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猫二匹と始める異世界下水生活  作者: 友若宇兵
第三章
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4話

* マール *



「オリー様をお連れいたしました」


 執事が扉を開いてオリーを招き入れます。先に部屋に入ってきたのは白猫ちゃんでした。お父様と私、ウォルズ侯爵の注目するなか、トコトコと部屋に入ると暖炉の前に座り込みます。まだ春先で冷える日もありますし、お父様の体調を考えて火をいれているのですよね。まるで我が家のように振る舞うそのさまを見て、思わず笑みを浮かべてしまいました。


「こらビアンコ! すみませんニャ、お客様がいらっしゃると聞いたのに失礼しますニャ」


 あとからオリーが着いてきます。まるでこちらが従者で猫が主人のようでした。執事も笑みを抑えています。オリーは何か大きなものを抱えてますね。


「構わんよ、オリー君。こちらの方が君に会いたいと仰ったので呼んだのだ。こちらはウォルズ侯爵イサウ殿。侯爵、彼がオリーです」


 侯爵は椅子からわざわざ立ち上がってオリーの方に歩み寄りました。


「イサウ・ダ・リュク・ハーガンだ。国王陛下よりウォルズ侯爵を任じられている。よろしくな猫使い殿。君の活躍は色々聞かせてもらってね。是非顔を見てみたいと思っていたんだ」


 私は部屋を出ようとした執事に合図をしました。お茶を用意してもらいましょう。お父様はあまり慣れてないようですが、侯爵がお茶を嗜まれると聞いた覚えがありますので。ナナンにお茶の淹れ方を練習してもらってるところなのです。作法もきちんとお店でお金を払って教えてもらって。


「初めまして、オリー・ヤナガワですニャ。ちょっと顔を隠してたり言葉が変だったりしますが、気にしニャいで頂けるとありがたいですニャ」


「猫は一匹しか連れてきていないのかね? そこの白猫ともう一匹いると聞いているのだが」


 そういえばいませんね。


「カルネは今あまり外に出たがらニャいニャ……」


「ほう?」


「はニャが……」


 猫でも恥ずかしがったりするのでしょうか。あー……と感嘆するような声をあげながら侯爵はオリーの鼻をじっと見つめています。


「話には聞いたが、本当に人と猫の鼻が入れ替わるようなことがあるのかね……? 差し支えなければ君の鼻を見せてもらえないだろうか」


 オリーが困ってるようです。流石にここは助け舟を出さなければならないですね。


「侯爵閣下。あまり私の客人を困らせないでもらえるかね」


 お父様が代わりに仰ってくださいました。いえ、オリーも当家の客人とするのなら当主が出るのが当然ですね。


「おっとこれは失礼した。単なる好奇心で人を困らせるべきでは無かったな。失敬失敬」


「いえ、こちらこそすみませんニャ。やっぱり気になりますニャ。それに人と話す時にこういうのをつけてるのはやっぱりあれですニャ。見苦しいかもしれませんがお見せしますニャ」


 あら、よろしいのね。そういうとオリーは顔の下半分を覆っていた布を外しました。私は既に何度も見ていますので別段なんということはありません。というか随分見慣れましたね。気になるのは、キジトラ猫の鼻なので顔の真ん中だけ色が異なっていることでしょうか。


 初対面の侯爵様は随分と興味を唆られたらしく、触れる寸前まで顔を近づけ、しきりにはー、とかほー、とか声をあげています。まだ然程お話したことはありませんが、侯爵様のこんな一面ははじめてみました。オリーもかなり引き気味になっているのが一目瞭然です。自分があの立場だと思うと正直ゾッとします。


「ニャ、そんニャに近寄らニャくても……」


「侯爵閣下、その、落ち着いていただけると……」


 お父様がたしなめられました。先程から見ていると、この侯爵様は色々問題があるようですね。オリーへの振る舞いは、あの噂を後付ける証拠にしかならないのですが、隠すつもりもないのですかね。


