
「そうなるだろうが、かまやしねえ」
「さっき自由をけしかけてみるって言ってたじゃねえですか」
「こっちから第二に連絡するのにも時間がかかる。それから散らばった兵を集めて、さらに間にゃまだ二、三国あるんだぜ? そうそうすぐにゃあ来れねえよ。逆に今から呼んどかねえと、時間がかかり過ぎちまう。お客さんを退屈させちゃいけねえや」
普通に考えればこの国ごとぶっ潰されるだろう。このニールだけではなく、調べたところ古王国全体の状況がお寒い限りだった。我が軍最強戦力である第二軍団の強襲に耐えられるとは思えん。猫たちも正直そこまで強くはねえ。鍛えりゃあもうちょいいけそうな気はするが、そこまで悠長に構えてる余裕が本拠地の方には無さそうだ。猫使いをじっくり育てるつもりだったけど、これくらい乗り越えられないと先が見えねえしな。まぁ最悪、俺が手を貸せばなんとかなるだろ。
肩をすくめてへへっと笑ってみせると、話も終わったのか、部下は頭を下げて店を出ていった。食いもんも飲みもんも中途半端に残してやがる。まぁ美味くねえのはわかるがな。さて、これからどうしたものか。どこも予定通りには進んでねえ。俺がこんなところにいるのも原因の一つではある。でもなぁ、あの猫使いの側を離れるのはよくねえ気がするんだよな。大陸全体からいってみりゃあ、この国なんざ田舎も良いところだけど、あいつがいるここで世界が動きそうな感じがするんだよ。
さて、今日明日早出だからまだ時間はある。河岸を変えて酒の美味い店にでも行くか。ん、そういやあいつ代金払わなかったな。また俺持ちかよぉ! 衛士は給料安いんだぜ?!