「いやあ、すまんね。私もこれほどの奇態な事象は目にしたことがなかったので、ついつい見入ってしまったよ」


「ニャ、ニャア……」


 ふと気になって暖炉の方を見ると、白猫ちゃんが薄目を開けて自分のご主人さまと侯爵様をじーっと見つめていました。主に危害あらば、即座にその力を振るえるよう待ち構えているようです。


「とりあえずいつまでも立っているのはあれだろう。直接話しをしたいとも思っていたことだし、こちらに来ないか」


 そう言って侯爵様は自分が座っていた二人がけの長椅子にオリーを招き寄せます。普通は初対面の男性二人が並んで座るようなものではないと思うのですが……。いやだから、もう少し隠す努力をしましょうよ。


「ま、まぁオリー。私に用事があったはずだな? 先にそれを片付けようか」


「……ちっ」


 お父様が再々度、侯爵様の行動に待ったをかけました。侯爵様は一瞬気分を害されたように見えます。とはいえ、他人の屋敷での振る舞いとして常識的なものとはあまり思えません。それとも王都の方ではこれが普通なのでしょうか? いえいえ、そんなはずはないですよね。


「そ、そうだニャ。これを見て欲しいニャ」


 オリーも急いで話を変えようと、卓の上に抱えていた布包みを置きました。ゴトッという音がしたので結構な重いのだということが伝わってきます。包みを解くと、窓から差す日光に照らされて美しく煌めく大きな宝石のような青い石が。なんと見事な精霊石でしょうか。包みの上からでも波動を感じていたので私には中身がわかっていました。いえ、学院にでしたらこれ以上のものが幾つか存在するでしょうが、外の世界でこれだけのものはなかなかお目にかかることは出来ないと思います。お父様も侯爵様も目を奪われていますね。


「あの邪術師の住処から回収したものですニャ」


「ほお、これは美しいものだな」


「随分と大きい石だね。宝石か何かかね?」


 お父様も侯爵様も驚いてはいるようですが、あまりこれの本当の価値を理解されているようには見えません。もっとも、一般の方たちにとっては単なる綺麗な石どまりでしょうからやむを得ないこととは思いますが。


「これは水の精霊石ですね。これほどのものはそうそうありません」


「そうなのかね?」


 侯爵様がこちらに視線を向けずに声だけ投げかけてきました。ちなみに視線の先にあるのは石ではなくオリーです……。


「正直、宝石としての価値はほとんどありません。削って整えることも出来ませんから。ですが、魔導の触媒としては計り知れないほどの価値があります。一国の国宝級といっても過言ではありません。個人でこの大きさのものを所有している魔道士はそうそう居ないでしょう」


「そんなものがこの都市の地下にあったのか」


 お父様がため息をつかれながら口にしました。


「邪術師がこれを発動させるところは私も目にしました。恐らくは、街の水道管理用に使われていたものを発掘したものと思われます」


「そう思って持ってきましたニャ。元々この街のもので、そのままもらうには高過ぎかニャアと」


 そう言ってオリーは侯爵様から離れた位置の椅子に腰掛けました。それを侯爵様は物欲しげに見つめています……。


 しかし、オリーは本当に正直者ですね。黙っていたら気づかれなかったでしょうし、お父様がああ言った手前、私も大事にはしなかったと思います。


「そのまま自分の物にしようとは思わなかったのかね? 先日、地下にあるものは全て君に与えると宣言したと思うのだが」


 お父様が不思議に思って尋ねました。まぁお父様はそれほどオリーの心根を理解されているわけでもないでしょうし、不思議に思うのは当然かもしれません。


「確かにそうですニャ。でも僕が持ってても自分では使いこなせませんニャ。ビアンコに使わせるにしても、せいぜい綺麗な水を出したり、お風呂に水を張るくらいですニャ。高いお金で売れるかもしれニャいかもだけど、買取先も知らニャいし、そんなにお金も必要ニャいですニャ。それならきちんと使える人か、元の持ち主に返した方が良いかニャと。伯爵様ニャらこれの使いみちも思いつくのではニャいですかニャ?」


 それを聞いた侯爵様がほぅっ、と感嘆のため息をつかれました。お父様も感心したようです。お父様への点数稼ぎにこのようなことを言い出したとは思えません。この猫鼻の青年の今の言葉には、なんの裏も無く、素で善なる行いをなそう、というのが見て取れました。存外良いところの生まれなのかと思ってはいましたが、これほどとは。単なる世間知らずと思っていた不明を恥じます。


「一度君の物になったのだ、ただで受け取るわけにはいかないな。相応の値段で引き取らせてもらおう。もちろん、正しい使い方をすると約束する」


「ニャニャ、今でも十分な生活費は頂いてますニャ」


「志は有り難いが、そうもいかん。立場というものがあるのでね」


「ですがお父様、今現在のニールにはそれほど金銭の余裕は……。今後も更に出費があります。お客様の前で言うことでは無いと思いますが」


「マール。ニールを取り巻く厳しさは理解しているし、お前の気持ちはわかるが、あまり私に恥をかかせないでくれ」


 お父様の仰ることは当然理解できます。先程も言ったように、あの石は国宝級と言っても間違いではないでしょう。そんなものを買い取れるほど現在のニールはいくらお金があっても足りません……。実際問題、オリーは使いこなせそうにないと言っていましたが、それはこちらも同じです。魔導に携わるものとしては心惹かれてやみませんが、為政者としてはちょっと。


「とりあえずそれは君の方で保管しておきたまえ。猫たちの側なら安心だろうし、それの価値を理解できる人間もさほどおるまい。資金の目処がついたら連絡させてもらうよ」


「わかりましたニャ。厳重に保管しておきますニャ」


 そう言ってオリーは石を包み直すと腰をあげました。


「いやいや、待ちたまえオリー君。まだ全然話もしてないじゃないか」


 この方が婚約者で大丈夫でしょうか。一応、対外的にはニール伯爵ファズバン家とウォルズ侯爵ハーガン家の婚約は成立したのですから。婚約者とその親の目の前でやることではありません。お互いに仮初の契約だとわかっていても。


「申し訳にゃいのですが、このあとよるところもあるのですニャ」


「ほう、どこへ行くのかね?」


 そう、両家は、私と侯爵様の婚約をもって内外へ結びつきを示すことにしたのです。侯爵様の性癖については先程直接お聞きしました。侯爵様は自らを同性愛者であるとお認めになられました。それを明らかにした上で、対外侵攻派をまとめる必要があると判断され、私も同意しました。


「盗品について聞きたいことが出てきたって衛士の詰め所に呼ばれるのですニャ」


 ただし、ことがなった暁には自分の落ち度ということで婚約も破棄して問題ないと侯爵様は仰られました。勿論、私がウォルズ侯爵家に相応しくないという訳ではなく、侯爵様自体にそのつもりが無いそうです。侯爵様の心のなかには、既に決めた方がいらっしゃる、そんな感じを受けました。侯家は王族から見どころの有る方を見つけてきて養子にすると笑っておられました。そのお話を伺ったときは、武張っているだけではなく、優しいところの有る方なのだと思ったのですが。うーん……。


「なるほど、私も同行しよう。まだこの街で行ったことのない場所も多いのでね。君の住んでいる地下水道にも興味があったんだよ!」


 侯爵様はオリーの肩を組んで連れて行こうとしています。考え事をしていたら、話がどんどん変な方向へ進みそうですね。お父様はニコニコして二人の会話に口を挟むつもりは無いようですし、白猫ちゃんは寝たふりをしています。この子は本当に主に害が無ければ放っておきそうですよね。今回の場合、害がないとは言い切れない気もしますが。とまれ、オリーはあまり人を断るということができなさそうなので、私が介入した方がよいかもしれません。


「侯爵様は私がご案内しますわ。当家のお客様を、他のお客様にお任せするわけには参りませんから」


 それが良い。とお父様は微笑みながら頷かれました。


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